26「温もり!」
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「廻」
懐かしい声が聞こえた。
暖かくて、聞くと落ち着く。
いつも聞いていたあの声、もう聞ける事のない声。
いつも俺には優しくて、甘くて、そんなあの人の事が、俺はどうしようもなく好きだった。
あぁ…暖かいなぁ…何で俺を置いて行っちゃったの…?
「かあ…さん…」
廻の頬に、涙がツゥーっと流れる。
それと、同時にゆっくりと目を覚ます廻。
「ん?ここは…」
俺は状況確認するため、周りに目をやる。
するとそこにはベッドに寝ている俺に、両の手で俺の右手を優しく握っているエリエルさんの姿があった。
とても、優しい笑顔をしていた。
「えっと…説明求めても…?」
廻は苦笑いを浮かべる。
「廻君はルナさんとの模擬戦で、倒れちゃったの。
ルナさんはあれでも手加減したつもりだったらしいんだけど、あの人加減を知らないからってネス君が怒っていたわ。
誰が治すと思っているのさ、だって」
クスクスと笑いながら答えるエリエルさん。
「それはまた…」
言われて見ると体の痛みがいつの間にか癒えていた。
いやぁ…ネスには迷惑をかけるね。
ネスがいるからこそ、俺は遠慮なく稽古に打ち込める、それはとても頼もしく、嬉しい事だ。
叶うなら、このままずっと、ここで魔術や剣術を教わりたい。
俺は心からそう思った。
ヒロインとの壮大な冒険とか、せっかくの異世界だから色んな所に行きたい。
その気持ちは勿論ないこともない。
けど、ここから離れたいとも思えない。
これはあまりに酷な二選だと、廻は心の中で苦笑い。
それ程に俺は、ここでの生活が気に入っていたのだった。
廻がベッドから起き上がると、エリエルは廻の手を何故かぎゅっと握り締めた。
廻はそれを疑問の顔で見つめる。
エリエルの顔を良く見ると、その顔は何処か悲しそうに俺を見ていた。
「廻君、私はこう言うのは心の奥にしまうのが本当は正しい事だと思う。
けど、私はそんなに心が強い人じゃないの。
とても脆くて、すぐに泣いてしまう。
だから、私は廻君に言わなきゃいけない」
「急になんですか?」
その言葉に未だ疑問に思う廻は、少し冗談めいた笑いをする。
だが、エリエルの次の言葉で理解する。
「廻君…目覚める前にね…母さん、って言って、泣いてた」
廻は目を見開く。
それは予想などまったくしていなかった言葉だからだ。
もう、大丈夫だと、強くなったと、克服したと、そう思っていたのにな…やっぱり、まだ俺は何処かで母さんを。
廻は手を広げて笑う。
「いやぁ聞かれちゃいましたかー!
まさかの俺氏マザコンバレまんた。
割りと結構いやかなり恥ずかしいから詮索はやめてね~?て言うか!俺ってば夢の中でもママの事を思いながら泣くとかどんだけホームシックしちゃってん…の…」
廻は自分の気持ちを、本当の心を、誤魔化そうとした。
だが、それは途中で止まった。
それは余りにも、エリエルが悲しい顔をしていたからだ。
廻はエリエルから視線をそらし、下を向く。
向くしかなかった、今の廻には、あの顔にどう答えるべきか何て言うのは出てこなかった。
ただ、罪悪感だけが、心を染める。
あんな顔をさせる為に、虚言を吐こうとした訳じゃない、ただ俺の事で心配をかけたくなかったんだ。
けど…エリエルさんは全てわかっていた。
わかっていたから、あんな顔を向けるんだ。
俺なんかの為に、こんなちっぽけな奴なんかの為に、エリエルさんは優しすぎる。
時にその優しさが、心に刺さる。
そんな廻の心情を察せざるをえない、エリエルは心の中で迷っている。
今私がどうすべきか、廻に何を言ってあげられるか。
そんなのは一つしかない。
エリエルは廻の手から両の手をどかした。
その瞬間だった。
「っ…!」
とても暖かい温もりが、廻を包む。
エリエルは、廻を自分の胸に抱き寄せていた。
頭をゆっくりと撫で、優しい声音で言う。
「廻君、君にどんな過去があって、何があってそんなに苦しんでいるのか、私にはわからない、だから、わからないなりにわからない私は、私に出来る事をする。
今の私が廻君に出来るのは、こんな事ぐらいだから」
エリエルはただただ、優しく廻を包んだ。
廻は歯を噛み締めて、目から沸き上がってくるものを堪えて、ただエリエルに身を寄せていた。
何でこんな感情が心を埋め尽くすのか。
それは昔自分が母に感じた温もりと、まったく一緒だったと言う理由なのかも知れないと。
廻はそんな感情を心に閉まった。




