精霊の予感
「じゃあ今日は別行動ね。まったく、何で水属性の生徒だけ別行動なんだか」
翌日、スケジュールでは湖の周辺でのピクニックと言われていたのだが、主属性が水の生徒は別らしい。
今日は、班行動と言うわけでも無く自由だ。
なので、メグミルクはユミィと一緒に過ごせる時間が無くなってご立腹なのだ。
「頑張ってくださいね、メグっ!」
笑顔で見送るユミィに片手を上げて集合場所へと歩いて行くメグミルク。
メグミルクを抜いた四人も、何処か丁度いい場所を見つけに移動を開始した。
「わぁ、魚が居るよハルト!」
湖の周辺に沿いながら歩いていると、マカロンが魚を見付けハルトを呼んだ。
しかし、ハルトは何処か上の空で、もう一度呼ばれるまでぼんやりとしていた。
「悪い、本当だ……魚が泳いでる」
湖を覗きながらそう言うハルトだが、どうやら魚より水面に映る自分の顔を見ている様だ。右手で髪を少し弄ったり、顔の角度を変えたりしている。
「じゃあ、この辺りで休憩しましょうか」
そんなハルトを余所に、ユミィが木陰になっている場所へシートを敷いた。マカロンもシートが飛ばない様に、端に荷物を置いて行く。
「……ハルト、何見てる?」
「わっ!? シュガー……」
行き成り、隣に腰を下ろしたシュガーに驚き、違う意味で心臓の音が強くなる。
今日はスカートの丈が短く、露出した太ももを意識してしまったりと内心てんやわんやになっているが、落ち着いた振りをして「さ、魚……塩焼きしたら美味そうだと思ってさ」と火照った顔を見せない様に腕で隠しながら言った。
「ふふっ、かわいい……」
ふとシュガーが言った。視線は優雅に泳いでいる魚を見ている。
「魚か?」と聞くと。
「ううん、ハルトが」と此方を向いて微笑んだ。
すると、みるみるうちに体温が上昇して行くのが分かった。汗がじんわりと出て来て、耳まで赤くなっているんじゃ無いかと自分でも思った。
「ば、ばーろー、全知全能の神たるこの俺が、可愛いわけあるかーー」
この場に居るのが辛くなったハルトは、そう叫びながら走り去った。
「……あれ、ハルトどこ行くんだろう?」
その様子をマカロンは見つめていた。
✳︎✳︎✳︎
魔法の中には、精霊魔法と呼ばれる魔法がある。それは魔法の呼称ではなく、精霊によって強化された魔法全般を指す。
そして、その精霊と契約するには、湖や泉、森の奥や火口など、霊気の集う場所へ赴かなかなければならない。
今回の旅行では、湖に住む精霊と契約を交わさせる為、二日目のスケジュールでは水属性の生徒を呼んだのだ。
勿論、全員が契約出来る訳ではない。
精霊魔法は、普通の魔法より強力だが人を選ぶ魔法だ。ここで精霊と契約出来た者は、来年のクラス換えの時の評価の一つとなる。
「お前ら、ここから先が精霊達が住むと言われている場所だ。今日の夕暮れまで、時間をいくら使ってもいい。精霊と契約しろ。出来た生徒は自由時間とする。それでは、健闘を祈る」
教師の言葉と共に散る生徒達。その中にはメグミルクの姿もあった。
「水の精霊ね……もう私契約してるのよねー」
必死に駆けて行く生徒達を見送りながら、メグミルクは呟いた。
『ねーメグ、そんな事言わないで皆に合わせてよ!』
その呟きに反応したのは、全身水で出来た手の平サイズの少女アリスだった。仲間の精霊に会いたくてうずうずしているのだ。
そんなアリスに「嫌よ、あんた呼んでるだけで疲れるんだから」と取り合わないメグミルク。精霊を呼んで置くのはとても魔力を使う。だが、その足はしっかりと湖の奥へと進んでいるのだからそのツンデレっぷりが伺える。
『やっほー、げんきー?』
歩く度にすれ違う水の精霊に声を掛けるアリス。
「違う意味で疲れるわ……」
メグミルクは辟易しながら言うのだった。
少し歩くとそんな精霊達も、他の生徒を見に行っているのか疎らになって来た。
精霊にとって、人間の魔力は嗜好品の様なものらしい。ようはギブアンドテイクだ。
精霊は魔力の量では無く質で人を選ぶ。
なので、魔力量が少なくても大成する者も少なくは無い。魔力が少ない生徒はここが正念場なのだ。
「精霊さまー、どうかおいでくださいませー!」
彼方此方からその様な声が飛び交っている。
「まったく、よくやるわよね」
『ほんと、ほんと。中古品の安売りに飛び付く精霊なんて居ないのにねー』
「あんたって毒舌よね」
『むむ? メグには言われたく無いわぁ、べー』
メグミルクの肩から離れ、くるくると旋回してべーっと舌を出すアリス。「あんたねぇ」と呆れるメグミルクにアリスは何か見つけたのか、ふわりと上昇して言った。
『ねぇねぇ、あの人闇の魔力も凄いけど水の魔力の質も凄いよ! 良いなぁ浮気しちゃおうかなぁ〜』
「はぁ? あんた何言って……ってハルト!?」
アリスが見つけたのは、膝に手を付いて息をするハルトの姿だった。
『やぁおにーさん。私に魔力くれな〜い? サービスしちゃうよぉ』
「……はぁ、はぁ、ふぅ。何だこのちっこいの?」
勝手に話し掛けるアリスにもうっと怒って、メグミルクもハルトに近付いた。
「この子は精霊よ」
「うぇ!? メグメグ!?」
「誰よそれ!」
『あはは、おもしろ〜い』
二人の遣り取りに笑うアリス。
メグミルクも怒るより先に何故ここに居るのかを問いただした。
「あんた皆と一緒じゃ無かったの?」
「いや〜、諸事情でちょっと」
視線を泳がせながら言うハルトに溜息を付きながら「しょうがないわね、一緒に帰りましょ」と踵を返した。
ズンズン行ってしまうメグミルクに何も言えず、ハルトも後を追うのだった。
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最近ハルトの様子が可笑しい。
マカロンは消え去ったハルトを追い掛けながら、そんな事を考えていた。
入学して直ぐに告白され、交際を始めたのだが今までそれらしい事を殆どしていない。それにハルトの周りは女子でいっぱいだ。いくら彼女と言えど不安が募らない訳じゃ無い。
(それに、昨日シュガーが抜け出したのも気になる……うぅ)
風魔法で自分の背中を押して、森の中へと消えた。
暫し風魔法の力を借りて走る事数分。
一向にハルトの背中が見つからないのに焦りが募っていく。
「あ、あれ……こっちじゃ無かった?」
足を止め、道を間違えたのでは無いかという考えが頭に浮かぶ。振り向いても、前と同じ様な道が続いている。
「やばい、私……もしかして……迷子になちゃった?」
苦い表情に一粒の汗が伝った。
湖の奥の大きな洞穴。
そこにはとても立派な八つの祠が立っていた。
ポツリと落ちる雫の横で、八つの内の一つの祠から低くて太い声が響く。
『……煩いぞ、人間の餓鬼がぞろぞろとよぉ』
『久し振りに懲らしめようか……』
その声に、知的な声が反応する。
『……ククク、そうだなぁ。一暴れしようじゃねぇか』
八つの霊気は移動を始めた。
「うぅ……ハルトぉ」
その頃、マカロンは前も後ろも分からず未だに迷っていた。
話し相手でも居れば違うのだろうが、あいにく此処にはマカロンしかいない。
「そうだ、木の上から見渡せば良いんだ! よっ、ほっ……うーん、届かないや」
飛行の魔法が出来れば良いのだが、それは上級魔法に当たり、一介の魔法学生には扱えない。
「はぁ……。っ!?」
諦め掛けたその瞬間、凄まじい霊気がすぐ側に感じられた。
「何……この威圧的な霊気……」
接近する脅威にただ立ち竦む事しか出来ない。
森の奥から忍び寄る恐怖に畏怖した。
新学期のこの時期、皆様もお忙しいでしょうがお暇な時間を埋める事が出来る様精進したいと思っております。
若輩者ですが、これからもよろしくお願いします!