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迫る悪運の元

最近感情がぶれてばかりだ。これじゃあいけない。

精神を乱されるなんて、字に影響するかもしれない。実際に最近は字がぶれている感じがする。納得のできる字を書くことができていない。

そんなのではだめだろ。

自分の感情を整理しよう。

一応お礼を言ったのだし、小張和義とはもう関わらない。罪悪感とか、弱い自分を見られたとか、そんなのは全部考えない。考えてしまうと余計に混乱する。だってああやって自分の気持ちを話したのにあんな風にあしらわれてしまったし、彼にとっては何でもなかったんだ。

俺を励ましたのだって何かの気の迷い。

俺に興味なんかない。

俺に、興味なんか。

「……っ」

ずきずきと、どこかが痛い。意味が分からない。体調が悪いのかもしれない。体調を崩すなんて、有り得ない。

コンクール用の字を書かないといけないので迷ってなんかいられない。

落ち着かないと。大切なコンクールなんだ。

負けて以来、初めてのコンクール。前のような失態はもう許されない。

さっさと家に帰って字を書こう。

そう思って、生徒会の仕事は後輩に任せてきた。

一回昼飯を奢るということで了承してくれた後輩には感謝すべきだと思う。

「先輩」

靴を掴もうとした手がぶれて靴箱にあたった。鈍い変な音が下駄箱に響く。やけに静かなこの場所で、彼、小張和義の声は大きく聞こえた。まるで、耳のそばで言っているかのような。

わずかに震えながらそちらを向くと、カバンも持たずにあの日の様にポケットに手を突っ込んだ和義が立っていた。

「え? お、俺?」

自分の顔を指差しながら問いかけると、俺の方をじっと見ていた和義が頷く。そしてゆっくりと俺に近づいてくる。

俺は上履きを脱いでいたし、下駄箱は端なのであと一歩でも下がると汚い床になってしまう。

俺はそれが分かっていたので動けなかった。

「前の、聞いてたでしょ?」

心臓が跳ねた。体中の熱が退く。それと同時に、なんでか汗も滲んで来た。

俺はそれが和義への答えになったことを知って戸惑った。彼は俺の動揺を見逃さなかった。

笑うわけでも、怒るわけでもなく、ただ溜息を吐いた。

俺を高い位置から見下ろしてくる。

その瞳が冷たかった。充分明るいはずなのに、そこには黒しか存在しないのだ。

俺は目を逸らせなかった。

ただ言葉を待ってしまった。

「盗み聞きとかよくないと思うけどなぁ」

「そっそれはお前たちがあんなところで話しているから!!」

俺の声は震えていた。

何でこんなに怯えているのか。緊張しているみたいだ。

もう関わりたくないってそう思ったのに。

俺の理屈は間違っていないはずなのに、和義はまるで俺を間違っているかのような目で見る。

「逃げたってことは罪悪感があったんでしょ? 悪いことをしたっていう自覚はあったんじゃん。先輩、忘れてね」

笑わなかった。和義は最後まで笑わなかった。俺も笑えなかった。

笑い飛ばせなかった。忘れることなんかできるはずも無かった。

「な、なんでそんなことを言うんだよっ。俺は別にお前がどんなことをしようが関係ないし!!」

俺は必死に和義から目を逸らした。

彼の冷たい瞳を見ていたくなかった。

「別にそんなの知っているけど。でも、先輩に知られたくなかったなー」

和義はまた近づいてきた。

あの日、和義に出会った時のことを思い出す。

何気ないように呟かれた言葉に、心臓と肩が跳ねて、もう見ないと決めていた和義の顔を見てしまった。

女受けしそうな、きれいな顔。染めた髪と、ピアス。

ちゃんと叱ってやらないと。校則違反なのだから。

言葉が出ない。

どういう意味だよ。俺に知られたくなかったって。俺に、女遊びをしているって知られたくなかったってことか?

まさか、有り得ない。何でそんなことを言うんだ。

違う、よな。違う。冗談。こうやって、女を誘惑してきたのだろう。

後輩が言っていたじゃないか。女遊びが激しいって。

でも、俺、おかしいよ。

何で今それが関係しているんだよ。

俺は男で、和義も男。

しかも関係が浅い。それなのに、なんで和義は俺のことを気にする?なんで女受けしそうな言葉を吐く?

頬がカッと熱くなるのを感じた。

そんな顔を隠そうとしたら、和義がその腕を掴み、驚愕に染まった瞳で俺を覗き込んでくる。

「先輩? どうかした?」

「別になんでもねぇよ!! っていうか離せよ!」

腕を振っても彼の手は離れない。睨もうとしても失敗する。顔の熱はひいていない。

今きっとおれはかなり間抜けな顔になっていると思う。

「離さないけど。先輩、俺と約束できる? 俺があそこであの女と会っていたことは内緒。わかった?」

まるで子供に言い聞かせるかのように言う和義。

柔らかい口調にギュッと目を瞑って顔を下げた。

それが頷きだと分かって慌てると、和義は手を離して俺の頭を撫でた。

「いい子だね、先輩」

俺は和義を突き飛ばしてその場から逃げるようにして飛び出した。

踵を踏んだ靴じゃあ走りにくくて、途中でつまずいたけど気にしない。

今はこの心臓が心配だ。

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