第二話 活動
ブロニアス国の裏側を照らし出し、俺の活動の支えとなっている情報収集部隊、通称『フクロウ』の面々は、バイアス公爵自らその人員を集めて作り上げた部隊だ。その出は様々で、騎士、冒険者、傭兵、商人の護衛。さらには他国の兵士に、元盗賊なんてのもいた。
信用が命の部隊であるのに、そこまでバラバラでちぐはぐな面子で大丈夫かと不安に思ったが、フェルダナ男爵曰く。
「あの人が大丈夫と言って、そうでなかった試しはありませんから。まともであった事も少ないですしね」
怪しさ満点の部隊ではあるが、その一人一人はバイアス公爵の慧眼に適った者達だというだけで、全幅の信頼を置ける保証となるようだ。実際問題彼らの働きは相当のものだった。まだ活動を本格化させてから一年ほどしか経っていないらしいが、彼らの情報で判明した汚職事件は二十三件、賞金首の滞在先四件、解決した事件も確定しているだけでも八件に及ぶ。わずか十一人しかいない部隊の業績としは、驚異的な数字だろう。
たしかに今まで情報戦という戦いを専門的に扱った人も部署もいない中ならば、彼らの集める情報の価値は今までのものとは隔絶した差を生み出すだろう。それこそ子供と大人の差よりも開いたものかもしれない。情報を商品としていた情報ギルドでさえ、受身でしかなかったので、その差は大きい。しかも今ではこの部隊のバックに情報ギルドが付いているようなものだ。なんせ上司が一緒なわけだし。
隊員の仕事は主に潜入や潜伏、おとり捜査などのある種超法規的活動を行う事だ。もちろん強引な手は最終手段としてしか使用しないが、効果的であるのも事実。その活動を大まかに知った時は、無茶をするとも思った。なんせ、非公式とはいえ国の認定を受けている部隊が、ほぼ犯罪まがいなことまでしているのだから。しかしその疑問にはバイアス公爵が答えてくれた。
「法とは平和と国を守るためにあるものだ。それを害する悪党を守るためにあるわけじゃあない」
…………なるほど、と思ってしまう。人によれば屁理屈に聞こえなくも無いし、筋が通ってるとも受け取れる。だけど俺が思ったのは、バイアス公爵と俺はすごく似ているんじゃないかということだった。俺のヒーロー活動も言ってしまえば犯罪行為といえる。だが、それを理解した上で、やらなければならないと確信しているからこその活動だ。話を聞いて、なんだかちょっと嬉しくなってしまった。
フクロウの本部は密集した住宅地の中にある。外からの見た目は普通の木造の一軒家なのだが、地下に大きな空洞があり、そこが活動拠点となっている。その地下室からは地下道に出ることが出来、隠密行動にもってこいの物件なのだ。今日もそこへと訪ねて行く。住宅地なら人が多少入り込んだところで目立つものではない。あまりに人が多すぎるが故に。
「お邪魔しマース」
「来ましたか、キドーさん」
家に入り、居間に出るとそこにある机でフェルダナ男爵が紅茶を飲んでいた。
「そりゃあ、あんな手紙読んだらね」
「では地下に行きましょうか。他にも何人か待機しておりますし」
フェルダナ男爵は俺よりも年上、たぶん二十代後半のはずだが、なぜか誰にでも敬語で話す。精悍な顔立ちな上にいつも身奇麗にしていて、髪も短いながら艶のある茶色の髪をしている。それに、一般市民から騎士になって、そこから男爵になったという経緯のわりには、その物腰がとても上品だ。聞いてみたところ、貴族に仲間入りするときに公爵家で受けた教育の賜物なのだそうだ。それを話すフェルダナ男爵の視線は遠くを見つめ、なんだか哀愁を漂わせていたので、詳しい話はあえて聞かなかった。どうせあの豪快なバイアス公爵のことだ、教育という名の矯正だったのでだろう事は、すぐに予想できてしまったからな。顔に苦労が染み出てるもんね、フェルダナ男爵は。
フクロウ本部の会議室の椅子へと腰をかける。本部の部屋はざっと三部屋。会議室、資料室、倉庫の三つだ。完全な石造りで作られた無機質な部屋ではあるが、秘密組織の部屋としてはお似合いといったところだろう。会議室と倉庫はまあ普通なのだが、資料室はとんでもなく広い。二十×二十メートルの部屋を二階分ぶち抜いた構造で、背よりも高い本棚がずらっとならんでいる。その部屋を見ると、さすが情報戦を戦い続ける部隊の部屋だなっと納得してしまう。
「それでは今回の件に関する話をさせていただきましょう」
机の一番前の席にフェルダナ男爵が座り話し始める。俺以外には他に三人ほど席についている。ほとんどの人がなにかの事案に関わり続けているので、この本部に十一人全員が集まることは早々ないのだ。何度かこんな形でこの会議室を利用してきたが、だいたいはこの人数ほどだ。いつもいるのは隊長のフェルダナ男爵と事務と資料担当のアリーゼちゃんぐらいだろう。
アリーゼちゃんは登録上はここの家主なわけだからいても当たり前なんだけど。彼女は分厚い眼鏡を掛け、おっとりとした文系丸出しの女性なのだが、文字への記憶力と資料を整理してまとめる能力がとてつもなく高い。文官として働いていたらしいが、彼女の上司がその能力を活かすことなく埋もれていたところを、公爵が拾ってきたらしい。
「犯罪名は違法取引、物は禁止薬物です。残念ながら情報を察知した時には既に街に持ち込まれた後で抑えることは出来ませんでした」
「持ち込まれたから判明したの? ていうか禁止薬物なら検問の時のワンちゃんに引っかかるんじゃないの?」
この世界にも麻薬取締り犬は存在する。ただの粉でしかない物を人間だけで見つけ出すのはやはり難しく、犬の鼻に頼るのはこちらでも効果的なのだ。
「……推測になりますが、今回持ち込まれたのは新薬の一種ではないかと考えています。まだ実物すらこの国に無いものでは、匂いを追うことはできませんから。心当たりも何件かありますし」
匂いを覚えてなきゃ、そりゃ探しようもないね。
「ならよくこの取引が判明したね」
「実は黒い噂の絶えない商店に、あらかじめ張っていたいくつかの網に取引の話が引っかかったんですよ。そして今朝になって、やっと取引の物が判明したわけでして」
「なーるほど」
幾多の情報から絞り込んだ、ほぼ何かやましい事をしていると思われる容疑者を張り込んだりすると、色々と錆が出てきたのは今回に限ったことじゃなかったしね。
「もしも取引される薬が私の知る新薬であるのなら、鞄一つ分売りさばかれるだけで…………千人単位の人生が狂う事になります。しかし今回の件は物的証拠がないので、取引現場を押さえるしか方法が無くて……」
「いいですよ気にしなくて。こんな犯罪なら問答無用でやるさ」
フェルダナ男爵は自分達で処理できない事件を俺に対応してもらう事に、やや罪悪感を感じてしまう人だ。最初の契約で、部隊の都合でこちらに仕事を押し付けないとしたのを気にしているのか、一般人に危険なことをさせることを憂うのか、どちらにしても性根の優しい人だ。
警備隊に取引の情報を流すという手もあるのだが、警備隊の方針的にいうと疑い程度の通報では、本格的に捕まえる為に動かず。確認の為に少数が動くといった形になってしまう。もしも中途半端な動きを見せて、取引自体が無くなって物を押さえれなくなってしまえば、主犯全員を捕まえれなくなってしまうだろう。
「で、取引の日取りは?」
「……明日の夜です」
なんというギリギリの発見。取引されて物が分散でもしたら取り押さえるのに苦労するし、売人のほうは逃がしてしまうことになるからな。やはり取引現場を押さえて一網打尽にするのが手っ取り早い。
次の日、取引現場に使われると思われる倉庫にやってきた。この倉庫は商人たちの扱う品物の中でも店に置けない余剰分をまとめて預かっておく貸し倉庫だ。もっと人のいない所で取引するかと思っていたが、意外と普通の場所だった。匂いで判定されない新薬ならば、そこまで警戒する必要がないのかもしれない。
俺とマイア、そしてフェルダナ男爵は外で待機中だ。フェルダナ男爵は、騎士団時代は優秀な偵察兵として重宝されていたらしい。それは彼が持つギフトに起因している。彼のギフトは『憑依のギフト』動物に乗り移る事で、その動物を操作する事が出来る。恩恵か、反動なのか、なぜか憑依された動物は彼が離れた後、人の言葉をそれなりに理解できる知恵を身につけ、さらにフェルダナ男爵にすごく懐いてしまうらしい。
一度彼の自宅に招かれた事があるのだが、敷地こそ広いものの家自体はそこまで大きく無いものだった。しかし庭の広さはかなり広い。庭の敷地だけで、俺の自宅以上の広さがあっただろう。そしてそこにいままで懐いて付いてきてしまった動物全てが混在していた。犬、猫、鳥、馬。狼とウサギが並んで昼寝をしている風景はかなりシュールだったが、仲良くしろというフェルダナ男爵の言を守っているようだ。
「ほんとうなら、鳥とか犬を常に連れているんですけど、やはりどうしても必要に駆られて憑依しなきゃならない場面がありまして。気付けばこんな数になっちゃいましたよ」
懐いたからといって、全部飼っていること自体大概なのだが、動物のための庭確保の為にわざわざ街から近い村に居を構えたあたり、まさに根っからのお人好しだ。
そのギフトを使えば動物を利用して、安全に策敵や侵入を行うことができる。今は男爵が憑依した鳥が倉庫の天井部分に潜み、俺が『ジョイント』という感覚共有魔法を使い、フェルダナ男爵の目と耳の五感を共有している。
「どうやら来たようですね」
倉庫へ情報収集部隊がマークしていた悪徳商人が入ってきた。その数分後に麻薬の売人もやってくる。双方とも、数人の護衛を引き連れている。
「どっちも悪そうな顔してるな~」
何か話をしばらくした後、代表と思われる二人が鞄の中身を見せ合っていた。片方は禁止薬品、片方は金貨が詰まったものだった。
「確認しました。やはり私が懸念していた新薬のようです」
「よーし、出番だな! いくぞマイア!」
「おうとも!」
倉庫へ侵入するため移動するマイアと俺。マイアのヒーロー活動が開始された時に、俺と同じように見た目で判別できないような衣装を作った。鉄装備は嫌だというので、ハッグベアー一頭分の皮を使って作った皮の全身鎧だ。さすがにスーツっぽくすると幼児体型には似合わないと思ったので、短いスカートのような部分を取り付けてある。ヘルメットのような丸い形の兜にゴーグルをつける事で顔の方は隠してある。
「どうでしょう? 最高純度の『アポフィス』でございます」
「おお、これが噂の新薬か! これだけの量があれば……」
「いかにも。この新薬は、今だこの国で犬共に嗅ぎ付かれることもしばらくありません。そしてその効力もまた絶大でございます」
「ヌッフッフ、楽しみで仕方ないの」
フェルダナ男爵から介されて聞くに堪えない会話が繰り広げられている。よし、早くぶん殴ろう。
「この世の闇に蠢く悪を」
「誰だ!」
「この拳にて叩いて砕く」
天窓を破り、俺とマイアは現場の中心に降り立つ。
「シャドーフィスト」
「シャドーハンマー」
「「参上」」
……決まった。八割趣味の口上なのだが、一応名前を覚えさせるための物でもある。マイアも気に入っているしこれでいいだろう。いつかこの口上を聞いただけで、俺らの存在に怯えて降参してくれる事を期待しているのだが、今のところまだ無い。
「貴様が噂の通り魔か! ええい、やってしまえ!!」
いうに事欠いて通り魔とか酷い言われようだな。悪党から見ればそうかもしれないけど。
「ハンマーは売人で、俺は商人側ね」
「いいじゃろう。今日は歯応えなさそうじゃからどっちでものぉ」
強敵では無さそうなので、マイアのテンションはやや低めだ。外で見張っていた護衛も参加して、俺の相手は八人程になった。それなりの手練のようだが、この一年間で進化した俺の敵ではない。
「いざ、成敗!」
空手の息吹を吐き、切りかかってきた剣を左手の手甲で逸らし、懐に正拳を叩き込む。槍を足元に突き込まれれば脚甲で受け、そのまま体を回転させて後ろ回し蹴りを顔面へと命中させる。魔法をストーンウォールで防いで近寄り、弓を掴んでは投げ返す。数々の実戦を経て、俺の戦闘における隙はほとんどなくっていき、対応力も格段に進歩していた。あと、手加減するのも上手くなっていた。
俺の攻撃を受けた男達は、気を失っているものの、外傷などほぼ見当たらない状態だ。元々空手は不殺で相手を行動不能することに長けてはいたが、あまりの力の大きさにこちらに来てからはそれを実現させるのは最近まで困難だった。やりすぎてすぐさま僧侶を呼び出すなんてのを、何回繰り返したことか……。
「き、きさまらぁー! こんな事をしてタダで済むと思っているのかー!」
護衛を全て倒されて、尻餅をついていた悪徳商人が俺に言葉を投げかけてきた。本当にこういう小物はどうしてこう的外れな言動をしてしまうのか。
「おもしろい冗談だな。おまえらが今まさに悪行を繰り返しすぎて、タダで済まなかった場面なわけだが?」
こんなアホに長々と付き合うつもりはない。さっさと手刀で意識を経って、商人を床に転がす。マイアの方もどうやら終わったようだ。
「キドーよ、ロープは持ってきておるのか~」
このあと警備隊にこっそり通報して、その間に逃げられないように大体の場合、ロープで雁字搦めにした放置しておく。もちろんもしもの事がないように、逮捕されるまでは近くで見張っているけど。さて、全員まとめて縛り上げて、我が家に帰りますかね。
ついに100pt超えたー