第五話 外伝 トウカの驚愕
ご飯が三食毎回食べられて、綺麗な服を着て、温かい毛布に包まって眠れる。今までからは考えられいような生活を私達は送れるようになりました。いまだに信じられないこの光景を作り出してくれたのは、その存在感が凄すぎて信じられないキドーという男の人です。
そもそも私とキドーさんの初めての出会いだって人に言っても信じては貰えないようなものでしたし。
あの時、私は何もかもが終わってしまうんだなって思ってました。分厚くて私じゃとても壊せない大きな壁に囲まれて、これからの人生を過ごすんだなって。でも空から現れたキドーさんはあっという間にその壁をなんと拳で叩き割ってしまったんです。驚きましたよ、驚きますよ普通。ゲイロス一味は警備隊でも迂闊に手を出せないほどの実力を持っていると聞いていたのに、それをたった一人で圧倒してしまったんですから。私はその戦う姿を見て、火と武の神バーダグノミス様の使いなのではないのかと思いましたもの。
そして私達全員を見事救出して下さいました。心配だから一緒にいてくださると言ってくれるこの御方は、本当に優しい方なんだと心から思いました。
そんな中で周りが騒がしくなり、夜が明けだすと、ずっと座っていたキドーさんは静かに立ち上がりました。私はもしかしたらここでお別れになるんじゃないか、もう会えないんじゃないかって思い、勇気を振り絞ってお礼を言いに駆け寄りました。
「あ、あのありがとうございました。本当にあなたは命の……いえ心の恩人です」
「いや……勝手にやったことだ気に――――――」
そんな私の言葉を聞いたキドーさんは目を見開いてしばらく固まってしまわれました。なにか気に障るような事をしてしまったんでは無いかと思い、私もそのまま見つめたままで立ち止まっていました。すると顔を隠していたマスクを外して私に問いかけてきた。なぜだろう、光に照らされて明るみに出た顔は、始めて目にした時からイメージしていたそのものの、お顔だった。
「俺はキドーと言います。改めてあなたのお名前を聞いてもいいだろうか?」
「えっ? あっはい! 私はトウカといいます」
正体不明、ここまで名前も明かさなかった人が、突然私に名前を教えてくれて、なぜか私の名前を尋ねてらっしゃっいました。本当に私はこの時焦ってしまって、ちゃんと喋れていたんでしょか。
するとキドーさんは私の目の前まで近づき、その膝を付いて私に手を指し伸ばしてこられました。これはもしかして物語なんかで聞いたことがあるような……。いやそんなはずはない、私なんかに―――。
「いきなりですまないと思う。でももう俺には止められないんだ。――――――どうか俺の愛を、君に送らせてもらえないだろうか?」
そう心の中で否定したのに、あっという間にそれを覆されてしまった。
「…………………………………え? え? へぇ!?」
そのあまりの唐突さ、予想外の出来事に思考も体も完全に停止してしまいましたよ。もしかしたら鼓動さえも止まっていたかもしれません。無理もないじゃないですか、だって私はストリートチルドレンで、こんな貧相な体をしていて、顔にだって大きな傷を負ってる女なんですよ? そんな私にこんな凄い方が、あ、あ、愛のここ、告白をするなんてっ……。思い出すだけでも顔が赤くなってしまいます。
でもその真剣なキドーさんの雰囲気はその言葉が心の底からの真実なんだと物語っていました。
私は嬉しくって嬉しくって、心に花咲いたように嬉しかった。でもちょっと「ずるい」とも思いました。だってきっと私のほうが先だったから。空から現れて救いの手を差し伸べてくれた彼と、初めて目を合した時から私の心は彼に向かっていたから……。
「……はい」
喜んで心からその愛を頂きます。その代り、私の全てをあなたに送りたいと願います。
初めての驚きの出逢いからも、キドーさんは私の心に大きな大きな驚きを送り続けました。
まず、次の日にはあそこから逃げ出したリッキーを連れて来てくれて、しかも私達が住んでいた場所を購入してしまったなんて言って―――。
「俺もここに住もうと思ってね」
なんて言い出すんですもの。あまりの驚きにきっと頭が麻痺していたんでしょう、今考えるととっても失礼ですけどその訳を聞いてしまいました。
そしたら―――。
「……俺は君が大切にしているものも大切にしたいと思ったんだ。理由はそれで十分だ」
私の為とおっしゃいましたよこの方! あまりにストレートでわかり易い理由に私はしばらく耳まで真っ赤にして俯いて固まってしまいました。
その後も驚きの連続でした。全員分のご飯を魔法を駆使して作ってくれたり、全員分の衣服を買ってくれたり、なんと家は自分で作り上げるなんてもおっしゃいましたし。この人の凄さがどこまでいくのか測ることを、諦めそうになりましたよ。
でも衣服に喜ぶ子供たちを二人で見守っていた時、静かに私の手を握って来られました。ちょっとビックリして見たキドーさんは、見るからに緊張して、額に汗まで浮かべていました。
ここまでの凄さを見せたキドーさんの初心さというか、純情さを見て私はなんだか「かわいいな」なんて思ってしまいました。
「……フフ」
でもそれが、私に向けられてるって思うと嬉しくって、自然と顔が綻んでしまいました。
それからも驚きを絶やすことなくキドーさんとの日々は続きました。あまりにも驚かしてくれるものだから。
「キドーさんってまるで体中がビックリ箱みたいですね!」
って言ってみたらなんだか少し悩んでいたようでした。……これだけ色んな事をしてきたのに自覚が無かったようですね。鋭いのか鈍いのか、ほんと面白い人です。
そんなある日、冒険者ギルドに案内を頼まれて、キドーさんと二人で行くことになりました。二人っきりでどこかに出かける時は手を、繋いで歩くのが最近の決まりみたいになっていたので、勿論この日も手を繋いでゆっくりと歩いていました。家から冒険者ギルドまでは徒歩で一時間以上かかるので、もちろん市内の大通りを回る大型馬車を利用しましたけどね。
そして人気の少ない通りを歩いている時、ふとある事を思い付いたんです。いつもいつも、驚かされてばかりのキドーさんを、いつか驚かせてみたいと思っていた私は、今までしたことのない恋人っぽい話題を振ってみたんです。
「キドーさんって私のどこが良かったんですか?」
初心なキドーさんなら、こういう質問は苦手なんじゃないかな~って思ってみたんですけど。苦手だけど嫌いじゃないはずですし。
「どこがって……全部だけど?」
素面で返された!? たまにこういう事をさらっと言う人だから、私も気が抜けませんよ。
「でも、私って孤児でしたし、あの時初めてお会いしたばかりでしたし、それに……私の顔には大きな傷がありますし…………」
この時、ちょっと焦ってしまっていたんでしょう。いままで疑問に思っても、心にしまっていたことが漏れ出してしまいました。
「孤児である事は好きになれない理由にはならないし、なにより…………一目惚れ……だったしね」
私も一目惚れでしたけどね。恥ずかしくて言いませんけど。
「それにその傷の経緯はユーリから聞いたよ?」
いつもは一言二言しか喋らないユーリですが、二人っきりになると凄くしゃべりだす上に、すっごく口が軽くなるんです。キドーさんにも慣れてくれたのか、お喋りするのはいいんですが、彼女とは仲間を集めだした時からのなかなか長い付き合いですから、どんな事を喋ってしまっているのか気になる所です。
「それはトウカの……そのなんだ……美しさに何の陰りも見せないし。むしろトウカだっていう魅力が際立つよ」
驚かさないまでも動揺してもらうくらいのつもりで質問したのに、逆に私が驚かされてしまいました。
私が子供たちを守ると決めた時。私の持てる全てを投げうってでも、守って見せると決意しました。それは自分の幸せだったり、将来だったり、女としての自分だったり、そしてこの顔の傷もそれの為の一つでした。
手を差し伸べてくれるだけではなく、今まで捨ててきたモノをキドーさんは、簡単に拾い集めてきてくれるんです。ああなんて、なんて愛おしい人だろうか。
その嬉しさの余り、私は唐突にキドーさんの腕を抱きしめるように腕を組んでみたのです。
「ト、トウカさん!? どどどど、どうしましたか!?」
どうやら急な事に驚いてくれているようです。質問作戦は失敗だったようですが、結果としては作戦成功のようです。驚きのあまりに口調まで変わってしまっていますからね。今度からこういうふうな物理的アタックを心がけてみましょうか。
「フフフ、なんとなくこうやっていたい気分なんです」
ガチガチに固まった体を、何とか動かしているキドーさんは、とってもおかしかったですね。頑張った甲斐があったというものです。そして私はその腕の力強さと暖かさからとてもとても幸せな気分を堪能させて頂きました。
でもなんだかチラチラと視線をこちらに、というよりどこか一点を気にして見ているような?
「あっ」
しまった! この形で腕に抱きついたら、胸を押し付けるような形に!! かなり時間が経ってから気付いた私はあまりの恥ずかしさに全身真っ赤になってしまったのですが、自分から仕掛けてしまったので、離すに離せず二人共無言のままで歩くことになってしまいました。
長い沈黙であたふたした二人だったんですが、偶然にも視線が一瞬重なって見つめ合う形になってしまいました。頭が真っ白になっていた私は、視線を逸らす事も出来ずに―――。っという最高に甘い雰囲気であった私達二人の真横を、かなりの勢いで馬車が通り過ぎていき、その空気を壊されてしまいました。
おしいっ!
何が惜しかったのかは、ご想像にお任せしますが、その後改めて腕に抱きつくことは出来ずにまた手を繋いで歩くことになりました。
よくあそこまで男性に対して恐怖を抱いていた私がここまで変われたなと自分ながらに思いますね。これもキドーさんのせいに間違いありませんけど。
そんな幸せ気分で冒険者ギルドに行くと、そこで私の知る友人に再会することになったんです。
ジョイとミミル。子供たちを守ろうと決心したころに、男性に襲われそうになっていた所を助けて貰ったことがあったんです。その時に話してくれた彼等の話から思い付いて、みんなを集めることになった始まりの人達であり、私の友達。
ジョイとミミルは私の滞在していた北西区とは逆の場所にある、南東区にあるスラムを拠点にしていたストリートチルドレンだったそうです。でも偶然にも光の神殿の神官に、ミミルの才能を認められ、そこで勉強しながら働くことになった。その賃金で年下の子供たちとジョイを養っていけるように、なったらしい。もちろんジョイも負けじと、働き口を安い賃金なりにも見つけ出して、必死に働いているそうだ。そのうちお金が貯まったら冒険者になりたい、なんて夢も持っている立派な男の子だ。
その二人を冒険者ギルドで見た時は夢が叶ったんだと思えて嬉しくて、でも同時に少しだけの罪悪感も感じていた。
彼等が私達同様苦労してきた、ストリートチルドレンなのはわかっていた。願うことならキドーさんの救いの手が、ジョイとミミルにも差し伸べられたらどれだけ良い事だろうかと思った事は何度もあった。彼等もまた、私の仲間であったから。
でもそれは出来ない。私達にこれだけの事をしてくれているキドーさんに、我侭に等しいお願いをするなんて事はとてもじゃないけどできっこなかった。
だからせめてもと思ってジョイ達が揉めている所だけでもと思ったのに……。
なぜかジョイとミミルが一緒に住む事にトントン拍子に話が決まってしまっていた。
もしかして心を読まれてしまったんじゃ無いだろうか、と疑ってしまったけど、理由を聞くと確かにお互いにとっていいお話になり、キドーさんにもメリットがあるみたいだった。
その時なんだか笑顔で確信してしまったの。きっと私がキドーさんに驚かされない日々は、こんなに嬉しい気持ちが途切れる日は、こないんだろうなって。
だいたい最初からここまで勢いに任せて二日で書いた。自分でもドン引きするほどの集中力でしたよ。