温泉の予感
到着駅ダノンに着いて徒歩十分。学校側で予約していた旅館に着く。旅館までの道は、建ち並ぶ出店で目移りする程に魅惑で溢れていた。
そしてこの街は、ハルト達が住む学園街とも呼ばれる街コウラから少し離れ、温泉を中心に観光スポットが集合した観光街アクエリアス。水の都とも呼ばれるこの街では温泉だけでなく、大きな湖も存在する。
と、言う事で、
「温泉だーーー!」
ざぶーんと湯気立つお湯の波が排水溝へと流れて行く。
道中酔ったり、ボコられたりしたハルトは心のそこから温まり、極上のリラクゼーションタイムを堪能していた。
「はぁ、こっちでも温泉に入れる何て夢の様だ……」
見える景色は男達のまっぱだけだが、目を閉じれば問題無い。体を肩まで湯に沈め体を伸ばし芯まで浄化する。
温泉と言えば、風呂上がりの牛乳だが見かけたのは魔牛のミルクというちょっと恐ろしい牛乳だった。
「(まぁ、皆飲んでたし美味しいんだろうなー……あ、でも俺金無いやーあっはっはー)」
はふぅと一息。
こっちの世界でこれ程ゆっくり出来たのは初めてかもしれない。
稼げる様になったら、定期的に来よう。
ハルトは胸にダイヤより硬い決意をするのだった。
「よう、なあお前ってすげぇモテるよな。秘訣はなんだ? 教えてくれよ」
露天風呂が無いのが残念だ。ならいっそ作ってしまうか、と思考を繰り広げていると、多分クラスメイトの男子が話しかけて来た。
視線だけで確認すると、赤毛で筋肉質の身体をしているのが分かる。
「やっぱ、今時の女子はお前みたいに線の細い奴が好きなのか……」
隣に腰を下ろし湯に浸かる赤毛は、天井を見上げながらそう言った。
その問いに対しハルトは少し考え口に出す。
「十人十色……」
「何だ、そのじゅうにんといろ……って奴は?」
上げていた顔を向け聞いてくる赤毛。
「人は十人いれば皆違う考えを持っているって言う事だ」
「ほへぇ、お前は博学なんだな」
「ふっ、故郷の言葉だ。お前はお前でいれば良いい、いつかお前を必要とする奴が、きっと何処かに居るからさ」
そう言って再び湯を楽しむハルト。
横では、赤毛のクラスメイトが声を上げて泣きはじめた。
「何故か、心にズシンと来たぜ。俺はホットペ・ツパー。俺のダチになってくれ、いや成らせてくれ!」
「そうか、俺はハルト、宜しくなホットペ」
こうして、初めての男友達を作るのだった。
風呂を出たらお待ちかねの牛乳タイム。しかし、おこずかいを貰う事の出来ない立場のハルトは買えないでいた。
(ま、飲まなくても死ぬわけじゃ無いし……)
喉は渇いたが、食事の時間になれば水が出る。それまで我慢だ。
肌を火照らせ、牛乳売りの近くでパタパタと浴衣で仰いでいると、女風呂に入っていたマカロン、メグミルク、シュガーの三人がハルトを見つけ近づいて来た。
(ハルトのお風呂上がり……)
ぽおっとハルトを見つめるマカロン。
隣でシュガーが「ししょ〜、エロくて素敵」と言う言葉を選ばない台詞にマカロンはより頬を高揚させた。
「ほら、買って来たわよ……って、あんたいたの」
列車での事を根に持っているのか、まだ視線が冷たい。
「丁度俺も風呂を出た所だ」
「ふうん、此処に居るって事はあんたも魔牛乳飲んだの?」
「いや、ほら、あー、うん、そーだなー」
「何よ、その歯切れの悪い返事は」
「いや、俺ってユミィん家の養子だからこずかいは遠慮してんだ」
「は!? そうだったの? ユミィからそんな話聞いた事無いんだけど……」
ハルトのカミングアウトに驚きの声をあげるメグミルク。
「まあ、ついこの間なったばっかりだからな」
「うそ……じゃあ、ユミィの事お姉ちゃんって呼んでるの?」
真顔で質問してくるメグミルク。
ハルトは否定するかしないか悩み、あの時のユミィの笑顔を思い出し肯定した。
「…………悪いかよ」
「何それ、超可愛いんですけどー。ぷーっぷっぷっぷ。私の事もお姉ちゃんって呼んで見なさいよ、そしたらこれ、飲ませて上げても良いわよ〜、ほれほれ〜」
完全にネタの種にされてしまったハルトはぐっと歯を食いしばり耐える。しかし、今振られている魔牛乳の魅惑に負け、口が勝手に……。
「……お、お姉ちゃんっ」
ズキュン。何かが射抜かれた音が、そこかしこで聞こえたが、ハルトは魔牛乳に夢中で気が付いてはいなかった。
女子脳内会議室。
「あれはヤバイわね、相当な破壊力よ……甘く見てたわ」
「ユミィさんが羨ましい……わ、私の事もお姉ちゃんって呼んで欲しいなぁ」
「ししょ〜、可愛い。弟の師匠と書いて、弟師にする。決定」
三者三様にハルトに対し母性本能を擽られるのであった。
この旅館は、男女別の団子部屋になっていて、男女間の安全は保たれている。
適当に置いた自分の荷物に脱いだ服をしまい、その部屋を後にする。
食事は班で摂る決まりになっていて、おそらく食事会場では、班の名前が書かれた紙がテーブルの上に乗っている事だろう。
途中までホットペと他愛無い会話をしながら向かい、会場の前で別れた。
直ぐに三人を見つけたハルトは直ぐに合流した。
「お前らの視線が生暖かいのは気の所為か?」
三人の変な視線を感じたハルトは、うんざりした表情を作り先に席に着いた。
隣に座るのはマカかシュガーだと思っていたハルトだが、座ったのは予想外のメグミンだった。
その瞬間、ハルトに戦慄が走ったのは言うまでもない。
食事が始まると、スグにメグミルクが箸を向けて来た。そこには、近くの湖で釣れるらしい魚の切り身が挟まっている。
「ほら、おねーちゃんが食べさせてあげるっ」
「お前……悪い物でも食べたか?」
行きなりの豹変っぷりに真顔で問い正すが、帰って来たのは「んなわけ無いでしょ」と言うごく普通の返答だった。
「私、弟欲しかったのよねー」
と、にやにやしているメグミルクが馬鹿にしている様に見えたハルトは、直ぐにさっきのやり取りでの事でからかわれていると確信する。
何度言ってもやめないメグミルクに悔しさが涙腺を刺激する。
「もう、知らん……」
顔を俯かせ言い、食い専に徹しようと思っていたハルトだったが妙な雰囲気は増して、結局何故か他の二人も似たような仕草でご飯を食べさせて来て、「お姉ちゃん枠取られましたっ」とユミィが泣き始めるまで止まらなかった。
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