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サムライ・クライン~御門鷹晃の受難~  作者: 国広 仙戯


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13/20

●白と灰色と黒 2



 御門鷹晃の愛刀の名は白洸という。『白光』とも『百江』とも書く。その名の通り川の流れのように澄み渡り、光を受ければ白く輝く、美しい刀身を持つ。御門家家宝の一振りで、鷹晃はこれを手に取った瞬間に〝クライン〟へ召喚された。これまで幾多の戦線を、鷹晃はこの刀一本で生き延びてきた。白洸はいわば、歴戦の相棒だった。しかし、いくら素晴らしい業物といえど刀は刀。特別な力は何一つ宿っていない。だが、担い手が鷹晃ならばそれは世界中のどんな刃よりも鋭い切断力を持つ。


 鷹晃は剣によって空間を斬る。彼女にとって『太刀』は『断ち』であり『絶ち』だった。そこに物理的な制限は全く関係がない。その気になれば木刀で金剛石をも切り裂くことすら可能だった。


 それは魔力も魔術も結界も同じ事だ。そこに何があろうが、鷹晃の刃は空間ごと叩っ斬る。だから彼女は魔力を解放したウォズを前に、愛刀を振り下ろした。自らを襲うであろう魔術の攻撃を切り裂こうとしたのだ。だが、それは杞憂だったようである。


 ウォズが発動させた魔術は攻撃用ではなかった。


 瞬間、鷹晃は周囲の風景ががらりと変わっていることに気付いた。


 薄暗く閉めきった部屋ではなく、視線を遮るものがほとんどない広い空間。どうやら街の外のようだった。ウォズが行使したのは転移の魔術だったのだ。おそらくは最初から室内に張り巡らしていたのだろう。あるいは普段から移動用に活用しているのかもしれない。


 見渡す限りの黄土色の大地。動物どころか植物の姿すら見えない不毛の領域。どの方向に目を凝らしても街の姿は見えない。随分遠い場所へ連れてこられてしまったようだった。しかし、そう考えていた鷹晃を掣肘するようなウォズの声が響く。


「転移ではありませんわよ、御門様。ここは私が用意した異空間ですわ」


 台詞は上空から降ってきた。鷹晃は油断なく視線を上げる。風が吹き、鼻孔に土の匂いを運んだ。


 魔女は頭上の蒼穹に、ぽつんと浮いていた。先程までと出で立ちが違う。半年前にも見たことがある、彼女の魔術師としての正装だった。金糸で呪文と魔力が織り込まれた漆黒のローブ。樹齢幾千年を数える、霊獣となった神木から抜き出した黄金の魔杖。彼女は鷹晃の剣がどのようなもので、どれほどの威力を持つのかはよく知っている。だから、ローブも杖も防御のためのものではないだろう。攻撃は最大の防御、それを為すためのものに違いなかった。


 異空間、と彼女は言った。それは鷹晃も詳しいことは知らないが、〝クライン〟とは違うものらしい。〝クライン〟も時空の狭間にある異空間と言えるのだが、魔術師の生み出すそれはまた別種のもの。規模も精度も段違いだという。かつてウォズ自身が説明してくれたことがあった。魔術師が作るのを『異空間』とするならば、〝クライン〟はその上をいく『異世界』であると。それ故に〝クライン〟を生み出した手法を、魔術を越えた魔法と呼ぶのだと。


 それにしたとてこれほどの異空間を形成できる魔術師が、〝クライン〟に何人いるというのか。大気があり、大地がある。空気の香り、土の匂い、太陽の光。魔術で練り上げられたものとは思えない手触りのある、確かな空間だった。それだけにウォズの実力が知れるというもの。


 大空に翼を広げる猛禽の如く、ローブの裾と長すぎる黒髪を風に揺らす魔女は、鷹晃の頭上十メートルほどの空中にいる。


「異空間だろうが結界だろうが、拙者には関係ない。全てこの剣で切り払うのみでござる!」


 ウォズが鷹晃を異空間に引き込んだ理由は言わずと知れている。ガルゥレイジとの連絡を絶つためだ。やはりあの竜の力を、彼女ですら恐れているのだった。


「あらあら。それは楽しみですわ。実は御門様とは一度お手合わせしてみたかったんですのよ? これで望みが叶います──わ!」


 戦闘が、文字通り火蓋を切って始まった。ウォズの周囲に、赤子の頭ほどの火球が忽然と現れる。刹那、軽く二十は数えるそれらが一斉に発射された。流星雨の如く鷹晃めがけて殺到する。


 鷹晃は駆けだした。いくらその剣が魔術すら切り裂くといえ、一つ一つを相手にするほど彼女は馬鹿ではない。地上を疾走し、上空から迫り来る炎弾をことごとく回避する。砲撃のごとき攻撃が背後に着弾する毎に爆発が起こり熱が背中を炙る。それを無視して鷹晃は自己に集中、握った白洸に力を込める。


 淡く青白い輝きが鷹晃の全身から放たれた。それが瞬時に白洸へ収束する。


 ガイスト・メルゼクス事変の英雄と呼ばれている鷹晃だが、実はそれほど傑出した能力を有しているわけではない。ただただ『斬る』ことだけに特化した、純粋すぎるほど純粋な剣士。戦争においては決して最強ではない。むしろ戦場で戦う戦士としてはオーディスやマルグリット、スターゲイザーの方が優秀かもしれない。しかし、一対一における単騎戦力では間違いなく究極の攻撃力を持つ。


 青白い光が刀身に凝縮し、ひときわ強い輝きを発した。途端、光は刃となって勢いよく伸長した。それによって白洸はその身を三倍した刃渡りを得る。


「はぁあああァァァ……!」


 気合いの呼気と共に鷹晃は踵を返し、振り向きざまに白洸を薙いだ。


「──はっ!」


 剣光一閃。空中のウォズに対して振るわれた刃は、無論それだけではどうしたって届かない。故に、白洸そのものとなった光刃が伸び上がり鞭のようにしなる。毒蛇のように獰猛な光刃は空間ごと大気を切り裂いてウォズに襲いかかった。


 疾風のような一撃だ。そして魔術で練られた障壁だろうと関係なく切断する力だった。


 一撃必殺。かつて鷹晃の剣を防いだのはガイスト一人きりだ。もちろんウォズは抗えない切断力を受け止める愚は犯さなかった。


 漆黒のローブ姿が霞のように掻き消える。転移だ。鷹晃は瞬時にして彼女が現れるであろう地点を予測する。


 自分の死角に決まっていた。


 鷹晃はウォズの姿が視界から消えた瞬間、視野の外側に意識を払った。左側に違和感。白洸を握っているのと逆の方向だ。


 ウォズの魔術は洗練されすぎている。凡庸な魔術師なら魔術を行使するために呪文なり印を組まなければならないが、ウォズはそれを省略する。詳しい仕組みは鷹晃にはわからないが、彼女の魔術攻撃が〝クライン〟最速なのは間違いなかった。


 空気の焦げる匂いに気付いたと思った時には、反射的に左半身に飛びかかってきた雷撃を切り裂いていた。槍のごとき稲妻が真っ二つに割れ、左右に流れていく。


 鷹晃は視界にウォズの姿を求めた。だが魔女はとっくに姿を消している。また死角か、そう思った刹那に足下の大地が隆起した。


「!?」


 地面が割れ、岩盤が起き上がる。吹き飛ばされる、そう察知した鷹晃は、


「──づあっ!」


 裂帛の気合いを上げて白洸を大地に突き立てた。地面や土ではなく、そこに込められた魔術を斬る。魔術そのものに魔力を供給している流れを絶ったのだ。地面の隆起は何かに引っかかったように鈍くなり、すぐに止んだ。


『流石でございますわ。魔術殺し……恐ろしい剣ですわね』


 ウォズの声は妙な響き方をした。まるで全方向から聞こえているような、妙な韻律だったのだ。足下に向けていた目線を上げると、その理由がすぐに判明する。


 ほんのわずかな時間で数えた結果、鷹晃は十六人のウォズに取り囲まれていることを知った。


「まるで忍者でござるな」


 鷹晃は意識してではなく軽口を叩いた。分身の術、否、魔術か。寸分の狂いもなく複製されたウォズ達が宙を漂い、立体的に鷹晃を包囲していた。


「御門様にはやはり質より量でございますね。恋愛もそうなのかしら?」


「軽口を!」


 鷹晃は自らを棚に上げてそう叫び、白洸を振り上げた。十六人のウォズも黄金の魔杖を構える。


 剣と魔術が激突する。




 それは絶対切断の刃と、超高密度の魔力とのぶつかり合いだった。


 触れたものは全て斬り裂く死神の鎌。一つ一つが人間など木っ端微塵に吹き飛ばす魔術の群れ。互いが技術と能力の粋を結集させた戦いだった。鷹晃はウォズの攻撃魔術を切り裂き続け。ウォズは鷹晃の剣を躱し続けた。


 ウォズの魔術は多彩という表現が生易しいほどだった。千の魔術を万にする工夫。彼女の戦いを端から見たことは幾度もあったが、実際に対峙してみるとここまで厄介なものだったとは。光が目を焼き、炎が肌を炙る。風が毛先を切り散らし、雷撃が地面を穿つ。大地が揺れ、開いた隙間から蒸気と熱湯が噴き出す。こと魔術戦においてウォズは比類無い存在だった。もし自分がただの剣士だったら、と鷹晃は肝が凍りつく。空間断裂で避けることも叶わず、初撃で死んでいたことだろう。これまでウォズが放った魔術を考えると、命がいくつあっても足りない。


 しかしこの半年間、鷹晃もガイスト・メルゼクス事変が終わったからとて怠けていたわけではない。毎日のように修練を重ねてきたのだ。それによって進化した新しい力がある。それを発揮しなければ、戦局の打破は出来ないだろう。そう彼女は判断した。


 ウォズを相手に本気になる。その最後の一線を鷹晃は自ら越えた。


 白洸の切っ先を真横へ向け、腰だめに構える。


「ぉおおおオオオォォォッ!」


 女のものとは思えない雄叫びが鷹晃の喉から迸った。それに合わせて全身から立ち上る青白い輝き。ただでさえ三倍の長さを得ていた白洸の光刃が、さらにその身を伸ばした。先程までのように一瞬だけではなく、今度は際限なく伸び続ける。


「──!」


 ウォズもその事実に気付いたようだった。終始微笑をたたえていた顔に、初めて驚愕らしき表情が浮かんだ。


 その瞳に映るのはあまりにも──あまりにも長すぎる、常軌を逸した刀を握る剣士の姿。それは御門鷹晃という絶対的な攻撃力の進化形だった。


 これまでの彼女は長尺の剣を繰る剣士に過ぎなかった。遠くの敵に斬撃を届かせるためには光刃を鞭のように伸ばさなければならず、その速度はお世辞にも神速とは言えなかった。しかし、今ならば。


 圧倒的な長さを誇るその剣ならば。一回転するだけで周囲の全てを断ち切れる。速さも今までの比ではない。


 『斬る』『断つ』『絶つ』というただそれだけの概念。その結晶である剣を構えた鷹晃は、不敵に笑った。その刃に込められているのは、他でもない鷹晃の意志だったのだ。


 ウォズは焦燥を瞬間的に沸騰させた。させるしかなかった。もはや御門鷹晃という女サムライは手加減という観念をどこかに放り捨ててしまっていたのだから。


 巨大すぎる斬撃が一閃した。


 その瞬間、ウォズが形成した異空間は完膚無きまでに両断された。十六人いたウォズの内、十五人が防御の術なく身体を切断されて消滅した。残る一人のオリジナルは全魔力を注ぎ込んだ魔術を青白い刃に叩き付けた。だが切断力はそれすら絶ち斬った。


 魔力が光となって弾け飛んだ。


 異空間が壊れる。


 空が、大地が、まるで陶器に描かれた絵のように変質した。三次元的なものが二次元的にひび割れ、崩れ落ちる。押さえを失ったパズルのピースの如く、異空間を形作っていた欠片が乖離していく。必要なものを失ってしまった空間は闇に塗りつぶされ視認することはできない。崩壊は加速度的に進行していく。


 そして硝子のように砕け散った。






 鷹晃の身は再びウォズの部屋にあった。異空間が風船のように破裂した結果、異物を元の場所へ戻したのだろう。


 部屋の主は香茶の載ったテーブルの足下に倒れ臥していた。ぐったりして、ぴくりともしない。


 しかし鷹晃は剣気を一切衰えさせなかった。死体のような魔女にむしろ横柄な声を投げかける。


「見え透いた死んだふりは止すでござるよ」


「あらあら」


 あっさりと観念したのか、ウォズはむくりと起き上がった。軽い口調とは裏腹に、その顔は冷や汗に濡れている。鷹晃の一撃によって与えられた被害が、決して軽くないことを示していた。


 鷹晃の斬撃は確かにウォズを両断したはずだった。その光景を、この目で確認した。だが同時に、見た目とは打って変わって手応えがまったくなかったのも確かだった。


「おぬしも概念武装が使えたのか。知らなかったでござるよ」


「良い女ほど秘密を多く持っていますのよ? でも、あなたには負けてしまいましたわ」


 隠しようのない消耗が美しい魔女の顔に取り憑いていた。鷹晃の繰り出す斬撃は空間断裂を呼び起こす『概念』だ。それを防ぐには物理的な力ではなく、同じ『概念』を必要とする。


 半年前、ガイスト・ディオール・トゥルナイゼンは鷹晃の剣を封じるために『封印の概念』を用いた。これによりマルグリットの炎とスターゲイザーの武器共々、鷹晃の無限の攻撃力も無力化されたのである。その時の鷹晃は、常に概念を発動させることでガイストに『封印の概念』の使用を強制し、同時に彼の効果的な攻撃を封じた後、殴り殺すという手段に出た。結果的に鷹晃の苛烈な判断によって逆効果となってしまったが、戦術としては申し分はなかった。鷹晃が少しでも躊躇いを持てば、勝利していたのはガイストの方だっただろう。


 鷹晃の『太刀』が目の前まで迫った土壇場で、ウォズは魔力の全てを注ぎ込んで何かしらの『概念』を創造し、直撃を免れたのだろう。九死に一生を得た分、彼女を襲う疲労感は尋常ではないはずだった。


「本当に手加減してくれないんですもの。死ぬかと思いましたわ」


 溜め込んでいた魔力を失った喪失感に蚕食されつつあるはずだ。にも拘わらずウォズは微笑み、軽口を叩いて見せた。


 鷹晃は冷然と応える。


「自業自得でござるよ」


 そうして踵を返す。白洸を鞘に収め、そのまま部屋を出て行こうとする。その背中に、


「お待ちになって……」


 ウォズがそう声をかけてくることは半ばわかっていたため、すぐに立ち止まった。


「私にとどめを刺されないのですか?」


 その言葉も予想していた。鷹晃は即答する。


「無用でござる」


「どうして?」


「おぬし自身が言ったことでござるよ。素質のない者が無理に概念武装を使用すれば、魔力・体力共に底をつくほど消耗する──と。おぬしはもう戦えまい。そして何も喋るつもりもないのでござろう? ならば長居は無用でござる」


 冷たく平淡な声で、突き放すように言った。これ以上の返答はないものと思っていたが、


「いいえ、御門様。お話しいたしますわ、全て」


「──!?」


 思わず振り返ってしまった。床に両手をつき、上体を起こしただけの魔女はこちらを見つめていた。今までにない真剣な瞳で。


 だからすぐに驚きは消えた。ふっ、と鷹晃は自嘲気味に笑う。首を横に振り、


「結構でござるよ。聞きたくない」


「……あら、どうしてなのかしら? 気になるのではなくて? 私が何故あなたの命を狙ったのか……?」


 怪訝そうに顔をしかめて、誘うように問いかけるウォズに、鷹晃は笑って見せた。にやり、と。


「これもおぬしが言ったことでござる。魔女はどんな時も微笑みを忘れない生き物──と。そんな真面目な顔をしていては嘘がバレバレでござるよ。どうせ時間稼ぎでござろう?」


 我ながら意地の悪い笑みを浮かべているかもしれない、と鷹晃は思った。珍しいことに美貌の魔女が、はっとした表情を見せたのだ。無意識だろう、片手を頬にやって顔の形を確かめるように動かす。


「拙者とおぬしがここでやり合ったということは、マルグリット殿が危ない。ぐずぐずしている暇はないで……」


「うふふ、ふふふふ、うふふふふ──!」


 突然ウォズが笑い出した。堰が切れたようだった。これまで見たこともない顔で、彼女は笑っていた。本当に心の底から、楽しそうに。


「ウォズ殿……?」


「あらあら、ごめんなさい。私ったらなんてはしたない」


 訝しげな鷹晃に、ウォズは笑いすぎで出てきた目尻の涙を指で拭った。彼女自身、人前で大きな声で笑うことは珍しいことだったのだろう。照れくさそうに身をよじり、


「そういうことでしたら、どうぞ遠慮無く行ってくださいませ。そしてどうか、出来ることならまたここへお戻りになってください。私はあなたの敗者です。どうか私を決めていただきたいのですわ。それまで、いつまでもお待ちしておりますわ」


 けぶるような微笑みを見せた。それは、ウォズの数ある表情の中で鷹晃が一番好むものだった。


 だが、笑い返すことは今の鷹晃には出来なかった。その言葉に答えることも。


 黒曜石のごとき瞳を見つめること数秒。鷹晃は無言のまま、再び踵を返した。




 扉の向こうに翻って走り去っていく、しなやかな黒髪を、女はその目に焼き付けた。遠ざかっていく足音に、一人呟く。


「ああ……やっぱり素敵な人……」




 ウォズに言ったように、まずは北東区に向かわなければならない。あんなに信じていたウォズですら自分を裏切ったのだ。もはや誰も信用してはいけない。オーディスが生きているにせよ死んでいるにせよ、<鬼攻兵団>にはアントン・フライスという危険な男がいる。マルグリットの安否が案じられた。


 鷹晃はガルゥレイジに意識を集中した。肝心な時には異空間に連れ込まれたせいで連絡が取れなかった彼に、現状を知らせなければならない。そう思った矢先だった。


『主よ』


 ガルゥレイジの方が先に声を送ってきた。邪魔な魔術師達を駆ける勢いで押し退けながら、『ラピュタ』の内部を出口に向かっていた鷹晃は、


「ガルゥレイジ!」


 と反射的に叫んだ。が、すぐに肉声は届かないことを思い出して意識を集中する。周囲の奇異の目も気にしてはいられない。


『ガルゥレイジ、どうした? 何かあったのか?』


 何もなければガルゥレイジから連絡をとることはない。確実に何かがあったのだ。鷹晃の予測は喜ばしくないことに的中してしまう。


『非常事態』


 低すぎる重い声。またか、と思う。昨日もいきなりその単語を聞かされたのだ。


『何事か? 詳しく説明せよ』


『戦闘発生。敵は前回の戦闘ナースと、もう一人。黒髪と銀髪。識別は味方。理由不明。敵性に変更か?』


 黒髪と銀髪の戦闘ナース。鷹晃の脳内に秦伊楽那とシュトナ・ラフマニンの顔がよぎった。


『馬鹿な……何故あの二人が!?』


『原因不明。突然の襲撃』


 ラップハールは『白』だったはずだ。その部下である楽那とシュトナが何故ガルゥレイジに攻撃をかけてくるのだ。有り得ない。だが、ガルゥレイジの報告が嘘であるはずもない。まがりなりにも彼は呪術師だ。相手の姿が魔術や異能による擬態かどうかを見抜く力がある。そんな彼が見間違えるはずがないのだ。


『我の力の解放、許可願う』


 ガルゥレイジがそう願い出ると言うことは余程切羽詰まっているのだろう。昨日、楽那一人のときでさえそう許可を求めてきたのだ。さらにシュトナがいる。彼女の実力は未知数だが、決して楽那に引けを取るものではないだろう。しかし解せない。スターゲイザーの予測では敵はガルゥレイジを一番警戒していたはずだ。いくら二人がかりとはいえ、こうも容易に襲撃を仕掛けてくるとは。もしかすると、何かしらガルゥレイジの竜の力に抗する策でもあるのだろうか。いや、何にせよガルゥレイジの解放許可はできない。ラップハールは『白』なのだ。となると、ガルゥレイジへの攻撃は楽那とシュトナ二人の独断かもしれない。あるいは、彼女達こそがウォズと手を結んでいたのかもしれない。〝プリンスダム〟が一枚岩であったのならばガルゥレイジに一気殲滅を命じても良かったが、そうでないならば無益な犠牲が発生してしまう。それに〝プリンスダム〟にいる患者達には何の罪もないのだ。巻き込むわけにはいかなかった。


『許可は出来ぬ。その代わり反撃を許可し、退避を命じる。一時その場を離れ、拙者との合流を優先せよ!』


『御意』


 ガルゥレイジは主である鷹晃の命に絶対服従だ。ひとたび鷹晃が『〝プリンスダム〟を警護、監視せよ』と命じれば何があろうとそれを遂行しようとする。何者かの攻撃を受けても、鷹晃の別命があるまで攻撃も逃走もしない。そのため、鷹晃ははっきりと命じる。


『出来るようであれば楽那殿とシュトナ殿を生け捕りにするべし。不可能であれば二人を引き離し、<鬼攻兵団>の『鬼岩城塞』で拙者とマルグリット殿と合流せよ!』


『御意』


 ガルゥレイジならどんな猛攻にさらされようとそう簡単にやられることはない。それよりも気がかりなのはマルグリットだった。念のため彼には内緒で、〝プリンスダム〟から抜け出したスターゲイザーがついて行っているはずだったが、それとてはっきり言うと頼りには出来ない。本人は『スーツの治癒能力ですぐ治りますよ』と豪語していたが、そんな言葉を鵜呑みにするほど鷹晃も素人ではない。彼は重傷だった。そんな彼とマルグリットに、<鬼攻兵団>が牙を剥いたらどうなるか。


 鷹晃は逸る気持ちを押さえ付けて、しかし足の回転速度を上げた。



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