第三話 リフォームリフォーム
三十五人家族になって二日目も無事終了。なんだか人数を言葉にしてみるととんでもないが、それを養っていくと言い出したんだからなおさらびっくりだ。
そして朝飯を頂いた庭では元気を取り戻しだした子供が、フィリーと遊んでいた。初日の夜にフィリーにこいつらとは家族になったことを説明してからは、二日目の夜まで沈黙したままだったのだが、今日の朝になって。
「キドーの家族ならいいよね。許可します」
と言って急に子供たち全員がフィリーを認識できるようにして、朝食を食べる俺らの前で自己紹介を始めたのだ。神様関連のことはごまかしてくれたが、妖精が人に憑いてるなんてのはとんでもないことらしいので、その挨拶を見た俺は朝飯を吹き出しかけた。
しかし世間からある意味はずれた子供たちは「へー」とか「すごーい」なんて感想で終わってしまった。そして子供の持つ適応能力を発揮して、朝飯が終わったそばから一緒に遊び出したのだ。
ブローナスに来てからは慌ただしくて俺と遊ぶ機会が少なくなっていたフィリーは、子供たちと同じくらい楽しそうにしていたので、俺としてもこれでいいかな。いやかなり良かったね。
食後の休憩を終えて俺は気合を入れて立ち上がった。せっかく買ったマイホームだ、このまま廃屋ではちょっとまずいしかなり嫌だ。今でも多少の雨なら防げそうだが、嵐なんかが来でもしたら崩れてしまいそうな勢いだ。
昨日は広い空間で全員でブランケットだけ被って雑魚寝した。起きた時におれを枕替わりにした奴が6人もいて大変だった。あれはあれで楽しいが、いつまでもこのままというわけにはいけない。
それにこんなボロ屋に住むというのも職人のプライド的な意味でもいただけない。
幸いな事に家は主な部分の柱や土台は、石造りになっていて朽ちた木の壁を取り替えれば充分住めそうなのだ。傾いた部分は流石に専門知識が要りそうだが応急処置だけなら俺でもできそうだ。
自分の家を自分で作るってのは男にとってはなんとも心躍る響きではないだろうか? 少なくとも俺はこの計画を立てた時から興奮で胸が高鳴りっぱなしだ。早速木材屋から資材を調達してマイホームを改造せねば!
木材と大工道具一式を荷車に買い込んで、二体のミスターハニエスに二台を引いてもらい、俺はトウカと手を繋いでのんびり歩いている。釈明しておくが、決して我慢できなくなってハニワを買ってしまったわけではない。これから家を作るという労働作業などの力仕事を予定しているのだが。今の栄養失調気味に衰弱している子供たちに、手伝ってもらうのはとてもじゃないが無理がある。かといってやっぱり人手は欲しいわけで、かといってあんまり関わる人を無闇に増やすのも、問題がありそうな気もするのでなるべくなら避けたい。わざわざこれだけの人数のストリートチルドレンを養おうとしている俺は、この世間では変人どころか狂人扱いだろうと予想されるからだ。十七歳の成年が、三四人もの人を養うとか言い出したら地球でだって頭おかしいんじゃないかと俺でも思う。やりたいと思っても出来ないのが普通なのだが、今の俺は普通とは程遠い存在になっているので、そこんとはまあいいだろう。
そこで単純労働力であり、絶対に情報が漏れない運搬担当のミスターハニエスと、家事担当のミセスハニーウェイトを二組購入した。買ってびっくりしたが、なんと同型でもそれぞれデザインに若干の違いがある。店員さん曰く開発者の趣味らしい。作品に対しての愛を感じるぜ。
土というか頑丈な陶器っぽい材質で出来たこいつが、なんで動くのか分からない。分かっているのはこいつの燃料は魔力ってことだ。大体一般の成人が持つ魔力一日分で、半日ほど動くそうだ。魔法は下手だが、魔力の量だけは無駄に多い俺には、四体同時に一日中動かすくらいの魔力を与えても何の問題もない。いつかこいつらの構造とかを学んで、自分なりのゴーレムを作ってみたいものだな。
「リッキー! トマス! ロイ! 手伝ってくれ~」
子供たちの中の男年長組だけは手伝ってもらう。彼等はすでにかなり血色が良くなっている。もちろん俺の作った飯で回復してはいるが、二日で六食、いや今日の朝飯を合わせて七食程度で、直ぐに長年の不摂生な体が回復するわけはない。実はスープやらシチューなどの水物には、栄養剤でもある疲労回復剤を混ぜてあるのだ。枯れたスポンジのようになってしまっていた子供たちも一週間服用を続ければ健康児までは、全員いけないかもしれないが、力を取り戻すくらいはできるはずだ。
ちなみにこの三人は二日目の朝には既に走り回るほど元気になっていた。いやー若いね!
「はーい」
「おうよ!」
「ちょっとまって~」
手伝うといっても近くに置いた道具屋釘を取ってもらうだけなんだが、将来を考えて作業を見てもらうのは、彼等の為になるんじゃないかと思っての判断だ。いずれは元気になった人から順次、手伝いを増やすつもりだ。
さてまずはみんなの寝床からだな。その次は風呂、そう風呂だ! この世界には湯浴み場は合ってもどうやら風呂という文化そのものがないらしい。うかつに地球での文化や知識の持ち込みは目立つという危険が伴うとは思うが、自分の家で使う分にとりあえずはいいだろう。危険なことになるとは思えないし、もしもバレたらジーニーさんに薬草の時みたいに売り込んでみよう。
施工開始から一週間経過。なんとか寝床の床と壁、そして天井の修復を完了した。なんとも早く終わったが、そもそも建築構造の知識は少しあったので、ちょっとアレンジして直ぐに出来た。ただそれでも一ヶ月は掛ると俺も思ってたんだが、なんとミスターハニエスの説明書きに、釘打ちやノコギリでの切断作業可能という文字を発見した。場所さえ指定すればハニエス二体が次々にやっていってくれるので、作業効率が段違いにアップした。しかも見た目からは想像できないくらいに器用さがあって、俺より釘打ちがうまかった。お礼に一体にはハチマキを巻いてハッピを着せてあげて、もう一体には付け髭をプレゼントした。
そして建築をする上でこの世界には、すごく便利なものがあったのだ。それは隙間などを埋める粘土なのだが、これがアスファルト程ではないが、固まるとかなりの硬さをほこり、しかも通気性、保温性、耐久性にも優れている品で、木の板と板の間に挟んで乾かせば、直ぐに壁が完成出来たのだ。最近の開発されたもので、値段もさほど高くなく、今の建築物にはほとんど全てに使われているようだ。
更に強度を上げるための俺的工夫も施した。生産ギルドを通して幅一センチほどの長い鉄の棒を発注して、その粘土を埋め込む場所に部屋の四角い形に対して斜めに固定して配置した。現代建築によくある補強の構造ではあるが、この時代としては抜群の頑丈さを手に入れただろう。全面石か、鉄のほうが頑丈ではあるだろうが、金がかかりすぎるので知恵を絞ったわけなんだが。
さらに一ヶ月経過。ここまでやればかなり手馴れてきたので作業スピードはかなりアップ。子供たちも殆どの子が手伝えるまでに元気になっていたので尚更だ。
出来上がったのは一階の部屋が三つと一階の床、二階への階段と二階の床と屋根だった。いや~我ながらよくやってるんじゃないかと思うよ。最近余裕が出てきて装飾を付けたりしてるしね。
しかし問題だったのは風呂だ。床と壁は粘土を見つけた時点で決めた方法があるのでそれを試した。磨き石といって丸い石をただ磨いただけの石だが、それを更にガラスでコーティングして、なるべく平たく壁一面に粘土を使って組み合わせた。石のコーティングは武具を買った店の爺さんに全部頼んだ。
「ガラス加工は皿とか防具に使ったことはあるが、なんで唯の石にそこまでするんだ?」
という全力の疑問をぶつけられたが。
「趣味です」
とだけ返しておいた。
しかし資材ではこれが一番高かった。なんせ風呂場は家族の人数から考えてものすごく広い仕様になっていたため、石の総数は一万個に届いていたからだ。一個あたり加工料で3ディクス、さらに粘土が全部で一万ディクスかかったので合わせて四万ディクスもかかった。普通の部屋の三倍はかかった計算だ。たっけー、しかし後悔はしていない。
問題は湯船にあった。俺的こだわりで檜ではないがどうしても木造にしたかったのだ。しかし唯でさえ難しい木造の湯船を巨大に作ったため、何度やっても水漏れが出てしまったのだ。補強をしたら見栄えが悪くなるので何度も何度も作りなおした。正直これに、一ヶ月のうちの半分はかけていた。
これ以上俺には無理! ってとこまでやってみたが、チョロチョロと流れる程度だが少しだけ水漏れがあった。しかし現段階の俺の技量ではそこが限界と判断してハチマキが似合うミスターハニエス一号に頼ることにした。
「これが後にいう『溢れるのなら足せばいいじゃない作戦』である」
風呂の外側にタンクを設置、そこから溢れる量と同じだけの水を湯船に足していく作戦である。ハニエス一号君の役目は水を送るために延々と歯車を回し続ける重大な役割だ。なんともハニエス頼みの力技だが、これ意外おもいつきませんでしたよ。がんばれハニエス! 超がんばれ!
そんなこんなで風呂場は完成へとなんとか漕ぎ着けた。装飾などの一切ない簡素なもので、もちろん後でそのあたりは足して行く気満々なのだが、どうしても今は手も金も足りないので今回はパス。
風呂に初めて入った時のことだ。完成を喜ぶ俺と子供たちはその日に早速入浴することになったが、初めて俺は家族の一員になってワガママを申しました。
「一番風呂に入りたいです」
俺が俺が状態の子供たちに先んじて一人湯船に入るのは多大な罪悪感があったのだが、風呂はおれの待望でもあったのでそこは譲れなかった。
子供たちの視線に後ろ髪を引かれながら脱衣所へと向かい、湯気に覆われた風呂場へと足を踏み入れた。まだ不完全ながらもそこはこの西洋っぽい異世界で唯一、純和風な空間だった。銭湯を意識したような、加工した石と固めた粘土でできた床。完全木製の大きな湯船に、木製の手桶と小さな椅子。
それでは背を流し、髪や顔を洗い、心を沈めていざ入浴!
「はぁ~~~~~~~~~~」
あまりの気持ちよさに腰が抜けてしまいそうになった。てかちょっと抜けてたと思う。心地よい湯の温もり、木の香りが俺の全身を溶かしていった。風呂を心の洗濯と例えたなんて聞いたことがあるが、ここまでそれを実感できたことは無かった。
涙が出た。こんなに風呂というのは気持ちいいものだったのか、癒されるものだったのか。まさに極楽だ。
オーバーだ! なんて思うのは無理もない。しかしここは、この場所は単純に風呂として作ったわけではなく、それとは別の俺にとって大きな意味を持ち合わせていた。風呂場の内装は純和風、つまりここだけが生まれ故郷の日本を思い起こせる場所。そんな意味を込めて作りこんだ。広さとしては家の風呂より大衆浴場のほうがしっくりくるが充分だ。
向こうの俺は死んだ。今ではこのアトレアの世界の住人であることは確かだ。でも日本人、木堂正志であったことを俺は忘れたくはない。むしろ誇りにして胸に秘めている。それを噛み締める場所でもあったのだ。だからこそ最初だけはここに一人で入りたかったのだ。日本の香りを感じたかった俺だったが、他に思い付いた味噌や醤油、緑茶に畳といったものは流石に再現不可能だった。だからせめてこれだけでもなんとか似せて作りたかったが予想以上の大成功だった。
じゃあ一番風呂じゃなくても良かったんじゃないかって? ハハハ、そこは単なる欲です。
ご満悦になりながら虚空を見つめ、その気持ち良さにだらしなくヨダレを垂らしそうになっていると、脱衣所が騒がしくなってきた。
「いっけね、もうそんなに時間たってたのか」
不満ブーブーだった子供たちを納得させるために、どれぐらいで風呂から出ると言って入浴に向かったのだが、どうやらその時間を過ぎてしまったようだ。
「おらーーいけーーーー!!!!」
「突撃突撃――――!!!!」
素っ裸の子供たちが風呂場へとなだれ込んでくる。
「おおお! なんだこれ!? なんだこれ!?」
「すっげーーーーー!!!」
目の輝かせようが半端ない。目から光線でも出るんじゃないだろうかという勢いだな。今まで楽しいなんて事を経験したことのなかったこの子達に、いろんな事を教えていくと、その分子供らしい元気さを取り戻していき、今では暴走してしまいがちになってきた。小学生ほどの年齢ならあたり前と言えばあたり前のことなんだけど。
「オラ! 走るなよ! 滑ってすっ転ぶぞ!」
俺は取り敢えず湯船から出て子供たちを統制する。脱衣所から服を来た優男のロイがひょっこり顔を出していた。
「スイマセン……僕じゃもう抑えるの限界で……」
「いいよいいよ、時間を守れなかったのは俺なわけだしね」
「じゃあお願いしますね」
ロイは脱衣所から退場していく。なぜ一緒に入らないかと申しますと、ここにいる子供たちはもちろん全員では無い。十五×十五メートルと無駄にだだっ広く作った風呂場だが、流石に35名全員が同時に入ることはできない。せいぜい入れて多くて十人ちょっとといったところだ。なので厳正なクジを引き組み分けを行い年長者を誰か付けて入るという形になった。
我が大家族の男女構成は男二十四、女十一人の割合になっている。今回は男八人づつと女性組に別れてみた。まだ湯が入っていない状態の時に、年長者組には風呂の説明はしておいたが、なにぶん入るのも見るのも初めてのことなので、俺の受け持つ第一組が入り終わっても脱衣所で待機しておくつもりだ。
女性組の時まで脱衣所にいるのかって? 居れるか恥ずかしい! 流石に廊下で待つよ! えっ? 覗き穴は勿論作ったんだろうなだって? 覗き? トウカの入浴シーンを………………ヒッヒーローがそんな事出来るかぁ! べっ別に一瞬迷ったわけじゃなからな!
騒がしく元気にはしゃげるようになった子供たちに苦労はさせられてはいるが、何とも幸せを感じる毎日が続いていた。でも何もかもが順調に進むわけがないのが世の常。
俺の足元には決定的で致命的な大きな問題が差し迫って来ていたのだった………………。
そろそろ金が無い。
風呂は日本の心です、なんて言葉を噛み締める時がたまにあります。