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●受難、現在進行形 3




「待ちくたびれたぞ! 余を待たせるとは何事かね!」


 背の低い少年が腕を組み、傲然と言い放った。だがその顔は喜色に満ちている。鷹晃と再会したことが嬉しくてたまらないのだろう。


 共和区の外れにある無料住宅街の一角である。無政府状態にある〝クライン〟では皆が支え合って生きている状態なので、住む場所だけはとりあえず無料で手に入る。それ以外となると『働かざる者食うべからず』となり、必要に迫られて誕生した通貨『ラグ』を稼ぐか、原始的な物々交換を行わなければならない。戦後の日本もこのような感じだったのかもしれない、などと二一世紀の日本から来た鷹晃は思ってしまう。


 鷹晃は無料住宅の中でも比較的大きなものに住んでいるが、それは彼女が望んで得た物ではない。彼女自身がガイスト・メルゼクス事変における英雄であるのと、複数の同居人がいるためだ。


 少年は同居人の一人だった。名はマルグリット・フォン・ガイエルシュバイク。マルグリットとは女の名である。鷹晃の帰りを待っていたのだろう。彼は家の前で腕を組み、仁王立ちになって立っていた。獅子の鬣のように豪奢な金髪に、ライトブルーの瞳。一見すれば可愛らしい年頃の美少年だったが、その実体は外見から得る期待を大いに裏切るものだった。


「そんな所で何をしているのでござるか、マルグリット殿……」


 流石の鷹晃も彼に対しては明朗快活とはいかない。一体いつからそうしていたのだろうか、と呆れる顔を鷹晃は隠さなかった。


 高価そうな赤の貴族服に、愛用の魔剣『デストリュクシオン・アンペラトリス』を腰に下げた彼は鷹晃の台詞を聞くと、


「決まっているではないか鷹晃! この余が待ちくたびれるほど待つ相手など愛するお前以外におらんだろう!」


「左様でござるか。それはご苦労でござったな」


 適当にマルグリットを労うと、鷹晃は何気なくその隣を素通りする。その際、何を勘違いしたのかマルグリットは瞳を閉じて、天からの使者を迎え入れるように両手を広げていた。


 通り過ぎた後に、新たな日光浴のやり方だろうか、と鷹晃が思っていると、その背中に大声が打ち当てられた。


「た、鷹晃!? なんて事を! お前には余の愛がわからないのか!?」


 またか、と鷹晃は呆れ気味に思う。初対面の時はそうでもなかったのだが、ガイストと決着をつけたあたりからマルグリットはこんな風になってしまった。正直、辟易している。愛されるのは良いことだと思うが、過剰だとあまり感謝の念が湧いてこないものである。


「わかりたくないでござるよ」


「鷹晃!? 待ちたまえ、たかあきっ──ぶふゥッ!」


 追いかけてこようとして転けたらしい。可哀想だが付き合ってもられないので、鷹晃は聞こえない振りをして家に入った。


 玄関に足を踏み入れると同時、鷹晃は家の奥に向かって声を張り上げた。


「スターゲイザー殿! スターゲイザー殿はおられるか?」


「はいはい、と。呼びましたかな? 麗しき姫君よ」


 うやうやしく現れたのは、細身だがしなやかな筋肉を感じさせる体躯の男だった。


「拙者は女ではござらん。知っておろうに」


「こいつは失礼をば」


 わざとらしく一礼する痩躯を包むのは漆黒のタイトスーツとダークグリーンのシャツ、蛍光イエローのネクタイ、そして臙脂色の帯の入った黒い帽子。これでワイルドな顔付きと髪型であれば鷹晃の持つ探偵のイメージと完全一致したのだろうが、実際の彼の髪はふわふわと柔らかそうな栗色だった。メロンソーダのような明るく甘い瞳が、鷹晃を見て皮肉的に笑う。


「首尾はいかがでしたかな?」


 甘いマスク、とは使い古された表現ではあるが、確かに当てはまる顔は存在する。スターゲイザーと名乗る自称探偵のこの人物がそうだった。中性的な顔立ちをしていて細身なので、うまく女装してしまえば女と見紛うこと間違いないだろう。それもそのはず、便宜上男として振る舞いそうとして扱われているが、スターゲイザーは厳密には両性具有だった。服の下では女性平均値ほどの胸囲がサラシに巻かれて押さえ付けられている。肉体はともかく、スターゲイザーの心の性は男へと大きく傾いているのだった。


「中の上、と言ったところでござる。少し希望が見えてきたでござるよ」


「そうですか。そいつは少し残念ですな。絶世の美女が一人消えてしまうことになるとは」


「あまり他人の不幸を楽しまない方がよいでござるよ。斬られても文句が言えぬ」


 不真面目な【男】の不謹慎な発言を、鷹晃はたしなめた。


 鷹晃は家に上がるとリビングへ移動し、先程は飲み損ねた茶の用意を自分でした。そうしている間に外にいたマルグリットが突入してきたので適当に受け流して椅子に座らせる。スターゲイザーも椅子に腰を下ろしたのを確認すると、鷹晃は緑茶を一口すすってから口火を切った。


「とりあえずオーディス殿とウォズ殿の所へ赴いて話をすることになったでござる」


「ほう。何故あの馬鹿共に会いにいかねばならんのかね?」


「それはそれは。また面倒な話でございますな」


 鷹晃は簡単に事情を説明した。


 〝クライン〟の政治情勢は二人とも知悉しているので省き、〝プリンスダム〟がオーディス派とウォズ派の両方から脅迫を受けていること。それを退けるために半年前のガイスト・メルゼクス事変における英雄である鷹晃の名声を欲していること。用心棒も兼ねるが、まずもってオーディス・ウォズ両派と話し合いで事が済ませないかどうかの確認をしなければならないこと。平和的解決が不可能だとするならば、〝プリンスダム〟は戦闘医療集団の名に恥じぬよう、打って出るつもりであること。その際には鷹晃を含め、助っ人としてマルグリットとスターゲイザー、そして今ここにはいないがガルゥレイジも参戦するということを。


「なるほどな。女ばかりの集団を狙うとは何とも似合いの所行。下賤な奴ららしいわ」


 フォンの名が示すとおり貴族の生まれであるマルグリットは、あからさまな嫌悪を表す。気位が非常に高く、矜持に溢れ、類い希なる高潔さを持ち合わす少年だった。少々度が過ぎてはいるが。


「まあ、どちらさんも四の五の言ってられる状況ではありませんからな。致し方ないことでしょう。とはいえ、我々がそれに付き合う必要は毛先ほどにもありませんがね」


 陰険ないじめっ子のような表情をスターゲイザーはよくする。彼の性癖のようなものだろうが、その職業と目的を考えるとどうにもそぐわない。


「正義の味方がそのようなことを申して良いのか、スターゲイザー殿」


 スターゲイザーは大仰に首を竦めて頭を振った。


「いえいえ、正義とはもっと崇高なものです。子供同士の喧嘩に正義などありませんからね」


「ふん、手厳しいことだがな、スターゲイザーよ。正義なんて物は偉くて強い奴が決めるのだ。そう、余のような高級貴族がな! 正義が崇高なのではない。崇高な者が正義なのだよ」


「そいつは私より手厳しいですな、マルグリット様。流石でございます」


「ふふん」


 偉そうに説くマルグリットにうやうやしく頭を垂れるスターゲイザーだったが、鷹晃の目にはそれが適当に受け流しているだけにしか見えなかった。マルグリットは怒らせると面倒だ。スターゲイザーは火薬庫の前で火遊びをする愚を避けただけだろう。


「この際、正義がどうこうについてはどうでもいいでござるよ」


 鷹晃は二人の与太話を斬って捨てると、話題を本道へ戻す。


「確実な方法かどうかはまだわからぬが、拙者とマルグリット殿の体が元に戻るやもしれぬのだ。それこそ四の五の言ってられないでござるよ」


 報酬の件は〝プリンスダム〟へ行く前に話をしておいたので、二人とも知っている。マルグリットが鷹揚に頷く。


「確かにそうだな。余と鷹晃の体が元に戻り、究極の愛へ到達するためには多少の面倒は致し方あるまい。会いに行ってやるとするか、あの馬鹿共に」


 陶酔しきっているわけでもなく、真面目なマルグリットの口調だった。鷹晃は訂正する気にもなれない。こういったマルグリットの空想癖というか妄想癖というか、独特の発想に鷹晃は閉口するしかなかった。どうせ言っても聞かないのである。


「そういえばガルゥレイジくんはどうなされたのですかな? いつもあなたの傍にくっついているはずなのに」


「ガルゥレイジなら〝プリンスダム〟の監視と警護につけているでござる。念のために、でござるよ」


 依頼を受諾したとは言え、完全に〝プリンスダム〟を信用したわけではない鷹晃だった。


「ふん、せいせいすると思ったら気味の悪い奴がいなかったというわけか」


 三人の脳裏に等しく、薄汚いぼろぼろの布を纏った影が浮かび上がる。人の形をしているが、人間ではない。かといって他の世界から偶然〝クライン〟に迷い込んだ生物でもない。新種の生命体。マルグリットが言うように、無口で不気味な存在だった。鷹晃は何度かガルゥレイジと会話したことがあるが、声は地響きのような低音だったので、性別は男だと思っている。もっとも、彼の種族に性別が存在するならば、の話であるが。


「そう言うものではないでござるよ、マルグリット殿。あれはあれで頑張ってくれているでござる」


「あんな奴の肩を持つのかね鷹晃!? 嗚呼おのれ! そもそも余はあのような者がお前と主従関係を結んでいるのが気に喰わないのだ! 鷹晃も鷹晃だ! どうしてあのような者を律儀に預かっておるのかね!」


 大きな声で抗議の意を叫ぶマルグリットに、鷹晃は茶をすすりながら答える。


「成り行きでござるよ」


「では余とも成り行きで愛し合おうではないか!」


「……何故そうなるでござるか」


 もはや強引すぎて好意を好意として受け入れられない鷹晃である。口元をうにゅうにゅと波形に歪ませる鷹晃を、スターゲイザーが笑う。


「愛されておりますな、御門さん。結構なことではありませんか」


「これを愛と呼んでも良いのでござろうか……」


「どんな形であれ、愛は愛でしょうよ」


 嘲弄するような色を漂わせるスターゲイザーの声音に、鷹晃は不満げに眉根を寄せるのだった。




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