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●受難、現在進行形 6


 オーディス派の街、北東区の<鬼攻兵団>へ向かう道すがらのことである。


「すまなかった鷹晃。余はこの通り反省しているのだ。そろそろ許してくれてやってもいいのではないのかね?」


「どの口が言うのでござるか」


 やれやれ、と鷹晃は疲れの粒子を多くはらんだ息を吐き出す。どうやらマルグリットの精神における謝罪とは『すまない』と口にするのが最大のものらしい。貴族精神ならぬ貴族根性に、鷹晃は怒りを通り越して呆れてしまう。本来なら捨て置いてしまいところなのだが、そうしても彼はついて来るだろうし、何より今となっては同じ境遇の者としての情もある。


「とにかく、次のオーディス殿のときは頼むでござるよ?」


「任せておきたまえ!」


 返事だけは良いマルグリットだった。


「しかし、どういうことかね鷹晃? あの馬鹿女とどうも話が噛み合わなかったようだが。どういうことだろうか。あの女、余ならともかく鷹晃に嘘は言うまい。となると、〝プリンスダム〟のラップハールとやらが怪しいのだろうか?」


「拙者も一応はその可能性を考えてはいるのでござるが……正直、確定する材料もなくて困っているところでござるよ……ん?」


 と、返答してから鷹晃は不意に気付く。マルグリットが至極真っ当なことを言っていた、と。そういえばそうだった、と鷹晃は過去を思い返して得心する。この少年、普段の言動が言動なので知能をすら疑ってしまうのだが、特別頭が悪いわけではないのだ。ただ子供っぽく我が儘が度を過ぎているだけで。今だってしっかりと現実を把握して『ウォズは自分には嘘をつくかもしれないが、鷹晃にはつかないだろう』と、相対的な見方が出来ている。


「ん? どうしたのかね鷹晃?」


 思わずじっと見つめてしまった鷹晃に、マルグリットは無邪気に笑いかける。そこだけを見ていれば普通の少年に通じるものがあるというのに、


「なにゆえに……」


「なんだなんだ、どうしたというのだ?」


 心配そうにこちらを見上げてくるマルグリットの視線が痛い。鷹晃は控えめに、ふぅ、と息をつく。


「いいや、何でもござらんよ。それよりマルグリット殿はどう思われる? やはりラップハール殿が嘘をついていると?」


 質問にマルグリットは小首をかしげた。しばしの沈黙を挟み、口を開く。


「正直、余はそのラップハールとやらの人となりを知らないからな。しかし、状況的には怪しむには十分だろう。もっと言うなら余はあの馬鹿女も信用していないのだ。どちらも怪しい。つまり、どちらにも近づかない方が良いと思うのだよ。そして鷹晃は空いた時間を余のために──」


「急ぐでござるよマルグリット殿」


「ああッ鷹晃ッ!? 手を、手を離すとは何事かね!? 待ちたまえ! 待ちたまえ鷹晃ッ! 見ろ、私の手がこんなにも寂しそうにしているではないか! って聞きたまえタカアキラァーッ!」


 鷹晃は見向きもしない。互いの足の長さの差を生かしてぐんぐん距離を開いていく。その背中にマルグリットの涙声が追いすがる。いい気味でござる、と内心思う。これが良い薬になればいい、と。


 それにしても、マルグリットの見解はおそらく正しい。鷹晃にとってはラップハールもウォズも人となりを知っているだけに疑いにくい。しかし、状況的にはどちらかが嘘をついている可能性が非常に高いと言わざるを得ない。客観的にはマルグリットのように両者を疑うのが一番正しいのだ。どちらにも近づかない方がよい、という意見も含めて。もっとも、その後の意見は受け入れられないが。


 しかし、どちらかが嘘をついているとして、その目的とは一体なんなのだろうか。鷹晃を騙して何がしたいのか、それがわからない。事実はともかく、三人の女性に被害が出ている、という話だ。ラップハールが語ったのが作り話だったとしても、それは冗談では済ませられるレベルではない。またウォズが自らの行為を誤魔化したというのならば、それは鷹晃の信頼に対する裏切りだ。どちらにせよ悪質なもので、鷹晃としては許せるものではない。


 思えば、あの時に伸した男共を捕らえておけば良かった、と後悔する鷹晃だった。そうしておけば誰の指示によるものか、すぐにわかっただろうに。


「……今更、詮無きことでござるか」


 再び溜息をつく。


「鷹晃ぁ、鷹晃ぁ……!」


 情けない声が後ろからついてきている。まるでぐずった子供のようだった。


 背後から服の裾を掴まれた。振り返ると、酷い顔をしたマルグリットがジャケットの端っこを握ってこちらを見上げていた。


「む、無視するとは酷いではないかね……余が泣いてしまったではないか……!」


「……マルグリット殿……すごい顔でござるな」


 鷹晃は呆れるのを通り越して失笑する。どうやら薬が効き過ぎたらしい。当人は本気で心細かったのだろう。しゃくり上げるマルグリットを見ていると、途端に自分が大人げない対応をしてしまったかのような気になってくるから不思議だ。


 鷹晃はジーンズのポケットからハンカチを取り出すと、マルグリットの顔を丁寧に拭いてやった。


「はいはい、泣きやむでござるよ」


 鷹晃とマルグリットの身長差は三十センチ近い。ほとんど弟の世話をする姉のようである。ふと、互いに本来の姿なら、妹をあやす兄に見えるのだろうか、少なくともマルグリット殿が望む恋人同士には見えないだろう、などと考える鷹晃だった。




 <鬼攻兵団>の本拠地である『鬼岩要塞』は騒然としていた。外側はそうでもないのだが、要塞の外に出ている部分を遠目に見ると、多くの人間が忙しげに動いているのだ。


「? 何事でござろう?」


 まさかウォズ派の軍勢が攻めてきたわけでもなかろう。


「馬鹿のやることは理解できんよ鷹晃」


 今泣いたカラスがもう笑う、とはよく言ったもので、鷹晃の手を握ったマルグリットは上機嫌に言う。


 鷹晃は門番に近付き、声をかけた。


「すまぬが拙者、御門鷹晃と申す者。故あってオーディス殿に面会を申し込みたいのでござるが、取り次いでもらえぬだろうか?」


「みかど、たかあき……おお、これはこれは!」


 ウォズ派の者達と同じ展開である。門番の男はどこかで聞いたような挨拶を述べてから、しかし面会はできない、と答えた。


「何故なのだ! この余と鷹晃がせっかく訪ねてきてやったというのに──」


「マルグリット殿」


「──~っ! く、くぅっ……!」


 暴走しかけたマルグリットは鷹晃の低く冷たい声によって頭を押さえられた。


「一体、何が起こったのでござる?」


 鷹晃が要塞の高い壁に目を向けると、門番もそれに倣って、


「いやね、実は自分もよく知らないんですよ。箝口令が敷かれてるんですが、その内容すら自分ら末端には知らされてなくて。中じゃ幹部連中が色々と騒いでいるみたいなんですが……」


 壁の向こうからいくつか怒声が聞こえてくる。のっぴきならない事態であることは空気で知れた。


「でもって、しばらく誰も中には入れるな、という命令まできましてね。なので今はちょっと取り次げないと思うんですよ」


「そうでござるか……」


 鷹晃は眉根を寄せて、斜め下の地面を睨みつけた。


 いったん帰って出直すべきだろうか。オーディスへの面会が叶わないのなら、先に〝プリンスダム〟へ赴いてラップハールに再度確認をとった方が良いかもしれない。


 そんな風に鷹晃が思考を巡らせていると、


「あの、良ければちょっと上に掛け合ってきましょうか?」


 門番の男がそう言った。鷹晃は顔を上げる。


「良いのでござるか?」


 問うと男は照れくさそうに顔を赤らめる。


「いやあ、掛け合うだけなら問題ないですから! んじゃ、ちょっと待ってて下さいね、すぐ聞いてきますから!」


 言うが早いか、走って行ってしまった。きょとん、と鷹晃がその後ろ姿を見送っていると、繋いでいる手からマルグリットの震えが伝わってきた。


「マルグリット殿?」


 見ると凄まじく不機嫌な形相で男の背中を睨んでいた。鷹晃が手を握っていなければ剣を抜いていたかもしれないほどの殺気を込めて。


「ど、どうなされたのでござる?」


 マルグリットの声は怨嗟を吐くようだった。


「あの男……鷹晃の顔に見とれておった。見え見えのご機嫌取りではないか。これしきの事をきっかけに鷹晃に近づこうとしようものなら、余の炎で骨の欠片も残さず消滅させてくれる……!」


「ま、ま、待つでござるよマルグリット殿」


 嫉妬の鬼と化したマルグリットを鷹晃は慌てて制止した。冗談には聞こえなかったのだ。釘を刺しておかなければ本気でやりかねない。


 とはいえ、妙な虫が自分の周囲をうろちょろしない事に関しては鷹晃はマルグリットに感謝さえしていた。鷹晃自身にはほとんど自覚はないが、スターゲイザーなどに言わせると結構な器量らしいのだ。惚れる男が一人や二人いてもおかしくはない、とまで言われていた。しかし、それは困るのである。今は体が女でも、心は男なのだから当然だった。まあ、変な男が寄りついてこない代わりにマルグリットという、とんでもない変わり種がまとわりついてしまっているのだが。それでも元は女であるだけ、ましと言えた。


「冷静になるでござる。拙者、男には興味ないでござるよ」


 そう言うとマルグリットは弾かれたように振り返り、


「では余もダメなのか!? 今の余は男だが、その余にも興味がないというのかね!?」


「…………」


 なんと答えれば良いものか、と鷹晃は答えに窮する。ここで『マルグリット殿は特別でござる』などと言った日にはどうなるのか想像もつかない。婉曲的に『貴殿は元々女だから大丈夫でござる』と言うとおそらく『やはり余にはちゃんと興味があるのだな!』となるに違いない。


「……とにかく、むやみやたらと他人を燃やしてはいけないでござるよ」


 質問を無視する形で答えたところで、二人に近づいてくる影があった。気配に気付いて視線を向けると、そこにはオーディス派のナンバー2であるフライスがいた。小麦色の肌に明るい茶の髪、真一文字に結んだ唇が男らしい。豪放磊落なオーディスを補佐するにふさわしい、緻密かつ犀利な人物だった。


「これはフライス殿」


「お久しぶりです。御門殿、ガイエルシュバイク殿」


 硬い声と表情は『鉄面皮』と異名をとる彼の常だったが、そこに微妙な揺らぎがあることを鷹晃は感じ取った。


 漆黒の戦闘服に体どころか心まで固めている彼から、緊迫した、それこそ帯電した剃刀のような空気が放たれている。マルグリットもそれを感じたのか、先程までの殺気を抑えてじっと彼を見上げていた。


「……何か重大なことがあったのでござるな?」


 フライスは鷹晃の言葉を否定も肯定もしなかった。


「こちらへ」


 それだけを言って背を向け、歩き出す。どうやら『ついて来い』という意味らしい。鷹晃はマルグリットと顔を見合わせると一つ頷き、その鉄板のような背中を追いかけた。


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