第十話外伝 オデットの呟き
私はブロニアス騎士団が一つ紅玉の騎士団副団長オデット・ポレヴァンヌ。若くして栄えある騎士団の重役に任命されている。普通ならありえないことなのだが、貴族が幅を利かせるこの国においても、それらを優遇する気が欠片もない事でも有名な、我が騎士団。力が無くてなにが出来るとのたまう団長を筆頭にした、前団長から受け継がれた、根っからの実力主義の団であったおかげで、私のような若輩がこんな地位にいていられる。だがそんな独断的思考で騎士団を動かすならば、周りから疎まれて、妨害や嫌がらせの嵐にあい、場合によっては人事すら上からの命令に従わされる事になりかねない。しかし我が騎士団の団長を動かせる者は、この国には国王様以外でも数名ほどしか存在せず、国王様も団長に全幅の信頼を置いているためにその自由奔放な意思は例外として扱 われている。
どうやら戦の才能があった私は、その団長に師事されたお陰でここまで駆け上がる事ができた。その役職における責任を果たすために、私は警備隊の戦闘指導を連日行っていた。はっきり言って我が騎士団に比べればこの北西区の警備兵は素人同然で、まるで教え甲斐がない。おかげでやる気がそこまで湧かなかった指導ではあったが、それも明日で終了する。そんな事を思いながら警備隊の宿舎で就寝していると、外がざわめく音で目が覚める。
「何事ですか?」
素早く身を整えて、下で装備を着込んでいる警備隊の一員に声をかける。寝起きだから少し機嫌が悪かったのだろう、若干ではあるが威圧するような態度な私に隊員は萎縮しながら答えだした。
「突発的な大捕物が始まるらしいので、北西区の警備隊は全員出動とのことです」
全員出動しなければならない大捕物とは初めて聞くな。東西南北に伸びた道で分けられた区画の一つである北西区に配備された警備部隊はおよそ五百名。見回りなどの抜けれない者達を差し引いても全員となれば四百弱ほどの大規模だ…………面白い。この連日の訓練には飽き飽きしていたところだし、指導の成果を確認するにも丁度良い。私達も見学と洒落こませてもらおうか。
問題の場所は大捕物が行われる修羅場というよりも、まるで野戦病棟の様だった。警備隊が通報されて急いで人数を集めて踏み込んだ時には、すでに悪党一味はほとんどが瀕死の状態で転がっていたらしい。今は応急処置のために兵とかき集められた治癒師が奮闘中であった。
私達騎士団は、基本的に国防と大規模な魔獣討伐などが主な任務で、街の治安については警備隊に一任していた。おかげで治安や犯罪に関しての情報などはあまり知る所ではなく、側にいた警備隊の隊長格をひっ捕まえて状況報告と事情説明にあたらせる。
「……不可解過ぎる事が多い話だな」
「はい……まさかこの人数を誇るゲイロス一味が一夜のうちに壊滅するとは……」
「そんなレベルではないがな……」
殲滅された云々の話しどころか、このゲイロス一味に関わる資料そのものが不可解な部分だらけだったが、その場では呟くだけに留めておいた。まずはこの惨状を誰が起こしたかを探るのが先だ。
中へと入り、最も被害が多かった中央広場へと踏み入る。元神殿を悪党どもが根城にするとは度し難い話である。だからこその天罰が下ったのかもしれないが。
「意識を取り戻した者からの話では、信じられない事に百名からの一味を壊滅させたのはたった一人の人物だったそうです」
なんでもその戦力の高さゆえに、この一味へは迂闊に手出しできなかったと、汚らしい言い訳していたが、戦力自体は本当に高いのであろう事は、倒れていた男たちの体つきを見れば分かる。しかし、この人数を相手取る事が出来る、いわば怪物呼ばわりされる類の人物は私が知るかぎりでもかなりいる。もちろん私自身もその内の一人だという自負はある。
「………………さらに信じられない話なんですが」
「言ってみろ」
「相手は素手だったそうです」
「魔法師なのか?」
「いえ、補助的に使ってはいたそうですがまさに拳で戦っていたようです」
訂正しよう。この人数の武器持つ相手に徒手空拳で魔法もほとんど使わずに圧倒することは私には無理だ。おまけに、これは予測ではあるが首謀者は手加減をしている。心臓が停止しており、何とか蘇生が間に合ってギリギリ助かった者もいたが、結局死人は出ていないのがいい証拠だ。皆殺しで良いのであれば魔法を使えば私にも殲滅は可能だが……。
とにかくこんな芸当が出来るものなど、国内には片手で数えるほどしかいない。私の師匠である団長の仕業か? とも一瞬脳裏をよぎった。天然かつ生粋の女好きの団長のお気に入りを酷い目にでもあわしたのなら考えられなくはない事だ……。実力としても、素手どころか裸であろうと三分もかからず仕留めるだろう。他の規格外の者達も同様に性格や行動原理が飛び出てしまっているので、気まぐれでこの状況を作ったというのは有り得なくは無い話だ。
だが―――。
「容疑者は探すな。そしてその容疑者の情報の一切を隊員に口止めしておけ」
「え!? いいのですか!?」
「こんな規格外をブロニアスの敵にするつもりかお前は?」
「い、いえ……」
心当たりのある者たちは、全てあらゆる方面の頭に超が付く重要人物達だ。悪党をのした事で彼等を法で裁こうものなら、どんな問題が発生するか考えるだけで頭が痛くなる。もしもうちの団長だった場合であれば国が割れかねない。そして警備隊から取って寄越したゲイロス一味に関する資料を見る限り、明らかに国の一部と結託していると思われ、確実にこちらに落ち度があるのは直ぐに明白になるだろう。後ほど私の部下を配置して洗い出しておくが、だからこそあまり表沙汰にはしたくはない。
重い気持ちを口から吐き出して下を見ると、なにやら手投げナイフが地面に突き刺さっている。その刃の先には紙が留められている。
「『悪よ闇を恐れよ 我はシャドーフィスト 悪の天敵なり』」
それを読んで私ははっとした。まったく思いもしていなかった可能性を思い付いてしまったからだ。この惨状を作り出した者が私、いやいまだ世に知られていない者だという可能性だ。
なぜなら私の知る者たちは気まぐれでこのような事態をしでかすことはあっても、確固たる意思に基づいた理由を持って、勧善懲悪を行うものなどいないかったからだ。もちろん断定などできはしない。この紙をその本人が書いた確証もないし、可能性は限りなく低いが規格外の者たちの誰かが心変わりして正義に目覚めたという場合もある。
だが私はなぜか期待、いや僅かな願望を抱いていた。
「シャドーフィスト……フッフッフいつか会ってみたいものだな」
期待を胸にして、その紙を私は胸へとしまい込む。謎の事件として処理させ有耶無耶にしてしまった事件であったが、一つだけゲイロス一味を壊滅させたのはシャドーフィストと名乗る者だという噂だけを街中に流してやったのは、好意の表れでもあり、ある意味挑戦状でもあった。