第三話 娯楽満開
完成に至り、見た目も、機能も一級品の家となった自宅は、その使われる用途においてはそう変わるものではなかった。料理に洗濯などの家事はもちろん利便性を高める物を取り付けて、その効率を飛躍的に上げることができた。俺の工房も機材を搬入して、既に絶賛稼動中だ。だがこの家の九割の利用方法はあいかわらず、子供達の遊び場なのである。
「キドー兄ちゃん、あそんでーあそんでー」
「私と向こうでおままごとしよー」
「ぼくらと庭でタマケリしてー」
昼間の時間帯に居間にいようものなら、十人以上の子供が俺を取り囲む。午前中は、トウカとユーリ、たまにマイアとメリーさんとミミルが文字と算数を教えているのでのんびりできるのだが、午後は全員遊びの時間に突入する。フィリーやアヒルのナンフなんかがいつも遊び相手兼保護者としていつもいるのだが、偶にしかいない遊び相手である俺やジョイなどがいると、全力で群がってくる。
「兄ちゃんも体一つしかないから二つ同時には出来そうもないな~。よしまず俺が球蹴りして、その間はマイアにおままごとに参加してもらおう。そんでもって三十分したら交代しよう」
「やったー!」
「マイアお姉ちゃんがママゴトしてくれるの? じゃあ、こないだ買ってもらったフリフリが付いた服着てもらおーっと」
マイアは大体は朝から鍛錬の為に冒険者ギルドの訓練場に出かけ、午後からは昼寝しているのが日課となっている。俺以外がこの昼寝を邪魔しないのをいいことに、いつも眠りこけてぐうたらしている。ちょうど話もあったし、起こすとしますか。
眠りから強制的に覚まされ、不機嫌になりながらも子供達と遊んでいるマイア。美人な容姿で幼児体型のマイアが面白いのか、うちの女子達はかわいい服をマイアに着せたがる。しかし男勝りというか、豪胆なマイアの趣味ではないらしく好んで着ようとはしない。しかし、おままごとや買い物で服やに寄った時などに頼むと渋々ながらも試着してくれるらしい。
俺も球蹴りを庭で男の子達と楽しみ、あっという間に交代の半時間が過ぎていく。
「キドーよ、おぬしこのためだけに起こしたのか?」
「もちろん他にも用件はあるよ。頼まれてたアレ用意できたぞ」
「まことかっ! やるではないか! 褒めてつかわすぞ!」
「その代わりに当日は頼むぜ?」
「任せておけい」
マイアは上機嫌な笑顔を見せながら庭へと駈け出していった。俺がマイアに頼まれたのは、あるサーカス団の公演チケットだ。なんでも昔リーンバーグで見た時にファンになったらしく、どうしても見たかったそうだ。そしてそのサーカス団はこの国、いや世界最大の祭りであるブロニアス建国記念祭に合わせて街へとやってくる。一週間もの間祭りを続け、毎日目まぐるしいほどの催し物が開催される。武術大会、世界オークション、舞踏選手権、即興で様々な物を創り出す芸術祭。どの催し物一つとっても、それだけで祭りが成立しそうな豪華さだ。
現に開催まで十日に迫った今、街の慌しさは今まで見たこともない程になっているし、流れの商人たちは外壁の外にテントを張って準備し、門の付近には一つの街かと思うような人の集まりになっている。町全体が参加し、外からも多くの人が訪れ、各国のお偉いさんも祭りを楽しみにして来訪する程だ。
もちろん、我が家族を引き連れて存分に祭りを堪能する所存なのだが、チケットの期日である祭りの最終日には中央広場で国王自らが国民の前で演説する恒例行事があるようだ。それに参加せよとバイアス公爵から頼まれていたので、最終日だけは一緒にいてやれないのだ。その代理をマイアに頼むために、子供達を含めた四十名分のチケットを確保したのだ。人気のチケットではあったが、王様の演説も人気だったようで、その時間に少し被っている公演はなんとか入手することができた。
「よーし、次は俺がおままごとに参加するぞー!」
「駄目! そこはドアだから、入るときはちゃんとノックして入って! 後、キドー兄ちゃんはお父さん役だから自分のことはパパって言ってね!」
「う、あ、はい。すいません」
最近のおままごとは設定細かいんだなー。
晩飯を食べ、子供達をお風呂に入れ、全員を寝かしつけてから、俺の仕事が開始される。
俺は家の一番奥にある倉庫へとやって来た。昔はここに馬でも飼っていたのか水を貯めるの場所や、干草入れなどがしつらえてあった。今は干草をたっぷり敷いた上で、コウジンが寝そべっている。石でできた壁の隅のところにある窪みに指を入れ、奥にあるスイッチを押す。すると水入れが動き出し、下へと繋がる階段が現れる。この水入れは部屋に元から設置されたように作られていて移動させることができない。その構造に違和感を感じて調べたところ、この隠し階段を発見したのだ。
階段を下り、今では自慢に思う工房へと舞い降りる。
「今日で仕上げだな」
俺は部屋に飾られた一つの鎧の前で脚を止める。ヒーロー活動をする際に着ている忍者みたいな見た目の装備は、急遽作ったいわば試作品に過ぎない。そして今俺の目の前にある全身鎧こそが、俺の求める完成作品なのだ。
その鎧に付けるつもりのワイルドカッターの刃は最初に思っていた以上に硬い物質だったらしく、鉄ならば易々と切り裂くほどに強固で、摂氏二千度を超える熱量でも溶けない脅威の金属だった。まったく加工できないままの日々が続き、ある時その刃を手に持ったまま悩んでいると、突然目の前に文字の羅列が現れた。驚くことにその文字は日本語で、手に持つ刃の構造や特性を解説した物だった。これが大地と酒の神ドゥッガから貰った『解析』という特典だった。こいつのお陰で、制作の質と速度は格段に向上していった。
その特典によってワイルドカッターの刃は魔法金属の一種と判明した。魔法金属は特殊な方法でないと加工は難しいと記憶にあり、ガナド爺さんに聞くことにした。なんでも、魔法金属は溶かすための熱量が高温すぎて扱いにくいが、火のイメージを持って魔力を大量に流すとその形を変えることができるらしい。だが、加工しきるまでに膨大な魔力が必要になるので、魔法金属を加工できる鍛冶屋はブロニアスでさえ片手ほどもいないようだ。
あまり有名人に接触したくはなかったので、魔力を通してなんとか加工できないものかと挑戦してみた。魔力の多さだけは化物級だと、龍人族のマイアに認定されているので力技でなんとかなると思ったのだ。…………まあ、その結果なんとかなってしまったんだけどね。
加工は、一メートルあった刃を半分にして、二本の刃を作ったってだけだ。更にコツコツと必要な技術を学び、質の良い鉱石を買い集め、ゼロから全てを作り上げたこの鎧。そして先月、ついに念願の魔法鉱石ミスリルを、少量ながらジーニーさん経由で手に入れることで完成の目処がたった。それらを加工して鎧に装着し、あとは加工して二振りになったワイルドカッターの刃を取り付けば完成だ。
「これを……左右に付けて…………できた」
相変わらず作品を完成させた時の感動は何事にも変えがたい感動を呼び起こしてくれる。人目もなく防音もばっちりなので、俺は部屋中に響き渡る大声で笑いまくった。向こうの世界で目指していたけど、ついに辿り着く事の無かったものの一つが、今目の前に存在している。無かったものを作り上げ、成し得なかったことを叶えてみせる。この感動で笑わなきゃ嘘だろう?
そして十日後、アトレア最大のお祭りが始まった。開始を宣言する王様の声と打ち上げ花火と共に、街中に歓声が響き渡り、まるで街そのものが揺れているような盛り上がりと熱気だ。
「うおおおおおおお!」
「きゃああああああ!」
もちろんうちの子供達も大興奮していた。今までこの街に住んでいながらも、参加することが叶わなかった祭りへの思いは、憧れに近い物があるだろう。かくいう俺もこれほどの大規模なお祭りの経験などなく、心拍数は上がり気味だ。
「よーし! 全員誰かと手を繋いでるな? 集団からはなれるなよ! 何か買いたかったら俺とトウカ、ジョイとトマスに言えよー。もし逸れたらその場で止まってるんだぞ。ちゃんと迎えにいくからな。わかったかー!?」
「はーい」
「それではしゅっぱーつ!」
綺麗に二列に並んだ子供の先頭に立つと、なんだか小学校の引率をしている気分になるな。
大通りに出ると、見慣れたものになったその風景はいつもとは全く違うものになっていた。とにかく人、人、人。あっちもこっちも人だらけ。いくら人口の多いブローニアとはいえ、大通りの歩道が埋め尽くされるほどの人は普段からいるわけではない。歩道の端には商店通りにしかいつもは立ち並ばない露天が所狭しと商いをし、広場があれば大道芸人や詩人がその技を披露している。この様な風景は東西南北に伸びる大通り全てに適応される。一本たしか十キロ近くあるから全長四十キロの祭り道か………すごすぎだろ……。しかも冒険者訓練所での武術大会とかの大きな催し物は、大通り以外で行われているというから、俺の想像の範疇を軽く超えた大規模な祭りだ。
そういえば武術大会にはゾナのおっさんが出場するらしい。あのめんどくさがりが出るとは全く思っていなかったのだが、どうやらバルナス公爵から発破をかけられた上に、希少な酒に釣り上げられて出場するようだ。そして木彫り芸術祭には、リッキーとロイが手伝いとしてだけど出場予定になっている。
あいつらは、我が家が完成した後、俺から免許皆伝を申しつけ外へと働きに出た。場所は風呂の設計の時に共同開発した木工製作の職人さんの所だ。あちらも風呂の製作に追われて人手不足だったらしいし、俺としてもあの職人さんとはいい関係で信頼していたので二人を預ける形になった。それで今回そこの親方さんと弟子達が芸術祭に参加することになっているのだ。
ミミルは神殿関係、メリーさんは研究所関係の催し物で大忙しらしく、合流して祭りを回れるのは一日だけになりそうだ。
「キドーさん! ジェシーとモリガが居ないです!」
「早っ! まだ大通りに出て数分しか経ってないよ!」
何度かこうして子供達全員でお出かけしたことはあるのだが、一度として逸れて迷子に成らなかった子がいなかった試しが無い。おまけに今は人通りが多くて、視界も悪い。人並みに飲まれて、少しでも離れてしまえば小さな子供達では自力で合流することは難しいだろう。だが何度も迷子になっても困るし、かといってお出かけを制限してしまうのも可哀想だったので、俺は自作したネックレスをお出かけの際には全員に付けてもらうことにしていた。このネックレスは俺の魔力が込められている魔法道具で、周囲三百メートルほどならどこにいるのか大体分かる代物だ。商店で売っていた物を参考にして作ったのだが、なかなかうまく作れたと思う。
「それじゃあこの先の広場で待ってて。俺が二人とも連れてくるよ」
「お願いします」
そのネックレスの気配を頼りに、俺は二人を探す。
「お! いたいた」
見つけた二人は、道に立つ騎士のそばに居た。
「あ、すいませーん」
「あ、いたー」
「キドーにいちゃぁぁぁん!」
どうやら迷子と察したらしく、保護しようとしてくれていたようだ。
「これだけの人の多さだ。迷子になるのも無理は無いが、流石に毎年多くて手が足りん。なんとか気を付けておいてくれ」
「了解です。ありがとうございました」
毎年のことらしいけど、祭りの間の警備には騎士団が参加している。普段はこの街に滞在していない部隊も集まり、五つの騎士団の半数もの人員がこの街一つに投入される。その数三千五百名。少ないと感じるかもしれないが、彼らは兵の中でもエリート中のエリートだけが所属を許される。あの底知れない強さを持ったゾナでさえ、騎士団時代は部隊長止まりだったというのだから、その強さが伺える話だ。現にこの三千五百という数は、小国なら一週間とかからずに攻略が可能となる数字なんだそうだ。この祭りに参加するため、各国から国賓が多数入国し、さらに人の出入りが多く警備の難しいこの時期に対する最大限の防犯を心がけた結果だろう。同盟国においては国王自ら来ている所まであるのだ。その国賓に何かあっては、下手をすれば一直線で戦争行きなのだ、どれだけ細心の注意を払っても足りないことだろう。
街はまるで、その全てが遊園地になったようで、そこら中に人を楽しませる為の物が散りばめられていた。マリーさん曰く、
「一週間周り続けても、全てを楽しむのはとてもじゃないけど不可能よ」
と言わしめるだけはある。大通りに入ってわずか五百メートル進むのに約四時間もかかってしまった。露天の飯は上手いし、大道芸人の芸も今まで見たことないような一見の価値あるものばかりだった。特にシャボン玉で出来たゴーレムが揃って踊る芸はうちの子供達に大うけしていた。他にも広場に聳え立った立体型の迷路や、空中に浮かぶ温水プールにも夢中になって飛びついていた。もちろん俺も存分にたのしませてもらった。こんな遊びは、地球ではまず体験できない未知のものばかりで、あまりの楽しさに子供のようにはしゃいでしまった。建国祭恐るべし。
夕方に差し掛かるころになって、やっと今日の目標であるミミルの手伝う露天へと辿り着いた。神殿で働く人たちが作ったお手製のお守りを売っている。だが単なるお守りではない。神殿に所属する人物は、基本的に魔法を得てとしている者だ。しかも神からの加護を直接受けた。そんな者達が魔力を持って編んだり、彫ったりしたお守りは物理的に効果が出る。心労回復だったり、免疫力向上だったりと効果は様々だが、人気は絶大なようで。露天の前には人だかりが出来ていた。
「おーいミミルー」
「あぁ~みなさん来てくれたんですぅ~ね~」
大忙しのように見えるが、相変わらず緩い空気のままのミミル。
「ちゃんと働いてるのかよミミル」
「ジョイ君こそぉ、ちゃんとお守りできてたのぉ~?」
ジョイとミミルが仲良く談笑し始めた。邪魔するのも悪いし、その間にお守りでも物色しますか。
「神官さん。疲労回復のお守りとかありますか?」
「すいませんお客さん。私達のお守りは本人がつけてからしか効果が分からないんですよ。だからどれが疲労回復になるのかは買ってからのお楽しみとなります」
…………福袋かよ。一個百ディクスとお高いが、効果は別として、魔法道具をこの値段で買えると考えれば安いか? 相場じゃどんな安い魔法具でも五百はするもんな。
「じゃあこれ一つ下さい」
「ありがとうございます」
物は試しだ。一つ買って試してみる。
「効果の程は裏面の紙にに浮かび上がります。他の方が使うと効果が変わったりしますので、その時は紙を取り替えてください」
「わかりました。どれどれ」
さっそく手に持ち、自分の魔力を流してみる。
「効果のほどは?」
『眉毛増毛』
「……」
一瞬呆気に取られた後、咄嗟に手で眉毛を隠す。海苔を貼り付けたような眉毛になってないだろうな!? いや、トウカこっち見ないでーー!
「そんな一気に効果はでませんよ」
どんな効果が出たのか俺の様子から予想できたのか、ちょっと笑いながら店員さんが教えてくれた。
「よし、このお守りはトウカに上げよう」
『眉毛増毛』とか活用の仕方がわからないよ。
眉毛ボーン