四話「ジンジャーブレッド」
翌日。すぐにでも渡した方がいいとしつこいくらいにエリーゼが背中を押してくるので、柳で編まれた篭に詰めてシルヴァーフォード城を訪問していた。事前連絡していないし、土曜日なのでいるかわからないが、従者に伝えて応接間で待機しようとしていた私のもとに、金髪に紫色の瞳をした可憐な少女たちが歩み寄ってきた。
「エリスティア、ごきげんよう。昨日のお誕生日に、お兄様からなにか頂いたの?」
「頂いたの?」
「たの?」
七歳になる王女マティルダに問いかけられた。姉の真似をしたのは六歳のジョーン、舌足らずでまだ言えないのが四歳のブランシュだ。三人とも王太子の異母妹にあたる。私は勝手に『じゃじゃ馬三人娘』と呼んでいる。
王太子の実母は、八年前の年末に他界している。幼かったので詳細は知らないが、噂によると第二子を宿していた、とのことだった。
今の王妃は元側室で、王妃の座についてから三姉妹が誕生した。王太子の継母だ。
「お花ですよ」
隠すようなことでもないので素直に答えると、マティルダは堪えきれなかったのかお腹を抱えて盛大な笑い声をあげた。
「アハハハ! お花ですって! お花なんて、食べられないじゃない! 私たちは昨日、とってもあま~い、外国のお菓子を頂いたのよ。あなたには、見せてあげるだけね!」
「だけね!」
「ね!」
箱に収められた、食べかけのアップルパイを自慢され、王族として生まれてしまえば、多少なりとも傲慢になってしまうよね、と納得してしまった。
過去の人生では、長女だったので理解できる。親の愛情を一心に受け、わがままに育った弟妹たちを思い浮かべると、王女たちとなんら変わらなかった。どの子も自由奔放で尻拭いに追われていたけれど、自分の成長に直結するのでそれなりに楽しんでいた。
自分の死後、家族がどうなったのかは一度も調べたことはない。男爵令嬢だったリーリエの妹ならば、現在は三十代半ばのはずなので、きっと私の元婚約者と仲睦まじく暮らしているはずだ。
「それはそれは、よかったですね」
「ええ、よかったわ!」
素直に褒めてあげると、隣にいた妹のジョーンに箱を手渡したマティルダは、腰に手をあて誇らしげな態度を取った。正解だったようだ。
王女たちの機嫌は、可能ならば損ねない方が賢明だ。怒らせてしまうと、あることもないことも大げさに吹聴されてしまう。そうなると、訂正する手間が発生するので、無難に切り抜けたかった。
そうこうしているうちに、従者に呼ばれた王太子が現れ、勇み足で螺旋階段を駆け下りてきた。どうやら自室にいたらしい。出直すことにならずに済んで助かった。
それなのに……。
ジンジャーブレッドを詰めた籠を渡そうと、一歩踏み出した途端、手前にいたマティルダは盛大に転んでしまった。
「きゃ! いたーーーーい!」
「マティルダ様ッ!」
「姉さま!」
「ねえたま!」
私が押したわけでも、足を引っかけたわけでもない。一人で勝手に転んだだけだ。それなのに、姉に駆け寄るジョーンとブランシュは、勘違いして私を睨んでくるし、三人のメイドは、マティルダに寄り添いながらも憐れむような目でこちらを見ている。
これはこれは、非常に厄介だなァ……。
篭を抱えているので誓って私はなにもしていないのだが、転ばされたと悪者にされないとも限らない。そうなると、オッペンハイム公爵家の心証が悪くなってしまう。
身の潔白を証明してくれるエリーゼは後ろで待機しているものの、王女側の人間の方が多いので圧倒されることは目に見えている。王女が一言、太陽のことを『月』だと主張すれば、太陽だとしても『月』になるのが王室だ。
一応、心配する振りをしようとしたところ、目の前に降り立った王太子が、先に手を差し伸べた。
「……大丈夫か、マティルダ」
「まあ、お兄様! ありがとう!」
王太子に助け起こされたマティルダは、婚約者よりも優先してもらえたことに、満足そうに微笑んでいた。
……まあ、そうなるよね。
十歳の私と七歳の妹ならば、優遇するのは幼い妹だろう。この場を治めるためにはやむを得ない。頭では理解しているとはいえ、目の前で眺めていて空しさを感じてしまうのはどうしてだろう。なんともいえないような感情が押し寄せていた。
気を取り直して、ジンジャーブレッドを渡してさっさと帰ることにした。すると、マティルダのドレスを軽く払ってやっていた王太子が、篭を抱えて立っていた私に声をかけた。
「それで、エリスティア。用事とは?」
「はい。こちらを渡しに来ました。お花のお返しに作ったんです。ジンジャーブレッドです」
柳で編まれた篭にかぶせていた布を持ち上げると、そこには今朝作ったばかりの出来立てのジンジャーブレッドがところせましと詰められていた。味見を頼んだエリーゼには美味しいと太鼓判を押されているので問題ないはずだ。
中身を目にした王太子は、一瞬、目を細めたような気がしたが、すぐに首を小さく振った。
「……すまないが、それを受け取ることは……出来ない」
「……それは失礼しました。すぐに持って帰ります」
「あ、いや……」
ほら見たことか、やっぱり受け取ってもらえないじゃないか!!
手作り菓子を拒絶された瞬間、マティルダには「そんなもの、お兄様が受け取るわけないじゃない」とクスクス笑われてしまった。いや、私もそう思ってたんだよ、うん。
この場にいることが恥ずかしくなり、背後で待機していたエリーゼに視線を向けると、信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。予想外だったらしい。むしろ、どうして受け取ってもらえると確信して作るように勧めたのか、一時間ほどじっくり問い詰めたい。面倒だからやらないけどね。
「帰るよ、エリーゼ」
「お嬢様……」
従者たちの憐れむような視線を浴び続けたくはないので、さっさと退散することにした。城を出て石畳の上を歩きながら、隣にいるエリーゼに篭を渡す。
「せっかく作ったし、キミにあげるよ。王太子には受け取ってもらえなかったけどね」
「こんなはずでは……」
そうは言いながらもエリーゼは素直に受け取った。一つ手に取り口にすると『こんなに美味しいのに』と文句を言っている。そんなに気に入ってくれたのなら、また作ってあげようかな。
帰りにどこか寄ろうか、なんて会話を繰り広げながら歩いていた私たちのもとに、ドタバタと騒がしい足音が迫ってきた。
「……ま、待ってくれ、エリスティア!」
振り返ると、なんと走って追いかけてきたのは王太子だった。従者も息を切らしてハアハアと呼吸を整えている。
「……どうしたんですか?」
わざわざ追いかけてまで、伝えたいことでもあるのだろうか。わからない。
「妹たちが……すまなかった」
そう告げられて目が点になった。兄として、じゃじゃ馬三人娘の味方をしただけだ。私に謝る必要はない。
「王太子はなにもしてないですよね?」
それに、一方的に絡んできたのは王女だ。王太子は関係ない。
「だが、あの三人は僕の妹だ。兄として代わりに謝罪するのは当然だ。僕に、なにかしてほしいことはあるか?」
恥ずかしかったとはいえ、謝罪してもらうようなことでもないが、一つだけ聞きたいことがあるのでお言葉に甘えることにした。
「それなら、昨日頂いたマドンナリリーが群生する道端を尋ねてもいいですか?」
土を採集して自分でも育ててみたい。
「あー……忘れた」
しかし、王太子は『忘れた』と見え見えの嘘をついて視線を逸らすだけで、どこで摘んだのかは教えてくれなかった。
「えっ?」
「場所を思い出したら教える」
「は……はあ」
「それでは、失礼する」
妹に関して謝罪できたことに満足したらしき王太子は、また城へと戻って行った。その場に取り残された私とエリーゼは、首を傾げるしかなかった。
「……なんだったの? あれ」
「さあ……」
いつまでも城の外にはいられないので、気分転換するためにも街へと繰り出すことにした。




