第八話外伝 トウカの覚悟と叫び
私はトウカ。11歳の頃、理由もわからずに親に捨てられてストリートチルドレンになった。絶望と理不尽への憎しみに苛まれて消えてしまいそうになった私ではあったのだけれど生存本能ってやつは思ったよりも強くて、気が付けばご飯を探して街を彷徨うストリートチルドレンの仲間入りを果たしていた。
最初の一年は本当に酷かった。私が女で乞食って知った悪人顔の男が私を狙って拐かそうとするなんて日常茶飯事で、ほんとうにことの寸前までいったことも結構あった。だけど幸か不幸か、結局私はなんとか変態どもの手から逃れる事に成功して生きていた。
ある雨の日、例によって私は男に襲われ命からがら逃げ出して下水の入り口で座り込んでいた。
「なんで……なんで私ばっかりこんな目に…………………」
夜には泣かない日の方が少なかった。そして憔悴しきった私は本当に心が折れてしまいそうになっていた。終わらない飢餓感、安寧のない暗闇、襲い来る欲望に汚れた手。一人の人間の心を砕いてしまうにはどれ一つとっても十分なものだと思うわ。
「寒いよ……誰か助けて……」
自らの命を断つ事を思考に浮かべ出した私が聞いた声は下水の奥から聞こえてきた。
まるで私自身の気持ちを代弁したその声の主を探すため私はヨロヨロと立ち上がって下水の奥へと進んでいった。そこで見たものは闇で覆ってしまった私の心を見事なまでに打ち砕いた。
私と同じストリートチルドレンだというのは人目で分かった。でもそこにいた彼女は私より遥かに年下、六歳ほどしかない少女だったのだ。なぜかさっきまで弱音を吐いていた自分がン情け無くて下唇を噛み締めていた。
ついさっきまでは私は世界で一番私が不幸で恵まれていないと思っていた。そして恨んでもいた。なぜ誰も助けてくれないの? なんで私はこうなってしまったの、と。だが今出会った少女は同じ環境に六歳の身で過ごしている。
それがどれだけ辛い事か、どれだけの恐怖に怯えて暮らしていたのかを私は想像することが出来なかった。だけど既に骨と皮だけのように痩せてしまった体がその壮絶さを私に物語っていた。私は普通であった頃の知識を使ってなんとか生き延びれている。だけどこの子は……。
「大丈夫、大丈夫よ」
別に何かを考えたわけじゃなかったけど、自然と体が動いていた。
「私があなたを守ってあげるから」
きっと私と似ていたから、暗闇の底に囚われた私たちには助けという光が必要だった事を知っていたから。
誰も助けてはくれない世界。絶望がどれだけ恐ろしいのかを知っている私だったから。
だから決めたんだ。私が助けようって。世界中の人が私を助けてくれなくっても私が誰かを助けようって。
それが私なりのささやかな世界への復讐だったのか、それとも希望だったのかは自分でもまだ分かってはいない。
私は街にいた子供達を集めることから始めた。一人が弱々しくても一つになれば少しはマシになるはずだ。それに私たちには誰かの助けが必要だったから。
歳の小さな子はすぐに合流しだしたけれど、大きな男の子達は反発する子が多かった。理由はその目を見れば直ぐに分かったしまった。信用できないのだ。騙し騙され、裏切ることでなんとか生きてきた子には「助け合おう」なんて言葉は一番信じれない言葉だったと思う。分かるわよ、私だってそうだったから。
だからこそ無理強いはせずに根気良く説得し続けたわ、話を信用してもらう前にまず私を信じてもらうために。私がどれだけ本気なのか知ってもらうために。
一年もかかっちゃったけど私はなんとか街中のストリートチルドレンを集めることができた。総数で34名の大所帯になったのは驚いたし、何より15歳になった私が最年長っぽいというのがすごく意外だった。
集めたのも私なら引っぱって行かなきゃならないのもどうやら私のようで。心に決めた決意はさらに強みを増していった。彼等彼女等を守る為には私が居なきゃいけない。信頼を預けてもらったんだ、最後まで責任をもたなきゃだよね。
だから私は人であったころの最後の嬉しかった思い出を消すことにしたんだ。
今だに私を狙う男は少なくなったけども居なくはない。そいつらから狙われなくなるために私はボサボサに伸びた髪を留めていた紐を解き、捨てられる前に父様にかわいいと褒めて貰った顔に傷を付けたのだ。家族になれた子達を守る為ならなんだって喜んで差し出すわよ。
その日から私を狙う男は居なくなった。
相変わらず苦しくてひもじい日々ではあったけどなんとか一人も欠ける事無く一年を過ごす事ができた。きっとこれは順調だと私は胸を撫で下ろしていた。でもそんな安堵は悪意によって叩き壊された。
突然スラム街のボスが私たち全員を売りさばくために攫ってしまったのだ。
そして今、私はボスの無情な条件を飲み込んで守り続けた貞操を引換にたった一人だけを救える契約を果たそうとしていた。5年ぶりに湯浴みをし、破れていない綺麗な服に袖を通す。本当ならば喜ぶべきことのはずなのに私の心は死んでしまったように動かなくなってしまった。
やっと……やっと小さいけれど幸せを感じれるようになっていたのに、笑顔で誰かに笑えるようになったのに、助けることが出来たと思ったのに。
男たちの集まる部屋へと私は足を踏み入れる。一番嫌いだった肉欲の目線を全身に浴びたがそれでも私の心は揺れもしなかった。
「へっへっへ、見ろ俺の目は確かだったろう? ほんともうちょい肉を付けて傷を隠せば超が付いてもいい上玉だぜこりゃ!」
私が守ってきたものを全て奪う男が自慢気に語る様を見て私は憎しみの目で睨んで見せた。死にかけた心が最後に選んだ心の形が憎しみだったのは残念だったけど。でも終わり。ここで終わり。決意で闇を切り裂いたつもりだったのに、私の心はまた絶望に沈んでしまう。次こそ耐えられないだろう。私の心は粉々に砕けてしまう。
でもっ―――。もう自分の意志で動かせないでいる体に一滴だけ残った心を注いで唇を動かす。
「タ……ス……ケ…………テ」
絶望に飲み込まれるその中で、それでも私は手を伸ばして天を仰いだ。
誰も助けてくれないと思っても願わざる負えなかった心の叫びを叶える者が天から舞い降り、最後まで諦めなかった彼女に奇跡を与えた。