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サムライ・クライン~御門鷹晃の受難~  作者: 国広 仙戯


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10/20

●ガイスト・メルゼクス事変 3

 シュトナが用意した水を飲み下し、落ち着きを取り戻したマルグリットの話を要約すると、こうなる。


 家にいたスターゲイザーが何者かに襲われた。その結果スターゲイザーは重傷を負い、家は黒焦げの粉々になった。


「そういうことはもっと分かり易く言うでござる!」


 マルグリットを小脇に抱えて走り出した鷹晃は思わずそう怒鳴った。


 一様に顔を険しくしたラップハール達に受け入れの準備を頼み、今、鷹晃達はスターゲイザーを連れてくるため家路を急いでいる。


「許したまえ鷹晃! 余とて混乱しておったのだよ! それも、それもだ!」


「何でござるか、まだ何かあるとでも!?」


 走りながら二人は大声で言い合う。焦りの炎が周囲を気にする余裕を燃焼させていた。


「スターゲイザーめは襲ってきたのがオーディスだったと言うのだよ! この余の気持ち、鷹晃ならわかってくれるだろう!?」


「!?」


 走る鷹晃の脳天に衝撃が落ちた。


 馬鹿な。オーディスはつい先刻、暗殺されたとフライスが言っていたはずだ。そのオーディスが何故スターゲイザーを襲撃する?


「あり得ないでござる!」


「余もそう思う! しかしだ鷹晃! 家の壊れようは確かにオーディスのそれと酷似していたのだよ! 余とて混乱する!」


「……!」


 なるほど、オーディスの能力は雷撃だ。黒焦げの粉々というのは実に分かり易い。


 一体、一体何が起こっているというのか。全く訳がわからない。何故死んだと聞かされたオーディスが生きていて、しかも鷹晃の家にいたスターゲイザーを襲うのか。どれが本当でどれが嘘なのか。


 何かとてつもなく悪い予感が、鷹晃の胸骨内部で暴れ回っていた。


「重傷というほどのものではございませんが、ちょっと足をやられてしまいましてね」


 見るも無惨に崩れ落ちた家の残骸。その影に背を預けて身を休めていたスターゲイザーがシニカルな笑みを見せた。


 鷹晃はマルグリットを降ろすと、スターゲイザーに歩み寄って屈み込む。


「一体何があったのでござる」


 正義の探偵を自称する人物はいつものタイトスーツではなく、鏡面処理の施された装甲服に身を包んでいた。だがその所々が破損し、フルフェイスのヘルメットは砕け散り、彼の額から生まれた赤い血が頬を滑り落ちている。


「キャプテン・スターゲイザーとかいう奴が襲われて大怪我したらしいですよ」


 この様な時でも洒脱で毒の強い口調を、スターゲイザーは手放さない。だがその声には明らかな疲れが混じっていた。


「何者でござる、このような無茶をするとは」


「マルグリット様から聞いてませんか? オーディスですよ。オーディス・アールストレーム。それともアントン・フライスの上司か、<鬼攻兵団>の団長とでも言った方がわかりやすいですかな?」


 優男の皮肉った声はやや抑制を失っているように聞こえた。無理もない。鷹晃にとってもスターゲイザーにとってもオーディスはガイスト・メルゼクス事変を共に乗り越えた戦友だった。彼に敵対する陣営に身を置かなければ、戦うことなどないと信じ切っていたのだ。


 だからこそ鷹晃は聞き返さずにはいられない。


「スターゲイザー殿、本当にオーディス殿だったのでござるか? 見間違いなどではなく」


 スターゲイザーはきょとんとした。何を言い出すのか、とその目が語っていた。


 彼がいつものように香辛料をたっぷり利かせた言葉を吐くより早く、


「オーディス殿が暗殺された、と先刻フライス殿から聞いてきたのでござるよ」


 先手を打って鷹晃は言った。明るい緑の瞳が軽く見張られる。スターゲイザーは助けを求めるようにマルグリットに視線を向けた。


「余もそう聞いた。あのいけ好かない男からな」


 スターゲイザーはしばらく表情に困った後、苦笑いを選択したようだった。


「……それはそれは。どういうことです?」


 どうやらマルグリットは事の全てを伝えきっていなかったようだ。まあ、帰ってきてみれば家が全壊していたのだ。動転するな、とは無茶な注文だろう。


 鷹晃は念のため、最初から事の推移を説明した。ラップハールの依頼とウォズの言動との齟齬。暗殺されたオーディス。そして死んだはずのオーディスの襲撃。


「……なるほど、ね。どうやら一杯も二杯も喰わされているような感じがしてなりませんな」


 鷹晃は神妙に頷く。スターゲイザーの感想に彼女も同感だった。奇妙な違和感と嫌な予感が、体内で手を繋いで踊っているような気分だった。


「ふん、不愉快にもほどがあるわ。どいつもこいつも信用ならん。鷹晃、何なら余がオーディス派もウォズ派も滅ぼしてやるぞ。それならすっきりするであろうよ」


 吐き捨てるようにマルグリットが危険な台詞を言った。確かにマルグリットが本気になれば不可能な話ではないだろう。だが、問題はそこではないのだ。


「止すでござるよ、マルグリット殿。北東区も北西区も大事な〝クライン〟の一部でござる。それらを焼き払うような真似などできぬよ。それよりも」


 鷹晃はそこで一度言葉を切った。沈黙して、綿密に言うべき単語を吟味する。


「犯人を特定するでござる」


「犯人? 犯人ならばわかっているではないか鷹晃。オーディスだ。余達はあの時、あの馬鹿の死体を確認したわけではないのだ。フライスの愚か者が嘘をついておったのだよ」


 そのことなら鷹晃とてとうに考えている。遺体を確認させたくないがため、と考えればあのフライスの態度にも納得がいく。しかし、


「そうは言っても、拙者達が今日という日に来るとはわからなかったはず。『鬼岩要塞』の緊張した空気も演技だとは思えないでござるよ」


「疑えばそれこそキリがありませんな」


 と、スターゲイザーがからかうように笑う。そう、まさしく彼の言うとおりだった。


 可能性は他にもいくらでも思いつく。例えば、スターゲイザーを襲ったオーディスが魔術による偽装である可能性。フライスがオーディスを亡き者にして<鬼攻兵団>を乗っ取ったという可能性など。誰も彼もが演技をしているのかもしれない。考えれば考えるほど、世界は疑念を差し込む隙間が多すぎることに気付く。


 鷹晃は、ふぅ、と溜息をつく。


「考えていても埒は明かないでござるな」


 我知らず暗い声をこぼしてしまった鷹晃の肩に、元気づけようとしてかマルグリットが手を置き、


「やはり行動してこそだ鷹晃! 余ならどんなことでもするぞ! 遠慮なく言いたまえ!」


 ライトブルーの瞳がキラキラと星のように輝く。そこにスターゲイザーが言葉に甘えて、


「では私から遠慮なくいいですかな? お二方、とりあえず私を病院へ連れて行ってもらえませんでしょうか」


 重傷と言うほどでもない、とのたまっていた者の言葉ではなかった。本人も自覚があったのだろう。続けて、


「いやね、本当に大したことはないんですよ。放っておけばアーマーも修復して治癒効果が出るはずなんですがね。どうにも……痛いのは苦手でして」


 申し訳なさそうに言って、取り繕うように笑うスターゲイザー。見ると、身体はともかく右足の負傷は確かに深い。ラップハールに受け入れ準備を頼んでもあるので、〝プリンスダム〟へ連れて行った方が良いだろう。


「それに妙案があるのですよ」


 と、血のこべりついた顔に瀟洒な笑みが閃く。


「ちょっとお耳を拝借いただけますかな?」



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