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第七話 隠者

 国王の暗殺と姫君の誘拐、騎士団への直接的打撃といった前代未聞の事件を起こした首謀者は、三人が死、一人が捕縛という形で決着した。

 功績はオデットさんと、姫君奪還を成したコーリン率いる兵騎士達に送られた。

 俺はその作戦には参加していないことになってる。一応とはいえ国に承認されている情報部隊とはいっても、それは裏舞台での話だ。その形が知られてしまえばしまうほど、仕事はしづらくなる。

 マイアと俺も事情的には似たようなものなので、マイアさんには口裏を一緒に合わせてもらった。最初はだいぶ渋りはした。なんせ自分で成した事柄があるとはいえ、俺たちの活躍した分まで功績として称えられるのは、騎士として受け入れるものではないとかなんとか。

 心情としては分かるけど、そこは公爵を仲介して我慢してもらった。

 情報部隊は設立以来色々な実績を残している。間者という概念は元からこの世界にもあったが、それも個人個人が頑張っているに過ぎなかった。それを部隊として集団で運用するというのが、大きな意味を持っている。一つの案件に対して、一人では情報収集の限界はそこまで高くはない。しかし役割分担、そしてサポートする人物。それらを配すれば、一人では埋めれない穴を生めることができる。

 今はまだ十人ちょっとしかいないが、本当のところはもっと人数が欲しいところだ。この人数では担当できる案件は多くて三件までだ。部隊運用の実用性を確かめる為の実験部隊なのでだから、初めから多いわけないのは当たり前なんだけど。でも今回の活躍で、大幅な増員が見込めるとフェルダナ男爵は喜んでいた。

 でもフェズ…………。それは君の仕事が飛躍的に増えるという意味でもあるんだぞ。なんせこの部隊の責任者は、君一人しかいないんだからね。しかもギフトの能力的に考えても、全ての仕事の関わる必要が出てもおかしくはない。


「頑張れ、俺は心から応援している」


「なにか言ったか?」


「友人への激励が零れただけだ」


 今は珍しくマイアと二人で街を歩いている。

 街を不安のどん底に叩き付けた賊の討伐に、街は本来の活気を取り戻しつつあった。考えてみれば、始まりだった王様暗殺未遂の時はまだ祭りの最中で、なんとも華やかしい空気であったはずだけど、なんだかそれを考えると勿体無くもあったか。

 さらにはここ最近の多忙さでトウカとデート出来て無い! 水分をとっていないが如く、俺のこころはカラカラに乾いている。

 あまりに神経が磨耗していたのか、昨日の夜。誰もいないところで、思わず後ろからトウカに抱きついてしまった。本当になぜそうなってしまったのかの記憶は曖昧だ。

 最初こそトウカも驚いていたけど、振りほどこうとはせず、そのままの姿勢で前に回した俺の腕に手を添えてじっとしてくれていた。

 なんで女の子ってあんなに良い匂いがするんだろうか……。もちろんその先には踏み入ってはいない。紳士ですから! 自称…………。

 おかげで大分持ち直すことが出来た。元々自分のペースを乱されると調子の狂う性格だったので、ここ最近の振り回されようはきつかったのだよ。


「それでこれから仕事なのか? それとも本業か?」


 マイアに着いて来てくれと言いはしていたが、目的の方は何も言っていない。


「本業だ。多分これが終わったらしばらく休めるだろ」


「戦う分には妾は一向に構わんがの。まあお主は世帯主で職人で、稼ぎ頭でもあるからの。そういえば商人でもあったか。本業がありすぎても困りものか」


「元はといえば本業の為の金稼ぎだったんだけどね。子供を預かる親の身としては辛いところだね」


 先日に子供たち全員の戸籍を取得した際に、保護者の記名欄は全て俺の名前が入っている。十八歳にして四十人以上の子持ちとか、ファンタジー抜きで予想外。どこの大家族ドキュメントだろうと真っ青の展開だ。

 最近は一番下の子達がパパと呼び出す始末。どうもその事情を知っているリッキー辺りが仕込んでいるようだが、一桁の年齢で甘えたがりの子供たちにそれを諭す真似も出来ずに、そのままの呼び名でいる。その度にリッキーとロイが遠目で笑っているのはちょっとむかつくけど。







 夜も更け、月明かりが頼りになる時間に俺は大きな屋敷の廊下を歩いている。少し歩くごとに絵画が飾られ、骨董品らしく壷等が置かれている。しかもどれもこれも見た目が高そうだ。豪勢や豪華を通り越して、俺からすれば気持ち悪いレベルだ。

 趣味のために飾っているのでは無く、凄い趣味を持っているんだぞと主張する魂胆がありありと理解できてしまう。

 纏まりも好みも無い作品の選び方から見て、高ければ何でもいいとこの屋敷の家主は思っているのだろう。作品ではなく値段を見て買われたとあっては、作り上げた作者がかわいそうな話だ。


「お……しを…………お許…………」


 微かに廊下の先から女性の声が聞こえてくる。音をなるべく立てずに、速度を上げてその音がする部屋の前まで辿り着いた。元々俺の目的であった部屋に。

 かなり力を込めて、これまた装飾をふんだんに施した高そうな扉を開け放つ。

 そこには眩い貴金属を飾った服を着る太った男と、ほぼ半裸の身でその男に鞭打たれる女性の姿があった。


「き、貴様何奴だ!?」


 振り上げていた鞭を止めて、男は後退する。俺は今シャドーフィストの格好でもちろん仮面もつけてるからな。怪しさこの上ないのだから、当たり前の反応といえるだろう。むしろ聞き質すことができただけ大した度胸だ。


「レットナー侯爵でお間違いありませんね?」


 太った男、俺の標的であるレットナー侯爵に問いかける。名乗っては不味いと思ったのか男は無言になったが、それは肯定と変わらないぞ。


「誰か誰か! 賊が入り込んでおるぞ!」


 意を決したのか、レットナー侯爵は大声を上げる。


「無駄ですよ。衛兵の方々には眠って頂きましたし、ここからでは使用人の寝室までは声が届かないでしょう」


 今まで俺を威嚇するように睨み付けていたのだが、すでに事態が不利過ぎる状況に追い込まれていると知って、ついに不安の表情を漏らす。


「な、何が目的だ!? 金か!? 金ならいくらでもやるぞ!」


「そんなのいりませんよ。俺の名はシャドーフィスト。悪を叩き潰すのが俺の役割だ」


 ゆっくりとレットナー侯爵に歩を進める。


「悪!? 悪だと!? ワシが一体何をしたというのだ! その女とて今日の失敗に対して仕置きをしていたに過ぎん! 雇い主のワシの方針が悪だと申すのか」


 俺に怯えて壁際で蹲っている女性。その体には鞭で打たれた為に青紫色に腫上がっている部分が多く見られる。しかもその他の部分にも変色しているそうではない場所も見受けられる。日頃から先程のような折檻は行われているのだろう。自称紳士としては女性に手を上げているだけでもぶん殴る理由としては十分だ。


「個人的にはこれだけでもお前の顔を陥没させてやりたいところだが、今日はそれが原因できたわけじゃない。…………ルドラの右手。聞き覚えあるだろ?」


「…………なんの話だ」


 男は怯えていながらも、目つきが少し鋭くなった。

 一連のルドラの右手による事件が起こった時、情報収集部隊にお願いした事柄はこの国で起こったルドラの右手が関連したと思われる事件の再調査だった。

 ルドラの右手には必ず依頼者がいたと思われる。そこから事件を依頼した人物をある程度特定しようと思ったのだ。証拠を見つけ出すことは難しいとは思ったが、数人までには絞れるんじゃないかと思案したわけだ。


「遺跡盗掘の容疑者、ノクリナ子爵。武器を盗賊へ横流しの重要参考人、ベイエーノ男爵。禁止薬の密輸入の密売進路の領地主、カイダ子爵。他にも何人かいますが、全てあなたの傘下にいる貴族ですよね」


 もちろん容疑が固まったわけではない。それでも一つの事件に対して一番有力な人物をあげていくと、全てレットナー侯爵傘下の政治派閥に属していたのだ。

 レットナー侯爵は地方貴族たちの代表的存在で、王を支えるという意識の強い公爵三人とは対極の位置にいるという。金を生み出すという才能はあるらしく、貧乏に喘ぐ地方貴族からの支持はかなり厚い。


「だからなんだというのだ。たとえそいつらが犯罪を犯していたと仮定したとしても、ワシには何も関係ない話ではないか」


 確かにそれだけでは関係が匂う程度だろう。しかしこの二年間に起きたルドラ関連の九件の事件の内、最有力容疑者の八人がレットナー公爵の傘下、もしくは交友の深い者。

 そして今回の事件の際に、騎士団を糾弾していた筆頭でもある。更にその活動を通して、派閥を広めたとも聞いている。

 今までの事件も一口噛めばかなりの旨みのある話だし、今回の騒動で政治的な成功も収めている。

 例えば王様暗殺が成功できていたとしても、あの場には正統後継者が全員揃っているわけではなかった。なので国的にいえば、困ったとしても再建は出来る。だが代償として王族と騎士団の求心力が著しく落ちただろう。

 現王と王族達はとても優秀な人達で、国民の人気も高い。騎士団も過去最高の質を誇ると謳われる者達で、しかも公爵三人の内二人が騎士団出身だ。政治における発言力も高いものがある。

 派閥としての数は多く、金回りも良いレットナーにしてはあまりにも大きな目の上のたんこぶだ。つまりその二つのを落としてしまえば、数の優位を持つレットナーが自動的に発言権を高めることが出来るのだ。

 後の誘拐事件も同じだろう。国の起源である宝剣をむざむざ奪われ、下手人に逃げられては批判がでるのは目に見えている。

 つまりはどれにも共通してレットナー侯爵に利があるのだ。


「王女誘拐の犯人の一人が口を割ってあなたからの依頼だったと言っていてもですか?」


「ふん、身に覚えがない話だ」


 ハッタリは通用せずか…………。

 ゴーレムを大量に作って操っていた男はコウジンにボコボコにされて捕まえれたのだが、残念ながら他三人のようにルドラの重要人物ではなかったらしく、ろくな情報を持っていなかった。なので今の話は完全な嘘だ。

 どうやら余程証拠が出ない自信があるのか、徐々に気を強く持ち出したレットナー侯爵。


「ではこれを見てもまだ惚けますか?」


 そう言ってレットナー侯爵の足元に紙の束を投げつける。それを拾って読む侯爵の顔が僅かに険しくなる。


「あなたの管轄で行われた会計書です。そこから探索した結果、かつての犯罪関連で裏に流れた物が一部見受けられます。更に今回の賊共が使っていた拠点はあなた名義で貸し出していた場所がありますね?」


 騎士団が押し入った所ではなく、後々フィリーが見つけ出せた偽装された隠れ家は、かなり設備がしっかりしている場所だった。そのいくつかがレットナー侯爵の名義となっていたのだ。おそらくルドラの右手に潜伏場所を提供してほしいと頼まれ、絶対にばれないと踏んで貸し出したのだろう。あの擬態のギフトへの信頼故だったのだろうが、ギフトが解けて踏み入られたとしても、彼らの痕跡さえなければ証拠には成り得ない。しかしフィリーが擬態されている状態を見破ったために、そこが隠れ家だと判明してしまっていたのだ。


「知らん! ワシは知らんぞ! 誰か知らんが勝手にやったことに決まっておる!」


 まあ惚けるよね。なんか汚職政治家を生で見てる気分になってきた。ある意味間違っちゃいないんだけど。


「じゃあ答えて貰おう。一ヶ月前に土地を購入した資金の使い道についてだ」


「……そんなもの土地を購入したに決まっておるだろう」


「ふーん。二束三文の土地を四倍の金額で購入したとは、不思議なことを言う」


 レットナー侯爵は一ヶ月前に多額の資金を使って土地を購入したことになっている。だが土地の値段と使った金額が合わなかった。

 おそらくこの偽装した金がルドラの右手に支払われた契約金だったのだろう。人物像と噂をフェズ達に調べてもらった結果、レットナー侯爵は金と権力の亡者というのが俺の下した結論だった。人を利用するが信用は一切しない。こんな人物が大金を使う際に、全部を他人任せにするわけがない。もしもしたとしたらとんでもない無能というわけになるが、レットナー侯爵は金稼ぎに関しては定評がある人物だ。

 だから俺はレットナー侯爵が依頼人だと確信したのだ。


「ええい黙れ! 知らんものは知らんと言っておろうが!」


「身が潔癖だというのなら、その資料を提出して虚偽のギフトを受けてもよろしいでしょうか?」


 騎士団の持つ稀有な能力『虚偽のギフト』。彼女を前にすれば誰も嘘がつけなくなる。


「ふん、愚か者が。確たる証拠が無ければ貴族に対して虚偽の力を使ってはならんのは法で決まっておるわ」


 その全てを暴く強力さ故に『虚偽のギフト』は法によって多くの制限を課せられているのはフェズから聞き及んでいる。彼女の力を使えるのなら情報部隊の活動も大きく進化すると思って提案したのだが、公爵とてそう簡単には曲げられない法らしい。


「貴様正義の味方を称するのであろう? ならば証拠も無いワシを処するのは、正義に反する行いではないのか?」


 どうも物的証拠がないと知られたのか、強気にレットナー侯爵が出だす。くっそ、この豚が。こんなに顔がむかつくなんて思ったのは初めてだ。見下す、勝ち誇るの二重奏。殴りてえぇ。


「そうだな。このまま俺の独断で判断は難しいかもしれないな。でも法があんたを裁かないとは限らない。あんたはどう思う、フェズ」


「おやバレてていましたか」


 誰もいないと思われていた暗闇から、フェルダナ男爵が姿を現す。


「どこにいるかはわかんなかったよ。でもどこかで聞いているという確信はあった」


「それは引っ掛けられましたね」


「誰だお前は!?」


 急に現れたフェズに驚く豚、もといレットナー侯爵。


「僕ですか、フェルダナ男爵と申します。以後お見知りおきを」


「男爵!? ならばワシを助けよ! この賊を追い払うのだ!」


 俺を指差し捲くし立てる。


「で、どうなんだ? フェズ的にこいつは無罪か有罪か?」


「なぜ聞かれるんですか? 私は裁判官ではないというのに」


「だってそれをお前(・・)は決められるんだろ?」


 レットナー侯爵を無視して会話を続け、俺の発言で静寂が訪れる。


「…………いつ気付かれたんですか?」


「最初からおかしいとは思ってた。非公式の部隊なのに、バイナス公爵が後ろ盾とはいえ権限が強すぎた。さらに国家の威信をかけた今回の事件にさえ無理を通すことが何度も出来た。公爵達でさえ四苦八苦して身動きが取れなくなっていたにも関わらずだ。ならば考えれられる答えは一つしか考えれなかったんだよ」


「お見事。流石です」


 感心したように笑ったフェズは、腰に帯刀していた剣を抜く。それをレットナー侯爵の鼻先に突きつけた。


「な、なにをする! 男爵風情が無礼であるぞ!」


 剣を突きつけられてそんなことをいえるとは、なんとも図太い豚だ。


「判決を下します。国家反逆罪において死刑を言い渡す」


「なにを馬鹿な! 証拠も裁判も無しに有罪が決まってなるものか! 世迷言も大概にしろ下郎が!」


「ふむ。貴族であるのなら、この国の法くらい覚えておいてほしいですね。一つだけあるでしょう。裁判も無しにそのものの罪が確定する事例が」


「そんなもの…………あぁ!? そんな、馬鹿な……。ありえないだろう!」


 顔色がみるみる青ざめていくレットナー侯爵。険しくなり過ぎた表情は元の面影すらない。


「私のフルネームは、フェルダナ=ブロニアス。王家第五正統後継者です。王家の権限、そして王の勅命により、私は悪を断罪する」


 剣を高く掲げ、フェズはレットナー侯爵へと振り下ろす。鮮血が宙に舞い散る。レットナー侯爵のでかい鼻が横に二つに割れる。


「ぐおおぉぉわああぁっぁぁl!」


 それを手で押さえて侯爵は床でもがき苦しんでいる。


「まあこんなところでしょ。あとは牢屋で味わってください」


 剣に着いた血を拭い、腰に治めるフェズ。


「さてと、問題が片付いたところ悪いんだが、あの子どうする」


 俺は壁際で唖然としている女給と思われる女性を指差す。


「ああ、そうでした。あまり私の正体については知られたくないんですよね。…………仕方ないですね。懐の余裕はあまりないですが、当家で雇いますよ」


「それを聞いて安心だ。秘密を聞かれたから口封じなんていい出すかと思ったぜ」


 知られていない王子の存在がある。それは国としては是が非でも隠しておきたい事実。なにかの訳有りなのか、秘密であること事態に意味があるのかは分からないが口外できるものではないだろう。


「…………本当はそれが王家としては正しいのかもしれませんが、私はあなたを敵に回したくはないですよ」


 冷酷な判断も時には必要なんだろうけど、俺としてはそれを是とするわけにはいかない。


「俺も友人を倒すなんて真似はしたくはないね」


「王族と分かっても、友と呼んでくれるんですね…………」 


「残念ながら俺は階級意識が薄いんでね。王族って事実より、友達って方の間柄の方が重いんだよ」


「ほんと、変な人ですねあなたは」


「よく言われる」


 俺らは夜も更けた暗闇で、二人で明るく笑いあった。

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