五話「決断のとき」
王都ヴァランクールに彗星のごとく現れたのは聖女セラフィナ。彼女がひとたび手を翳せば、病気は一瞬で治り、枯れ果てた大地を潤すという。そんな力があるのならば大変興味がある。転生十回目の人生だけれど、魔女はいても聖女はいなかった。
「うーん、一足遅かったか」
マーケットで果物を買っても、数分前に転んだ子どもの怪我を一瞬で治療したのを見かけたとか、野菜を物色していれば馬車に轢かれた老婆を完璧に治療しただとか、彼女の話題で盛り上がっていた。
背丈は小柄で、腰まで伸ばされたウェーブのかかった綺麗なホワイトシルバーの髪の毛と、ゴールドの瞳で美しいという。年齢は十四歳。そんな彼女の姿をひとめでも見れば御利益があるとまで噂されていた。
「お嬢様。聖女探しはあとにして、公爵様の手紙を届けに行きましょう」
「あ、そうだった」
オッペンハイム公爵が、フランドル国王陛下に充てた手紙を届ける大役を任されていた。忙しい執事の代打だ。従者に任せようとしていたが、城にいるのは曲者揃いなので誰も行きたがらず、青白い顔をしていたのを見かねて私が挙手した。城にいる従者に渡せばいいだけなのですぐだ。
数日ぶりにシルヴァーフォード城を訪れると、ここでもやっぱり聖女が注目を浴びていた。それもそのはず。セラフィナが城を訪問していたらしく、兵士たちの様子が見たことないくらい浮足立っていたからだ。彼らは非常にわかりやすい。
エントランスホールの中央にある階段下では、王太子の従者が待機していたので手紙を渡そうとしたその時。螺旋階段を降りようとしていた王太子と聖女の姿を発見した。優雅に歩くセラフィナを、焦った様子の王太子が追いかけている。
「きゃあ! 見て、お似合いの二人よ!」
「本当そうだわ! アルディオン様の黒髪とセラフィナ様の銀髪が映えるわ!」
近くにいた王家のメイドたちが、興奮気味に会話しているので釣られて顔をあげると、確かにしっくりくるのを感じた。十歳の私よりも、十六歳と十四歳と二歳差の二人の方が当然ながら似合っている。私と彼が並んでも、六歳離れているので兄妹にしか見えない。
「ちょっと待ってくれ、セラフィナ! 止まってくれ! 止まって、僕の話を聞いてくれ!」
「……アルディオン様。お話は終わりましたよね?」
言い争いの最中なのか、どこか雲行きが怪しかった。セラフィナは終始冷静でいるけれど、ここまで切羽詰まった様子の王太子を目にしたことはない。一体なにがあったというのか。二人からなかなか視線を逸らすことが出来ない。
「まだ終わっていない!」
「ですが、私には次の予定もありますので……」
階段を降りようとした、セラフィナの白くて細い腕を、王太子は掴んで阻止した。
「僕には………………僕には、君しかいないんだ!!」
そう叫んだ王太子の声が、エントランスホール中に響いた。一階に私がいるとも知らずに、セラフィナの腕を掴んだまま離そうとはしない。王太子の力強い菫色の瞳に、彼女に対する熱意を感じた。今回も、徹底的瞬間を目撃してしまった。
ふうん……そっか。そっか……。今生でも、またこうなる運命だったんだね。
私の中で、微かに残っていた王太子への情は、今さっき粉々に砕け散った。九回失敗したことが、十回目でいきなり成功するはずがないんだ。もういいかな。
私と同じように見守っていたメイドからは、小声だが、また『キャア』という歓声があがった。
「ねえねえ、やっぱりあの二人って、恋仲じゃない……!?」
「え? あなたもそう思う? 私も睨んでいたのよ!」
「でも、王太子にはいるじゃない……」
「ああ、お飾りの婚約者、ね」
そう付け足しながら、メイドは私の様子をちらりと窺った。すぐ傍に私がいることを知りながら、わざと煽り立てていた。こういう扱いは初めてではない。慣れている。
私は手にしていた手紙を、呆然と立ち尽くしていた王太子の従者に手渡した。
「オッペンハイム公爵からの書簡です。ジェフリー国王陛下にお渡しください」
「……承知しました」
従者は受け取ると、王太子の様子を気にしつつも別の階段を駆け上り玉座へと向かった。
エリーゼが、品のないメイド二人を咎めようと距離を詰めようとしたので、ぽんと肩に手を置きやんわりと阻んだ。ここで公爵家のメイドが、王家のメイドを嗜めても意味はない。公爵家は王家に仕える身だ。オッペンハイム公爵家が不利になることだけは避けなければならない。だから暴走される前に止めた。
「……お嬢様? いいんですか?」
「エリーゼ。手紙は届けたから、さっさと行こうか」
「……ですが」
「いいんだよ。もうここに用はないからね」
上にいる王太子は、セラフィナとなにか話し合っているのか未だに降りてはこない。
振り向くつもりのない相手を今か今かと待つよりも、頑張らずに生きると決めた人生を思う存分満喫する方がいい。残り十年だ。私の時間は、ほかの人よりも短いからね。
自由に過ごすなら、やっぱりお金は必要不可欠だ。
シルヴァーフォード城を出て、徒歩二十分。寄り道することなくまっすぐ公爵邸に戻るなり、ベッドの下から小型トランクを引っ張り出し、収めていた宝石の数々を取り出した。
「お嬢様。いつの間にこんなに所持していたんですか……?」
後ろから中身を覗いていたエリーゼに驚かれる。わずか十歳で所持するには確かに多すぎるかもしれない。けれど、兄たちは妹可愛さによくアクセサリーを贈るので、どちらかと言えば引いているようだ。
「これはね……形見……なんだよ」
「えっ!?」
前世の私が自分で買ったものや、厚意で頂いたものの数々だ。形見よりも、遺品という方が正しいかもしれないが。
「なんてね、冗談だよ。兄さんにもらったんだ。それより、今からこれを持ってお金に換えて来てくれる?」
「ええええ!? オーガスト様、エルンスト様、ロジャー様から頂いたものを売るんですか? 大丈夫ですか? 正気ですか?」
数刻前に、シルヴァーフォード城で目撃したことに衝撃を受けて、衝動的に駆られているのではないかと心配される。きっかけではあるものの、自暴自棄になったわけではない。これからを円滑に過ごすために必要なことなので、私は笑みを浮かべた。
「平気だって。兄さんたちは、私が着飾らなくてもいつも可愛いって褒めてくれるから、指輪やネックレス、ブローチがなくても気づかないよ」
「ああ、それもそうですね」
納得してくれたので、日頃の行いに感謝した。三人の兄たちにもこっそり感謝した。
「それと、この箱の中身も持って行ってほしいんだ。ただし、この宝石はとてつもなく魔力が強いから、直接見たり触れたりしないでって忠告しておいてほしい」
木箱にしまっていた、紫色に怪しく輝く魅了魔石を取り出した。魅了魔石は、あらゆる生命体から魔力を吸い取った分だけ不気味に輝く。大きな宝石に驚いたエリーゼが直視しようとしたので、魅了されてしまう前に蓋を閉じた。
「そちらも、オーガスト様から頂いたんですか?」
「いや……生母のものだよ」
「それなら、大事なものでは!?」
「エリーゼ。私を路地裏に捨てた人だよ? そのうち売るつもりだったんだ。頼んだよ」
メイドのエリーゼとは二歳の誕生日からの付き合いだ。どういった経緯で、私が公爵家に引き取られたのかは伝えてある。
「……わかりました。行ってきます」
「一人だと心配だから、ルシフェルも連れて行ってね」
「わかってます」
ルシフェルとは、従者兼護衛として働く腕っぷしの強い青年の名だ。彼も、エリーゼと同じ日に公爵家に雇われている。私の世話係はその二人だ。どちらも八つ年上の十八歳。恋人同士でもある。
「仲良くしし過ぎて帰りが遅くなっても、まったく気にしないから、たまにはゆっくりしてきてね」
「お、お嬢様ッ!!」
「あ、そうだ。買い叩かれないようにだけ気をつけて」
「はい。行ってきます」
まだ十歳の私が宝石商と交渉しようとしても、取り合ってはもらえないのでエリーゼとルシフェルに任せることにした。
私服に着替えて街へと使いに出かける二人を見送ったので、その間に旅に出るための荷造りと、家族と一応、王太子宛てに一筆残すことにした。
「これでよし」
書き終えると、封筒に収めて蝋で封を施し机の引き出しにしまった。
エリーゼとルシフェルは、二時間ほどで大金を手にして戻ってきた。贅沢をしなければ、十年は暮らせそうなほどのまとまった金額だ。革袋はずっしりと重い。私は、そこから三分の一の銀貨を取り分けると、さらに半分にしてから二人に渡した。
「え、なんですか!? このお金!」
「エリスティア……?」
「結婚資金だよ」
本当は手切れ金のつもりだけど、そう伝えると、これからの計画を打ち明けることになってしまうので誤魔化した。
「こんなに頂けませんよ!」
「そうだ。受け取れない」
「いいからもらってよ。お金、ないよりいいでしょ?」
「……た、確かに……」
「……それもそうだな……」
こういうとき、二人の息はぴったり合うのでこちらとしても助かる。なんとか銀貨を渡すことに成功したので、あとは当日までじっと待つだけだ。私は、この計画が無事に成功するようにと、大金を手にしながら祈った。




