「今後、お前はみだりに人を打ってはいかん」とかいう話
前回の何かの鬱屈がスパークした文章に少し反省したので、今回は軽くメモしていたさらっとした話を。
究極のベストパフォーマンスって案外どうでもいい瞬間に出るよね。
そんな話です。
「この秘術を学んだからには、今後は人を不用意に打ってはならない」
そんな、中二ゴコロをくすぐられる言葉をかけられたことはありませんか。
確か中国拳法漫画『拳児』でそんなシーンがあったような。
近い話ならば、筆者もある。
もちろん、もっと穏当な
「あ、そうそう、キミたち気をつけてね。
うっかり大変な事になることがあるから」
という緊張感のあまり感じられない言葉であったのだけれど。
武術をやっている人で、たまにうっかり大変なことになってしまうことがある。
「人体は水なんだよ」
「それで?」
「中国武術ではその水に波を起こしてダメージを与えるのだっ」
「あ、なんかのマンガで読んだことがあるわ」
「いやいや、本当なんだって。まあ俺はちょっと打ち方を教わっただけで、出来ないんだけど」
「……なんだ、できないんじゃん」
「あー、いやー、まあその、意念で実際に衝撃の焦点を意識してだな、まるで本当に水袋を揺らすように、こー手のひらを、」
(ポン!)
「うッ」
「え?」
「うううううううううう……、気持ち悪い」
「オイオイオイオイ、俺をからかうのはやめろよ。
そんなことあるわけねーだろ。
え? まじで?」
そんなことがありました。
後で平謝りをしましたが。
しかもその後しばらくして、もういっぺんだけと頼み込んで受けてもらったが、再現できなかったという。
聞いた事がないだろうか。
飲み会で大笑いしながら、何気なく隣の稽古仲間の肩を叩いたら骨にヒビが入っていたとか。
家の壁を足裏で蹴る鍛錬を始める前に、実際の当てる場所の確認で、かるーく当てるつもりで振り出したら、壁が足型に抜けて家族にものすごく怒られたとか。
稽古中、実力的に勝つことはほぼ不可能なレベルの人と組まされ、もー無理だわー、適当に流してひどい目にあわされないようにしよーっと、と何気なく拳を前に出したら、ちょっと入ってはいけない感じのタイミングと角度で打撃が当たってしまって大騒ぎになったとか。
というか、武道でもスポーツでも工芸でも、肉体を使う何かをやっている人でもないだろうか。
何の気なしに軽くシュートしたら、とても美しい軌道を描いて、リングにすら触れずにバスケットゴールのネットの輪に吸い込まれた、というようなことが。
しかも驚いてもう一度やろうとしても、同じようにきれいな入り方を全く再現できないというようなことが。
こういう意図せずベストな結果が出てしまうことが一刀流の「夢想剣」なんていうのものの範疇なのかもしれないが、完全など素人には起きなくて、少なくともいくらかは鍛錬や経験がある人に起きてしまうのだと考えている。
そして、だいたい本当に起きてほしいときには実現しない。
生死がかかっているというぐらいの究極のシチュエーションでは起こるのかもしれないが、成功した人間からしか証言が得られないので、確率が検証できん。
人間には意識的な鍛錬で得られるリラックスを超えた、ちょうどいい「抜け具合」、ほんの一瞬しか存在しない究極のリラックス状態みたいなのがあるんではないだろうか、というのはあくまで推測であるが、心当たりがある人間は結構いるんではないかと思っている。
自信がないのでおっかなびっくりやるとか、最初から成功させようとして強く意識して動くと逆に普通よりも駄目になるのは多くの人に経験のあることだろう。
最初の話題に戻るが、「みだりに人を打つな」という警告は、今後のお前の打撃の全てが危険、という緊急度ではなく、何かの拍子にすごいことが実現する可能性をはらむものが肉体にぶち込まれちゃったけど、それは本人の意識に関わらずうっかり発動するおそれがある、という交通事故みたいなものへの注意ではないだろうか。
人間という生き物は想像を超えた頑丈さと、想像をはるかに下回る脆弱さを同時に合わせ持っているため、この「うっかり究極打撃」が、運悪く相手の弱いところに入ってしまった時は取り返しのつかないことがあるよ、そういうことなのでは。
ある時、市場でロバを連れた商人と口論になり、怒りのあまり思わずロバをぶっ叩いたらロバがその一撃で昏倒して呼吸が止まってしまった。
双方青くなってこのロバを買えだのそれは高いだの交渉していたら、ロバがよろよろと立ち上がってきたので何とかその場は収まった。
という逸話はどこの高手の話だったろうか。
「鉄砂掌のおそるべき効果」という話で雑誌記事で読んだのだが、いや何かそれ以前にもっと色々と問題とすべき点があるだろ、とツッコんだ記憶がある。
いろいろあって八卦掌についてちょっと書こう、そんなことを考えていましたが、現在1500字ぐらいの時点で順調に行き詰っております。
そんなんばっかりですな。