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サムライ・クライン~御門鷹晃の受難~  作者: 国広 仙戯


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●ガイスト・メルゼクス事変 4




「正義のミーロー? 何だこりゃ?」


 〝クライン〟暫定政府が発行している仮身分証に目を通したラップハールは、鷹晃にそれを見せつけるようにして言った。その表情にはあからさまな呆れの感情が見て取れる。


「ミーハーなヒーローという意味でござるよ。あ、いや、拙者も聞いただけなので詳しくはないのだが」


 何かというとスターゲイザーの職業身分についてである。


 ──説明しよう。二枚目の探偵は世を忍ぶ仮の姿、実は有事の際には『装着変身!』と叫ぶことによって強固かつ機能的なパワードスーツを身に纏う、正義の味方なのである──


 とはスターゲイザー本人の弁である。実際のところ、どこの世界のどの時代から来たのかは不明だが、彼が高性能な装備を瞬時に着脱できる優秀な戦士であることは事実だった。その点はマルグリットでさえ不承不承認めているところである。


「正義のヒーローで、ミーハー。本名がキャプテン・スターゲイザーねぇ。ミスターの仲間には変人が多いようだな?」


 さらに言えば両性具有でもある。だがそれを口にするのは憚れた。


「面目ない。全く否定出来ぬでござる」


「でもまあ、それでもガイスト・メルゼクス事変の英雄の一人なんだよな。ま、あの程度ならすぐに治るぜ。大船に乗った気でいてくれよミスター」


 鷹晃ほど注目されてはいないが、対ガイスト戦で敵の懐中に飛び込みながら生還した者として、マルグリットとスターゲイザーもそれなりに有名だった。


「よろしく頼むでござる」


 と目礼を一つしてから、鷹晃は暖めておいた話題を切り出した。


「ところで、重大な話があるでござる。お耳を貸していただけないでござろうか」


「ん? 何だい改まって」


 紅茶の色を芸術的に追求すればこのような色になるだろう、そんな瞳に好奇心の光が宿る。


 鷹晃はわざとらしくロビーを見回した。人影はなく気配も感じないが、


「ここではちょっと言いにくい話でござる」


「そうか、じゃ、あたしの部屋にでも行くか。治療ならあたし抜きでも大丈夫だからな。一応聞いておくが、茶はいらないんだよな?」


「気遣い無用でござる」


 微笑み、己の黒髪を軽く振るようにして、やんわり断る。以前も出された物に口を付けなかったが、あれは常日頃からしている警戒の一環だ。しかし、今は感情的に彼らの用意した物を飲む気にならなかった。前回は拒否だったが、今回は拒絶である。だとしても、それを表に出すほど鷹晃も単純ではないが。


 院内とは打って変わって黒尽くめな院長室に身を移し、ソファに腰を下ろした途端、鷹晃はまず核心を放った。


「スターゲイザー殿が死んだことにして欲しいのでござる」


 流石に意表を突かれたようだった。ラップハールは驚きに表情を固める。


「……どういうことだ?」


 唇の緊張をほぐすようにその問いは出た。鷹晃は軽く頷くと、その意図と自分たちの今の状況を説明した。


 現在、スターゲイザーは何者かに命を狙われているようである。先程も襲撃によって自分たちの住まいが跡形もなく破壊されてしまった。相手は強力だ。スターゲイザーはたまたま運良く助かっただけにすぎない。そんな彼が負傷している時にまた襲われてはひとたまりもない。しかも犯人の目星はまだついていない。向こうの出方を見るためにも、一度スターゲイザーは死んだことにしておきたいのだ。


「…………」


 ラップハールは片手で口元を覆い、視線をあらぬ方向へ向けて考え込んでいるようだった。燃え立つような深紅の髪の内側で、どのような計算がなされているのか。


「……けどよ、あのミーローが死ぬほどの重傷じゃねえってことは向こうもわかってるんじゃないか?」


「ばれるような嘘でも構わないのでござるよ。要は相手の出方を見るため、少しでも動揺を誘えればいいのでござる」


「……なるほど」


 再び考え込む。ラップハールの腰を少しでも軽くするため、鷹晃は言葉を重ねた。


「誓って〝プリンスダム〟に迷惑をかけぬよう尽力するでござる。どうかご協力いただきたい」


 するとラップハールは頭を小突かれたような顔をした。そして少々狼狽気味に、


「ん? ああ、いや、それは別にいいんだ。うちは戦闘医療集団って言われてるぐらいだからな。どんな奴だろうと患者は絶対に護る」


 意外と声に力がないのは鷹晃の気のせいだろうか。それとも彼女らにとっては当たり前のことすぎて今更な感が強かったのだろうか。


「そうでござるか。それは良かった。頼りにしているでござるよ」


 安堵したように笑みを見せると、ラップハールもつられたように笑った。


「ああ、任せとけ。前も言ったけどな、人命救助があたしらの唯一至高の信念だ。どんな事情があろうがあたしの病院じゃそう簡単には死なせやしないぜ」


 〝プリンスダム〟を背負って立つ女傑にふさわしい、力強い笑顔だった。鷹晃も笑うと、会話は潤滑油を得たように動き出した。


「無論、貴殿から受けた依頼はしかと果たそう。今日はもう遅い故やめておくが、明日もう一度ウォズ殿のところへ赴いて事実の確認をするつもりでござる。後、念のためマルグリット殿に<鬼攻兵団>の監視を頼み、ここの警護はガルゥレイジに任せるでござる。……ガルゥレイジの事はご存じか?」


 ガルゥレイジ。その名を聞いてラップハールは苦笑した。


「知らないわけねえだろ。ある意味、あんた以上の英雄だぜ?」


 ガイスト・メルゼクス事変の末期におけるガルゥレイジの戦果は比類無いものだった。名は知らずとも、その姿と功績だけならば〝クライン〟に住む者全てが覚えていることだろう。


 鷹晃は、にっ、と笑う。


「そのガルゥレイジを置いて行き、そのことをオーディス殿やウォズ殿に知らせておくでござる。さすればここの者が襲われることはまず無いでござろう」


 ガルゥレイジは爆弾のようなものだ。ひとたび解放されれば敵も味方も関係なく吹き飛ぶ。取るべき手段としては一番最後に選択されるものだ。しかしそれ故に、相手側は暴発を恐れて近寄ることすら出来ないだろう。自分が砕ける危険を負ってまで脅迫や暴行を働くほど、向こうも愚劣ではないはずだった。


「かつ、その上でスターゲイザー殿の死を公表すれば、おそらく犯人側は次の行動に出るものと思われる。いや、出ざるを得ぬ。というのも実は、拙者達の家……つまりスターゲイザー殿を襲った犯人と、この〝プリンスダム〟に脅迫や暴行行為を働いている者達は、同一組織である可能性が高いのでござるよ」


 ラップハールの顔が怪訝に歪んだ。彼女には思いつかなかった可能性だったのだろう。居住まいを変えて食い付くように、


「どういうことだそりゃ? つまり、全部オーディス派の、<鬼攻兵団>の仕業だってのか?」


 鷹晃は首をゆっくり横に振った。


「それはまだわからぬ。これはスターゲイザー殿の推理なのでござるが……全体をして、あまりにもタイミングが良すぎるのでござるよ。ラップハール殿達が脅迫と暴行を受け、困ったところへ拙者に依頼をした。依頼を受けた拙者が示談を持ちかけに行ったところ、その隙を突いたようにスターゲイザー殿が襲われた。出来すぎでござろう? 流れに破綻がなさ過ぎて逆に不可解でござる。脚本を書いたのはよっぽどの理想主義者か、机上の空論が得意の理屈倒れだろう、とスターゲイザー殿も言っておった」


 シナリオが良くできていればいるほど、その先も見通しやすい。向こうにとって最良とは何か。それを考えれば良いのだ。


「ならば相手の思うとおりに事が進んでいるように見せかければ良い。さすれば、いずれ向こうは調子に乗って自ら名乗りを上げるでござろう。反撃はそれからでも遅くはなし。スターゲイザー殿はそれまで、自ら舞台を下りるつもりなのでござるよ。そして拙者らもあちらの目論見通りに動いているように見せかけながら、反撃の機会を窺うでござる。その暁にはラップハール殿の依頼も無事完遂できるでござるよ」


 みたびラップハールは考え込んだ。静かに脳内で検討を繰り返しているのだろう。鷹晃とて自身で思いついた案でないため、既に推敲を済ませている。ラップハールが反対する要素はないはずだった。


 ラップハールは小さく息をついた。どうやら結論が出たらしい。彼女は鷹晃に真剣な眼差しを向けて、顎を引くようにして頷いた。


「……わかった。あたしらはミーローの死亡を偽装すればいいんだな。いくつか面倒な条件がつくが良いかミスター? 敵を騙すにはまず味方からって言うだろう。あたしらはウチの奴らのほとんどにミーロー死亡を真実として伝える。当のミーローには特注の部屋に隠れてもらう。これならミーローの身の安全だって保証出来るし、治療も続行出来る」


 どうやらラップハールの中ではスターゲイザーは『ミーロー』として落ち着いてしまったらしい。


 それはともかく、期待通りの返答だった。鷹晃はソファに腰を埋めたまま、深々と頭を下げた。


「ご協力、感謝するでござる」


「いいってことさ。ミスターにはこれからしばらく世話になるんだしな。なによりガイスト・メルゼクス事変の英雄の頼みとあっちゃ聞かねえわけにはいかないだろ?」


 ラップハールは片目を閉じて見せて、茶目っ気のある口調で言う。


「ま、大船に乗った気でいてくれよ。あ、そうそう、家なくなっちまったんだろ? こっちで部屋を用意するから泊まっていってくれ。あんたが留まってくれるならこっちとしても安心出来るぜ」


 にかっ、と笑う。その顔にはまるで邪気が感じられず、鷹晃としては幾ばくかの良心の呵責に耐えねばならなかった。




 一時間後。スターゲイザーの身柄は速やかに〝プリンスダム〟の地下、最奥にある部屋へと移された。


 隔離病棟とも言えるスターゲイザーの病室へ訪れた鷹晃は、すぐさま室内を見回した後、目線だけでベッドに横たわるスターゲイザーに質問した。スターゲイザーはその意図を正確に汲み、こう答える。


「大丈夫です。盗聴や録音の危険はありませんよ」


 鷹晃は胸をなで下ろし、緊張を息に込めて吐き出した。


「貴殿がそう言うなら安心でござるな」


「して、首尾はいかがでしたかな?」


 鷹晃は小さく頷く。


「貴殿の予想していた通り、拙者が寝泊まりする部屋はここから一番遠い場所になったでござる。あと、これを最後にあまりこの部屋に来ぬようにとも」


「でしょうな。あなたを私の近くに置くわけがない。これで〝プリンスダム〟は灰色から一気に黒に近くなりましたな」


 緑の瞳の優男は冷笑を口元に乗せた。しかし、その言葉をどうにも信じられない鷹晃は思わず聞き返してしまう。


「本当に、そうなのでござるか?」


「おやおや。説明ならしたでしょう?」


 スターゲイザーは大仰に肩を竦めてみせる。


「現在の我々の周囲は全てが灰色です。こっちからカマをかけて色をはっきりさせていかないと、良いように弄ばれてしまいますよ。それに疑心暗鬼に陥ってしまって落ち着かないことこの上ない。あなたならお解りでしょう」


「スターゲイザー殿の言うことはわかっているのでござるが……」


 両性具有の探偵はこれ見よがしに大きな溜息をついた。


「わかっていますよ。頭でわかっていても心が追いつかないのでしょう。あなたはそういうお人だ。それはそれで素晴らしいことですが、現実処理能力に長けているとは言い難いですな」


 鷹晃は沈黙した。スターゲイザーの言うとおりだった。彼女らにはまだ疑うべき余地がある。それを理解していても、ラップハールの笑顔を見ていると、よもや自分たちを騙しているとは思えないのである。


「良いですか? 全ては均整の取れたシナリオの通りに動いています。今のところは。我々は最悪のシナリオを予測しなければならない。では、その最悪のシナリオとはどういったものか。それは周り全てが敵である、というものですよ」


 スターゲイザーの言葉を聞いて、鷹晃はほんの二時間ほど前のことを想起する。




 我が家だった廃墟の片隅で、鷹晃はスターゲイザーの提案に目を見張った。


「それが妙案でござるか?」


「ええ、勿論。まあ、他に代案があるのならそれも検討に加えますが?」


「スターゲイザー! 余の鷹晃を馬鹿にするような発言は慎みたまえ!」


「おっと失礼。いやしかし、これは私としても上等な作戦だと思うのですよ。マルグリット様はいかがですかな?」


「ふん、余の心は鷹晃と常に一つだ。それが究極の愛というものなのだよ! で、鷹晃? どうなのかね?」


 どうやらマルグリットは自分で考えることを放棄して、鷹晃に丸投げしたいらしい。にこにこと自分を見上げる少年に対して、少しは己の脳細胞を活用して欲しい、と思う。信頼されているのは喜ばしいことなのだが。


 鷹晃はスターゲイザーが差し出してきた『妙案』を、自分の舌の上に乗せて転がしてみる。


「しかし……これから拙者達四人で〝クライン〟全体を騙す──というのは、どうにも話が壮大すぎて……」


 むぅ、と鷹晃は唸る。


 そう。スターゲイザーの妙案とやらは、鷹晃にとっては実感がほとんどなく、むしろ誇大妄想のように思えてしまうものだった。


 この時、まだ治療を受けていないため全身傷だらけのキャプテン・スターゲイザーは、それでもしれっと言う。


「何も〝クライン〟にいる全員を騙す、というわけではありませんよ。そのほとんどを騙せれば良いのです。さらに言えば、実際に騙す人間の数は十人にもならないでしょう」


 これに対して、マルグリットがくりんと大きな目を瞬かせて、小首をかしげた。


「なんだそれは? スターゲイザー、お前の言っていることは意味不明ではないか。さっぱりわからないぞ?」


 そんなマルグリットに、スターゲイザーは汗と埃で汚れた顔に微笑みを浮かべ、


「それはこういうことです、マルグリット様。現在、この〝クライン〟を実質的に統治しているのは共和区を除けば、中央区の〝クライン〟暫定政府の議会、北東区の<鬼攻兵団>オーディス、北西区の<ミスティック・アーク>ウォズの三者です。このうち中央区はほとんど共和区と同じですから無視して良いでしょう。重要なのは残りの二者です。彼らは実質、〝クライン〟の三分の二を治めています。つまり」


「オーディス殿とウォズ殿を騙せば、それは〝クライン〟の三分の二の者を騙すことに繋がる……ということでござるか」


「ご明察。流石ですな」


 意識せずにスターゲイザーの語を継ぐ形になった鷹晃だったが、褒められても嬉しくはなかった。騙し合いの領域である。そんなものに長けていたところで、武士としては自慢出来るものではない。


 だがそんな心の機微も、精神の幼いマルグリットにはわかってもらえない。彼は感動に目を輝かせて、


「おおおお鷹晃! それでこそ余の恋人だ! 見事だぞ!」


 単純なのは良いことだ、と鷹晃は思う。ある意味で純粋なマルグリットが少し羨ましかった。


「御門さんが〝プリンスダム〟に依頼を受けた。ウォズ派へ行くと事実無根と言われ、オーディス派では団長が暗殺されたと聞く。その隙を狙ったかのように私が、暗殺されたはずのオーディスに襲われる。ああ、そうそう、忘れてはいけないのが、ガルゥレイジくんも〝プリンスダム〟の戦闘ナースの攻撃を受けていたことです。これを聞いてどう思われますかな?」


 スターゲイザーの問いかけは、ほとんど確認であった。こんな答えすぐにわかるでしょう、とその表情が言っている。


「各個撃破ですよ。敵は我々を分散させて、一人になったところを叩こうとしているのです」


 彼がそう言い切ったことで、まるで現実が確定されたような気がした。見えざる敵に完全包囲されているような錯覚が、等しく鷹晃とマルグリットにもたらされた。事実、眼前で傷を負っているスターゲイザーの言葉だけに、説得力は十分だった。


「そもそもの〝プリンスダム〟の依頼からして疑ってかかるべきでしょうな。発端はそこですから」


 刹那、ラップハールとシュトナ、そして楽那の顔が脳裏によぎった鷹晃は思わず、


「しかし、偶然という可能性も」


「あります。それは認めましょう」


 スターゲイザーは遮断するように言った。その勢いに頬をぶたれたかのように、鷹晃は押し黙る。痛いほど、スターゲイザーの言いたいことが彼女にはわかっていた。


 思い返せば、始まりは〝プリンスダム〟から届いた一通の手紙からだった。一人で来て欲しい、と書いてあった。その時点で既におかしかったのだ。あの時からスターゲイザーの言う各個撃破は開始されていたのかもしれない。自分が言ったように偶然であることも考えられるが、その可能性は絶望的に低かった。


「疑わしきは罰せよ、と言います。今回襲われたのは私だったわけですが、いずれはあなたのみならず、マルグリット様とガルゥレイジくんにも牙が伸びることでしょう。そうなってからでは手遅れですよ?」


 頭の奥でガルゥレイジがなにやら蠢くような気配がした。彼はガイストによって生み出された竜種で、生存本能が強い。自らに危害が及ぶ可能性を聞かされて警戒心が働いたのだろう。鷹晃が許可を与えれば、すぐにでも彼女の影から飛び出て竜へと変化するかもしれない。


 一方、マルグリットは侮辱と取ったようだ。柳眉を逆立て、


「ふん、一人でいたとて余が負けるわけがない。何者であろうと下郎は全て灰燼に帰してやるわ!」


 澄みすぎた湖面のような瞳が、激情に揺らめく。この時、彼の双眸はまるで青白い恒星を閉じこめた宝石のように輝く。<ミスティック・アーク>の『ラピュタ』でのことを除けば、このところ彼の炎はとんと鎌首を休めたままだ。フラストレーションが溜まっているのかもしれなかった。


 鷹晃が〝プリンスダム〟を初めて訪れた際、各個撃破の餌食にされなかったのはひとえにガルゥレイジのおかげだろう。彼はほぼ常に鷹晃の影の中に潜んでいる。それを知っている者は少ないが、オーディスとウォズならば既知の事実だろう。敵はまず、鷹晃とガルゥレイジ、マルグリットとスターゲイザー、という風に自分たちを分断しにかかっていたのだ。


「全てを疑ってかかる。これが基本姿勢です。これからずっとそうしろ、というわけではありませんから、せめてオーディス暗殺が嘘か真かわかる辺りまでは、お付き合いできませんか?」


 鷹晃はスターゲイザーの要請に似た言葉に即答せず、すっと瞼を閉じた。


 納得は行かないが、客観的にはスターゲイザーが正しい。それはわかっている。だがそれでも手放せないものが鷹晃にはあった。


 彼女は目を開き、ゆっくり唇を開く。


「拙者はスターゲイザー殿のことを信用している。その知謀も信じている。だからその方針には従うつもりでござる。しかし」


 スターゲイザーが声には出さず、おやおや、という表情をした。左右非対称の苦い笑みを浮かべ、視線を逸らし、小さく嘆息する。


「しかし、事の次第がはっきりするまでは偶然説を捨てる気はないでござる。信義無くして人は生きてはいけぬ。拙者は出来うる限り、人を信じたい」


 お人好しですね、とはスターゲイザーは言わなかった。彼女のそうでない一面を彼は知っているのだ。あのガイストを斬り倒せないと知ったとき、殴り殺そうとした鷹晃である。事の次第が判明し、全てが裏切りだった場合、彼女はきっと誰よりも恐ろしい存在となるだろう、と。


 スターゲイザーは彼の常の属性である、不謹慎な表情で一つ頷く。


「よろしいでしょう。とりあえずは基本方針に則って頂ければ十分です。ではこれから具体的なやり方について説明しましょう。ガルゥレイジくんにもご協力をお願いしてもよろしいですかな?」


「諾」


 短いが、深い地割れのような声が鷹晃の影から生まれた。マルグリットが、不気味な奴め、と言いたげに顔を歪める。


「よろしい。ではより具体的に説明しましょう。お耳をお貸し下さい」




 そうして詳細な作戦を授けられたのが二時間ほど前のことである。スターゲイザーはほんの短時間で、実に綿密な計画を立てて見せた。


 鷹晃がラップハールに『スターゲイザーが死んだことにして欲しい』と申し出たのもその一環である。もっとも、何も悪くないかもしれないラップハール達を騙すのは、鷹晃としては気分が良くなかったが。


「実際、〝プリンスダム〟へ私が死んだことにしてもらいたい、と申し出たらこの通りになりました。私とあなた方を引き離しての各個撃破。今度こそトドメを刺すつもりでしょうな。無論、〝プリンスダム〟の人間は何もせず、ここへ攻めてきた何者かが私の命を奪うというシナリオでしょうが」


 鷹晃は反駁できない。まさしく状況はスターゲイザーの予想通りに動いていた。彼が『こうすれば、ああくる』と言ったとおりになっているのだ。まるで現実がスターゲイザーの支配下に置かれたかのように。ガイスト・メルゼクス事変の時も彼の一言で幾度も死線を潜り抜け、そのつど頭の切れる奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。


 否、そうではない。現実が彼にひれ伏しているのではない。それは勘違いだ。ただ彼は冷静に現実を見据え、受け入れているだけだ。鷹晃にそれができていないだけで、スターゲイザーが特別というわけではない。


「好都合です。あちらはあっさりと反撃用の切符を渡してくれました。そうと気付かずに、ね。あとは我々がそれをどう切るか、ですが……まぁまずは主犯の顔を拝ませてもらいましょう。今夜にでも来てくれるでしょうからな」


 愉快そうにニヤついて、スターゲイザーは言う。


「何がそんなにおかしいのでござるか」


 つい鷹晃はそんな不機嫌な声をこぼしてしまう。彼に理があるのは認めるが、こちらはまだ〝プリンスダム〟の人々やオーディス・ウォズの戦友達を信用したいと思っているというのに。こちらの心情をまったく考慮しない不謹慎さが、少し気に障ったのだった。


「いえいえ、こうも簡単にこちらの手に乗ってくれるとは思ってもみなかったもので。少々嬉しくなったのですよ。お気に障りましたかな?」


 鷹晃は沈黙することで肯定した。


 それはともかく、主犯、とスターゲイザーは言った。それは一体誰のことを指すのか。そもそもこの状況の理由は一体何なのか。鷹晃にはそれがわからない。


 何者かが鷹晃達を見えない糸で絡め取り、各個撃破をもって殲滅しようとしている。スターゲイザーはそう看破した。確かに今日一日で不可解なことがいくらもあった。代表的なのは二つ。


 一つ。ラップハールの説明した〝プリンスダム〟の状況を、ウォズが真っ向から否定した。ラップハールは『<ミスティック・アーク>が傘下に入れと脅しをかけてきた』と言うが、ウォズは『〝プリンスダム〟に手出しはしていない』と首を横に振る。これだけでも、ラップハールが嘘をついている可能性、ウォズが嘘をついている可能性、あるいは何者かがそう見せかけようと偽装している可能性などが思い浮かぶ。疑惑は尽きない。


 二つ。フライスから『オーディスが暗殺された』と聞かされたというのに、ほぼ同じ頃、スターゲイザーがそのオーディスに襲われていたという。オーディスが実は生きていたのであれば、フライスが嘘をついていたということになる。が、フライスの言葉が嘘でなかったならば、何者かがオーディスの姿を借りて偽装したとしか考えられない。


 問題なのは、誰が嘘をついているのかわからない。だからこそ、現状は曖昧だった。


 実際問題、スターゲイザーを襲った犯人の候補はいくらかいる。だが、誰も彼も決定打に欠けるのだ。容疑者が多すぎて真犯人が絞れない。そんな状態だった。


 だからこそスターゲイザーも『周囲全てが灰色』と言ったのだろう。そして、そんな彼が立てた作戦の基本姿勢は『相手の出方を待つ』というものであった。


「拙者達がバラバラに行動するように見せかけて、相手を誘う……本当にうまくいくのでござろうか?」


「さあ、どうでしょうね? 少なくとも相手は我々を各個撃破しようとしている。いや、正確にはちょっと違うでしょうな。あちらさんは各個撃破するしかないほど、我々の力量を評価しているのでしょう。だから分断しようとする。つまり、罠にかけようとしているわけです。そこを我々は理解した上で敢えて飛び込むわけですが」


「虎穴に入らずんば虎児を得ず、でござるか」


「その通り。罠と知った上でバラバラに散った我々を見て、むこうさんは当然の如く行動に出る。が、そこ逆に罠ごと我々が食い破れば良いのです」


 言うのは簡単だが、実行するのは並大抵ではない。鷹晃はそれがわかっているからこそ、彼女らしくもなく不安を口にしたのである。ただ、味方だと思っていた者が敵かもしれないという状況もあるのだろう。我ながら少し気弱になっているのかもしれない、と思う鷹晃だった。


「ところで、我々を個別に倒すという方針でいく場合、一番のキーファクターになるのは誰かわかりますかな?」


 スターゲイザーは意地悪っぽくそんな質問をしてきた。鷹晃は少し考えたが、わからなかったので素直に、


「いいや、わからんでござる」


 と答えた。どうせ彼のことだから意地悪な答えしかないのだろう、という想いもあった。スターゲイザーの答えは簡潔だった。


「ガルゥレイジくんですよ」


 優男の表情は、教師の示した問題を難無く答える優等生のそれだった。どっちが質問者で回答者なのかよくわからない。


「半年前の彼の偉業は誰もが知っています。彼に対してだけは各個撃破ではなく、他の方法で無力化をはかろうとするでしょう。彼はそれほどの存在なんです。まあ、今も昔もジョーカーというわけですな。となると、このジョーカーの使い方によっていくらでも状況は一変するのです」


 スターゲイザーは得意そうにそう語る。作戦の基本的なことは瞬時に思いついたのだろうが、ここに来てからもずっと思考を煮詰めていたのだろう。自らの知的活動を披露したくてしょうがないのだろう。


「つまり、ガルゥレイジをうまく使えば拙者達に勝機があるから、安心しろと言いたいのでござるか?」


「ご明察ですな」


 短い言葉でスターゲイザーは肯定した。思い通りになるのはやや癪のような気もしたが、確かに安心出来る材料ではあった。だが、そうなればそうなったで、出てくる不安もある。懸念の素材には事欠かない状況だった。


「ならば、ラップハール殿に拙者が<ミスティック・アーク>へ向かい、マルグリット殿が<鬼攻兵団>へ行くなどと、丁寧に言う必要もなかったのでは? 親切が過ぎれば向こうも罠かと思って怪しむでござろう?」


 にやり、とスターゲイザーは不敵に笑った。


「そう思われるのは当然ですが、それは杞憂ですな」


「何故でござる?」


「あちらさんも我々と同じ風に考えるはずです。罠かもしれないが、食い破ってしまえ──とね。それほど、我々がバラバラで行動するというのは向こうにとってオイシイ状況なんですよ」


「なるほど……」


 相手の心理をよく捉えているものだ、と鷹晃は感心する。この辺りを聞くと、探偵と自称しているのも確かに頷けた。ここでふと、鷹晃はあることに思い当たり、その疑問を口にした。


「そういえばスターゲイザー殿は今回の件、何者の手によるものか見当がついているのではござらんか?」


 ここまで頭を回転させている彼だ。推測に過ぎないにしても、彼なりの結論はもう出ているのではないだろうか。


 この問いに、スターゲイザーは少し困ったように肩を竦め、眉を微妙な角度に曲げた。


「それは難しい質問ですな。正直、まだ私にもわかりません。オーディスかウォズのどちらかだとは思っていますがね。どちらか一方がラップハール氏と手を結び、我々を陥れようとしている……それが私なりの推論ですよ」


「スターゲイザー殿にもわからぬでござるか……」


「残念ながら材料が足りませんね。ま、一番の有力株はオーディスの<鬼攻兵団>ですな。何より私自身が彼に手痛い目に遭わされましたので。私は原則的に自分で見たもの以外は信じない主義です。逆に言えば、この目で見たものは確かだと思っています。よってオーディスに襲われたからには、あちらをより疑うのは自然の流れでしょう」


「しかし、偽装の可能性もござる」


「ええ。だからオーディスかウォズか『わからない』と。そういうことです。まぁ、ラップハール氏とウォズの話の齟齬も気になりますしね」


 この時、鷹晃の脳裏に閃いたのは天啓だったのかもしれない。瞬間的にある名前が意識の隅をよぎり、鷹晃はそれを素早く捕まえることに成功した。呟きが漏れる。


「……メルゼクス……!?」


 自分で言って驚いた。


 そうだ。何故、今までその可能性を思いつかなかったのか。鷹晃達の命を狙うとすれば、奴しかいないではないか。鷹晃の記憶から、純白のタキシードを見事に着こなした白皙の美男子の姿が抽出される。短く刈った紫の髪に、貴公子然とした振る舞い。〝クライン〟にあっては『時空の守護者』という位置づけで、ガイスト・メルゼクス事変においては真の元凶だった男。ウォズら魔術師が言うところの、本物の魔法遣い。


 鷹晃の敵である。


 見ると、スターゲイザーが彼らしくもなく険しい顔をしていた。眉根を寄せて、心配そうに鷹晃を見つめている。


「話そうとは思っていたんですがね。先に思いついてしまいましたか」


 鷹晃がメルゼクスに対してどのような感情を抱いているのか、スターゲイザーは知っている。それ故だろう、彼の選択した表情は。


 それ自体が光を放っているような明るい緑の瞳を伏せて、スターゲイザーは溜息をつく。


「先に言っておきますが、あのメルゼクスが関係しているかどうかは不明です。今のところ、それを示唆する材料はありませんのでね。ありもしない影に目を奪われて感情的になられては困りますよ?」


「……わかっているでござるよ」


 鷹晃の声は、完全に台詞を裏切っていた。


 メルゼクスという名は、〝クライン〟に暮らす人々全てがそうだが、鷹晃にとって大きく強い意味を持つ。彼女の胸に忸怩たる思いを呼び込む響きだった。


 巷では英雄などと呼びはやされてはいるが、実際のところ自分は肝心なところで失敗した度し難い人間である、と鷹晃は思っている。半年前の事変でメルゼクスを追いつめておきながら、つまらないミスで逃してしまったのは自分だ。皆を元の世界に戻す手掛かりを失い、あまつさえ自らの肉体の性を失った。何が英雄か。そんな偉そうな身分で呼ばれるほどのものではない。御門鷹晃がどれほどのものだというのか。


 褒め称えてくれる人々に悪いため、これまで公に口にしたことはない。だが、マルグリットとスターゲイザーの二人だけは鷹晃の心情を理解していた。それと同時に二人ともが『細かいところは気にせずに甘い汁は吸っておけばいい。他人の好意を無駄にしてはいけない』と鷹晃に英雄たれと求めもするが。


「ただ、拙者はメルゼクスが噛んでいるというのならば、全てに得心がいくでござる。何の因果もない拙者達とガイストを戦わせたあやつだ……何をしてきてもおかしくはない……!」


 胸中をかき乱す感情に、鷹晃は歯軋りする。この時点でもうスターゲイザーの言う『ありもしない影に目を奪われて感情的に』なっているのだが、彼女は気付かない。


 スターゲイザーは大袈裟に溜息をついて見せた。


「困ります、と言っているそばからそれですか。そんなことだから、その名前を出したくなかったのですが……」


「しかし、スターゲイザー殿、あやつなら納得いかぬでござるか? 仮にオーディス殿やウォズ殿が黒幕だったとしよう。ならその動機は何でござる? 少なくとも拙者にはわからぬ。彼らは半年前の戦いを共に潜り抜けた戦友でござる。だが、あやつなら……! オーディス殿やウォズ殿を疑うより、メルゼクスの所行と考慮するのがむしろ自然な流れでござる」


 熱弁する鷹晃に、やれやれ、とスターゲイザーは肩を竦める。


「そうですな。まぁそうでしょう。普通は」


 のらりくらりと肩すかしを食らわせるようなスターゲイザーの物言いに、鷹晃は眉根の皺を増やす。


「何でござる? 妙に引っかかる言い方を……別段、女のヒステリーというわけではござらんぞ」


「誰もそんなこと言ってやしませんよ。オーディスとウォズの動機ですがね、私には何となく予想がつきますよ」


 何でもないことのようにスターゲイザーは言い放つ。そんな態度に少し腹を立てつつ、鷹晃は問い詰めた。


「どういうことでござる?」


 するとスターゲイザーは視線を逸らし、口元に手をやった。珍しく考え込むポーズを取った後、彼はしれっと、


「……いいえ、確証が持てないので保留にしておきましょう」


「む……何故でござるか」


 食い下がる鷹晃にスターゲイザーは尻尾と羽根を隠した小悪魔のように微笑んで見せた。


「我々の英雄が感情的になって無様な姿を見せてしまうからです」


 放たれた言葉に含まれる毒は強い。彼の属性だとわかっていても、憮然とする表情を隠せない鷹晃だった。


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