第三話 志の先
心の底から逃げたかったのだが、言葉の限りを尽くした嵐のような説得と懐柔、あとかなりの割合の物理的ななにかに押されて、図書館近くにあった大きな建物の一室に軟禁される羽目となった。軟禁などと言ったが物騒なものではなく、俺の精神的問題なのではあるのでが……。
どうやら外から見るとなかなかに大きく思えた建物だったが、中は小分けに分けられた部屋がいくつもありそれぞれに住人がいるアパートみたいな施設のようだ。いや日本語的な意味で言えば長屋と言ったほうが正しい風貌といえるかもしれない。
さてそんな一室にて俺はあの魔女のお姉さんに紅茶をご馳走してもらっていた。
「さあ、フフフ、私達の運命の出会いに乾杯でもしましょうか」
ここに来るまでの説得にも度々挟んでくる意味ありげな微笑は、明らかに身の危険を感じるものだった。
「なぜ? とお聞きしてもよろしいんでしょうか?」
「そうね……確かにあなたは事の重大性に何も分かっていなさそうね。じゃあまず自己紹介から始めましょうか。私はブロニアス第七魔法研究所所属のメリーバンナよ、よろしくね坊やフフフ」
「俺はキドーって言います。最近この街に来て職人稼業を始めました。所属は生産ギルドなります」
「へぇー最近来たって事はまだ知り合いは少ないのかな?」
「そうっすね。面倒事が嫌いなんで無闇矢鱈とは増やさないようにしています」
面倒事って部分をあえて強調して喋ってみる。只今絶賛あなたという面倒事に巻き込まれ中なんだと、自覚してはくれないだろうか。
「フフフ、それは好都合ね。ちなみに生産ギルドのランクは聞いてもいいかしら?」
はい怪しい笑みで華麗にスルー。上機嫌になっているのはなぜ?
「最近鉄になったばかりです」
どうだ、なんだか知らんが過度の期待を寄せているようだが、ランクの低さにガッカリしただろう。
「ますますいいわ」
なぜだ!
「じゃあ、あなたの疑問、私からの本題を話すわね。それは……えーっとあの図書館に飾ってあった本。題名はなんだったかしら?」
「あのアルデールの書とかいうのに関係しているんですか? 言っときますけど俺はあれの内容すら知らない、学のない男ですよ?」
「……………………」
メリーバンナさんの視線が俺を見据えたまま長い長い沈黙が流れる。あの書の内容かなにかに俺の知識があると踏んで協力でも申し出ようとしたんだろう。期待が外れて悪かっ―――
「ムフ……ウフフフフフ…………アハハハハハハハハハ!!!」
なにこれ怖い。ここまで人は笑えるのかってくらい極限までの笑い声を上げてみせるメリーバンナさん。
「凄い、凄いわ! これもギフトの力と呼ぶのかしら、まさに神の遣わした奇跡と運命! アハハハハハ」
ウンウンと自分でなにやら納得してドンドンテンションを上げていく彼女。この置いてきぼり感はたまらない。
「ちょ、ちょっと! なにがなんだか分かりませんけど説明していただけませんか!?」
「ほんと無自覚であることが恐ろしいなんて誰かが言ってたけど、ホントだったのね。いいわ説明してあげる、あの本とたぶんだけどあなたの力について」
長い長い彼女のアルデールの書に付いての歴史だったりの話を俺流にまとめると。
・あの本は遥か昔に書かれた最古の魔導書の一つである。
・書かれている文字は今だに解読しきれていない文字『神の言葉』という物で、魔法の名前もこれで出来ているらしい。
・そしてあの本のタイトルはまだ解読されていない文字の内の一つだったらしい。
まずいぞ。非常にまずい。メリーバンナさん曰くあのアルデールの書の頭のアルの字を確定させたのが十日ほど前らしく、あのタイトルを正式に読めるもの人間はこの世いないということ。そんでもって俺はそれを見事に読んでしまっており、嘘だと誤魔化そうにもどうやら文字が正しく読めていればそれを聞いた者にも正しいという確信が得られるらしく、もう無理くさい。
このままでは国の研究機関とやらに拉致監禁されてしまいかねない自体に陥る危険を感じて、なんとかここを乗り切るために思考をフル回転させる。そして一つ気付いたのは、もしかしてこれはナーブ神にもらった特典『この世界の言葉を理解できる』のせいではなかろうかということだ。初めてフィリーと喋った時に判明して特典なのだが、喋れる分かるどころか読み書きもバッチリ出来て、実に良い特典だと思っていたのだが、もしかしてこの世界中の言葉が範囲に入ってるんじゃないだろうか? 神の言葉とやらも含めて……。いやあの雑というか大雑把というか駄目な神様ではあり得るというか、ほぼ確定的だ。だって現に読めてしまっているし。今の気分は誕生日プレゼントに時計を買ってやると言われてたら、当日にロレッ○スの最高級腕時計を買ってもらった気分だよ。言葉にならんわ! 大盛り一杯のつもりだけど、器の上に天高く積んでそれを「コレも大盛りだよ?」といいそうなナーブが簡単に想像出来たわ!
オーケーオーケー取り敢えず落ち着いた。後でナーブはぶん殴るとしてすでに言い訳は立ちそうにない状況。かといってどうしていいのかも分からないので取り敢えず……聞くか。
「で、俺に何をさせたいんですか?」
研究所に来てと言われたら即逃げる。実力行使で。
「話は簡単よ。私に協力して欲しいの」
「国にではなく?」
「それでは困るわ。私だけに協力してもらいたいのよ」
おっと予想より大分小規模な話に。
「どういう事か説明してもらってから考えます」
「そうね。あなた世間知らずな人っぽいから教えておくけど魔法研究所の職員の九割以上は貴族もしくは王家の遠戚の人、もしくは商家みたいに家名を持つ人がほとんどで私のような平民はごくごく僅かよ。おかげであの排他主義の塊みたいなアホどもが幅を効かせているおかげで私の研究は遅れるし、完成してももみ消される始末。しかもあいつらは権力を維持するために魔法を使っているのよ? 一般市民の人達が教会に所属でもしない限り、魔法の勉強ができないのはおかしいと思わない? 神様がお作りになった力を欲のために使うなんて絶対に間違ってる!」
ふむなんとなく分かるが俺がなぜ要るのだ?
「もっといい使い方をすれば、もっと多くの人が幸せになれるはずだし、もっと国だって豊かになるのよ! 私は魔法という力に感謝しているわ。お師匠様は言った「感謝は返すものではない、応えるものだ」と。だから魔法を欲にまみれさせた手から引き離して、光の方角へと進ませたいのよ! 私は! だからっ! 力を貸して欲しいの!」
悪くない、悪くない信念だね。夢見がちな思想に聞こえなくもないが、この人は前に進む意志がある。言葉だけの思想と未来を作る思想の差は、先に進む意志があるかどうかだ。現在を嘆くんじゃなくて、それでも進む。それが天と地よりも大きな差を生み出すのだ。
「言葉を叫んでもだめ、正論を吐いたって聞いてなんてもらえない。物事を大きく変えるためには力が必要なのよ、意志を伝えて納得させられるだけの力が。それにはあなたの力が必要なのよ」
「で、何をしてほしいんだ?」
「私と新しい魔法を開発して欲しいの」
俺は職人として技術者として科学者として最も尊敬する者は、新しい道を往く、作り出すことを覚悟した者だ。
「おもしろい。うん、おもしろいよそれ」
突然訪れた突拍子も無い展開に全身を強ばらせていた俺はここで初めてメリーバンナさんに本心からの笑顔を見せた。
その後、同盟における条件をいくつか確認しあった。
まず俺の詳細を調べない事。そして魔法を創りだしたとしても、それはメリーバンナさん単独での開発だったと発表すること。これらは身内が訳ありが多いからとして納得してもらった。一人はなんてったってお姫様だし、嘘では決してない。
なにやらメリーバンナさんは平民でありながら上昇志向を持ち合わせていて、貴族連中からは疎ましいどころか敵視されているらしいので、相談や話し合いは俺の家で行うことにした。魔法開発はかなりの偉業とされているらしく、だからこそ発言力と地位を手に入れるには効果的と言える。しかし個人でしかも一介の平民がそれを成そうとしているなんて知られようものなら、どんな嫌がらせが待っているか知れたものではないそうだ。研究に畏れ多いも何もあったものではないと思うのだが……。
あとは俺に対して魔法の講義をしてもらうことにもなった。俺が魔法を初級ながらかなり使いこなしていることにはかなり驚いていたが、俺的には中級魔法もやはり習得をしておきたい。開発や設計なんかは得意分野ではあるのだが、魔法という知識に関しては基礎さえおろそかだし、原理すら曖昧なままに使用している。開発発展なんてのはその基礎を押さえない事には話しが進まないのだ。包丁で野菜が切れるからといって料理が全て作れるようになるわけではないのだ。
そしてここに魔法という繋がりを持った、俺と新しい魔法の未来を模索する、『新開発同盟』が結成されたのだった。
人によっての解釈の違いから生まれる齟齬ってのは、時に恐ろしい結果を生み出す。