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●ガイスト・メルゼクス事変 1



 それはある意味、この〝クライン〟における全ての元凶である事件である。また、初めて〝クライン〟で起こった歴史的出来事でもあった。


 まず、ガイストとメルゼクスという二人の男がいた。


 ガイスト・ディオール・トゥルナイゼンは錬金術師だった。特に仮想生命体を扱うのに長け、人工生命体、複合生命体を好んで研究していた。事故で失った右腕を『ラグナロック』という義手で代用しているのが特徴だった。


 ある時、その男ガイストが野望を持った。


 〝クライン〟は全時空間に繋がる世界である。いついかなる世界にもある『隙間』の集大成が〝クライン〟だ。言い換えれば、〝クライン〟こそが全ての世界の要素を持ち合わせた究極の空間だと言えた。


 ガイストはこう考えた。〝クライン〟が全ての世界の全ての時代に通じるのならば、〝クライン〟の王こそが全時空世界の王なのでは、と。


 即ち時空世界の並列支配という発想である。


 彼は自らの業を駆使して戦力を蓄えた。人ならぬ者達の集団がガイストの配下として生まれ続けた。


 一方、そんなガイストの野望を察知した男がいた。その男の名はメルゼクス。


 『時空の守護者』と称される存在だった。


 通説では彼こそがこの〝クライン〟の創造主ではないかと言われている。


 メルゼクスはガイストの野望に対し、寸暇を置かずに手を打った。


 目には目を、歯に歯を、力には力を。


 メルゼクスは己の力を用い、全ての時空間から兵士にするための者達を〝クライン〟へ強制的に呼び寄せた。当然、並の戦士では話にならない。ガイストが使役するのは人外の魔獣が主なのだ。対抗するためには、それ以上の存在が必要だった。結果、強制召喚を受けたのは『超人』と分類される人々だった。


 人の範疇から外れた者達。その原因、経緯は様々だったが、唯一の共通点は異能と言うべき力を持つことだった。


 ただ当時のメルゼクスはとにかく数を貪欲に求めていた。そのため、その基準はややたがのはずれたものだった。実際に異能を有する者だけでなく、将来的に超常的な力を持つ可能性を孕む者まで召喚していたのだ。つまり、可能性があるだけの一般人をも、である。


 当初この行為を浅薄と断じる者達はもちろん多かったが、後に彼らは納得することになる。とにもかくにガイストにぶつけるための戦力を集めていたメルゼクスは、浅慮に見えて実は恐るべき目的を秘めていたのだ、と。苦い味と共に噛み締めることになる。


 誰が名付けたか、これを神話になぞらえて『ヴァルハラ作戦』と呼ぶ。メルゼクスに召喚された者達は神々の尖兵たる英霊というわけだ。


 正確な数は不明だが、能力の強弱大小ひっくるめて約五万人以上が〝クライン〟に取り込まれた。その中には当然、御門鷹晃、マルグリット・フォン・ガイエルシュバイク、スターゲイザーも含まれていた。


 鷹晃個人をとれば、当時はなんの力も持たない男子高校生だった。侍に憧れ剣道に打ち込む少年だった鷹晃は、ちょうど家宝の刀に触れていたところを〝クライン〟に召喚されたのだった。紆余曲折を経て英雄と呼ばれることになる人物の最初は、そんなものだった。


 ヴァルハラ作戦の前途は多難だった。そもそも悪い意味の適当で集められた者達だったのだ。ましてや当のメルゼクスは『召喚で力を使い果たした』と閉じ籠もってしまった。その結果、統率の取れた軍団ではなく、烏合の衆が生まれるのは当然の話だった。そんな中で頭角を現したのがオーディスとウォズの二人である。


 彼らはそれぞれの世界で王をつとめていた事もあり、瞬く間に人心を掴んで派閥を作り上げた。


 オーディス派とウォズ派、両派閥の誕生であった。


 どちらもが烏合の衆だったメルゼクス軍を統率しようとしていた。激突は必至だった。ガイスト軍を打倒するために生まれたメルゼクス軍は、そう時を置くことなく内部に嵐を抱き込んだのである。


 内乱が始まった。


 権力闘争に興味のなかった鷹晃は、無益な血を流す大人達を無念がりながら見つめていた。彼は無理矢理に連れてこられた世界の戦争でも、自らのするべき事をわきまえていた。真の敵はオーディスでもウォズでもなく、ガイストであることを。オーディス派でもウォズ派でもない人々と共にガイスト軍を迎え撃つ準備をする最中、彼はスターゲイザーやマルグリットと出会い、内乱に巻き込まれながらもその能力を開花させていった。


 余談だが、出会った頃は少女であったマルグリットは鷹晃を毛嫌いしていた。というよりも彼女にとっては下賤な者全てが嫌悪の対象だった。そこに鷹晃も含まれていただけだった。とは言えそんな硬質な態度も、ガイスト・メルゼクス事変を通して次第に変化し、最後には反転してしまうのだが。


 ガイスト軍との小競り合いとオーディス・ウォズの内乱が続く中、鷹晃はウォズの陣営に怪しげな人物を発見する。ウォズから呪術師と呼ばれていた腹心で、後に人間ですらないことが判明する、その者がガルゥレイジだった。後になって露見することなのだが、この時ガルゥレイジはガイストの命を受けてメルゼクス軍に潜入し、意図的に内乱を起こさせ、増長させていたのだった。


 戦況は刻々と変化し、ついにガイスト軍の全面攻勢が始まった。慌ててオーディス派とウォズ派は休戦協定を結んだが、遅きに失した。結成された当初は有利だと思われていたメルゼクス軍は、無駄な内乱によって戦力を失いすぎていた。


 もはや正面からやり合っては、敗北するのは火に見えて明らかだった。


 戦局を打破するための作戦が立てられた。


 一点集中突破による電撃作戦。


 苦心して捻出されたわけではなく、純粋にそれ以外の方法がとれないだけだった。概要は、オーディスやウォズらが大規模な陽動を行い、選抜された少数精鋭の部隊が特攻をかけてガイストを討つ、というものだった。


 特攻隊は決死隊でもあった。一度ガイストの懐に飛び込めば退路はない。突入を志願する者は自殺志願者と同義だった。


 しかし鷹晃はそれに志願した上、皆に喜ばれもした。〝クライン〟での生活の中で彼はその才能を開花させ、一騎当千の剣士にまで成長していた。特にその剣が放つ一撃必殺の威力は他者の追随を許さず、あのオーディスすら一目置いていた。そんな彼の志願である。無論のこと大歓迎された。


 この時はまだ鷹晃に対する負けん気の強かったマルグリットも志願し、スターゲイザーも『あなたの傍の方が生き残れる確率が高そうだ』と言ってついてきた。


 鷹晃としては、流されるまま戦いたくなかった、というのが志願の理由だった。比較的安全な場所で戦いながら結果を待つよりも、自らの手で道を切り開きたかったのである。どうせ命を賭けるなら、漠然と陽動に参加するより、毅然と突撃をかけたかった。


 編成が完了すると、作戦はすぐに決行された。


 <鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>が手を繋いで攻勢に出て、ガイスト軍を圧倒した。そうしてこじ開けられた隙間を鷹晃ら特攻部隊が突き抜けていった。


 戦死者は少なくなかった。ガイストの要塞に突入した部隊では鷹晃、マルグリット、スターゲイザーの三人以外は皆が倒れるという凄まじい結果だった。


 そうしていくつもの犠牲を払いながら辿り着いた最奥で、鷹晃はガイストと対峙した。


 鷹晃の剣は空間ごと対象を切り裂く。そのため物理的な防御は一切意味をなさない。それをガルゥレイジから聞いていたガイストは対抗策を用意していた。


 鷹晃の剣は言い換えれば物理法則を超えた〝概念〟だった。『斬る』という意志が物理的な限界を突き抜けて顕現するのである。ならば、それを防ぐには同様に物理法則を超越する〝概念〟が必要だった。


 ガイストは鷹晃の剣だけでなく、マルグリットの火炎まで遮断する防御の〝概念〟を備えていた。これにより窮地に立たされたかと思われた鷹晃達だったが、少年は奇抜な方法でこれを乗り越えた。


 潔く剣に纏わせていた〝概念〟を捨て──ただ殴りかかったのである。刃による斬殺ではなく、峰を使った撲殺を選択したのだ。


 あんまりな発想に言葉をなくしたマルグリットとスターゲイザーを捨て置き、鷹晃は色を失ったガイストを散々に打ちのめした。この時の鷹晃には鬼気迫るものがあった、とマルグリットもスターゲイザーも口を揃える。人が変わったかのようだった、とも。


 ガイストとて道を究めた錬金術師であり、実力もその野望に充分見合ったものだった。だが、自らが最強の『盾』を持ち、相手が最強の『剣』を握るという状況が良くなかった。『剣』は『盾』を貫けず。『盾』もその背後から放った攻撃は全て『剣』に切り裂かれた。そのため互いの特色は霧散してしまい、結果的には生身のみの対決となってしまったのである。


 何より相手が悪かった。


 御門鷹晃という少年は剣士であり、侍であり、戦うからには勝つことを第一とする人間だった。その攻撃には迷いも躊躇いもなかった。まるで殺戮機械を前にしているような錯覚をガイストが覚えても、不思議ではなかった。


 ガイストが反撃をしなかったわけではない。彼の右腕の義手は十分に凶器であったし、それによって鷹晃に与えられた損害は決して軽いものではなかった。


 最終的には我慢比べに近かった。勝敗の差は、互いの覚悟の差だった。


 勝利の果実をもぎ取ったのは鷹晃だった。激しい打ち合いの末に、とうとうガイストが膝をついた。


 これで全てが終わった、とその場にいた全員が思った。だが、その想いを打ち砕くかのように、ガイストがこう言った。


 メルゼクスに気をつけろ──と。


 なにやら夢から覚めたような口調だった。殴られ続けたことで彼の中で何かが砕け、濁った瞳が悟性の光を取り戻したようだった。


 彼は右腕の義手『ラグナロック』を見せて、こう続けた。


 ──この義手が私を操っていたようだ。すまない。これまでのことは私の意志によるものではない。実はメルゼクスこそが全時空世界の並列支配を企てているのだ。奴は邪魔となる可能性を持つ者達を集めて、私と戦わせることで同士討ちを狙った。そして、お前達の中から多少の生き残りが出ても〝クライン〟に閉じこめておけば何の問題もない、と計算していた。私達全員がメルゼクスにはめられたのだ──


 そこで計ったかのように『ラグナロック』が爆発し、ガイストは死亡した。


 まるで彼の言葉を裏付けるような最期だった。


 ガイスト・ディオール・トゥルナイゼンの死によって収まるかと思えた戦いは、休む間もなく新たなる狼煙を上げたのだった。


 スターゲイザーは言った。茶番劇ですな、と。


 解剖と調査によってガイストが義手『ラグナロック』から意識を支配されていたことが確かになった。遺言になってしまったが、ガイストが最期に残した言葉は真実だったのだ。思い返せば、あの時勝利することが出来たのも彼の野望が贋物だったからだろう、と鷹晃は後述する。


 人々は事態の初期から姿を見せていなかったメルゼクスへ詰め寄った。どういうことなのか、と。


 メルゼクスは返答しなかった。ただ彼は行動で全てを示した。


 突如として現れた人工生命体の軍勢。


 メルゼクスはもはや言葉による意思表示を認めなかった。戦いこそが彼の答えだった。


 新生メルゼクス軍と、旧メルゼクス軍との戦争が始まる中、ガルゥレイジが鷹晃の元を訪れた。彼は素直に身上を明かし、自らがガイストによって生み出された人工生命体の失敗作であることを説明した。主人だったガイストの命で旧メルゼクス軍に内乱を起こし、増長を助けていたことも。そして、ガイストを倒した鷹晃に新たな主になって欲しい、と。


 彼はこうも言った。自分には自我というものがないため、他者に従うことしかできない。だが、いずれは自我を手に入れて確固たる存在になりたい──と。


 ガルゥレイジに罪を問うても仕方がない、という判断が下され、鷹晃は彼を受け入れた。と言っても、拒否しようともガルゥレイジは付き従う姿勢だったが。


 無傷の新生メルゼクス軍と、幾多の戦線を超えてきた旧メルゼクス軍との戦力差は絶望的だった。鷹晃達は疲弊しきっていた。ガイスト軍との戦闘と同様、とれる戦術は一つしかなかった。唯一の幸いはメルゼクスがガイストと同じく人工生命体を兵士としていることだった。頭さえ潰せば、人工生命体は即無害化できるのだから。


 一点集中突破による短期決戦という方針が決定された。


 しかし、希望は意外なところに潜んでいた。


 戦端が開かれた直後にガルゥレイジが鷹晃にこう問うたのだ。


 ──新たな主よ、我はなにをすればいいのか?──


 鷹晃は彼がガイストの失敗作だということを念頭に置いて、出来れば戦って欲しいが無理なら安全な場所に控えているように、と答えた。


 ガルゥレイジは頷いた。


 ──了解した。その命令は生まれて初めて受けた。前の主はそのために我を生み出したのに、それとして扱ってくれなかった──


 次の瞬間、ガルゥレイジはその本領を発揮した。


 マルグリットと背を比べてもほとんど変わりないその肉体が一瞬で膨張し、巨大な異形へと姿を変えたのだ。


 ガルゥレイジはガイストが求めてやまなかった新たなる生命種──竜だった。


 幻想の中にしか存在しなかった怪物が具現化した瞬間だった。ガイストの二番煎じでしかない人工生命体の群れは、竜の前では邪魔なゴミでしかなかった。


 ガルゥレイジはそれらを圧倒的に蹴散らした。


 結論から言えば、ガルゥレイジという存在が誰にとっても計算違いだった。メルゼクスもその例外ではなかった。


 意外すぎるジョーカーの存在によって彼はあっけなく追いつめられてしまったのだった。


 自らの元へ辿り着いた鷹晃に向けて、メルゼクスは述懐した。


 ──我ながら人選が適当に過ぎたようだ。まさか隠れた、勝利を約束された英雄を呼び込んでしまうとは、な。誤算も良いところだ。今回は仕方がない、私の負けを認めよう──


 『勝利を約束された英雄』という部分に対して鷹晃は否やを唱えたが、メルゼクスはただ笑っただけで何も言わなかった。


 メルゼクスは降伏する証に、今回召喚した全員を元の世界に戻すと約束した。


 だがそれは嘘だった。彼はその場にいた鷹晃とマルグリットとスターゲイザーに、帰還の魔法ではなく、別のものをかけたのだ。


 それが性転換の魔法である。


 両性具有であったスターゲイザーには何の影響もなかったが、見事、鷹晃は女に、マルグリットは男になってしまった。


 突然のとんでもない事態に三人は愕然とし、大いに狼狽えた。その隙をついてメルゼクスは悠然と彼らの前から姿を消したのである。


 逃げられたことに気付いた時には後の祭りだった。




 以上がガイスト・メルゼクス事変と呼ばれる出来事の顛末である。


 行方をくらましたメルゼクスが体勢を整え、再び全時空世界の並列支配に乗り出るのは容易に予測出来た。生き残った人々はむしろその日を待ち望みながら、今も〝クライン〟で暮らしている。


 人類という種はしぶとく、力強い。


 人々は未明の地に生活の基盤を築き、<鬼攻兵団>や<ミスティック・アーク>のように覇権を争い、元の世界にいた時と同じような事を繰り返している。


 鷹晃はそんな世界で、マルグリット、スターゲイザーらと共に、まずは男の体に戻るための方法を捜している。だがそれは元いた世界に戻るのと同様、困難な話だった。


 特に鷹晃のような、時代の英雄にとっては。




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