旅行の予感
カタカタと揺れる馬車は、煉瓦造りの道をゆっくりと進んで行く。行き先は魔導列車と呼ばれる石炭と魔力で動く列車に乗れる駅である。
行きに三時間のこの旅はこれからの長い旅行の序章に過ぎなかった。
そんな馬車群の内の一台。その中では楽しげな会話が繰り広げられていた。
「ハ、ハルト。大丈夫?」
薄ピンクの髪の色の少女マカロン•サンドの膝の上で、漆黒の髪と魔力を持つ少年ハルト•ドーリックが顔を青ざめながら体を丸めていた。
「仕方ないわね、まったく。それにしても馬車酔いなんてお笑い物ね、ぷーぷっぷ」
そんなハルトに、白に近いクリーム色の髪を見たこと無い髪留めでざっくり一つに纏めている少女メグミルク•モカが腹を抱えて笑った。
「うぅ、平行世界の歪みを感じる……」
その台詞に更に笑いの度合いを上げるメグミルクと、苦笑で髪を梳いて上げるマカロンの姿が馬車の中に映っていた。そして、もう一人……。
時は数日前、ゴディーバ魔法学校のM教室。
そこでは、入学して間も無い生徒達の親睦を深める旅行の班決めが行われていた。
「なあメグミン、一緒の班になろうぜ」
班決めが開始されて早々、ハルトは隣の席のメグミルクに提案する。しかし「……嫌よ」の一声で一蹴されてしまう。
「やれやれ、マカは同じ班になってくれるだろう?」
取り敢えず一人確保。と言うことで前の席のマカロンに声を掛ける。
ずっと耳を傾けていたマカロンは、ピクッと反応した後「もちろんだよ!」と大きな声で肯定してくれる。
「(……だって、恋人だし当然だよ。ふふっ)」
クラスの人数は24人。
規定では4人一組で人班である。もう一人探さなければならない。
え? 二人だって? クックック、既にメグミルクは我が班の一員で在ることは確定している。これは、神の意志だ(キリッ。
「って言うことで、メグミーン後一人どうする?」
「人を息を吸う様に班に組み込むなっ!」
隣でわたわたしているメグミルクを他所に、もう一人のメンバーを探す。
キョロキョロと周りを見渡すともうほぼほぼ班が確立されつつあった。
あの長い銀髪男子ですら無言で居るものの班の一員となっていた。
「もう誰が空いて居るのか分からないな」
「まあ、私はハルトと二人っきりで良いけどねっ」
「ちょっと、私を抜かさないでよ!」
「ほう?」
「……ぐぅ」
結局そんな遣り取りを続け時間が終わってしまう。
メンバーの名前を記入しに行くと、先生に余っている生徒を紹介される。
「随分寡黙な生徒なんだが頼めるか?」
「はい、任せて下さい」
先生の言葉に頷くと、その生徒がいる席を教えてくれた。
「先生が名前書いておくから、行って来なさい」
指示通りに席に向かうと、周りが騒いでいるのにも関わらず、ずっと分厚い本を読んでいる女子がいた。
「よっ、俺たちの班になったから。宜しくな」
「…………」
声を掛けるが反応は無い。
微かに唇が開くのは、本を声を出さずに読んでいるからだろう。
よく見ると闇魔法の魔法書と書かれている。
横から覗き、ほぅと声を漏らす。
書かれている事は昔、自分で書いた中二全開の魔法全書によく似ている。数多くのアニメや漫画の設定の寄せ集めだったが、思わぬ所で役に立つものだ。
「(闇魔法、影傀儡)」
自分の影を拳大の大きさに分裂させ、人型を作り未だ魔法書に夢中なクラスメイトの前を歩かせる。
バッ。影に気が付いたクラスメイトはそんな効果音が出そうな勢いで此方に振り向く。
「何で、使える……?」
可愛らしく小首を傾げて尋ねてくる。
「ククッ、俺はハルト、神に、選ばれし物だからだッ。いいか、お前は俺の班員になったからな」
その少女には、その時背後に神が見えたと言う。
「私、シュガー•ブラック。貴方は、私の、ししょ〜」
ガシッと両手で手を掴まれるハルト。
その勢いに少し身を引くハルトだが、逆に掴まれた手を引っ張って囁いた。
「お前は俺の(班)だからな、忘れるな……」
念を押す為の一言だったが、新たな勘違いを生む。
シュガーは紺の髪の隙間から覗かせる真っ白な肌を、林檎のような赤に染め、蒸気させた。
「……ぅん」
その流れを見ていたメグミルクは、やはりハルトを殴るのだった。
……。
…………。
と、言うことで、班のメンバーを乗せた馬車は発信したのだが
「ししょ〜、魔道書、一緒に、その、読む?」
「ああ、読む……(って、めっちゃ酔う)」
活字に酔うハルト。
「ハルトは私と話すよね、ねっ?」と、頭を揺らされて止めを刺されていた。
ブンブンブンッ「うぷっ……(揺らさないでくれ)」
と、いう一連の流れで、ハルトが酔ってしまう事になったのだが、この事が後に回復魔法習得を目指す事に繋がるのだが、この時はまだ誰も知らない。
✳︎✳︎✳︎
「やっと着いたようね」
馬車が走り始めて二時間半が経過し、目的地である魔道列車の駅ブギボンに着いた。此処からまた三十分近く列車に揺られる事になるのだが、生徒一同は列車が来るまでの暫しの休憩時間を過ごしていた。
「ふっはっは、邪王神ふっかーっつ!」
馬車から降りたハルトは、スタイリッシュなポーズと共に復活した。
「風が俺を読んでいる……」
「ハルト、私の風魔法気持ちいい?」
「おう!」
会話の途中、軽快な汽笛の音が轟いた。
「ほら、行くわよ」
「くっ、また乗り物か……負けないッ」
「ししょ〜、大丈夫?」
「ハルト、ま、また膝枕してあげるから、安心して酔ってよ!」
「酔いたくねぇ……」
そうは言いつつも、背中を押されて乗車していく。
「よかった、ちゃんとやってるみたいですねっ」
「ユミィ、行くよー」
「はーい」
その背中を微笑みながらユミィが見ていたのであった。
楽しい旅行は続き、短い時間だが列車の旅へと移る。時刻はお昼が過ぎ駅弁を配布されていた生徒達は窓から見える風景を楽しみながら、駅弁に舌鼓を打っている。
「ね、ねぇハルト、お、お弁当食べさせてくれないかな……」
「弁当? ああ、もう食欲が無いからやるよ」
「(そう言う事じゃ無いよハルトぉ〜)」
「ししょ〜、食べて、あ〜ん」
「ああっ、ずるい、わ、私もあ〜ん!」
「いや、もう食べる気無いんだって」
「「はい、あ〜ん」」
差し出される二つの橋。
方や野菜の漬物。方や鳥肉のソテー。
「じゃあこっちの漬物で、もぐもぐ」
胃に優しい野菜の漬物を口に入れるハルト。
「美味しい、ハルト……?」
感極まった顔で尋ねるマカロンと。
「うぅ、胃に重い……そうだ、メグミルクに食べて貰おう。って、寝てる?」
食べて貰えず違う処理班に食べさせようとするシュガー。
しかし、その処理班員であるメグミルクは、列車の窓に頭を預けくぅくぅと眠っていた。
「ほう、喋らなければ、中々可愛いじゃ無いか。ククク」
眠っているメグミルクの頬を笑いながら指で突つくハルト。その様子を恋するマカロンは複雑な表情で見守っている。
つんつん。弾力のある柔肌を何度も突き、もう一度と言うとこで列車がガタンと揺れる。
ブスッ。
「おっと、これは傑作だ、メグミンの鼻に指がぶっささってしまった。ククク、クハハハハハ」
大声で爆笑するハルト。しかし、その声で起きたメグミルクと目が合った。
「あ¨ん¨だ、ごろずわよ?」
「やっべぇ、マジサーセン……」
きゅぽんと勢いよく抜くハルト。
狭い列車の中、逃げ場の無いハルトに残された道は、地獄への片道切符だけであった。