ヘリで移動するのは変?
騒音が収まり、家族は悟ったような顔をしてわたしに愛のある目で訴える。音の正体を知っているようであった。
何が音を出しているのかは分かる。あんなおっきい音で移動するのは、ヘリコプターみたいな飛行物体でなければおかしい。ミサイルが飛んでくるなんてあり得ないし。
家族はそれに誰が乗っているのかを知っているのだ。
もしかして強制送還?
わたしは大きいお友達に連れて行かれるの?
「時間である」
「心配ないざます」
「さあ世奈、旅立つんだ」
家族は一斉に立ち上がって、演劇のように大げさな動きで出口を指差す。
兄の持っている拡声器から、盛大なオーケストラが流れ出す。さらに、天井近くから白いハトが飛び出し、人類誕生の天井画を埋め尽くした。
わたしの席から出口までの経路に花が出現して、部屋は一気にファンタジックな空間に。うわ、口が開きっぱなしになってた。
どうして盛大な別れを演出するの。もっとさりげなくやってあげて。
「い、いやー!」
景色が動いた。いや、自分が動いている。床が動いてる!
「なにコレ! 兄! 止めてよ!」
イスに座ったままのわたしは、花に囲まれた道にそって移動している。下手に動けばバランスを崩しそうでこわい。何より、ビックリして力が入らない。
こんな設備いつの間に付けたんだ。わたしを送り出すためだけの散財設備。それだけじゃなくて、家族も予行練習したでしょ。動きが洗練されていたよ!
『さあー新たなーかどーでをー』
合唱してるしさあ!
『おーくーりーだァァァァそォォォォおォォォォ』
ソプラノ、テノール、バスの耳障りなハーモニーと同時に、高さ五メートルの大扉が開く。あれって開くんだ、と新事実に驚愕しつつ、動く床は途切れずイスに座ったわたしと近くに置いていたカバンを連行する。
「せめて箸を置かせてよお!」
食事中なのに急に動かすから。
心からの叫びも、動く床には届く訳がない。心を持たない機械は止まることなく右に曲がって、わたしの視界から家族を消した。
あとはもう、玄関に向かって流れるのみ。すごい魔改造をしたものだ。
見慣れた家の中を漂って、玄関の直前で動く床が途切れる。もはや諦めモード。行儀よくイスに座っていることにした。玄関の扉も自動で開き、わたしは数ヶ月振りのおそとにさらされてしまった。
庭のど真ん中に、大きな黒いカタマリがお尻を向けて置かれている。
カタマリのてっぺんにはどでかいプロペラが付いており、胴体にはジェットエンジンを備えた主翼が生えている。
ヘリとジェット機が一体になった航空機である。簡単にヘリって言っちゃうけど。
光を反射する程磨き上げられた黒塗りボディは、まさにオカネモチの象徴だが、今のわたしには不吉の印にしか見えない。
やだ、わたし、連れて行かれるの。
後方ハッチが開いて、中から宇宙人が現れる。
「おーっほっほっほっほ!!」
耳に刺さる甲高い笑い声と同時に、わたしの座っているイスが突然浮いた。重力からちょっとだけ解放されたような感覚。ほんの三センチだけ浮いたイスは、無音でスライド移動をして、わたしを屋外に出しやがった。なんだその技術は。
日光で体が溶けそうになるのを我慢して、飛行物体への接近に身構える。
箸を構えたの間抜けなわたしと、ゆっくり下りてくる訪問者。
宇宙人との邂逅。
「お久しぶりね!」
身長百四十センチの白い生き物が、わたしの前で仁王立ちをした。
「迎えにきてあげたわよ!」
ひとの家にいきなり航空機で乗り込んできたり、高笑いしたりちっちゃかったり。
目の前に立つ銀髪の幼女は色々と平均から外れているが、残念ながら宇宙人ではない。歴とした人間だ。しかもわたしと同年齢の高校生。
二人いる友達のめんどくさい方、平東紗夜果だ。
紗夜果の祖父母が西の国出身で、父母の代でこの国に移住してきたらしい。
ここには大した商売がなく、競争なんて言葉とは無縁。かなりテキトーな国だ。競争したかったら外国に行きなさいという決まり文句まである。
逆に、競争に勝った人はこの国で休んでいろ、という文句も。
リゾート地みたいな扱いなのだ。
紗夜果の祖父母がまさに勝者で、平東一家を引き連れこの地に移住した。
要するに、ただのオカネモチ。
残念ながら成長期に恵まれなかった紗夜果は、中学三年頃からかなり目立つように。荒れ果てた生徒にまぎれると、影も形もなくなるが、単独行動のときは必ず二度見される。うわちっちぇ、って。
甘やかされまくって育てられたその性格は、天上天下唯我独尊、傲岸無礼、傍若無人と、言葉にできない程のめんどくささ。メールアドレスを教えた日には、端末のコールが止まることを放棄するだろう。
さらに見た目。西方でも珍しい銀髪の子が、この国に突っ立ってたらもっと目立つ。ウェーブのかかった銀色がチョコマカと動いていたら、遠くからでも狙いやすい。わたしと同じように、周りにもっと変な色がいる今だからこそ目立たない状態だ。
紗夜果も学校に馴染めていない人間の一人。というか世間に馴染めていないような。自由奔放振りが日常から浮いている。
でも引きこもりではなく、一人だって気にしないタイプだから普通に学校生活を送れるのである。
「セナが学校に行くって言ったからね、お米券を持ってきたのよ!」
意味が分からないよ。
「三万円ぶんよ!」
制服のポケットから分厚い紙の束を出して、わたしに突き出す。
一枚五百円の券が三万円分ともなると、小学校の教科書みたいな厚さになる。かさばらないのがウリなのに。
でもありがたいので頂く。ウチの収入の半分は、こういった金銭以外のものなのだ。商品券とか福引き券とか野菜とか。現物税である。
「どうもご丁寧にー」
お礼に持っていた箸を渡す。
「あ、ありがとう」
こんなにお米券があったら、しばらく主食を買わなくて済むだろう。さらに農家の人がお米送ってきたらどうしよう。お米をおかずにお米を食べ、お米をすする事態になっちゃう。
「こんなのいらないわよ!」
あろうことか紗夜果は、わたしの箸を近くの花壇に突き刺した。もうあの箸使えないじゃん。
ぎゃーぎゃー鳴っている紗夜果を放っといて、玄関に置き去りにされたカバンをとりに立つ。まったく、ここまで仕掛けるならカバンもしっかり運んでよ。
ホバリングしたままのイスは、軽く押したら屋敷の中に戻って行った。帰省機能が付いている。
小走りで玄関に向かい、重すぎるカバンを持ってヘリの方に戻ると、もう一日分の運動をしたような気分になった。こんなのか弱きわたしがするコトじゃない。強敵を倒すべく鍛錬にいそしむ、スポーツ少年がするコトだ。
「うう、じゃあ、行こう」
わたしの箸で、花壇にいるイモムシを掴んで遊ぶ紗夜果。軽く肩を叩いて移動の合図した。もう絶対この箸は使いたくない。
夏に近づくにつれて、増加する一方の太陽エネルギーから逃れるために、ヘリのハッチに一歩を踏み込む。程よい冷気が漏れてきて、中はとても過ごしやすそう。
そっかー。紗夜果のヘリだったら安心だー。強制連行じゃなくてよかった。
「なにしてんの?」
「だから、学校行こ」
ヒマだから聞いてみた、なんて軽い調子で振り返る紗夜果。どうでもいいから箸で掴んだイモムシを捨てなさい。
「そんなの使わないわよ」
「はい?」
ヘリで来たのに。そのまま乗って行かないだなんて。
ああ、学校にヘリ置く所がないからか。ヘリポートはあるけど解放されてはいないからね。車で送ってもらうのが普通だ。そのために校門から校舎まで広いスペースがある。
きっとウチの前にお迎えが来ているんだろう。
「学校まで歩いて行くんだから!」
「なんでよ!」
こんな重い荷物を持って歩けないよ! 途中で倒れるよ!
「せっかく久しぶりに会ったんだから、通学ってのを楽しんであげなきゃね」
「苦痛でしかないからね!?」
わたしのスカートが掴まれて、日陰という安全地帯から引き抜かれる。日光は嫌がらせのように熱くって、半袖から出る腕がチクチクする。
銀色の幼女は一旦機内に入って、見るからに軽そうなカバンを持ってきた。
引きこもりと皆勤の差だ。わたしが持っている鈍器類はすでに学校に置かれてあるのだ。おそらく入っているのはお米券か札束だけだろう。
「大体、ここからどれぐらいあると思っているの」
「走って三十分」
「走らないからね?」
山の上にある咲蘭家からは、最低でも下山はしないと他の建物にたどり着けない。この山が丸々咲蘭家の土地なのだ。家以外にはソーラーパネルが設置されているだけ。
学校を始めとして、建造物が結構広範囲に見渡せるけど、歩いて行こうとは思えない。
「とーにーかーく。早く行かないと遅刻するわ!」
「じゃあヘリでいいじゃん!」
紗夜果はわたしの言葉なんてなかったかのように、わたしの手を引いて咲蘭家正門へ走り出した。
少し抵抗をしてみたけれど、下り坂では虚しい努力。カバンに眠る教科書がわたしの重心を前にずらし、バランスを保つためには前に進まなければならない。
「ねえカバン交換しようよ」
「今日はね、調理実習なんだって!」
平東紗夜果は人の話を聞かないのだ。
・・・・・・・・・・・
歩いて約15分。舗装されているとはいえ、ずっと下り道だった山道が、やっと終わった。咲蘭家の敷地と公道の境に、もう一つ門がある。
カバンを手放し、そこに手をついて息を整える。地面に置いたとき足下が揺れたぞ。なんだコレ。
普通こういうの取ったら体が軽くなるハズなのに。重さを実感して余計に疲れた。
「セーナー、はーやーくー」
「ふう、ちょっと、待って、はあ」
ここからが本番なのだ。行ってきますはここで言うもの。一歩外に出ればそこは異世界で、身の安全は保障されなくなる。
混沌とした大地に我が物顔で闊歩するカラフルヘアーモンスター。視界に入れば即戦闘、前通るんじゃねーよと精神攻撃。咲蘭家の名誉なんてどこ行ったんだー。
そんな状態になるだろう。
周りもそこそこ成功したオカネモチの子孫だから、やたら自尊心が強いのだ。
「ほら! カバン持ってよ!」
紗夜果がわたしの修行カバンを持ち上げようとするが持ち上げられない。
「おもっ! よくこんなの持ってたわね! ばかじゃないの!」
「なんだと貴様……」
腕を動かすと不安になるほど音が鳴り、足は一本の棒のように曲がらない。わたしの体はボロボロだった。
「帰りたい」
「ホントに遅刻するよ!」
気付けば紗夜果は先に行っていて、家の門は固く閉ざされた。このままでは一人でこの乱世を駆け抜けることになる。それだけはイヤだ。
足下のブツを再び持ち上げて、ふらふらと紗夜果の後を追う。
なるべく景色を見ないようにして、紗夜果のちっこい背中を五分程ついて歩く。そこまで来ると咲蘭家の存在感は完全に消え、高級住宅街となる。
兄の車で通学していたときに見た景色は、生徒で賑わっていた道だった。しかし、今は人っ子一人いる気配がない。紗夜果の背中しか見えないし、話し声すら聞こえない。
数ヶ月ぶりの外の世界は、静かだった。
「あるぇー?」
「もうみんな登校してるのよ。もうこんな時間だしね」
紗夜果は携帯端末を取り出して、わたしに時間を見せてくる。
大丈夫、このまま歩けば十分前に着く。でも、そんな時間だったら通学している人がいるハズ。もしかして、兄は学生を駆除してしまったのではないかと心配になる。
「それよりセナ、メールアドレス教えなさいよ!」
「ダメ、絶対」
「いいじゃんー!」
どこまでもマイペースな紗夜果と話すことで、この不安感を忘れようとする。
「ほらほら!」
「ちょ、やめて」
荷物で動きが鈍っている隙を突き、紗夜果はわたしのスカートのポケットから端末を抜き出した。個人情報だプライバシーだと思っているうちに、さっさと赤外線送信を済ませてしまう。
ロックしとけばよかった。一人生活が長くて設定を忘れた。完全にわたしのミスだ。
紗夜果ならいつでもやりかねないのに。
「はい! 後でメール送るから、ちゃんとあたしのも登録してよね!」
「げっ」
そのメール怖い。アドレス変更しなきゃなあ。
それからずっと紗夜果は端末をいじり、わたしは黙って着いて行くことに。
相変わらず誰もいない道を十分程歩くと、ついに学校にたどり着いた。もうわたしは疲労で意識を手放す寸前だ。手の感覚は消え、フラフラと揺られたアタマは回らない。
あんなに嫌だと思っていた学校を前にしても、どうとも思わない。やけくそだ。
それにしても、誰も見かけない。始業時間を過ぎても、一部の生徒はここでお茶会を開いているくらいなのに。
おかしいとは思うけど、やけくそになったわたしには障害とならないのだ。
格好なんて気にせず、カバンを担いで魔王の城へ。
咲蘭家立・富薇恵大学付属校高等部。