第四話 刺突の邂逅
ついこの間まで、ブロニアスの騎士こそがこの世の至高の戦士だと思っていた。今でもその思いはそう変わるものではないが、我々に並ぶほどの強者がいると思い知らされた。
自慢の部下を蹴散らしてくれたルドラの右手やらも相当のものだが、共に戦う事になったシャドフィストとシャドーハンマーなる二人もかなりの使い手だ。特にシャドーフィストは、厄介さ極まりないルドラの右手に対して、見事に封じ手を用意していた。もちろん風の精霊の協力無くしては成り立たない作戦だが、そもそもこの策はやつらの逃げ足に追いつくことが出来る事前提の作戦だ。たとえ擬態のギフトが無くとも、この斜面がそれなりにあり木が多い茂る場所ならば速度に足かせて逃げるのは、そこまで難しいものではないだろう。
私を含めた三人は速度が売りの戦士だ。それだけならば確実にルドラの上を行くだろう。もしここまでを見越して私を人選したのなら、シャドーフィストの頭は戦術家並ということになる。私に匹敵する力を持ちながら、戦術眼を持ち合わせている。勘でしかないが他にも多様な物を持ち隠すしている気がする。
「恐ろしい奴だ……」
底知れなさという意味では、シャドーフィストの方が賊どもより広くて深そうだ。戦いの最中だというのに、俄然興味が沸いて来た。
私オデット・ポレヴァンヌの武器は数多くある。自慢の魔剣に数多くの魔法。レイピアの技巧に状況把握力。しかしどれが一番かと聞かれると、必ず「踏み込みの速さこそ最大の武器」と答えるだろう。
「セイッ!」
我が誇りの騎士団をここまで翻弄した力を持つ、ケープとか言う女へ突きを放つ。
「ちいっ!?」
エッジと呼ばれた男と比べれば、その体術は大したことは無いが、それでも私の最速の突きをかすり傷程度で防いでいる。
「ええい! 鬱陶しい!」
女が右手の人差し指と中指を私に向ける。数多くの戦いを経験した私には分かる。この殺気、その仕草。魔法の言葉も無いし、何も見えはしないけど、これは攻撃だ。おそらく私の部下を倒したものだと判断し右斜め前にすばやく踏み込む。そしてそのまま前進し、距離を取るため後ろに飛びのいたケープを追撃する。
「このっ!」
今度は右手を私に向ける。
「『ストーンウォール』」
この攻撃は初劇を避けられた事を考慮するなら範囲攻撃の可能性が高い。見えない攻撃を避けきる自信は流石にないので、石の壁で受け止める。その壁に何かが当たった高い音を聞いて、私はレイピアを壁の後ろへと突き刺す。
我が魔剣は最新式の物で、初級以下の三つの魔法を貯めておくことができる。魔力も事前に消費し、詠唱も必要ない。ただ頭の中で発動のスイッチを押すだけで行使が可能だ。そして壁に突き刺した時に押したスイッチは爆発を示す『エクスプロード』。それを刺した場所から前方へと発動させる。
直接爆発を叩き込まれた石の壁が、指向性を持った爆発で炸裂し、その破片が高速でケープへと襲い掛かる。不意を突かれてか、防御も間に合わず飛び交う石の欠片に皮膚がいくらか抉られていった。
「グッ!」
足も負傷したのかその場に片膝を付く。
「なるほどね。さっきから飛ばしているのは『ウインドランス』の縮小版か。それにしてもここまで視認出来ないほどの精度をしながら、あらかじめ発動させて手元で複数待機させておくとは見上げた制御力だ」
この女は攻撃に防御、果てはギフトまで使いながら、発動させた魔法を制御していたと考えられる。私とて攻撃の最中に魔法を使うなど、魔剣の補助があってやっとのことだ。ここまでの制御力を携えたものなど、騎士団全体で見ても片手程もいるかどうか、魔法研究所でも所長クラスだ。
「……お褒め頂いて嬉しいけれど。なぜ今の私に攻撃を加えないのかしら?」
確かに傷を負い片膝をついた状態は絶好の攻撃のタイミングなのであろう。だが私はあえてそうはしなかった。
「今私の一突きを放てば、攻撃されたと気付くことすらなく勝敗は決していただろうな。でもそれでは駄目なのだ。私は騎士団の雪辱を晴らす為に騎士団の代表としてここに立っている。ならば勝たねばならない。そして真の勝利とは相手に負けたと思わせることにある」
愛剣を体の前に突き立てて構える。
「故に貴様の全力を受け止め、そしてそれを私が打ち砕いてこそ意味があるのだ」
「フフッ私達も相当アレだけど、騎士というのも随分難儀な人種だねぇ」
「私も稀にそう思う時があるよ」
なんとか力を絞り上げてケープが立ち上がる。
「それじゃあ私の全力、受けて貰おうか」
「望むところ!」
ケープは懐から一枚の紙を前に投げる。
「広大であれ『ウインドランス』」
投げた紙が青白く光り、そこへ魔法を打ち込む。あれにはおそらく魔方陣が描かれているのだろう。ならばこれは上級魔法が飛んでくることになりそうだ。
だが私のやることは何が飛んでこようと一つだけだ。
「広大であれ『ウインドランス』」
奇遇にも奥の手が同じ詠唱だったが、最後に付け足す魔法が勝負の分かれ目だ。発動した魔法に、魔剣に込めたワードを継ぎ足す。それはバイアス公爵から借り受けた『トルネード』。高速で渦巻く気流が相手の攻撃を弾きながら突き進む、攻防一体の我が奥義。
「なに!?」
予定通り相手の術の軌道を逸らせて、私の術がケープに迫る。しかし逸らしたはずのウインドランスが方向を修正して私に向かってきた。
「足したのは『追い縋る』か!?」
術を指定した場所へ誘導するワード。やや速度が遅くなるのだが、人物を指定した場合、相手を追うように方向修正してくる厄介なワードだ。
私は後ろへ全速のステップを二度繰り返す。その間に再び魔力を練り上げる。
「『ストーンウォール』」
魔剣を地面に突き刺して石の壁を作り出す。追い縋るの欠点は、その軌道が最短距離になる。そのため対処方法は遮蔽物を出して、行く手を阻むのが常道だ。
だけども相手の魔法はバーストで強化された物で、こっちは初級魔法の『ストーンウォール』。普通に考えれば防げるほどの防御はない。だから魔剣に込められた最後の魔法を使用する。使うのは『強靭さを増す』そして私の込められる全開を石の壁に注ぎ込む!
「うおおおおおおおお!」
ストーンウォールにウインドランスが直撃し、壁の向こうでぶつかり合い、石の砕ける音と衝撃が私に伝わってくる。
「このおおおおお!」
剣を地面に突き刺したまま両手を前にだして、壁の維持に力を込める。しかし石の壁が砕ける音は増していき、私の眼前にある裏側についに亀裂が入った。だがそこでウインドランスの唸りはそれと同時ぐらいに鳴り止んだ。
「ハア……ハア……」
かなり無理やりで力任せの防御であったが、なんとかなった。避けて討つのが私の基本戦法なので、力で正面から受け止めるのは得意ではない。だからこそ、魔剣の最後に入れたのが防御重視の物だった。
乱れた息を整えながら、視線をケープのいた場所へと移す。
「どうやら私の勝ちのようだな」
削り取られた軌跡の後に、ボロボロになったケープが横たわっていた。動けない様子だが、五体満足なところを見ると、どうやら防御は試みたようだ。
「……大した……奥の手ね。しか……も……不意を……うった術……で…………傷すら……付けれない…………なんて……」
「まさかの状況で肝は冷やしたよ」
打ち合いに勝てずに、術を弾かれることを予想してあの選択肢だったとするなら、なんとも戦上手な話だ。
「私の……仕事は……そうでこそ…………」
そう言ってケープの眼は閉じられた。
「騎士として雪辱は果たしてもらった。だけど個人として君の力に敬意を送ろう。君は見事な強敵だった」
レイピアを鞘に収め、手を胸に付いて敬礼を取って、二つの感情を持ちながら、私は彼女を見送った。
あけおめ