第三話 本当に大丈夫なのかこの世界
「大変遅くなって申し訳ありません。なにせこの広大なヨルガの森のどこかに居るとだけしか主人は教えて下さりませんでしたので~」
何だか申し訳なさそーに俺に謝る自称妖精。頭を下げて真摯に謝罪する少女を360度グルグル周りながら観察する不審者極まりない俺。
「あの~なにをなさってるのでしょう?」
「いや、ごめんね。妖精って言われてついね」
なんせフィリーは見た目は幼い少女だがその大きさは十センチほど、薄く透明な小さな羽根を四枚背中に持ち、フリフリの可愛い服を着たまさに可憐な西洋の昔話に出る妖精そのものだ。
「あはっ。つまり一目で私の可愛さの虜になってしまったわけですね~うっふっふどうしましょ~」
中身は若干残念なようである。
「おっと自己紹介を改めてさせてもらいます。私は風と歌の神ナーブ様が使徒、春風の妖精フィリーでございます。この度は主の命により木堂様の案内役として遣わされました」
風と歌の神……いやそもそも神様の知り合いなんてあの四神しかいないし、すると風……歌……ああ、あの軽そうで一番喋ってた兄ちゃんか。弦楽器っぽいもの持ってたしな。
「それってもしかして、えーっとナーブ様? が付けてくれた特典ってことなのかな?」
「それに関してナーブ様より伝言が「事情を知って、なおかつ理解する子が一人くらいいてもいいじゃない」だそうです」
軽っ! ほんと軽いわあの神様。でもまあ気をつかってくれた事には感謝しとこうかな、明日の朝ぐらいまでは。
「じゃあ単なるサービスっぽいね」
「それとご質問や疑問は多いと思いますけど、その前に」
何やら背中を向けてゴソゴソと何かを探すフィリー。
「はい。この世界で始めての達成記念です」
大きな球を取り出し嬉しそうに笑いかけてくれる―――のはいいけどどう考えてもその球の体積あなたの体より大きいよね!? どこから出した!?
「私が支えますので、ぶら下がった紐を引っ張ってくれますか?」
「え? これ?」
パッパカパーン、とどこからとも無く聞こえるラッパのファンファーレ。
「おめでとうございます。木堂様は一つ目の特典に気付かれましたーーー!」
くす玉から垂れ幕が降り、金と銀の紙吹雪が綺麗に舞い散る。ルーレットにくす玉とか俗物すぎるぞここの神はーーーーーーー!!! という心の声は純粋に祝ってくれているフィリーの手前、心の泉に沈めておく。
「なになに、『よくぞ我が特典にたどり着いた。我、火と武の神であるバーダグノミスの特典は肉体強化常時三倍である。これを使いこなし一層の武の励みとせよ』か……うむ計算が合わんぞバーグさん」
さっきの戦闘から肉体が強化されたのはなんとなく想像はついてはいたが、元の肉体の三倍程度で、あんな芸当はとてもではないができない。
「あっ納得できませんか? その場合の伝言を地球の魂と肉体の神様から承っています。『地球とアトレアの人間では元から三倍ほど肉体の成長に差がある、そこで元の肉体から換算してそっちに合わせて作り替えてあるから安心するように』だそうです」
ああ成程、3倍ではなく3×3で九倍なんですね。………確か空手で瓦割りが最高で12枚だから9倍だと108枚か~~~ハハハ…………って笑えねよ! 怖いわ! やりすぎだろこれは! ハッ今気づいたが他の特典もこれ並みなのか? 例の特別なギフトとやらはもっと上?
「よし俺は考えるのをやめます」
「ど、どうしました!?」
「気にしなくていいよ」
神様の上でコロコロ遊ばれてる気がするが、心労が増すだけなので忘れる事にする。うん、それがいい。そんなの問題の先送りでしかないじゃないですか! と問責されそうな話だが決して俺のせいではないと弁解しておく。
だってさ、死んでしまってからこっち驚きとか衝撃とかで心労がかかってない時のほうが時間的に短いんだよ。死んだと思ったら神様がいて、なんだかよく分からないままに居世界へと飛ばされ、森で熊さんとお猿さんに会ったらヒャッハーですよ!? いいじゃないかちょっとぐらい現実から目を背けたって。こんなカオスすぎる状況は変人の俺でも噛み砕いて飲み込むにはすごく時間がかかりますよ。
「それでは質問に答えていきましょう」
「………じゃあまず一つ、アトレアの言葉って地球とは全然違うよね? なんで俺は君と会話できてるの?」
神様ルーレットに書いて会った文字は見たこともない文字だったし、言語形体が一緒なんて偶然は流石にないだろうし。
すると質問を聞いた妖精さんは、パッと花が咲いたように笑顔なり再びくす玉を取り出した。
血生臭い場所で会話をするのもアレだし、夕暮れも迫って来ていたようなので今晩を過ごす場所を探して移動する。幸い熊と一戦かました近場に縦穴の洞窟を発見してそこに陣取ることにした。発見した後、あの熊を一匹引きずってきて石切包丁を作って皮を剥いで焼いて食った。正直なかなかのグロテクスな作業であったが、フィリーがバラバラにした猿の映像のほうが遥かにすごかった為か吐かずにはすんだ。身につけて来た常識と倫理観が音をたてて崩れる音が聞こえてきそうだ。しかし俺は目的の為なら苦労も心労も厭わない男。これぐらいわ………いややっぱちょっとキツイわ。
そしてこの日の夜と、次の日一日を掛けてフィリーとの問答は続いた。その結果いろいろとまずいなってことがわかって直ぐには人里には向かわず、しばらくこの森で生活することになった。
あっ、ちなみにさっきのくす玉は風と歌の神ナーブからの特典でこの世界の言語を理解できるようにするというものだった。コメントは正直むかついたので略してやる。
問題点その一。戦闘力の安定化。
身体能力と空手の技である程度はなんとかなるが、ここは剣(拳)と魔法の世界。それだけはまだ半分だ、そこでフィリーに魔法の基礎を学ぶことになった。魔法ってのは簡単に言えば生命に流れる魔力をつかって火の玉を飛ばしたり水をどこからともなく出したり風を起こしたり地面の形を変えたりする、そうあれだ不思議パワーだ。まあ一応科学で代用出来るのがほとんどだな。『発達した科学は魔法と見分けがつかない』なんてのは誰の言った言葉だったか。まあこの世界はそれなりに魔法が発展していて科学では代用できないような事もできるらしいが実際見る機会は来る日はあるだろうか。
フィリーの説明は感覚的な話だったのでいつかその構造やらの詳細を調べてみたいものだ。早速自分で使ってみたら小石ほどの炎が出たので才能が無いわけではないようなので安心した。強さを手に入れる事は俺の目的であるヒーローに成るためには必須条件なのでいくらあっても困らないし。
問題点その二。金が無い。
完全無一文の俺が人と生活をしていく上では金が必要不可欠となる。もちろん俺の目標を達成するためにも金はあればあるほど好都合だ。ていうか絶対いる。そこでこの森で取れて、金に成るものをある程度集めることにした。どれぐらいで売れるのかまではフィリーも分からなかったが。間違いなく金に成るものはなんとなくわかるらしいので協力してもらうことにする。あの熊達の毛皮はいい値段になってくれるといいなー。
問題点その三。常識が無いどころかマイナス値。
常識が無いのは当たり前なのだが、俺には地球での常識が存在しているわけで、それをこちらの常識などと捉えればどんな問題が起こるか分かったものではない。おそらく悪いことだらけの、イベント盛りだくさんなのは眼に見えている。まあ妖精であるフィリーも人間の常識を持ちあわせているかと言われれば、そこまであるわけではないけれど、最低ラインはあるらしいので参考にさせてもらうことにする。
これらをある程度までクリアーしてから街に繰り出すことと相成ったわけだ。西洋ファンタジーに突入したのに最初のイベントが山篭りとは色気がないな~と思いながらなんとかフィリーの癒し成分で耐えることにしよう。しかしずっと熊ばっか食うのは辛いな~と零した翌日にフィリーが食べれる果実やきのこを持って来てくれた時は彼女が女神に見え、俺の中ではあの四神よりもランクが上になりました。傷心の魂が清められるーーーーー。
「ひれ伏せって言われれば喜んでひれ伏しますよフィリー様!」
って心の声が漏れてしまい、フィリーにドン引きされ。
「そんな趣味があったの?」
と聞き返されたのはクリティカルヒットで俺のハートを砕いていきました。
はい、そんなこんなで三十日が経過しましたー。えっ修行風景は? ねぇよそんなもん。俺様のパーフェクトかつなんの困難もない華麗なる風景を延々と見たってつまらないだろう? フフン。
はい嘘で~す。正直なところ問題点二と三は順調だったんですがね。一に問題がありまして。魔法の習得は大分難儀しましたよ。フィリー曰く。
「想像力は凄い! 全属性をここまではっきりイメージできるのは大したもんだと思うよ。でもって覚えもいいしね。でもキドーは魔力の制御が下手すぎるよ~」
だそうです。ちなみに敬語と様付けは気持ち悪かったんで初日に変えてもらいました。フィリーも慣れない言葉遣いは気持ち悪かったそうです。向こうの世界には魔法が使えるゲームなんて腐るほどあったから、イメージすること自体はしやすかった、使い方もなんか儀式とかいろんな図形や文字を書いて作る円陣を書くやつとか難しいのがあるらしいが、習ったのは初級だけ。イメージと魔法の燃料である魔力を頭で編み込んで呪文を唱えるだけと至って簡単なものだった。
しかしおれは魔力を注ぐ行程がかなり下手というかめちゃくちゃで、一滴の水でいいのにコップ一杯の水を汲んでくるほどだそうだ。自分でもアホだと思うよ。だが魔力は感覚で操る物でいまだその感覚はあやふやなままだ。この世界基準で言えば生まれた時からこの感覚をもっているのだろうが、おれは残念なことに一ヶ月前にそれを持ったばかりだ。年季が違うのだよ年季が! 悪い意味でな! 赤ん坊にお箸を持てとか、そりゃ無茶ですよ。なんでも中級に進むには魔力制御を完全に身につける必要があるそうなので道はほんとうに遠そうだ。
だがなんとか初級の魔法はいくつか治めることには成功した。
「まあ慣れだな、慣れ」
魔法は今後に期待である。期待して、期待できる? いや期待しよう。……現実としてはどうなるのか分からんの一言だ。
そんでもって俺の様相も凄い変わりようだった。最初は向こうで死んだ時に着ていた長袖のシャツにパーカーとGパンといった格好で過ごしていたのだが、いかんせん汚れやら傷やらが目立って仕方ない。正直なところこれが地球を思い出す唯一の品だけに、破損とか捨てるという状況は意地でも迎えたくはなかった。つまりその結果、森で倒した鹿っぽい何かの皮で作った服を来た、原始人ルックな男の完成なわけですよ。フィリーがいたのでもちろん上下完備である。毛皮を来て石を投げたりして戦う俺の姿はまさに教科書に載っていた北京原人そのものである。俺的にはこれが一番きつかったよ、精神的な意味で。
さらに俺らは10日かけて人里に降りる準備を整える。フィリーがナーブから託されていた地図によりここから最も近い村は判明していたが、そこに立ち寄るつもりは無かった。東にあるその村から更に東南東にある大きな街、ブローナスそこが俺の目的地だ。理由は色々とあるのだが、最も大きな理由はそのブローナスが現在居るブロニアスという国の首都で最も大きな街であるというのがその要因だ。
もしも、せめて、もしかして、であるならば、かもしれない。俺なりに色んな可能性を考えての一案である。まあ何か問題を起こしてしまっても、またこの洞窟まで逃げればすむ話しさ。40日をすごした洞窟は既に入り口が設置されており、中には木で作ったベッドと熊の皮で出来た布団が設置されたちょっとした小屋状態になっていた。やっぱ野宿とはいえ人間なんだから環境がいい方がいいじゃん? 夜の間は暇だったからついつい凝ってしまいましたよ。やっぱり趣味、物作りは魂の洗浄だね。一人夜中に越に浸りながらの作業風景は、一度見たら毎晩うなされること請け合いの光景だろう。俺にはごくごく普通な日常の光景の一つなんだけどね。
さて全ての準備が整い、いざ出発の時が来た。これまた木で作った背負籠に、ありったけの荷物を積み込んで背負い込む。その形はそうだな、ニメートルくらいのごついタンスってのが一番近い形かな。重さは八十キログラム弱ってところだと思う。大きさのわりには大分軽いのは獣の皮と薬草の類が大半を占めているからだ。体積的に一番思いのは道中で俺とフィリーが食べる食料だろう。しかも八十キロと言っても筋力が九倍に膨れ上がったおれには九キロ相当の荷物でしかなちょっとおもいくらいにしか感じない。
さて目的地のブローナスはここから大体馬車で十日はかかるらしい。俺的予測に基づいた計算によるとだいたいその距離三百キロの道のりのはず。もちろん俺は馬車など使う予定はない。というか金が無いのが問題点なんだから買えるはずもないし、そんなゆっくり旅をする気も毛頭ない。この世界を知りたいという知的欲求は、すでに限界を超えて精神全体を両手で揺らし続けている。
そこで俺は自分で走ることにした。実験的に同じくらいの岩を担いでジョギングのペースで走ったところ問題なく走れた。しかもジョギングといっても、おなじみ強化がついて回るのでその速度はかなり速い。そしてフィリー直伝の森の薬草から作った疲労回復薬を補給しながらだと、たぶん一日六間くらいは走れるはずだ。順調にいけば五日程でブローニアに到着する計算になる。
だが問題点もあった。フィリーにこの重さの物を持って走り回れるのは普通か? と聞いたところ。常識の勉強やり直す? と聞き返されてしまった。まあなんとなくそうだと思っていましたとも。俺だって自分の身体能力にはドン引きしているんですから。そこで俺は舗装された街道はから外れて直線上に平原や森を突っ切る予定だ。川を渡る際はフィリーの風の魔法で運んでもらう。この重量を風で運べるフィリーの魔法も大概なものだと思うんだけどなー。でもフィリーからすれば最初に猿を細切れにした風の魔法もまるで本気ではないらしいので、まさしく可愛い顔して怖い奴である。…………街に着いたら飴でも買ってあげようかな。
「さあしゅっぱーーーつ!!」
フィリーは最近定位置と化しているおれの右胸ポケットに入って出発の音頭を取っていた。
「ヨッシャーーーー冒険の始まりだーーーー!!!」
苦節40日、長いようで短いようなお試し期間を乗り越えて、遂に俺の念願を叶える冒険が始まった。
「おお、やっと出発したか~。サバイバル生活もなかなかよかったが、やっぱり君は波乱万丈な人生が一番輝く男だよ。さあしっかり活躍して躍動して奮闘して僕達を楽しませておくれ正志君、いや僕達期待の正義のヒーロー」
いい意味でも悪い意味でも適当です。