魔法学校の予感
行きなり生活の場が変わると言うのは、苦労の連続だ。
だがそれも、何日か経てば慣れてしまう。人間とはそういう物だ。
「ハルト君、こっちですよ。ほら、あそこに観えるのが魔法学校ゴディーバ。世界でも有数のエリート学校なのですよっ!」
興奮気味にユミィが説明する。
ユミィが街の角から指さしたのは、魔法学校の一部の時計塔で、少し遠くからでも十分観えるという事はかなりの大きさを誇るというのに同義だ。
異世界と言っても、漫画の様なこの世界。
貧しい所も在るのだろうが、この街はとても輝いている。
煉瓦で出来た家が、同じく煉瓦を並べて出来た道に並び、水の魔法石が嵌め込まれた噴水が中央を飾る。
畑で採れた野菜を売る呼子、魚を捌く漁師、街行く人々に笑顔が灯っている。
「……本当にいい街だな。この活気が心地いい」
辺りを眺めながら、素直に感想を漏らす義弟に笑顔を作るユミィ。
「そうですよ、そんな街にこんな素敵な弟が出来た私は幸せ物です」
「ユミィ姉さん」
「こら、お姉ちゃんでしょっ」
「それは、恥ずかし過ぎる……」
お姉ちゃんを強要するユミィに辟易する。本当はこんなやり取りも嬉しい物なのだが、恥ずかしものは恥ずかしい。
顔を片手で覆い、やれやれのポーズを作っているとユミィに近付く女子の姿が有った。
「ユミィ、おはよう!」
「あ、メグミルクちゃん」
「ぶふっ」
名前を聞いて、吹き出してしまうハルト。
その少女を見ると、名前とは裏腹に涼しげな印象を受ける。白に近いクリーム色の長い髪を、初めて見る髪留めでざっくりと一つに纏めている。ポニーテールというかドラゴンテールだ。そして何より冷たさを象徴しているのが、やや吊った目である。真紅の瞳が視線を射抜く。そんな少女であった。
「何よ、人の名前を聞いて吹き出すなんて。ユミィ、こいつ超失礼じゃない?」
こめかみをピク付かせながらユミィに問うメグミルク。
「ごめんメグちゃん、ハルト君は私の義弟なの。許してあげて、ね?」
「ふーん、こいつが例の……まぁ、見た目はそこそこ、でも人の名前を馬鹿にする奴に禄な奴は居ないわ」
ハルトを観察しながら言い放つメグミルク。
ジト目のメグミルクへの言い訳を考えていたハルトは、どうにか頭の中で内容を纏めて言う。
「悪いなメグミルクさん。知り合いに同じ名前の人が居たので反応してしまった。申し訳無い」
人は謝罪に弱い。ごめんで大体罷り通るのだというのがハルトの自論だ。もちろん犯罪はめっ、だが。
「ふ、ふんっ。まあ入学初日から怒るのもあれだしね。ユミィに免じて特別、本当に特別に許して上げるわ」
それを聞いたハルトはほっとして、自己紹介をする。
「許してくれてありがとう。俺はハルト、宜しくな」
「ゆ、許しただけで馴れ合う気は無いわっ!」
そう言い残して、ずんずんと学校へ向かって行くメグミルク。
入学早々の受難に溜息を漏らす。ユミィは「悪い子では無いんですよっ」と、汗をかきながら弁解した。
可愛らしい義姉にクスッと笑い「分かってる、俺たちも行こうお姉ちゃん」と言って右手を差し出した。
「……ハ、ハルト君が、お姉ちゃんって……はいっ、ハルト君っ」
桜の花は咲いていないが、街の一角で笑顔の花が咲いたのだった。
「やあメグミルクさん。さっきぶり」
学校に着くと教室の割り当てが張り出されていた。
日本の学校とは異なり、入学式が無いのが楽でいい。
今日は、指定された教室で今後の予定や軽い親睦会をして終了だ。
「ぐぬぬ、まさかあんたが同じ教室で隣の席なんてね。謎だわ……」
「ユミィが違うクラスに行ってしまったから、知ってる人が同じで助かったよ」
「ふん、あんたなんか知らないわ……」
取り付く島も無いメグミルク。
メグミルクとの会話を断念して、隣に座っている男子に話し掛けた。
「なあ、俺はハルトって言うんだけど、お前は?」
「俺は馴れ合う気は無い」
「(おいコラ、ブサメン)」
長い銀髪が特徴の男子は、ハルトを一蹴した。
「(わぉ、どうやらこの学校の生徒は友好的では無い様だ。くっ、右手が疼く。ぶっ飛ばしてぇこいつ)」
沸点に近付く怒りを抑え、最近癖になりつつある溜息を大きく吐いた。
隣でメグミルクが笑っているのが憎らしい。
席替えなんて制度が無いこの学校で過ごして行くのに、気の置ける友人は必須だ。
そう考えていると、前の席に女子が座った。これはチャーンス。しかし、またあいつ(メグミルク)に聞かれるのは癪だ。ハルトは席を立ち話し掛けに行く。
「なあ、ちょっといいか?」
「ん? なんだい?」
独特な喋り方にちょっと動揺するハルトだが、前の二人よりはマシだと顔を耳に近付ける。
(おい、俺と(友達という名の)特別な関係にならないか?)
(は、はにゃ?)
(うん、と言ってくれ……そうじゃ無いと、俺が困る)
(そ、そうは言っても、私は魔法使いになるため入学したわけであって、恋愛とかそう言うのはごにょごにょ……)
(駄目か、やっぱり俺は(友達としての)魅力が無いのかな)
(そ、そんな事、カッコ良いし、髪も綺麗だし、結構好みだけど、その、いきなりは、心の準備が……)
((友達になるのに)準備は必要無いだろう? 俺がお前とそうなりたいんだ……)
(…………はい、よ、宜しくねっ。えーと……)
(ハルトだ、お前は?)
(マカロンです。マカロン•サンド)
(そうか、宜しくな……呼びづらいからマカって呼んでも良いか?)
(え、うん……良いよ、ハ、ハルト……)
というやり取りをしていたら、メグミルクに殴られた。
「あんな言い方したら、勘違いするに決まってるじゃないっ、あんたバカ!?」
「おい、盗み聞きは良く無いぞ?」
「煩いナンパ男!」
その後、先生が来るまでメグミルクはハルトをポコポコ殴り、マカロンは頬を染めながら体をくねらせていたと言う。
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「そうですか、ハルト君にも友達が出来ましたか。それは、お姉ちゃんとして、とっても喜ばしいです」
学校からの帰り道、今日の出来事をユミィに話した。
ユミィはハルトの話しを聞くと自分の事の様に喜び、ハルトもそれを嬉しく思った。
ユミィもちゃんと友達が出来たらしく、今度紹介してもらう約束をした。
この異世界に来てから早二ヶ月。この世界の常識を詰め込み、入学試験の勉強でてんやわんやだった時間も今や懐かしい。
魔法を入学する前に勉強しまくって俺TUEEEEしたかったが、勉強するだけで終わってしまったのが残念だ。
今、由美は何をしているのかな。
ふと春人はそう思った。夕暮れが何処か感傷的な気分にさせたのかもしれないな、頭を振ってハルトはユミィと一緒に自宅へと帰ったのだった。
その頃、夢見春人の妹である夢見由美は、テレビに映るニュースを眺めながら溜息を付いていた。
兄の春人が自分を庇って、居眠り運転をしていたトラックに引かれたのは事実だ。
しかし、兄は行方不明。死体がいくら探しても見つからず、行方不明扱いにされてしまった。
私や母の懸命な証言や私と歩いているのを見ていたご近所さんの証言で、私はよく分からなかったが、お金を貰えた。
でも欲しいのは、お金じゃ無い。
「お兄ちゃんを返して……」
面白かった兄、優しかった兄。その兄はもう居ない。
「…………」
もしかしたら、あの事故があった場所にいるかもしれない。
由美は家を無言で出て行った。
事故現場に着くと、トラックが開けた穴を修復する工事が行われていた。私達だけじゃなく色んな人に迷惑を掛けた運転手。自己管理も出来ない様な馬鹿が免許なんか取るなよ、と内心で罵倒する。
幾ら金を貰おうが、時間が経とうが、被害者は加害者を憎むのだ。
「きゃっ……」
呆然と事故のあった場所を眺めていると、下から風が吹き、スカートを少しばかり浮かした。
両手で抑え、下を向くと地面が歪んでいるのに気が付いた。
「なに……これ?」
小石を落としてみる。
消えた。
「うそ……」
驚きの現象だが、この中に兄が入ってしまったのなら、合点がいく。
「お兄ちゃん……そこにいるの?」
天然の妹は、後日この歪みに手紙を入れる事になる。
翌日には、歪みは無く、見つけるのに時間が少し経つが、無事春人の元に手紙が届くのだった。