着信拒否するのは変?
咲蘭家立。そう、この学校もウチのものなのだ。
でも、政治の一環として建造したのであって、営業は教育サービスの会社が行っている。ショバ代でウチがうれしい、学費で儲かる会社もうれしい。そんな商売するから荒れ果てたのかもしれないが。
紗夜果と共に幅が広い道を進み、校舎に接近する。それでも人の気配はなくて、これではツラい記憶を散々に掘り返した意味がないじゃないかと思う。
校舎は多分三十棟以上あり、高等部には四階建てのB棟が割り当てられている。かなり広いから、中学三年間だけでは覚えきれない。最低限、自分の教室を知っとけばなんとかなるんだ。
広い道を突き当たってからさらに右に左に進んで、きれーなレンガ造りの高等部校舎にやってきた。二階の窓を見ても窓ガラスしかない。バラを加えて黄昏れる半裸の生徒なんていないのだ。
あまりの静けさに、わたしはオバケヤシキなるものを連想した。暗くて狭い場所で、びっくり箱を開けると同時にパートナーと密着する場所だそうだ。
暗くないし、びっくり箱はどこにも置いていない。とにかく不気味だった。
「やっぱりおかしいよ。帰らせて」
「おおおかしくなんてないわ! いつもこんな感じだわ!」
絶対嘘。
そのとき、わたしの端末の着信音が鳴った。
「ひっ」
「メール?」
すぐに取り出して、中身を確認する。紗夜果の言う通り、電源を入れるとトップ画面に『新着メール1件』の表示が。
その下にある『表示する』の所をタッチして、受信ボックスに移る。
差出人:さやかさま
件名:トーロクしなさい!
日時:あの時あの場所
「紗夜果じゃん!」
「あたしだよ!」
驚いて損した!
メールアドレス盗られてからずっと機械いじってたのはコレが原因か。
とりあえず未読を消すために、本文を表示させる。
内容
『待たせたわね! あたしよ。平東紗夜果さまよ。長年の野望だったセナのアドレスを手に入れたんだから、これからいっぱいメールするからね。覚悟しなさいよ。どれくらいメールするかっていうと、一時間に一回、それは最低ラインで、ヒマさえあれば送ってやるからね。ちゃんと返信しなきゃ電話するよ。もうね、どれだけ待ってたとおもってるのよ。セナが学校に来なかったから、ずっと寂しい思いをしてたんだから。アイツは全然喋らないし、分かるとおり周りも変なのばっかだし、わたしと張り合えるのはセナだけなんだよ。思えば初めて会ったのは小学一年の入学式。この国のだいとーりょう? の娘だからどんな顔してるのかと思えば、ふつうだったね。ふ、つ、う。確かにへんな色してるなとは思ったけど、全然覇気がないんだもん。そんときは興味なんて全然なかったけど、学年が上がるにつれてセナが気になった。あんたふつう過ぎるのよ! 周りはどんどんおかしくなっていくのに、セナはちっとも変わらないんだもん。あ、変わってないのはあたしも同じね。なんであたし成長しないのよ! これでも毎日八時に寝てるのに! セナはあたしを越して大きくなりやがって! どこが変わらないだ! ふつうに大きくなるな! 敵か! セナも敵なのか! 周りは敵ばっかだわ! そのなかで自我を保つあたしスゴい! ふん、やっぱりセナなんてムシッコロどーぜんね。あれ、なに書いてんだろう。ごめんね、もうどこを消していいかわからなくなっちゃった。気にせず続けていこー。おー。中学時代はセナで遊べたから楽しかったのよ。なんで高校に入って学校来なくなっちゃったのよ。周りなんて気にしなくていいじゃんよ。あたしがセナで遊んであげるからね! よーするにね、せなあああああああ戻ってきてくれてよかったよおおおおおおおもう絶対不登校になんてさせないあたしが許さないこんどこもったらヘリでのりこむからあああああ覚悟しとけやこらあああああああ』
本文を表示すると、溢れんばかりの文字。
「う、うわあ、ああ、あ、ああああ」
思わず端末を落としそうになるが、なんとか持ちこたえてすぐトップ画面に戻す。戻るボタン連打だ。目を閉じて、一気に吹き出た冷や汗を潤滑油に、戻るボタンを連打する。
端末がバグって「戻る」が効かない。
端末を連打するわたしを不審に感じてか、後ろから紗夜果に肩を触られる。
「セナ、どうしたの」
「いやああああああああ!」
焦って今度はホームボタンを連打。そっちは何故か反応するようで、押してすぐにトップ画面に戻った。でも怖くて、もう二、三十回ホームボタンを連打しておく。
後でメール消すときも、怖いなあ。
「どうだった! あたしのメール!」
「うん! ありがとう? 元気がでたよ?」
「う、うん。セナにしては素直じゃない」
ヘタに刺激すると危ない。他の生徒風に言うと、まじでやばい。ぱない。
ここは穏便にやり過ごして、後でアドレス変更と着信拒否だ。ずっと前に着信拒否したハズなのに、紗夜果もメールアドレスを変えて攻めてきた。イタチごっこじゃないですか。
とりあえず一緒にいるときはメールの阻止ができるし。校内で一人になったらすぐにアドレス変更しよう。
端末に触れないように細心の注意を払いながら、紗夜果と下駄箱で靴を履き替える。下駄箱のロックを解く暗証番号は全わたし共通なので問題ないぜ。横に並ぶ位置をキープしつつ、階段を昇って二階の教室へ。
「あれ?」
違和感しかない。
「ねえ、紗夜果、教室の中」
「わかってるわ」
教室の窓付き扉から見える生徒は、声一つ出さずにしっかり席についている。相変わらず目が疲れるような虹色アタマの集団だが、姿勢は模範そのものだ。背筋をピンと伸ばして、手はおヒザのうえで。
ちょっと突っついたらいきなり立ち上がって、いつも通りの意味不明な言動を発しそうで不気味だ。それこそびっくり箱みたいに。
もしかしてこれ、兄の言ってた発明?
わたしじゃなくて他の人全員を更生させちゃったの?
兄の発明は、影で人間の禁忌を犯しているとウワサされることがある。その気になれば、生き物だって作ってしまうような、常識ハズレの頭脳を持つというウワサが前提にあるから。ウワサがウワサを呼ぶ状態。
でも実際、この国の庶務を行っているのは、兄が発明した機械『マモール三世くん』だ。緻密に張り巡らされた回路は、不可能とされるヒトの脳の再現を軽く越して、政治処理にのみ特化した人工知能を生み出した。
複数人が情報を共有し、時間を掛けてやっと決められることを、マモール三世くんは一瞬で処理できる。人間では情報共有のための会議や資料を漁るときに発生するムダを、一台の機械だと全て省略できる。
共有しなくていいし、過去の事例はキッチリ整理して記憶媒体に保存されているおかげだ。
会議が泥沼化してケンカが始まり収拾するという茶番も機械の中でさっと行い、人間がとるであろう最適な政策を打ち出すことができる。怒りや悲しみ、企みなどといった感情論も大事なので、その冷たい箱の中でぐるぐる回っているのだ。
中身は見えないけれど、きっと様々なストーリーが作られているに違いない。コードでモニターにつなげれば、群像劇からヤジが飛ぶ会議風景まで、いろんな番組が視聴できそう。
当然のことだが、新たな取り決めを作ることにより住人の反感は避けられない。だからといって、機械以上の答えは何人集まっても出せないのだ。
マモール三世くんの存在によって、複数人いるのがむしろ迷惑になってしまった。凄まじい人工知能のおかげで、悪いウワサも立ってしまう。
とにかく、そんなモノを作ってしまう兄は、学校の全生徒をコントロールすることぐらい容易いと思って。
これなら今日一日は余裕で過ごせるなあ、と安心した。
安心したらもう自分のクラスの真ん前。数回だけ通ったことのある教室の中は、静かに座る生徒達。
扉を開いて入室し、教室全体を見渡してみる。一番端の壁際に、派手な光景に浮く三人目の友人を発見した。地味なのである。
「ともさん!」
静寂が漂う教室に、わたしの声が響き渡る。恥ずかしい。
でも不登校なわたしの声には、一人以外誰も反応しなかった。
「…………ぁ……」
なにか言いたげにこちらを見てくるが、開いた口から出るのは吐息に混じって洩れ出ててしまったような声だけだった。
布西おとも。昨日メールを送った相手だ。ものすごくこの国っぽい名前で、はっきり言えばおばあちゃんみたい。おともさんやー、と呼ぶのがなんか照れくさいので、呼ぶならあだ名だ。
「ともさん、元気だった!?」
めんどくさい紗夜果の相手をするのに、おともと話すのは一種の休憩時間だ。丁度いい感じでバランスがとれる。
紗夜果を引っ張って席まで行って、おともに耳を近づける。
おともの体が一瞬強ばったけど、それはいつものコトだ。
「…………あ、あの、……そちらこそ」
「元気元気」
「よかった……」
接近しても聞き取り辛い。
おともは紗夜果と正反対の性格で、この上ない臆病者だ。
だからメールをしても打ち間違えるし、こちらが頑張らないと意思疎通すらままならない。
一方でそんな性格が幸いしてか、次々と変態してゆく生徒が多い中で地味な容姿を維持している。肩まで伸ばした黒髪と、人形のように和風な顔立ち。デザイナーが想定している、ちゃんとした制服姿。
全て「普通の生徒像」なのに、この状況ではどうしても目立ってしまう。本人的にそういう状態は嫌なのだろうけど、髪を染める、着崩す、といった行動にまで勇気がおよばないのである。
生徒手帳に描かれる「身だしなみ」の項目に逆らってしまうからだ。
「メールあんがとねー」
「ひっ……、送ってから、間違えたことに気付いて……」
「うん。解読に半日かかった」
「ねえなんでオトモにアドレス教えてあたしには教えてくれないのよ!」
静かすぎる教室に、ただただわたしたちの声が鳴り響く。
こんなおともとわたし、紗夜果が、学校に馴染めなくて集まったのだ。
始業のチャイムが放送される。
パイプオルガンをベースに仕立てられた豪華なジングルは、キンコンカンコンなんて安っちいものではない。ぐぅぁぁんのぉぉぉぅわぁぁぁぅおぉぉぉという感じだ。
低音が全校生徒の体を震わし、高音が脳をシェークする。どんなに騒音がすごくても、これだけは必ず聞こえてしまう。
「咲蘭さん、平東さん、席についてください」
すぐ近くにいる生徒A、濃青色の髪をした男子生徒が、素晴らしい姿勢でわたしたちに注意する。つり目を越した長細いキツネ目、耳にはピアス口にもピアスと、首から上は悪人そのものだが、それ以外はしっかりしている。つまり半裸じゃない。
このひと一番荒れてた人じゃないですかー。
小学校の頃からやんちゃで、よくちょっかいを出された記憶がある。変容は極めて早期に起こり、異常なファッションはこの人から広まるんだと考えている。
もう別世界の人間になったと思う頃には、生徒Aもこちらに見向きしなくなり、身の安全は保たれていたのだが。落ち着いて座っていられないような人は、やっぱりいるだけでも怖いよね。
それが今更、いいしせーで座っているだと。
わたしに着席を促してきただと。
逆らうとどうなるかわからないから席に向かう。空いている席は教壇の真ん前とその隣。紗夜果は真ん前じゃない方に向かっているので、わたしの席はど真ん中らしい。
あれだ、席替えのときにみんなが嫌がる席に休みの人をあてたのだ。
よく見ればワイシャツのボタンが全部とれていて、安全ピンでその場をしのいでいるような男子生徒がいる。他にも、ほんのり日焼けした女子生徒は、お面をしていたであろう部分が白いままであった。
いくら大人しくても細かい部分は隠し切れていない。
よく「だるまさんがころんだ」でなってしまう不自然な映像を見ているよう。
兄は一体どんな方法でこんなにしたんだ、と軽く考えつつ席に着く。同時に担任の先生が教室に入ってきた。派手な景色のなかで浮遊してしまう、これまた地味な先生だ。おともより地味かもしれない。
覇気のない先生は、辺りを見回してコツコツ歩き、教壇に立つ。
「……うわぁ」
なにそのうわーって。
自分の失言に気付いたのか、咳払いを一つして出欠表を開く。
「え、えーおはようございます」
『おはようございます!』
先生が挨拶するとクラス全員、息の合った元気な挨拶がわき起こった。ビックリ。
紗夜果も先生も引きつった顔で、この様子について行けない様子。
そういえば先生とか友達とかは、なんでいつも通りなのだろう。
どちらにせよ、なんだか調子狂うなー。