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ジークの目的

 精悍な青年へと成長した婚約者と一つ屋根の共同生活をする事となったのだけど、色々な意味で心臓に悪い生活を送る羽目になっていた。


 羽目と言っては失礼だと思っているものの、兎に角ジークが心臓を一々揺さぶるのだ。

 目が合えば微笑むし然り気無く手を取ったり称賛してきたり、それはもう幼い頃の仕返しだと言わんばかりにたっぷりと可愛がろうとしてくる。しかも冗談ではなく至って本気で。心臓が爆発しないのが奇跡な程だ。


 そんな訳で、おはようからおやすみまで一緒に過ごすというのは、良くも悪くも胸の高鳴りが続いている。……仕方ないでしょう、甘いマスクで好意を露にされて、動揺しない訳がない。


 流石に四六時中べったりではないものの、リビングに居れば顔を会わせるし、ジーク自体私の側に居たがる為、心休まる場所は自室くらいしかなかった。


 かといって自室に引きこもるのは負けた気分になるし、ジークとの六年の隙間を埋める事から逃げたい訳ではない。


 寧ろ、何があったか知りたいとは思うものの……どうしてもジークの眩さに一々ときめいてしまい、平常を保てない。

 しっかりするのよ自分、と歳上という事を強く意識してジークに挑むものの笑顔に返り討ちに遭うのが日課となってしまったこの頃。


「……俺を見る度に顔を林檎にするのも良いのだが、そろそろ目を合わせて欲しい。視線がさまよっているんだが」


 リビングで将来を誓った仲の男女が二人。

 これだけで意識してしまうのは、私があまり男性に免疫がないからなのだろうか。ジークは何とも困ったとわざとらしく肩を竦める。


 長椅子の隣を微妙な距離を保ちつつ腰掛け、ジークの言葉通り頬を林檎のように染め上げ、指摘に口を噤む。

 言われなくても自覚はしていた。ジークの正視に五秒も保てていないという事に。翠の瞳を見つめる事にも見つめられる事にも、長時間は耐えられない。


「だって……ジークが」

「俺が?」

「ジークが、……大きくなったから」

「そりゃあ六年も経てば人は変わる。そういうマリーだって綺麗になったし、淑やかになったじゃないか。昔は原っぱを駆けて転んだり泥遊びをしてカンカンに叱られていたというのに」

「それは持ち出さないで!」


 昔を思い出すとこっぱずかしくて仕方がない、と先程とは別の意味で頬を染めてジークを見る。

 漸く目が合った、と悪戯っぽく微笑んだジークに、今日初めてちゃんと視線が合ったのだと気付かされた。


「そういう事だ。人は変わる。俺もマリーも、六年の間に、成長したんだからな」


 ややしんみりと呟くジークに、一体六年の間に何があったのか、という気持ちになるものの、上手くそれを言葉に出来ない。

 聞こうと思っていても、中々ジークと長時間話せなくて(心臓的に)聞く事が出来なかった。それに、ジークの変化を教えられるようで、何となく、聞きにくかったのもある。


「まあ良いんだけどさ。俺としてはずっとお預けを食らっていて辛い」

「お預け?」

「六年振りに会った婚約者がよそよそしくて目すらロクに合わせてくれないんだ。触れようものなら逃げる。これを悲しみと言わずに何と言うのだろうか」


 折角遠い領地からやってきたのに、と大層ショックを受けたように深々と溜め息を空気に溶かすジークに、流石に私だって自分が悪いとは分かっているので「う」と息を詰まらせる。


 ……仕方ないじゃない、とはとても言えそうにない雰囲気だわ。

 可愛かった弟分が見目麗しい殿方になって現れた気持ちなど、本人に言っても分かりはしないだろう。


 ジークの太陽のような美貌は、正直言って、本当に正直に言うと私の好みの正面を貫いている。騎士のようなしなやかで引き締まった体つきも、本当に理想的で、何というかもう、堪らない。


 けど、流石にそこまで暴露する気にもなれないし、見掛けだけを好んでいるとか思われたくもない。中身が好ましいからこそ、外見云々が出てくるのだ。


 兎に角、理想像ぴったりなのが昔馴染みのジーク(しかも婚約者)というのだから、心臓のドキドキもより強くなるもの。

 おまけにさらりと口説くのだから、意識するのも当然であった。ジークも、絶対分かってて口説いてるのだと思う。


「まあ、そこはおいおい慣れて貰うとして」


 何か言う前にあっさりと話題を変えるジークに、ほっとする反面、自分はジークにちゃんと向き合うべきだという気持ちが、胸に去来する。


 ジーク程分かりやすく好意を示してくる人など、居ない。

 自分を愛してくれる婚約者という存在はとても嬉しい。けど、それをどう伝えていいのか分からないのだ。好きと言い切るには、ジークが変わりすぎて戸惑っているというのも、原因ではあるが。


 戸惑う私を気遣ったのかそれ以上は踏み込んでこないジークは、ふと真剣な眼差しを向けてくる。


「それで、俺が俺の目的の一つを果たさなければならないんだが、良いか、マリー」

「目的?」


 自分に会いに来た、というのが一番の目的であるとは聞いていたものの、再会時に他にも目的があると言っていたのも事実だ。

 その目的に関しては聞いていなかったので首を傾げると、静かに微笑みを浮かべる婚約者。


「ミュラーの姫君である君にお願いをしなくてはならなかったからな」

「……祭壇に用が?」


 ミュラーの姫君、という単語に、何となく意味を察してしまう。


 私達ミュラーの治めるイスヴァーレンは、女神が守護しているという。それが真実なのか、他地方の民は半信半疑ではあるものの、イスヴァーレンの民は女神様が居ると信じている。

 その女神の声を聞く事が出来るとされているのが、私。というか、聞けるのだけど、他の地方の人には眉唾物だと思われてるけどね。


「そうだ。君にも無関係な話ではない。婿入りするにはクレメンティーネ様の許しを得なくてはならないからな」

「っ」

「君は女神の寵児だ。その君と共に生きていくというなら、お伺いをたてるのは当然だろう」


 声が聞こえるとされているのは、ミュラーの女児、らしい。現に、従兄であるオズワルド従兄さんには聞こえないし、お父様にも聞こえない。


 だからこそ、代々ミュラーの娘が神託を受けイスヴァーレンを守っていく事になっていて、婿をとるのが習わしとなっている。お父様も入り婿だし。

 実際に生まれるのは女児ばかりで男児は少ないので、そうせざるを得ないというのもあるのだが。


 幸いな事に、私は幾度となく女神様の声を聞いており、それ故に民からは『女神の寵児』と言われている。……本当は名前が仰々しいし恥ずかしいから好きではないのだけど、嫌だとは決して言えないので黙って受け入れているが。


「エリアス義父さんも婿入りの際にお伺いをたてたって言うし、俺もしなければならないだろう?」

「そ、それは、そうだけど……」

「……それとも、俺と結婚するのは、嫌か?」

「そんな事ないわ!」

「なら良かった。やっぱりお互いに承諾していないとな」


 いや、そうだけどね!? と声を上げたくなったものの、満足げな笑みを湛えるジークに文句など言える筈もないし、満更でもないと言えなくもない為押し黙るしかない。

 それを知ってか知らずか、麗しの婚約者様は朗らかに微笑んだ。



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