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思い出せない過去の事

本日二回目の更新です

『……ジークヴァルト、君はマルグリットが少し落ち着くまで領地で静養していなさい。傷も深いだろう』

『でも』

『マルグリットが思い出してしまわないように……お願い出来るか?』

『……はい』


 これは、いつの会話だったかしら。

 私の意識が半ば眠りに落ちている時の会話なのだろう。口を挟めないから。きっと、この時は喋れなかった。


 ジークが私のせいで傷を負った時の会話? でも、私が思い出してしまわないように、って。

 ……私は、何か、忘れて――?




「マリー」


 そこで、私の目は覚めた。


 照明の光を背負ったジークの翠の瞳が不安げに揺れて、私の顔を写しては輪郭を滲ませる。

 私がぼんやりと瞼の幕を上げた事でジークは一気に安堵に頬を緩ませたけど、直ぐに気遣うように瞳を伏せては私の頬を撫でた。今度は、何も痛くない。


 金糸の先が触れそうな程に近くて、けど今はドキドキというよりは状況把握しようとして視線がさまよった。


「……ジーク?」

「気が付いたな。此処は家だよ、マリー」

「……お出掛けは」

「中断するに決まっているだろう、全く。……いきなり気を失ったから、心配したんだからな」


 どうやら、私はあのまま意識を失ってしまったらしくて。

 さぞジークを心配させてしまっただろう。というか、彼が家に連れて帰ってくれたのだと思う。

 店内で倒れて鍛冶屋の方にもすっごくご迷惑をお掛けしただろうし……。


「体調が悪かったのに気付かなくてすまない。自分の事ばかりで。マリーはか弱いのに、気を使えなかった俺が悪いんだ」

「違うの、急に頭痛がして……というか、私はか弱くなんてないわよ」

「俺にとっては、マリーは守るべきお姫様だからな」


 ……またそういう事を言う。何で、恥ずかしげもなく言えるの、もう。

 台詞は気障なのに至って真面目な表情で宣言するジークに、私もどうしていいのか分からなくて。


 ただ頬を熟れさせて唇をもごもごとくねらせる私に、ジークは「照れてるマリーも魅力的だよ」と駄目押ししてくるので、恥ずかしさのあまりにそっぽを向かざるを得なかった。

 そんな私をジークは笑うのだから、本当に、可愛げがなくなったと思うの。


 ひとしきり笑ったジークだけど、その後に熱の引かない頬を撫でて息をつく。


「でも、本当に良かったよ。体調はどう?」

「今は平気よ。……頭痛がしただけなんだから、そんな大袈裟にならなくても」

「なるから。婚約者が急に倒れたのに心配しない男が居るか?」


 台詞は甘いけれど、眼差しは真剣で、気にしないでなんて言えそうにない。

 目の前で倒れてしまったから責任感を感じているのだろう。翠玉が真摯に見つめてくるから、とても申し訳無さを感じてしまう。


 眉を下げて「ごめんなさい」と謝ると、ジークの瞳が細まって、それから小さな溜め息。


「マリーが謝る事でもないだろう、全く。……体調不良に心当たりはあるか?」


 起き上がろうとした私の背を支えつつ顔を覗き込んでくるジーク。

 その顔が、不思議と倒れる前に見た記憶の欠片に、重なって。


「……覚えのない記憶、思い出して」

「覚えのない記憶?」

「ジークが怪我した時の記憶、なのかしら。でも、ジークが泣きながら私の名前を呼んで――」


 あれは、何だったのか。

 怪我をしたのはジークだもの。私に心配そうに呼び掛ける必要はなくて、寧ろ私がジークの事を心配しなければならない状況だった筈だ。

 そもそも、私は何故、あの時ジークを見上げていたのだろうか。


 けど、それ以上考えようとすると、頭に靄がかかる。


 ジークが一気に思い詰めたような表情になったかと思えば、急に明るくなって、私の頬を撫でては「あまり無理しなくて良いから。倒れたばかりだし、気にしなくて良いよ」と囁く。

 意図的に制限がかけられたような、そんなもどかしさを感じ取ったのか穏やかな微笑みで抱き締められ、私はそれどころではなくなってしまった。


 幾ら婚約者だからって、男の人に抱き締められるのはやっぱり恥ずかしい。将来的には慣れなきゃ困る、とは分かっているのだけど。


 かああ、と一気に鮮烈な熱が頬を埋め尽くすのを、ジークは眺めて笑っていた。

 ……心なしか、強張ったような触れ方だった。




 結局大して街の案内も出来ずに帰ってきてしまって、ジークには非常に迷惑をかけただろう。

 おまけにイザベルには「マリー様のご様子を何故見ていなかったのですか」と窘められ……というか叱られていて、私のせいなのにと申し訳なさが更に増す。


 ……折角おめかししたのに、という気持ちがちょっとあったりもするし、倒れずに居られたら良かったのにと思わずにはいられなかった。

 そんな思いが伝わってしまったのか「また今度、デートすれば良いから」と愉快そうに笑ったジーク。……これはデートじゃない、と言っても聞かなくて、ただただ嬉しそうに笑って私の頭を撫でるのであった。

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