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知らなくて良い事

 馬車に乗って街まで出たのだけど……やっぱりというか、私は色々な意味で顔を知られていると思い知らされる。


 ミュラーの姫、だなんて大仰な呼び方はあまり好きではないのだけど、ミュラーの正式な跡取りは私一人だから、否応がなく目立つ。


 他地方の領民だと自分の領主やその家族の顔を知らない、という事が多いけど、私は役割がらどうしても顔を覚えられてしまうのだ。

 ……その上かなり敬われているというか、女神の代弁者という立場が故に、信心深い人からは崇められたりする。これにはちょっと困るというか、接しにくくあったり。


「流石というか、やっぱり慕われてるな」

「も、もう……」

「帽子で隠していても身なりと佇まいで分かるんだよ。マリー、すっかり女の子らしくなったから。昔はやんちゃで、」

「ジークまでそれを言わないで!」


 通りすがりの人に頭を下げられたり会釈をされたり拝まれたり、街に出る度にこういう事が往々にして起こる。それを見たジークは感心しつつもちょっぴりからかいの笑みを浮かべるものだから、恥ずかしくてちょっと腕を叩いてしまった。

 ……しかも昔の事まで持ち出すし。今はそんな事しなくなったもの。


「でも、本当に綺麗になったよ。お陰で毎日見とれるし」

「……っ」

「今日はとびきり綺麗だぞ」


 ……さらりと口説いてくるから、ジークは油断ならないのだ。


「おや、マルグリット様ではありませんか」


 甘い言葉で私を褒め称える婚約者に帽子を深く被り直そうとして、それから声が掛けられる。

 街に出るとこうして話し掛けられる事もあるので、私は頬の赤みをなんとか押さえつつも笑顔で振り返った。


「こんにちは、ハンスさん」


 話し掛けてきたのは、猟師のハンスさん。偶にうちの屋敷の側にある森で狩りをして増えすぎた動物を獲ってくれたりするので、顔馴染みでもあったりする。

 多分、ジークも面識はあるし、覚えているんじゃないかな。


「今日は街に出てきたのですね。……おや、そちらの方は」

「お久し振りですハンスさん。ジークヴァルトです」


 やっぱりジークも覚えていたのか、爽やか好青年そのものの笑顔で軽く会釈するジーク。

 ……ハンスさんが目を見開いてるけど、驚くのも分かるよ。だって、ハンスさんの知るジークは私が昔抱いていたジーク像そのものだし。こんなに変わるなんて思わないでしょう。


「ジーク坊っちゃんですか、お久し振りですね……! 随分とまあ成長したもので……」

「よく言われます。マリーにも言われましたし」

「そ、それは仕方ないと言うか……」

「はは、でも驚くのも仕方ありませんよ! こんな色男に成長して……マルグリット様は気が気でないのでは?」

「あ、そこは大丈夫です。俺はマリー一筋なので」


 にこやかにのろけにも近い事を本人の目の前で言うジークは、確実に変な方向に逞しくなってると思うの……!

 ハンスさんはその一言ににやにやしながら「仲睦まじいですね」とか言い出しちゃうし、絶対ジークは狙ってる。私と婚約してるのは周知の事実だし、そうやって磐石の体制固める気だよね!?


 そんなに言わなくても結婚するつもりなのは変わらないのに、と思うものの、言ったら言ったでまたにやにやされるので押し黙っておく。……視線がジークのウィンクに出くわして、唇がもごもごと動いてしまったけど。


「それにしても、本当にご立派に成長なさって……」

「そうですかね? まあ、マリーの為に頑張りましたから。マリー、王子様とか騎士様に憧れてたんですよ」

「そ、それは昔の事で……」

「マリーを守れるくらいに強くならなくちゃ、と思いまして」


 照れ臭そうに頬を掻くジークだけど、恥ずかしいのは私の方。……あの頃はやんちゃ且つ夢見がちな女の子だったけど、今は別に、現実は見てるし……。


「……ジーク坊っちゃんは、もしかしてあの時の事を」

「ハンスさん、それは口に出さない約束だったでしょう?」


 ハンスさんが何かを言おうとして、ジークに遮られる。

 有無を言わせないような圧が込められた声にハッとジークを見上げると、ジークは穏やかな笑みのまま。翠の瞳は緩やかに細められていて、口許も柔らかな弧を描き、実に人の良さそうな笑みを湛えている。

 ……それなのに、何故だか肌寒さを覚えるような笑顔のような、気がして。


 ハンスさんはジークの言葉と眼差しに瞠目して、それから気まずそうに瞳を伏せる。自責の念が揺らぐ瞳に、二人の間で何が交わされていたのか知らないけど……少しだけ、違和感を覚えた。


 だって、ジークとハンスさんは面識はあるし話すけど、そんな関わりはなかったと記憶している。

 幼い頃のジークは頻繁に出掛けられた訳じゃないから、偶に会ったりする程度。今回だって、成長して初めて会った筈なのに。


「申し訳ありません、昔から領主様にも命じられていたのに、私は……」

「いえ、記憶は薄れるものですから。今後気を付けて頂ければ」

「……ジーク?」

「マリーは気にしなくて良いよ」


 その言葉は、にこやかで優しい顔で、拒絶を告げるようだった。


 気にしなくて良い、つまりその件では絶対に立ち入らせる事がないという明確な意思が覗いていて、知りたいとは思うけれど、ジークは譲らないとも分かっているのでひとまず諦める事にする。


 ……こういう時のジークは頑なだって知ってるのだけど、やけに、ガードが堅い気がした。まるで、私には絶対に教えてなるものかと誓っているようで。


 ハンスさんから領主様という単語が出てきた時点で、お父様が一枚噛んでる。

 大抵こういう時は私に関わる事だと思うのだけど……言う気は、なさそう。お父様に聞いても言ってくれなさそうではあるけど。


「では、俺達はこれで」

「は、はい」

「マリー、行こうか」


 有無を言わさずににっこりとした笑みで私の手を引くジークに、案内の立場が逆になってる、と思ったものの逆らえなくてハンスさんに頭を下げてこの場を後にする事になった。

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