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そうして彼は子供になった

 暫く平静になるまで時間はかかったものの、何とか普段通りの心に戻しては、ジークを祭壇へと誘う。


 あるのは、ミュラー邸から少し離れた、聖殿。

 此処は街にある協会と違い女神様自身が眠るとされていて、私達ミュラーの家系以外は近寄る事を許されない……というよりは結界にて近寄れないようになっている。


 本来なら正式に婿入り……女神様の洗礼を受けるまでこの場には立ち入れないジークだけど、私が伴う事で結界を通り過ぎる。これは婿入りの儀式と同じようなもので、つまり、祭壇に向かうという時点で婿入りすると決まった事になる。


 それを理解しているからこそ、ジークの手を引きつつも羞恥が振り返してうっすらと頬を染める事になっていた。


 既にお父様の許可を取っている、とジークが宣ったのも原因だ。つまり、ミュラー公認という事で、余計に恥ずかしくなっている。


 これも両親が通った道なのだと思うが、それでも、恥ずかしい。父親に恋人を紹介するとかそんな軽いものではないから、緊張だってする。


 そんな私に反して手を繋いだ婚約者様はご機嫌で、恥じらいも緊張の様子は見られない。随分と豪胆というか、肝が据わるようになったなあ、と思うのだけど。

 上向いて堂々と進むジークと、おとがいを引いて恥じらいに俯く私。


 そんな中、聖殿の中に入れば直ぐに祭壇に辿り着き、女神像と対面する。

 ヴェールを被りローブを纏った姿の像。美しい顔が彫られたその像は、見慣れている私ですら見とれて感嘆の吐息を零す程。日々祈りを捧げているけれど、見飽きる事はない。


 暫く視線を集中させていたけれど、ジークの「マリーに似ているな」の一言で我に返って、慌てて首を振る。


 女神様に似ているなど贔屓目過ぎるし女神様に失礼過ぎる。何処が似ているのか全く分からない。


 そうジークに訴えるものの、ジークは訂正する気もなさそう。……褒めたかったのかもしれないけど、女神様に申し訳なさすぎて肯定なんか出来っこない。

 恐れ多すぎるわ、女神様に似ているなんて。


 領民からはミュラーの姫と呼ばれ慕われていると自負出来る私は、人から女神の寵児と称されているのは知っている。

 だが、それは声を聞き届けるからであり、私が女神様のようだとか女神様の再来だとか言われている訳ではないもの。


 確かに、何処と無く顔立ちが似ていなくもないが、それだけである。別に、自分が女神様のような美貌をもっているとはこれっぽっちも思わないし到底思えない。


 断じて違う、と否定してジークに注意しつつ、女神像の前に両膝を着き胸の前で手を組む。日課のお祈りをする時と同じ体勢なので、慣れている。

 ジークも倣って片膝を着き、胸に手を当て主に忠誠を捧げるような体勢を取った。


 その姿が昔は二人の間でお気に入りだった聖騎士物語の、騎士の挿し絵そっくりだった事に気付いて、横目で見てちょっとどきっとしてしまった。

 ……憧れだった騎士様に見えて、余計に格好良く見えたなんて本人に言える筈がないわ。


 女神様の前で邪念なんて駄目、と緩く首を振って腰まで伸ばした艶のある自慢の髪を揺らして追い払い、瞳を閉じて心の内より女神様への祈りを捧げる。


 ジークが女神様に許しを得に来た、という事に驚きもしたが、良く考えれば道理でもある。


 婿入りとはミュラーの名を与えられるという事。

 女神様の代言者を務めてきたミュラーの一族に入る為には、どうしても女神様の許可が必要なのだ。たとえ、私やお父様が認めたとしても、女神様の許しを得なければそれは叶わない。


 聞き届けて貰えるかは分からないが、私に出来る事はただ女神に耳を傾けて貰えるように祈るだけ。


「ジーク、女神様にお伝えしたい事は」

「クレメンティーネ様、私はマルグリットの良き夫となる事を誓います。仲を、認めて頂けるでしょうか」

「なっ、じ、ジーク……!?」

「誓いに来たんだよ、宣誓は当たり前だろう」


 確かに、お伺いをたてるとは聞いていた。けど、こんな大胆な発言を目の前で聞かされる身にもなって欲しい!


 ただでさえ成長したジークに意識していたというのに、あんな言葉を聞かされては余計にジークの存在が胸を占めてしまうようになってしまうじゃない。

 幾ら、将来を誓った仲とはいえ、羞恥は別物なのだから。


 当人はしれっとしており女神像を真っ直ぐに見詰めていた。

 真摯に、ただひたすらに誠実な態度を崩さずに。


 それがジークの誠意であり本気という事は言われずとも分かり、頬を染めてきゅっと唇を噛み締めて……。


『……宣誓は、聞き入れた』


 そして、声が降り注いだ。


 艶のある、高くも低くもない、澄んでいて且つ厳かな声。まるで、神が使徒に啓示を与える時のように、重厚感のある響き。

 それ自体が圧力を伴うかのように、私もジークも緊張で無意識に体を強張らせざるを得なかった。


 一番、この声を聞いているのは私だし、私だからこそ、誰が語りかけているかを理解して、呆然とすらしてしまった。

 ……直接、女神様が二人に語りかけてくるなど思いもよらなくて。こんな事、今まで一度もなかったのに。


『試練を乗り越えたなら、ミュラーに名を連ねる事を認めましょう。……過去に囚われず今を愛せたなら』


 最後は、溶け崩れるような声で告げて、そして私の視界は光で塞がれた。


 洗礼の光よりも強く、真実を露にするように眩い光の花びらが、私とジークを包み込む。

 堪らずに瞳を閉じたけど、閉じなければ目が焼かれていたかもしれない。それ程までに鮮烈な光で、幾度と女神の声を聞き届けてきた私にすら未知の体験で、ただ静かに息を殺すしか出来なかった。


 一体何が起こっているのか、一番女神に近しいであろう私ですら理解の範疇を越えている。こんな事今までになかったし、あるとも思わなかった。

 ただ代弁者の私に意思を伝えてくるだけだったのに、今回はジークまでその声を聞かせるなんて。


 数秒すれば花弁を模したような光が消え去ったので、漸く瞼での保護を解くと、変わらずに隣に片膝を着くジーク。

 何処か夢見心地な表情こそしていたが、婚約者は何事もなく顕在で、安堵の吐息が自然と漏れた。……もし何かあったらどうしようかと思ってたから、特に何もなくて良かった。


「……まさか本当に聞こえるなんて」

「す、凄いことよ? 託宣を受けるなんて」


 女神様は、基本的に誰かを通してしか、他者に意思を伝える事はない。


 大抵今代の姫であるマリーがその聞き届け民に伝える役目を仰せつかっていたが、今回のような事は初めてで私ですら戸惑うしかない。

 直接声を聞けるなど、聞いた事もない。お父様ですら、あるか分からない。というかないとは思う、お父様はお母様と結婚する時も女神様の言葉はお母様が代弁したらしいし。


 だからこれはとっても凄いし私的に前例がない事なのだけど、その凄さをいまいち理解していなさそうなジーク。ただ言葉を噛み砕こうと翠玉をしばたかせ、口許に手を添えている。


「今を愛せたなら、とは何だろうか。俺は、いつも君の事を愛しているんだが」

「……っ」

「……照れてるのか?」


 愛している、の一言に一瞬意識が白に染まったものの、何とか喚かずに抑えて。ただ、頬だけは雄弁に語っているので、ジークには狼狽もお見通しだったらしく悪戯っぽく微笑むけど。


「昔から好きだと言ってきたつもりだったんだが、信じてくれなかったのか?」

「だ、だって、ジークは弟みたいな存在だったから」

「今でも弟に見えるか?」


 見えないわ。

 小さくそう呟くと、ジークは満足そうに頷いた。とても嬉しそうに。


 それから、腰が抜けたように地面に座り込む私の頬を、ジークがそっと触れる。

 びく、と背中を揺らす反応を知って尚、ジークは指で頬をなぞるのを止めようとはしない。それどころか、体ごと、私に近付く。


「……絶対に、大切にする。あの時のように無力な俺じゃない、今度こそ、俺は君を守るから」


 六年前の誓いは未だに有効で、それを破るつもりもないジークに息を飲み、その愚直なまでに真っ直ぐな翠の双眸に目を奪われた。

 迫る美貌に見とれてしまい、呆けたようにジークの顔を見詰めて……。


「マリー、俺は君を」


 優しい声が、直接唇に注がれようとした瞬間、一瞬だけ光が二人の間で生まれ、強く輝く。まるで、私達を遮るように。


 突然の事で反射的に目を閉じた私は数秒間視界を閉ざして耐えていたけど、何も起こらなかったので恐る恐る瞳を開けて、そして固まった。


「……え?」


 目を開けたマリーの瞳に写った姿に、思わずマリーはあんぐりと口を開いて目の前の光景を疑い、言葉を失うしかない。視界に映ったものをどう表現して良いのか、逡巡してしまった。

 

 ……いやいやいや、嘘でしょう?


 信じたくはなかったけれど、目の前のジークが幻だとも思えない。

 あれだけ私の心臓を脅かしてきたジークは、昔の姿を取り戻しては不思議そうな顔をしていた。

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