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成長と、忘れた○○

「ねえイザベル、私って体の何処かに傷はあるかしら」


 湯殿では、小さな声でもよく響く。比較的広い我が家の湯殿では、反響するようにしっかりと側に居る人に聞こえる。


 ジークの言葉が少し気になったので、入浴中に側に居たイザベルに問い掛けると、イザベルはやや表情を強張らせながら「どうかしましたか?」と気遣わしげに声をかけてきた。


「どうかした、というか……何と言ったら良いのかしら。ジークに傷一つない綺麗な肌だろう、と言われて、本当に傷一つないのかしら……と」

「あのマセガキ……こほん、ジークヴァルト様の言葉を気にしていらっしゃるのですか?」


 今凄い言葉が聞こえたのだけど、あまり気にしない事にしておきましょう。イザベルはその、ジークを頼りない子供だと思ってるみたいだし。

 ……あんなに、鍛えてて、私には頼りないとは思えないのだけども。


 思い出すととても恥ずかしい、しかも湯船で思い出すなんて……わ、忘れましょう。とても、目の毒だったもの。


「……その、やっぱり殿方は綺麗な方が良いわよね。だから、私は大丈夫なのかな、と」

「ジークヴァルト様はマリー様なら、たとえ傷があっても気にしないと思われますが。マリー様は傷一つありませんし、お綺麗になられましたよ」

「そうかしら。それもイザベル達が磨いてくれたお陰ね」


 女性は手入れが欠かせない、とイザベルを始めとした侍女達は毎日せっせと私を磨き上げる。


 貴族としては当然なのだけど、何だかこう、未だにちょっと抵抗があるので、湯殿では慣れたイザベル一人に世話を任せていた。

 丹念に洗われ、風呂上がりには侍女も増えて丁寧に髪を乾かされてくしけずられ、香油を塗られ、何というか実に至れり尽くせり。……ちょっと太ったら容赦なく指摘してくれるのは有り難いのだけど、割と響く。


「私達のお仕事でもありますし、日増しに美しくなっていくマリー様のお手伝いが出来るのが我々の幸せでございます」

「……綺麗になったかしら。あまり、六年前と変わったような気がしないのだけど」

「お綺麗になられましたよ。ジークヴァルト様からも伺っているでしょう」

「……ジーク、いつだって褒めてくるから、ほんとなのか疑わしいもの」

「それは余程ジークヴァルト様がマリー様に惚れ込んでいるからですよ。お分かりでしょう?」


 ……それは、分かってるけども。


 ジークが本気で私を好きで、結婚して婿になろうとしている事はよく分かっている。表情も態度も、それを物語っている。

 いつでも「マリーは可愛いな」なんて言われたら恥ずかしくて仕方ないのだけど、でもそれもジークの本音なのだろう。


 私とイザベルしか居ない筈なのに「マリー」と甘く囁かれた気がして、一気に頬が赤くなってしまう。

 ちょっと記憶を辿っただけでこうなってしまうなんて、私はどれだけ……その、ジークに言わせるなら初心なのかしら。


「……ジークは褒めてくれるけど、私からすればジークの方が成長してるわ。あんなに格好良くなったなんて、聞いてない」

「ジークヴァルト様が聞いたらさぞお喜びになるでしょうね」

「言ったら抱き締められたし顔に沢山キスをされたわ。直ぐに子供の姿になったけども」

「ジークヴァルト様は堪え性がありませんね。……まあ、マリー様が愛らしくて仕方ないのも分かるのですが」


 ……イザベルの評価は持ち上げすぎな気もするのだけど、ジークが私の事を好きだというのは、よく伝わってきた。


 答えを返したいと思う反面、どうして良いのか分からないし、……なんだか、今のまま答えを返してはならない、と漠然と思ってしまう。

 何がどう駄目なのかと言われると、困るのだけど……。


「……その、ジークの事が好きとか、まだはっきりしないけど……向き合う努力はしたいと思うし、ジークが喜ぶなら綺麗になりたいと思うわ」

「今のままでも充分にお綺麗だとは思うのですが、それならばもっと磨かなければなりませんね」


 ジーク様に渡すのが勿体ないくらいに磨き上げます、と冗談なのか本気なのか分からない事を言って笑うイザベルは、私が湯船から上がる気配を感じてそっとタオルを手にする。


 多分この後マッサージと身支度に物凄く時間がかかるんだろうなあ、と苦笑して、私はそっと立ち上がった。


 ふと、湯殿に設えられた全身鏡に近付いて曇った鏡面を手で拭うと、裸身の私が居る。


 いつも見慣れた自分の姿。均整はそこそこに取れた体つき、だとは思う。イザベルが言う通り、傷なんて見当たらない、手入れの行き届いた真っ白な肌が写っている。


 ……少しだけ違和感を感じたのは、気のせいだろうか。


 ないとおかしいものが、肌にない気がして――ズキ、と一瞬だけ頭が痛んだ。


「マリー様?」

「ううん、何でもないの。上がりましょうか」


 タオルを抱えたまま寄ってくるイザベルに苦笑して、私は素直にタオルに包まれた。

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