始まりの予感
「成る程、そこら辺に転がっていた俺を助けてくれたんだな……」
先程、由美と間違って襲ってしまった少女から事情を説明して貰い、何故自分が知らない人の家で寝てたのかを把握する。
そんな恩人に対して、くすぐってしまった事を深く詫びる。
「すまない、助けて貰ったのにあの様な事を……本当に申し訳ない」
頭を垂れて謝る。
助けてくれた少女は、それを見ると両手を横にパタパタと振りながら言った。
「い、いえ、誰にでも勘違いはありますし……」
苦笑気味にそう言って許してくれ「それに、同い年くらいの男の子にあんな事されて、少しドキドキしてしまいましたから」と此方がドキドキする様な言葉を頂いた。
お互いしばしドキドキした雰囲気のまま無言が続き、鼓動の速さが元に戻って来た辺りで「あの、どうしてあんな所で倒れていたのですか?」と、質問して来た。
素直に「トラックに引かれて、その後の記憶が曖昧なんだ」と告げると、「トラックってなんですか?」と全く知らない素振りを見せる。
まさか……。
「なぁ、この星は何て言うんだ!?」
「え、えと……ガーナって呼ばれていた、かな?」
「地球じゃないんだな?」
「へ? えと多分……」
それを聞いた春人は、拳を握った右腕を高々と天に上げ喜びを表した。
「ふ、フハハハハ……我、並行世界を行く者」
春人のポーズを含めた中二病行為を少女は眺め「格好いいですっ」と両手を胸前で握って、目を輝かせた。
「あ、そうだ、名前は何て言うんですか?」
少女の新たな問いに答える。
「我は闇を行く者、ダークファントム」
「わぁ、ダークさんですね。宜しくお願いします」
「うぐっ」
純粋に受け止める少女に言葉が詰まる春人。直ぐに撤回する。
「いや、春人だ。ダークファントムは二つ名的な物だ……お前は?」
「私はユミィです」
「由美!?」
「……い、いえ、ユミィです」
一瞬、妹の名前と似ていて由美の名前を呼んでしまう。そうか、もうあいつには会えないんだな……。
それにあいつはこんなに胸が大きくなかったな。ふっはっはっはっは。
由美が聞いたら怒るに違いない言葉を胸の内で発しながら、目の前の少女、ユミィを観察する。
身長は150後半、体重は軽そう。特徴と言えば背の丈に合わない大きな胸とふわふわのブロンドヘアー。よく見ると瞳の色も黒では無く青み掛かっている。
「悪い、妹の名前が由美って言うんだ。それで、何て言うか……その、もう会えないんだ」
「そうだったのですか、ごめんなさい……私」
「いい、気にしてない」
微妙な空気が流れた。
そう言えば、倒れていた理由がまだ分からないです。とユミィが呟いた。いい理由が見つからない。春人は口から出る言葉をペラペラと話した。
「うぅ……大変だったんでずね、ぐす」
嘘八百を並べていると、何時の間にか涙声になっているユミィ。罪悪感に苛まれるが「帰る家が無いなら家に居てぐださい」と鼻声で言われ、ぽんぽんと話が進んで行く。
しばらく罪悪感が胸を焦がすが、在ることに気が付く「(これが、主人公補正……(ほっこり))」流れに乗る事にした春人だった。
「あら、もう大丈夫なの?」
リビングと思われる広い部屋に連れて行かれると、そこにはユミィに何処か似ている女性が居た。
「ハルトさん、私のお母さんです」
「私はユリって言うの、心配したのよ?」
おっとりしている所は似ていて、優しさが思春期心に恥ずかしい。
照れながら「ありがとう御座います」と感謝を述べる。中二は年上には強く出れないのだ。
✳︎✳︎✳︎
異世界(まだ自称に過ぎない)で宿を手に入れた春人。いや、もう衣食住揃った様な物だが……そんなイージーな異世界転成(転成とは限らない)物語は詰まらない。
指針として、春人はまずテンプレ通り情報を集める。
「ふむふむ、なんと文字が読めるではないか、なんて易しい……」
手始めにユミィの家にあった本を手に取る。隣ではユミィが「面白いですか? 私のお気に入りなんです」とニコやか待機している。よく在る王道王子様もので、何とも言い難かったが面白いと言っておく。
次に向かったのは図書館。
やはり、歴史や地理を知らないとこの先此処で生きて行くのが辛い。文字は何故か日本語だがまあ神の祝福だろう、良きに計らえである。漢字合ってる?
「……この星はガーナ、太陽と月によって調和の取れた世界。カカオと呼ばれる猿人類から進化を遂げた人間は、発達した脳を使い、群れ(村)を広げて行く。人間が生まれ数百年、魔力爆散事件(ミルティキッス事件)が発生。全ての生物、植物、鉱物に至るまで魔力を帯びる様になる。そして、更に数百年の時が過ぎ、魔法文明が発達。人間は欲望をぶつけ合い魔法を使った大規模戦争が勃発した。それを
ダース地方で起こった事から、ダース魔法戦争と名付けた。その後、冷戦が続き、何時しかーー」
チョコレート戦争勃発!
春人は歴史書を読んで行く内に、堪らず叫んでしまった。いやはや、なんとも胸焼けしそうな歴史なんだと春人は戦慄した。だが、覚えやすそうではある。
隣でお姫様の絵が描かれた本を読んでいたユミィは「楽しそうで何よりです」と気に留めず再び読書に戻る。
「やれやれ、歴史はもう止めだ。次は地図……と言いたいが、まぁ特に何処か行く訳でも無いし今は良いか。それより……」
歴史の本を棚に戻し、視線をユミィに向ける春人。
「ユミィ、魔法を教えてくれ!」
その時の春人の目は、新しい玩具を買って貰った少年の様な綺麗な瞳をしていたと言う。
一旦家に帰ると、ユミィは母であるユリに相談した。春人の事である。
普通ならば、15歳の誕生日を迎えた者は、その国の魔法学校、若しくは望んだ魔法学校へと入学し、魔法適性や魔力量などを計るものだ。しかし、春人は15歳では有るが身分の証明が難しい。
それを聞いた春人はどうしたものかと思考を巡らせると、ユリが思い付いた様に口に出した。
「そうだ、養子にしましょう」
ユミィがまず賛成し、お父さんであるトミーも快諾してくれた。此処まで来ると本当に何なのだとやや気味が悪くなるが、息子も欲しかっただの初めての弟だのと騒がれては、多少自分の心が突っぱねても、賛同するしか無いだろう。
拾ってくれたのがユミィの家族で本当に良かった。
神をも凌駕すると自称する春人も、この時ばかりは神に感謝した。
「ーーです。さぁハルト、言ってごらん」
養子の申請が終わり、正式に春人はユミィの家族になり、名前を名乗るよう言われる。一息吸って、そっと吐く。決意を固め名前を一字一句噛み締めながら発して行く。
「ハルト•ドーリック。貴方達の家族に成らせて戴きます。これから宜しくお願い致します」
「何を言っているんだい、君はもうドーリック家の一員だよ」
「…………はいっ」
父、トミー•ドーリックの言葉に、力強く頷く。
「(由美、母さん、父さん……俺、こっちでちゃんと生きて行くから。今まで有難う)」
晴れ渡る空は、新しい生活を祝福しているかの様に清々しくハルトの目に映った。
これからは、出来るだけ自分の事は自分でしよう。中二病も卒業だ。母さんと父さんに守られて来たこの体、絶対大切にするから。
地球とは違うとある世界で一人の少年が決意するのであった。