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呪い発動まであと数年。それなのに今生でも王太子は聖女に夢中……。ならば私は田舎でのんびり暮らします。アデュー!  作者: ゆずまめ鯉


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六話「アルディオン様、アデュー!」

 六月中旬の夏至を過ぎると、王太子の誕生日という慶事がやってくる。今日で十六歳になる。

 巷では、聖女セラフィナに求婚するのではないかと噂が広まっていた。エントランスホールでの一件に尾ひれがつき、オッペンハイム公爵令嬢に、とうとう別れを告げるのではないかと力説する者まで現れた。

 それを耳にした兄たちは大激怒し、王太子の誕生日パーティーに参列予定の私を止め、不在の父に代わり領地視察へ出かけるぎりぎりまで、一緒に行こうと誘っていた。そこをなんとか宥めた。朝から大変だった。


「お嬢様……。本当にその恰好で参列するんですか?」

「うん。似合うでしょ?」

「似合いますけど……でも、その色は……」


 私が、王太子の誕生日に合わせて新調した衣装のカラーは鮮やかな緑色だ。コットという丈の長いチュニックの上に、シュールコーと呼ばれる袖のついた外衣を重ね着している。床に届くほどの長い生地で気に入っている。

 この色は、精霊や異界、悪魔や毒と結びつけて考える者が多く、好んで着る人はあまりいない。祝い事で身に纏う色ではないことは百も承知している。けれど、今日はどうしてもこの色でなければならない理由があるため、エリーゼに眉を顰められても変えるつもりはない。

 腰まである長いピンクゴールドの髪の毛は、後ろで一本に結んでいる。

 パーティーは午前十時から始まるので、遅れないようにそろそろ出発しないとね。

 シルヴァーフォード城に足を踏み入れる前に止められる可能性もあったが、それならそれでかまわない。困惑を隠せないといった様子のエリーゼと、普段と変わらず仏頂面のルシフェルを伴い出発した。



 城に一歩、また一歩と近づく度に、私たちに対して視線が集まる。ピンクゴールドの髪で生まれたので慣れている。


「まあ、見てよ。あの衣装の色……不気味ね」

「そうね……とうとう頭でもやられたのかしら」


 残念だったね。その悪口、私にはまったく効かないよ。

 堂々とした態度で歩き、目的地のシルヴァーフォード城に到着した。全身緑色だというのに、近衛兵の態度は普段と変わることはなく、私に敬意を示してくれる。小さく頷く。城内入り口には使用人もいるが、婚約者として長年出入りしているので、さすがに止められるようなことはなかった。

 エントランスホールに一歩足を踏み入れた瞬間、辺りはしんと静まり返っていた。


「アルディオン様よ!」


 どうやら本日の主役、王太子の登場と重なり静かだったらしい。

 王太子の装いは、ジャケットの後ろ側が長めのモーニングコート、ベスト、パンツを黒で統一し、上品に着こなしていた。来賓客に手を振りながら、ゆっくりと螺旋階段を降りてくる。この日のために特注したのだろう。似合っている。


「あら、あちらにいるのは、セラフィナ様じゃない!?」

「まあ、本当だわ! いつ見ても美しいわねェ」

「ねえ、あなた知ってる? セラフィナ様って、王妃様の姪だそうよ?」

「まあ、そうでしたの! どうりで可愛らしいこと!」

「王妃様は、セラフィナ様と王太子を結婚させたいそうね」

「ええ、知っているわ。お似合いの二人よね」


 二人とも声が大きいので、エントランスホールに響き渡っている。それなのに一切気にする様子は見られない。


「……あのご婦人方、なんだか品がないですね」

「エリーゼ」

「だってそうじゃないですか」


 隣にいたエリーゼは、私にだけ聞こえるようにつぶやいた。地獄耳がいないとも限らないのですぐに咎めると、唇を尖らせて拗ねている。八歳年上だというのに可愛らしい。

 私にも、エリーゼが持つ可愛らしさが一欠けらでもあったのなら、呪われることなく生きられたんだろうか。

 王太子と聖女セラフィナが注目されるよりも前に、私にはやるべきことがある。出入り口付近で黙ったまま眺めていたが、王太子が一階に降り立つタイミングで、彼の目の前にいる必要があった。だから来賓客をかき分けて、一歩、また一歩、前へと進む。


「……エリスティア?」


 私が王太子の姿を見るのも、これで最後だね。


「アルディオン様。お誕生日、おめでとうございます」

「あ、ああ。ありがとう」


 八年前、二歳のときと同様に、スカートの両端を持ち上げ挨拶をした。


「私からのプレゼントは、こちらです」


 そう告げるなり、私は背中に隠していた短刀の鞘を引き抜いた。


「エ、エリスティア……!?」


 婚約者である私が右手に刃を光らせているので、待機していた護衛たちは慌てて駆け寄ろうとしてくる。それを阻止するのはルシフェルだ。悲鳴が聞こえても、非難されても、ここで止められるわけにはいかない。

 左手で、一つに結んでいた自分の髪の毛を掴むと、結び目の下に刃を当てて左右に動かし、一気に切り落とした。切った髪の毛は、王太子の目の前に投げ捨てたので、ピンクゴールドの髪の毛が地面に散らばる。この国では、婚約者の前で女が髪を切る行為は、離縁を宣言するのと同じ意味合いを持つ。貴族や王族の中では常識だったことから、周囲にいる人々は固まっていた。


「アルディオン様。私のとっておきの贈り物、気に入って頂けたかしら?」

「な……なッ……!」


 顔面蒼白になっている王太子は、なにか告げようとしているのに言葉が出ないらしい。その顔を見ているだけで愉快な気分になってくる。


「ふはは。王太子に無礼を働いたので、私はオッペンハイム公爵邸からも去りますね。それでは、みなさま、アデュー♪」


 呆気に取られている来場者を尻目に、小さく手を振った私は胸を張ってその場を後にした。はあ、すっきりした!

 侯爵邸に置き手紙を残してあるので、このまま動きにくい服はその辺に捨てて、軽い衣装に着替えて、宿屋で預かってもらっていたトランクを受け取って街を出発したい。自由に暮らすんだ。


「エリーゼ。それからルシフェル。今まで私に付き合ってくれてありがとう。この前、渡したお金は、結婚資金でもあるけど、手切れ金でもあるんだよ」

「お一人で行くつもりですか?」

「もちろん。だって、キミたちは公爵に雇われているでしょ。でも、私はもう家出するから、オッペンハイムとは無関係の人間になるんだよ」


 だから帰るように促すと、唇を尖らせて拗ねられてしまった。予想外の反応だ。


「それなら告げ口します」

「右に同じく」

「ええ……一人で行くつもりだったのにィ……」


 まだどこへ行くか決めてはいないし、単独で街を出るんだったら、転移魔法でちょっとだけ距離を稼いで楽をするつもりでいた。けれど、同行するとなると、彼らは私の半分程度の魔力しかないため、転移できたとしても数キロ程度だろう。大誤算だ。

 このまま一人で転移することも考えたが、オッペンハイム家には、魔力探知を得意とするオーガストがいる。今日は領地視察で不在にしていても、速度魔法をかけた伝書鳩を飛ばせばすぐに連絡がつく。

 私の魔力量は把握されているし、転移したことを知られてしまうと、移動距離を予測してその日のうちに連れ戻されかねない。あの三人の魔力は底知れない。このまま逃げるのは賢明ではない。


「宝石を売れとおっしゃった時点で、薄々勘付いてましたよ」

「右に同じく」


 十回目の人生だというのに、もう少し上手く立ち回れなかったのだろうかと溜め息が出た。でも、落ち込んでいる暇はない。


「はあ……わかったよ。一人で行くのは諦めるから、さっさと王都を出ようか」

「はい。ところでお嬢様。髪をばっさり切りましたけど、魔力の方はなんともないんですか?」


 不思議そうに尋ねられた。護身用の短刀を携帯することは事前に話していたが、まさかいきなり自分の髪を切るとは想像していなかったらしい。


「うん。昔、切られたことがあるんだけど、なんの影響もなかったよ」

「……むかし、ですか? いくら珍しい髪色だからって、二歳未満の子どもの髪の毛を切るような、そんな不届きものがいたんですか?」


 うっかり喋ってしまった。五回目の転生で伯爵令嬢のナタリアとして生きていた頃に、人前で髪を切られる事件があった。なにかと敵視してくる侯爵令嬢が、ナタリアの婚約者を奪うべく実行したんだ。その時は、頭がすっきりしただけではなく、むしろ魔力は向上していたので、離縁の手としていつか使おうと考えていた。それが今日だっただけだ。


「ああ、ごめん間違えた。本で読んだんだよ。あまりに鮮明だったから、自分の体験と勘違いしたみたいだ」

「ふうん、そうですか」


 上手く誤魔化せたかどうか自信はないが、それ以上突っ込まれなかったので人知れず安堵した。

 ひとまず、オッペンハイム家の義兄たちは領地視察で不在にしているので置いといて、王太子側が動かない保証はどこにもない。二十分以内に街を出る必要がある。

 市場で売っている安くて目立たない衣服を購入し、緑色の衣服を脱ぎ捨てると、自分の意思で王都の外へと飛び出した。不安よりも好奇心が勝っていた。

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