八話「水遊びがしたい」
滞在三日目の朝。村人から家屋を借りられたので、早速、三人で住めるように掃除していると、七、八歳くらいの子どもの声がした。
「ねーねー、水出せるお姉ちゃん。いるー?」
「いるー?」
わざわざ会いにきてくれたので、掃除をする手を止めて顔を出す。中庭には、五人の少年、少女の姿があった。
「いるよ。どうしたの?」
「あのね、ぼくたち、水遊びしたいんだ」
「したいんだ!」
干上がりかけた川しかないので、水遊びしたくても遊べないのだという。川の中にいる子どもたちの真上から、水を降らせるだけなら朝飯前だ。けれど、懸念点はそこではない。
「お姉ちゃんとの約束を守れるなら、協力してあげてもいいよ」
「約束って?」
「雨の翌日は、絶対に川には近づかないこと。これを守れるならやってもいいよ」
私がいなくなってからも、子どもたちは川で遊ぶだろう。その最中に、水の事故が起こらないとも限らない。私がいれば助けてあげられても、この村にずっといられるわけではないので注意することにした。
「どうして?」
「川の水が一気に増えて、溺れやすくなるからだよ」
「そうなの? わかった!」
「忘れないでね。あと、川で遊ぶ前は、ちゃんとお父さんやお母さんの許可をもらうこと。約束できる?」
「はーい!」
行ってくるねと屋内にいる二人に声をかけてから、子どもたちに連れられ村を出た先にある小川へと向かった。干からびた小川に、子どもたちが並ぶ。
「じゃあ、今からやるよ。準備はいい?」
「いいよー!」
さっそく水魔法を使い、子どもたちの少し真上から水を降らせた。最初は軽めに調節して反応を見て、徐々に量を増やしてみる。子どもたちは、楽しそうに笑いながら、濡れることもかまわず両手を広げたり、口を開けて飲もうとしたり、中には頭を洗う仕草をする子もいた。
そんな和気藹々とした様子を眺めていると、こちらも嬉しくなってくる。引き受けてよかったな、という気持ちになれた。
そのまま三十分ほど付き合うと、満足したらしき少年に、今度は村にある広場で隠れ鬼がしたいと言われた。好奇心旺盛な子どもはそんなものだ。日々、気持ちは移ろいやすい。
一緒にやらないかと誘われたが、家の掃除が終わっていないことを思い出したので、広場の前で子どもたちと別れた。
帰ろうとしていたところ村人に呼び止められ、近隣の畑に水を撒いているうちにあっという間に正午になった。急いで家に戻ったが、当然ながら掃除はほぼ終わっていた。
「ただいま。二人とも、任せっきりでごめん」
「かまわない。エリスティアの分も俺が働いた」
「そっか。えらいね、ルシフェル」
八つ年下の子どもから褒められたというのに、誇らしげな表情をしているルシフェルを見ると、なんとなく胸が温かくなる。村に来る前は、そこまで人に感謝されることはなかったので、なんだか不思議な気分だ。
「お嬢様……私も褒めてください」
すぐ隣にいたエリーゼは、唇を尖らせて拗ねて見せたので、彼女には腰を曲げてもらい、頭を数回撫でた。
「うん。エリーゼもえらいえらい」
「ふふふ。お嬢様もお疲れさまです。さて、お昼にしましょうか」
「最後に寄った家で、鶏肉と卵をもらったからみんなで食べようか」
「それはいいですね!」
「俺の好物だ」
卵は茹でて殻を剥き、鶏肉は薄く切ったものを甘辛く味つけしてソテーにし、副菜としてソラマメとニンジンを炒めた。そこへライ麦パンを添えると、三十分足らずで昼食が完成した。
「食べましょうか」
「うん」
食卓についた途端、私の腹の虫が「グググゥ~」と盛大に鳴き出した。二人に笑われて、ちょっとだけ恥ずかしかった。
行く先々で差し入れを口にしているとはいえ、魔力を使うとどうしても腹が減ってしまうのは避けられない。腹持ちのする食品がないか探して、持ち歩いた方がいいかな。
「そうだ、お嬢様。裏手に住む奥方なんですけど、暑さでやられて乳牛のミルクの出が悪くなったから、水魔法で体を冷やしてやれないだろうかと相談にきていましたよ」
「わかった。腹ごしらえが済んだら寄ってみる」
「お願いします」
裏手の奥方には調理器具を借りたり、ミルクをもらったりなにかと助けられている。エリーゼの美味しい手料理で食欲を満たしたので、眠気に襲われる前に顔を出した。
徒歩数分の場所に構える立派な牛舎に案内され、大小様々な牛が約二十頭ひしめき合っていた。確かに暑そうだ。
乳牛の体を冷やすため、まとめて水浴びさせてやると「ンモォー!」とあちらこちらから響き渡った。ついでに水を飲ませて牛用の飲み水の樽を満たし、三十分ほど待ってから夫人が試しに牛の乳を搾ったところ、また出るようになった。これで一安心だ。
「相談してよかったよ。母牛の乳は、一日でも絞り忘れると病気になっちゃうんだ。これ、少ないけどお礼だよ」
「ありがとう」
瓶いっぱいに詰まった搾り立てのミルクを受け取った。ずっしりと重い。
「うちの数軒隣でも、牛を飼っているから声をかけてみるといいよ。きっと困っているはずだから」
「行ってみるよ」
ミルクを一旦家に置きに行き、同じように牛を飼っている村人のもとを訪ねて回った。牛の為に綺麗な水がほしいと頼まれ、樽を水で満たしたり、体を洗ってやりたいというので上から水を降らせて協力したり、今日も日が暮れるまで働いた。
ふと気になり、村の中央に設置された井戸を覗いたところ、水位がだいぶ下がっていたので精霊に任せた。残り二か所の井戸も満たした。
昨日よりも魔力を消費しているので、夕食は普段よりも多めにしてもらった。
藁を敷き詰めた上に毛布を敷いた簡易的な寝床に寝転がり、藁ぶきの天井をぼーっと眺める。
貴族や王族が扱える魔法は、《火・水・風・土》の四大精霊の他に、聖女や聖女に劣るものの一部の聖職者のみ扱える《光》と、魔女や邪悪なるものが得意とする《闇》がある。
一定の年齢になると神殿へと招集され、自分の魔力と愛称のいい属性を調べる義務がある。
私は水との相性が抜群だったので水を選んだが、オッペンハイム家の長男オーガストは風を得意としているし、弟たちは火と土だ。
魔力量が絶大ならば、複数の精霊と契約し、属性を併せ持つ強者もいる。
転生二回目の子爵令嬢ルミアンナは《風》で、五回目の伯爵令嬢ナタリアは《火》と言われ、八回目の男爵令嬢リーリエは《適正なし》だった。
たとえ貴族に生まれたとしても、適正がなければ精霊とは契約できない。一般人よりもただ魔力を持っているだけで、大して役に立たないものとして扱われてしまう。旅の道中などで魔力が枯渇した場合、備蓄として重宝されることはあっても、魔力を吸われて底をついてしまえば一般人以下のお荷物だ。戦場では見捨てられることもある。
だから男爵令嬢リーリエは、光属性の素質があった妹に、婚約者を奪われたのだと思っている。結婚して子孫を残すならば、精霊契約ができない魔力があるだけの女よりも、素質がある方がいい。しかも治癒に特化した《光》は希少だ。
リーリエの妹は、元婚約者と結婚して、子をもうけて、子孫を繁栄させて今も元気でいるに違いない。彼女たちに多少の情はあっても、興味はないけどね。
「お嬢様。眠れないんですか? それなら、ホットミルクでもご用意しましょうか?」
蝋燭の火を消さずに考え事をしていたからか、隣の寝床で休もうとしていたエリーゼに、心配そうな表情をしながら覗き込まれた。
「……いや、もう寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
明日も早くから、子どもたちが襲来する予感がしたので、火を消して目を閉じた。




