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幼い彼にこんにちは

 昔、私はジークの事を子犬と称したし、自分でもそのたとえは的確だと思っていた。


 さらさらとした金髪につぶらな翠の瞳。愛嬌滴る笑顔で自分の後ろに付いて回って、些細な事で感情を幼い顔に露にする姿は、子犬のようにしか思えなかった。

 実際、お父様だって幼いジークと私がじゃれあう姿に子犬のようだな、と評していた。


 そんな幼かったジークはとうに失われてしまった、と再会したジークを見て思い知らされたというのに……今度現れたジークは、時を遡ったかのようにあの頃のジークに戻って、いた。


「……じ、ジーク?」

「何だ?」


 あまりに唐突で現実味のない目の前の光景に、堪らず恐る恐る問い掛ければ、声変わりしていない幼い声が返ってくるから余計に訳が分からない。


 口調で言えば再会したジークで、でも声や見掛けは昔のジークそのもの。そしてジークの名前に反応したからには、入れ替わりでもなくジークという訳で……。


「……ジーク、よね?」

「当たり前だろう、正真正銘君の婚約者の、……」


 そこでジーク自身も自分の異常に気付いたらしく、自分の喉を掌で押さえて、次にその押さえた掌を見て大粒の翠玉を零さんばかりに見開いていた。

 は、と吐息にも似た驚嘆の声。その声すら、甘く高いもの。


 気付けば私を見上げる事になっていたジークは、ただ信じられないと言わんばかりに眉間に皺を寄せて視線で「どういう事だ」と訴えかけてくる。

 どういう事だと問われても私には答えられなかったが、ただ、言える事は一つあった。


「……ジークが、私の知ってるジークに戻った……!?」


 それは、ちょっと私には止められる筈がない衝動だった。

 だって、昔のジークが、間の前に現れたんだもの!


 時を逆行したような婚約者様を、思わず愛でるように腕に包み込んで抱き締めた。


 身長差も、元通り。

 あの頃のジークとは頭一つ分は優に違ったが、その差すら再現されているらしく、私はジークの頭を掻き抱くように腕に収めてつい昔のようにべったりしてしまった。


 腕に収めたジークが硬直していたけど、私はそれより色々と信じられなくてジークを抱き締めては体をぺたぺたと触って確める事を優先しちゃう。


 あの頃のジークが、そのまま現れた。頭も肩も腰も、全て昔のジークに戻っている事を確認しては「昔のジークだ」と信じられなそうに呟く。

 まさか、ジークが子供になるなんて、思ってもいなかった。というか想像出来る訳がない。


「ま、マリー、嬉しいが大胆過ぎじゃ……ってそうじゃなくて、今俺の姿は」

「……六年前の姿だわ」


 抱き締められたジークが複雑そうな声を上げるので、我に返り慌てて離れて、じっと幼くなったジークの姿に見詰める。

 それから懐かしさと可愛さについ頬が緩んでしまって、ジークに指摘される前に慌てて戻しておいた。


 ジークにとっては悲劇でしかないし、私は私で突然で戸惑うし困惑もするけど……昔懐かしいジークの姿を見れてほんのちょっぴり嬉しかったと言えなくもないのだ。

 ジークにとってそれは残酷でしかないと理解しているから、口には出さないけど。


「……逆戻りだ……何故だ……」

「わ、分からないけど、試練、とかなのかしら。でも子供時代に戻るって試練なら私も戻らないとおかしいし……」

「何故だ、何故戻った、折角あんなに努力して鍛えたというのに……!」


 天を揺さぶるような咆哮……ではあったものの、やはり声が変わる前の幼いものなので、可愛らしさが勝ってしまい子供の癇癪に聞こえてしまうのはご愛敬。


 自分は婚約者が今に至るまでどのような努力をしたかは知らなかったが、ジークの口振りと憤りから血の滲むような努力をした事が伺えた。

 というか実際血が滲んだのかもしれない、ジークは昔お世辞にも体が強いとは言えないひ弱な体だったから。


 幸いな事に、幼くなったジークがその病弱さを発揮していなさそうなのが、一つの救いでもあった。もしも病弱な体質まで再現されていたら、きっとこれからジークは屋敷の外を気軽にうろつけなくなってしまう。


「き、気を落とさないで……戻る方法を探しましょう?」

「……君は随分と楽しそうだな」


 ほんのり恨みがましげに見られ、焦りとときめき。……ジト目ジークが可愛いとは口が裂けても言えない。だって、可愛いし……。


「そ、そんな事は」

「俺がそんなに子供になって嬉しいのか……思えば君は子供好きだったな。……あああ、これではマリーに意識なんてして貰えないではないか……振り出しに戻ったぞ……」

「え、ええと……大丈夫よ、ジークの事は、好きよ?」

「君の好きと俺の好きには大きく隔たりがあるんだ! 君は大人の俺にキスしたいとか抱き締めたいとか思わないだろう!」


 カッと翠緑の双眸を見開き声高に叫ぶジークに、流石に戸惑いが強くなる。


 確かに、好きには好きだけど、幼馴染みとしての好きが強かった。けど、それは側に居ればやがては全部異性の恋に変わるものだとも思っていたのだ。

 嫌いではないし男性として好きには好きだが、成長したジークに戸惑いが勝っていた、というのが本音で。


「え、あ、その……それは……」

「俺はしたい! マリーに触りたいしキスだってしたい! 六年ずっと想い続けて来たし待ち望んだんだぞ!」

「……じ、ジーク」


 い、幾ら何でも明け透け過ぎやしないかしら!? 年頃の男の子はそういうものだから仕方ないものなの? というか、キスしたいって……!


「神よ、これは何の試練なのだ……」


 子供になってしまった事で涙腺も上手く制御しきれないのか、涙目で本気で落胆しているジークに、流石にこれは幾ら何でも可哀想だとそっと背中を擦る。


 そこで気付いたのけど、ジークの服装は思い出にあったもので、先程まで着ていたコートは何処にも見当たらない。

 これも女神の奇跡なのかもしれない、とは思ったけど、今はそれどころでもない。服装は些末な問題で、今重要なのはジークが子供に戻ってしまった現象自体だ。


 ぐす、と鼻を啜るジークに妙に庇護欲がそそられて抱き締めて宥めにかかると「絶対子供扱いしてるな」と湿った声で呟かれてつい体が強張ったが、応えないでおいた。

 ……多分、言ったらジークがどん底に沈んでしまうので。


「と、取り敢えず、お父様に相談しましょうか」


 このままでは埒が明かないとわざと明るい声で提案して、ジークに聞こえないようにそっと嘆息した。

 取り敢えず、どう説明しようかしら。

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