表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/48

第二話 非常識人

 仲間が増える事は良い事だ。一人でやれる事にはどうしても限界が有り、困難を乗りの超えようとするならば人数が多ければ多いほどその選択肢の数は増えていくだろう。信頼の置ける仲間が増えるのは本当に嬉しい限りなのだ。弓師としても猟師としてもその才能を発揮するジョイ。治癒としても藥師としても、そして性格の面でも癒しを与えるミミル。そしてマイヤ率いる愉快な仲間たちに至っては確実に俺よりも数段上の戦力を持ち合わせている。しかし――そうしかしなのだ。なぜ? なぜ俺の周りには――――――







 常識人がいないんだーーーーーー!!!







 ジョイはアホ。マイヤはダメ人。ミミルはそれなりなのだが知識欲とか探究心なんかが睡眠欲に圧迫されすぎて職場で使う以外の事には超無関心だ。フィリーもなかなかの知識量なのだが、やはり妖精のためかかなりの偏りがあるし、年代が食い違っている物も多い。トウカが一番マシではあるのだが、それでもつい先日まではストリートチルドレンをやっていたわけだからやはり乏しい部分は数多い。そして俺に至ってはアトラス歴二ヶ月ちょいの赤子同然の欠落っぷりである。

 紛いなりにもこの一団を率いてるのは俺なのだ。今のとこ弊害は出てもなんとかなってはいるものの、とんでもない厄害や損を叩き出す恐れなんてのはどこにでも転がっているもんだ。

 そこで頭を悩みに悩ませた結果。


「そうだ! 図書館に行こう!」


 『無いなら学べ、不可能なら作り出す』をモットーに掲げていた俺らしくやはり正確な情報を学んで、そこから常識を作り上げる事にした。元より図書館には色々な専門書が盛り沢山あると聞いていたので訪れるつもりはあったのでこれもある意味一石二鳥だろう。







 ちなみに家の改築はもうそのほとんどの作業をリッキーとロイに任せることになった。作業を手伝わしていた年長男組だったが、リッキーとロイはかなり手先が器用だったので釘打ちや鋸での切断作業などを学ばせながら進めていた。流石子供だけあって飲み込みが早く、しかも一から何かを作り出すこの作業が楽しくてたまらない様子。そんな輝く眼差しを見ていた俺がポロッと―――


「お前らは職人に向いてるかもな~俺の弟子にでもなってみるか?」


 なんて事を冗談半分ぐらいの気軽さで言ってみたら。


「「なる!!!」」


 と即答しながら詰め寄られた。どうやら二人共そうなりたかったらしいが、俺に遠慮して言い出せなかったようだ。家族なんだから遠慮なんてしなくていいのにな。もうちょっと俺にも配慮が必要だなと反省させられた一事でもあった。

 もう一人の年長さん、トマスは職人にはかなり向いていなかった。不器用というほどではないが細かい作業が精神的に苦手なようで、作業の手伝いはほとんど運搬係に従事していた。しかも健康状態を取り戻してからというもの、体を動かすことが楽しくて仕方ないらしく、最初は二人がかりで持ち上げていた角材も今ではなんと三本も右肩に乗せて運べるようになっている。効率が上がって空いた時間は筋トレに費やす始末で、まさに脳筋まっしぐらである。最近はジョイに懐いているようなので、将来は冒険者なんかになるんじゃないだろうか?

 なので二階部分の改築工事は指示だけを朝に出して、リッキーとロイに作業の方は全て任せる事にしたのだ。すでに壁の作り方は熱心に俺の講釈を聞いた結果ほぼ完璧に覚えているためそこまでの問題はないと思うし、問題が起こったところはそのままにしておいて後で俺と一緒にやるようにしてもらった。

 師匠として最初に教えた事は『失敗や無知が駄目なんじゃない。反省と探究心を無くさないことが重要なんだ』というどこかで聞いた名言をくっつけたような発言だが、重要なのは間違いない。

 さらに今の家にはマイアが滞在してくれているので防犯面では心配が無くなったので俺が自由に外へと出かけられる時間が格段に増えたていた。







 そういえば改築が一段落したので報告しておくことがあった。実は一階部分を作り直していた時の事だ。おそらく物置として使用されていたのであろう石の壁で作られた部屋が一番奥側にあったのだが、そこを整理していた時に見つけた物、いや場所があった。

 確か七万ディクスくらいで購入した土地と廃屋だったのだが、おそらく不動産屋はその部屋を知らなかったんだろうな。初めて隠し工房(・・・・)を見つけた時はそりょ笑いがとまりませんでしたよ。三十×二十メートルくらいの馬鹿でかい部屋に簡易溶鉱炉や制作道具一式。密閉されていたためかほとんどそのまま使えるものがかなりあった。空気口も開閉式の仕掛けが施されていて個人としては一流工房並の施設が隠れていたのだ。正直俺の計算でも値段に換算すれば三十万ディクスでも安いといえる施設だろう。不動産の人にはご愁傷さまと言っておきたいが、これは最高にラッキーだ。

 だが同時にこの屋敷であったであろう家の元持ち主にも興味が湧いても来た。なんでも六十年前ほどにこの一帯で疫病が流行り、かなりの人が亡くなったとか。それに伴い、主要施設が次々と移転していき。この辺りはあっというまにゴーストタウンと化したようだ。ここの元主人もその時に亡くなったらしいのだが、相続者もいなかったらしいし、このだだっ広い屋敷に一人住まいで謎の隠し工房持ち……。一度経歴を調べてみるのも面白い事がわかるかもしれないな。

 そのおかげで俺の職人としての活動の目処は一応は立ってはいる。まだ準備金なんかを用意する必要があるので活動はまだもう少し先の話になるのだろうけどね。











 さてやって参りましたブロニアス王立図書館。その書籍の保有量は世界でも三本の指に入るほどだと言われている、建国から続く由緒正しき図書館だ。その納書数は100万を超えている充実っぷりで国民ならレンタルも可能だ。さらには希少な重要書物専用の部屋があり、こちらは持ち出し不可だがその場で読むことなら可能だ。一定のランクになったギルド員でもお持ち帰りは可能なのだが今回はこの場で読むだけにする。持ち帰っても読む場所も開く場所もまだないからね。書室は作る予定だが完成はまだまだ先になりそうだ。

 今回はトウカやリッキーとかは連れてこなかった。子供たちはまだ文字を読む練習をしている最中なので図書館に来る意味が無いし、読書に熱中した俺は本当に周りのありとあらゆるものを無視してしまう。自分の名前を呼ばれたって反応すらしないらしい。友達と図書館に行ったはずなのに帰りは一人になっていることなんてざらだった。なので勝手に付いて来たフィリーを除けば今日は一人のお出かけだ。







 生産ギルドで最低ランクの俺が借りれるのか疑問に思った人もいるだろうから補足しておくが、実は少し前から最低ランクの銅を脱出して鉄へとランクアップを果たしているのだ。家の建築の過程で開発した『風呂』を生産ギルドの査定に回したのだ。簡易式の木造風呂を最初に見た時は大した反応を見せずに怪訝顔をしていたので。


「一度入ってみてください。それからご説明します」


 と言って入浴してもらう。予想通りちょっと気持ちよくなって出てきたギルド査定員にあらためて風呂には、美容、健康、さらにハーブを混ぜているので温泉まではいかないが殺菌と精神疲労の解消などの効能があると力説すると、初老に入っていたギルド員は目を輝かせながら「本当か!?」なんて疑っていたので。


「ご自身でお作りになってみて、一ヶ月も毎日入浴すればその効果を体感できますよ」


 正直口でしか説明の仕様がなかったので生産ギルド本部に行って図面を書いた解説書を制作して爺さんたちに配っておいた。そしてその査定は無事認定の判をホクホク顔の爺さんに押してもらうことが出来た。

 それがついこないだの話で俺が爺さんに渡した解説書を木造専門の職人さんと改良し、さらに分り易くして、さらに簡易式、家式、大型式の三種類を今生産ギルドからの提供として販売している。事情によりあまり有名にはなりたくないという旨を生産ギルドが理解してくれた上での処置だ。なんでも人嫌いの職人は結構多いらしいので、代行販売はごくあたり前の話のようだった。大変ありがたい。

 驚いた事に技術書と呼ばれるこの解説書はかなりの高額の商品らしい。適正価格の分からなかった俺は共同開発した木工職人さんに相談してみたところ。


「安くして三万、高くするんなら七万ディクスでも売れると思うぞこいつは」


 情報の保存が本に限られたこの世界ではそんなもんなんだろうか。







 図書館に入った俺はその風景に圧倒されたのだ。正面の吹き抜けから覗くその光景は立体的に入り組んだ本の迷宮だった。この世界に紙は存在するのだがまだまだその制度は地球の現代技術に及ばないため一枚一枚の紙が厚いのだ。現代では十分の一ミリなんて厚みの紙はザラにあったが、この世界での基準は高くて二分の一ミリといったところだ。つまり同じ内容の本であってもその本の厚さは五倍になってしまう計算だ。それが大体二千万冊あるということは日本の基準で言えば四百万冊の所有スペースが必要となるのだ。


「図書館で迷いそうだな……てかどうやって目的の本を探したりするんだろうか?」


 既にフィリーはその内装を気に入ったのか嬉しそうに館内を飛び回っている。正直探しているだけで一日が終了してしまいかねない広さと量なのだ。多いことは嬉しいのだが……これは流石に腰が引けるな~。











 本の探し方なるガイドブックを片手に図書館を歩き回る日々が十日を過ぎようとしていた。といっても間に改築の手伝いや冒険者ギルドの依頼の同行、さらにトウカとのデートを挟んでいたので実質は五日程度になるのだが。え? デートの報告はいらなかったって? ハッハッハ自慢したかったから態々言ったにきまってるじゃないですか。


「今日もご苦労様です」


 なんて係員さんに挨拶されるほどに一日中読書に没頭していた。地球時代にも本を読んで技術を学ぶ機会は多かったので速く読んで時間短縮するための速読技術は習得済みだったので、俺が本を読んでいる時の机には何十冊もの本が積み上げられていた。地球での学生生活でもたまにこの状態になっていた事があったが、それを見た友人には「図書館でこんなに静かに目立つ奴がいるとは」なんて呆れられた事があった。


「……応用出来る所も多々あるが……やっぱ知らない技術もかなり多いな~。ふむふむなるほどこれはあれに応用が効くんじゃ……。これは……わからんな~」


 常識を備えるために来たのに何技術書読んでんだよ! ってツッコミが聞こえますが、もちろん平行して一般的な物語とか家庭的な本も読んでいますよ? 割合九対一くらいだけどね! おおおおお、俺の知識欲が溢れ出すーーーー! って感じな暴走邪気眼みたいな感じですから止めようなんてないですよ。

 その日は魔法の基礎を解説した書をいくつかと、魔法を発動するのが楽になったり、その威力を強化したりする魔法具の解説書を読み漁っていた。魔法具はそれそのものに魔法を宿すなんてものもあるらしく、あのハニワゴーレムもその類の物のようだ。







 さてさてかなり知りたい情報も得られてし、常識の初級者くらいにはなれた……と思う。今後も週一くらいで通うつもりだが、連日通うのは今日までにしておこうと思いつつ読んでいた本を元の棚に戻していく。

 ここで手に入れた知識をこれから作り出す制作物へとどのように活用していこうかという期待に胸に膨らませて思考を張り巡らせていた。その顔の緩みっぷりはフィリーさんに。


「キドーの顔が溶けてる!?」


 なんて驚きを与えた程だったようだ。

 緩みきった体たらくで最後の本を返したそばには、持ち出し禁止の本が保管されている特別室があった。警備兵が常に数名見張りについている厳重っぷりだ。夕方に差し掛かる時間になったのでそこから退出していく人が何人か目に付いた。


「うわっ!? すげぇ魔女がいる!」


 魔法を使う女性ならそりゃ魔女だろ? なんて思うだろうが、頭にはとんがり帽を被り手には曲がりくねった木の杖を持ち、体を紫色のローブに包まれた女性を見たら口にでちゃっても無理もないでしょう、魔女って。もうこれ以上無いってくらいに魔女だもんね。惜しいことに黒猫を連れているか、カラスなんかが肩に止まっていれば満点を差し上げたんだが……。

 なんてくだらない事この上ない思考で遊んでいる目線の先にふと気になる物があった。


「あれは? なにかの有名な本なのかな?」


 なぜかそれは棚に入ってはおらず、変わりに厚いガラスに覆われた真ん中に一つだけ飾られていた。


「なにかの原本とか歴史書だったりするのかな~でもなんでこんな所に?」


 本だけ飾って置いとくなんて聞いた事ないな。多分予想した物の複製品ではあるだろうが態々展示するほどの物なのだろうか?


「え~っとタイトルは……アルデールの書か」


 超有名な人の日記かなにかだろうか? 俺の読んだ本には書いてはいなかったな。そんな感想でなんとなく眺めていた俺の体を不意に誰かが肩を鷲掴みにして体の向きを力尽くで変えてしまった。


「あんた今なんて言った?」


 そこにいたのは、さっき保管室から出てきた魔女のお姉さんだった。なんだろう、言葉に表せないような表情をしていらっしゃる。あえて言うならギリギリなバランスで組み上がった積み木を見ている気分にさせられる表情だ。


「えっと……アルデールの書って言いましたけ…………ど?」


 そんなのも知らないのバッカじゃなーい。なんて罵倒されるんだろうか? それとも魔法使いの人には恐れ多い書で気安く読んではいけなかったり?


「そうなんだ………………フフ…………ウフフフフフフフ」


 表情筋をピクピク動かしつつ、徐々に怪しい笑顔へとシフトしていくお姉さん。ああ、超怖いんですけどこの人。正直逃げ出したくて仕方ないが、しかし俺の肩を掴んだ手の力は最初以上に強くなってすでに肉まで掴んでいる始末だ。逃げると何だか呪いなんてかけられるかもしれないし……。

 なんて思っているとやっと人らしい顔になった魔女さんが俺と目を合わせる。


「あなたアレが、神の言葉が読めるのね!?」


 俺はこの日アトレア世界に来て最大の失敗をしてしまい、そして思い知ったのだ。







 この世界の神様はさじ加減がすっごく下手糞だということを。

 常識があると自負しているけど非常識行動まっしぐらの作者。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ