記憶の欠片
お久し振りです。更新が停滞してしまって申し訳ありません。現在連載中の別作品が金曜完結ですので、終わったら此方の方も更新していけたらと思います。
案内をするつもりが逆に手を引かれていたけれど、ハンスさんの居た場所から少し離れた辺りで、漸く手を離してくれ……はしなかったけど、緩めてくれた。
余程聞かれたくない事だったらしい。
「あ、そういえばマリー、この辺りに鍛冶屋ってあったかな」
私の不満にも似たもやもやを吐き出す前に話を変えられて、私は一瞬口をついて出そうだった言葉を何とか抑え、一度飲み込む。
「あの角を曲がった辺りにあるけど……どうかしたの?」
「ああ、ちょっと剣を新調しようかと思って」
「剣!?」
昔のジークからは想像も出来ない単語に思わず声を裏返してしまう。
人の目があるのに大きな声を出すなんてはしたない、と口許を直ぐに押さえたのだけど、ジークは「そんなに意外かな」と苦笑してしまった。
意外もなにも、昔は病弱で……とそこまで考えて、今のジークは逞しくなっていたのだと思い出す。
本人曰く鍛えたらしいし、剣を扱ってもおかしくはないのだけど、昔のジークの印象が忘れられない私としては、何というか違和感があるというか。
そこも顔に出ていたのでジークの苦笑いも強くなるのだけど。
「この体は見せ掛けじゃないからな? 向こうで鍛えたから剣くらい振れるさ。マリーをお姫様抱っこするのも出来るぞ」
「し、しなくていいから」
「それは残念。……まあ、俺が強くなったという事は理解してくれたかな。それで、剣を新しくしようと思って」
基本的には穏やかな気候に肥沃な大地で農産物が主となるイスヴァーレンではあるけども、山の奥にある鉱山から産出される鉱物は純度も高く、鍛冶も発達している。
ジークの求める剣だって良いものはあるだろう。……あまり刃物を持ち歩いて欲しくはないのだけど。
けど町を案内すると言ったのは私だし、ジークが望むなら連れていこう――そう思ってジークの手を引いた私が後から話を逸らされたと気付いたのだけど、もう口に出来る雰囲気ではなかった。
結局、ジークは剣を購入していた。正しくは注文した、だけど。
ジークの掌の大きさや背丈、本人の意向から見合ったものを職人さんに注文したらしい。私は基本的に鍛冶屋には来ないのでジークがテキパキと手続きをするのを見守るしかなかった。
やり取りの最中はジークの綺麗な翠の瞳が明るく輝いていて、そういう所は男の子らしいんだな、なんて感想を抱いてしまう。
昔は私に付き合ってお外に出掛けていたりとかの方が多かったのに。それで熱を出させてしまってお父様からも怒られてしまったりね。
とても、懐かしい。
そう、あの時も私はジークの手を引いて、森に入って――。
そこで、ズキリと頭が痛んだ。
触れられたくないと言わんばかりに、思い出そうとすれば針で刺すような痛みが断続的に襲う。心臓が鼓動を重ねる度に、痛みが脈打つように頭に広がるのだ。
私は、あの後どうしたのだっけ。気付いたら、ベッドで寝ていて。
「マリー?」
訝るような声に顔を上げれば、ジークが私を覗き込んでいた。
「どうかしたか? 体調が悪いのか、さっきからあまり顔色がよくないんだが……」
心配げに見つめてくるジークは私を気遣うように眉を下げて不安げな眼差しを向けて、そっと頬に手を伸ばして。
昔より随分と硬くなった指先がそっと触れた瞬間、痛みが一層強くなる。
『――マリー、マリー、ごめんね、僕が強くないから守れなくて』
幼い声が、響く。ぐわんぐわんと脳味噌を直接揺さぶられたような気持ち悪い痛みが、その声を反響させるように絶え間なく襲ってくる。
脳裏に蘇るのは、幼い声と、赤色。泣き声にも等しい、悲痛な色と水気を帯びた声。
『女神様、お願いします。どうか、マリーを』
泣きじゃくりながら懇願する幼いジークに、私は。
――そこで、私の意識はぶつりと途絶えた。




