夜這い? の予感
消灯時間は早く、ゲームも携帯も無いこの世界では比較的素直に就寝してしまう男子だったが、女子はそうは問屋が卸さない。意中の相手、それを聞いたり話したり。所謂恋バナはどの世界でも行われるらしい。
そんな女子の泊まり部屋。
男子の部屋より断然整理された布団の一角。何時ものメンバーにユミィを加えた四人が頭を合わせて会話を繰り広げていた。
「ユミィ、あんた好きな人居ないの?」
こういう時、大人しめの女子が標的されやすい。
「え……私ですか? 居ないですよそんな人〜」
背が少し低い物の、綺麗なブロンドの髪に十五歳とは思えない程のボデュームのある胸。そのアンバランス差が絶妙な魅力を醸し出している。モテ無い訳が無いのだ。
「え〜、ユミィさん絶対モテますよね。本当に居ないんですか?
マカロンがユミィに追撃する。
「本当ですよ、それに今は新しい家族も増えてそんな事考えられないですよ」
「あーそれ、何で私に話してくれなかったのよ」
「(ハルトと一緒に住んでるなんて妬いちゃうなぁ)」
言う暇が無くて……というユミィに悪戯を始めるメグミルク。
その様子を見てシュガーと話そうと声を掛ける。
「ねぇ、シュガー……寝ちゃったの?」
盛り上がった布団は、何も返事を返さない。
「シュガー?」
布団を捲るとシュガーによく似た影人形が上下に呼吸の真似をしていた。
「これは……シャドウドール」
それに気付いたマカは、闇に沈んだ部屋の入り口をただ見つめるだけだった。
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「いびきが煩くて眠れない……」
男子の大部屋と言うことは、寝ても煩いと言うことだ。
電気は消されて居るが、月の光が窓か差し込んでいる。
人を踏まない様にトイレ向かった。
静寂が支配するトイレでは、お化けの一人や二人出るんじゃ無いかと思わせる雰囲気があった。
トイレを済まし、手を洗うと鏡に黒く小さな影が映り込む。
「はうあっ!?」
奇妙な声がどっかから出たが、よく見ると魔法で作られた人形の様だ。手をくいくいと招いている。
「え、行くの? めっちゃ怖いんだけど……って、引っ張んなよぉ」
トイレから出たハルトは心細い光が灯る廊下を進み、小さい影人形に連れられて行く。
日本とは違い見張りは居ない。
静かな旅館は夜の学校に似た独特の気配を感じる。
「……中庭?」
着いたのは旅館の中庭だった。
「……ししょ〜、こっち」
備え付けのベンチに座っていたのは、寝間着姿のシュガーだった。
手には何時もの魔道書を持ち、落ち着いた感じのドレスの様な服を着ている。
側に寄った時に見えた胸の谷間が眩しい。
「で、俺を呼んだ理由は?」
シュガーの隣に腰掛け、呼んだ理由を問う。
「うーん、お勉強?」
魔道書を掲げ、キョトンと小首を傾げるシュガーに笑ってしまう。
「あはは、シュガーらしいな」
「うん、あまり教えて貰えなかったから」
基本魔法のライトで魔法書を照らして、二人で勉強を始める。
教える程詳しく無いだろうと思うかもしれないが、この世界の魔道書とは、所謂自動車の教本みたいな物だ。
感覚を捉える事が得意なハルトは、とても簡単に感じるのだ。まあ自分の感覚を人に教える事が出来るかと聞かれたら、素直に頷く事は出来ないが参考ぐらいにはなるはずだ。
それに図書館で魔法を調べていたら、他人の魔力を使って魔法を行う代理魔法という物があるらしい。
一回他人の身体で魔法を使用し、体に覚えさせるという……まあ最終手段もある。
「この魔法、むずい……」
「それは、シャドウドールを作る要領でな……」
「そっか、でもそれだとここが……」
「そこは……ここに魔力を溜める感じかな」
「おー、斬新な発想」
恐らく日本時間にして十時頃、二人は時間を顧みず魔法の習得に勤しんだ。
小一時間して一休憩。本を閉じて会話を始める。
「ししょ〜は、不思議。私はこの学校に来て、勉強するだけ、人付き合いなんて要らないと、思ってた」
「ふーん、その割に師匠だなんだって、積極的だったじゃん?」
そう言ってシュガーの顔を覗き込む。
「だって、ししょ〜は先生でも使えない、上級魔法、使ってたから……」
「ふふんっ、天才ですからっ」
ぱっと見で使った魔法が上級魔法だと知って、鼻を伸ばすハルト。シュガーはその仕草にころっと笑う。
「私、最初、お前は俺のだって言われて、びっくりしちゃった。俺の班だって、言うこと、でしょ?」
「会って直ぐの人、普通は口説かない、もんね」と、何やら自己完結している。
「変な誤解だな、ははっ。あの時は仕方なくだったけど、今は同じ班で良かったと思ってるぞ、シュガーはどうだ?」
「……うん、良かった」
シュガーは、視線を落としながら肯定する。その頬は朱に染まっているが、長い髪が邪魔してハルトは気付かない。そして「……だって、もっと知りたいと、思える様になったから」そんな、告白めいた呟きも聞き逃してしまう。
その時、明かりの為のライトが点滅を始めた。
「今何て……あ、ライトの魔力が切れる」
光源が薄くなっていることに気付き魔力を込め直そうとした瞬間、シュガーに手を取られそれが出来なかった。
パッと消える明かり。辺りが元の暗闇に戻ってしまう。
「シュガー? ライ……」
ちゅっ。
「……ぇ」
再びライトを唱えようとした瞬間、頬に柔らかく暖かい感触が伝わる。ゼリーの様な弾力を感じた後に、シトラスの様な香りがふんわりと鼻に付く。
「私は貴方の物……に、成りたいの」
初めてのキスに思考が麻痺するハルト。
暗闇の支配する中庭で、心臓の音だけが鼓膜を揺らす。
「ライト……」
ぼんやりとした光が二人の顔を照らす。
シュガーは恥ずかしいのか俯いていて表情が分からない
今度こそは聞こえた愛のメッセージに、心臓の鼓動が止めど無く押し寄せる。
ドクン、ドクン……。
「今……」
「何か、聞こえた?」
「え?」
勇気を出して開いた口も、シュガーの言葉によって閉ざされる。
「それは、闇精霊の囁きかも……なんて。今日はもう遅いし寝る。また明日、ししょ〜」
「……そう、だな」
何も無かった様に話すシュガーに、心臓がズキリと悲鳴を上げる。
「じゃあね……」別れの挨拶をして、中庭の入り口に向かうシュガーの背を見送るハルト。女の子はよく分からんという表情だ。
中庭を出る前に、シュガーは振り向く。
「今日は、も、もう心臓が、壊れそうだから……この話は、今度、覚悟が出来たら……する。お休みハルト」
そう言って、パタパタと走り去って行った。
残されたハルトはライトを消して、星が輝く夜空を見上げる。
「……はぁ、何か、胸いっぱいで眠れそうに無いな」
何時もの疲れた様な溜息とは違い、幸せそうな溜息を吐きながらハルトは、誰に言うでも無く言うのだった。