十八話「恵みの雨」
三日後──大暑を迎えていた。もちろん、雨が降る様子は見られない。三週間、一度も降っていない。雨については司祭と相談するとして、挑戦してみたいことがあった。
週に三度、水魔法を使ってほしいと頼まれることが多くなっていたので、雨のように広範囲に降らせることができるかどうか試してみたくなった。外に出て、手を上げて意識を集中させる。薄く広げた魔力で、頭上に雲を広げている様子を思い浮かべる。まずは、現在地に小さな水の粒を小雨のように降らせてみる。
「……うん。今いる地点なら、なんとかなりそうだ」
立っているところから徐々に範囲を広げ、村全体に行き渡るように覆ってから水を降らせる。さすがに普段の何十倍もの面積を同時に気にかける必要があるので、最初は苦戦しながらも、なんとか、思った通りに水を調節できるようになった。
一分、五分、十分と次第に時間を伸ばしていく。降ったり止んだりを繰り返しているので、空を見上げた村民は不思議そうにしながらも、歓喜して踊っている青年や、手を取り喜び合っている夫婦、濡れるのもおかまいなしに追いかけっこをする子どもたちなど、楽しそうにしていた。
「恵みの雨だァ!!」
なんて叫ぶ者もいる。降らせているのは自然現象ではなく私だし、根本的な解決に至ったわけではない。まさに糠喜びだ。勘違いさせているので心苦しさも少なからずある。
それでも、人々の顔には久しぶりに笑顔が溢れているので、眺めているだけで私も勝手に嬉しくなった。喜んでもらえるのなら、体力の許す限り持続させることにした。
三十分ほど経っただろうか。さすがにちょっと疲れてきたので椅子がほしくなった。用事で外出中のエリーゼとルシフェルは不在だ。屋内にある椅子を取りに行こうとした時。
「エリスティア!」
「……兄さん」
やってしまった。オーガストに見つかってしまった。気まずい。非常に気まずい。魔力探知を得意としているので、村に滞在していれば、いずれ注意されるであろうことはわかっていたが予想よりも早かった。
「なにをやってるんだ!」
眉間に皺を寄せて怒りを露わにしている。なにかこの村でやりたいことがあるのなら、事前に相談するようにとエルンストからも言われているのに、また独断でやっているので注意しにきたんだろう。
「水を降らせてるんだよ」
「そんなことはわかっている! こんな広範囲で使えば、お前の魔力が枯渇するに決まっているじゃないか!」
私の肩に手を翳したオーガストは、自身の魔力を惜しげもなく注いでくれた。四分の一まで減っていた魔力は、あっという間に満杯になった。おかげで、もう少し長く水を降らせることができそうだ。水の量を抑えているので、普通に降らせるよりも魔力を消費してしまうらしい。消費魔力を、少なくしようとすればするほど水の粒が大きくなるので、これを機に鍛えるつもりでいた。続けているうちに慣れるだろう。
「ありがとう、兄さん。助かったよ」
「……どのくらいやるつもりだ?」
「んー……三時間くらいかな」
長時間降らせてしまうと、水の与え過ぎによる多湿で、カビや病原菌が繁殖してしまい根腐れを起こす可能性があると耳にした。だから三時間程度で切り上げるつもりでいた。
「……わかった。では、お前が出した水を私が降らせるから、それでいいか?」
「え?」
「調節して長時間降らせるよりも、一度に放出させた方が負担も少ないだろう? 上空に大きな水の塊を作りなさい。兄さんが代わりに降らせよう」
「……そんなことできるの?」
「やったことはないが、兄さんに任せなさい」
風魔法で水を降らせるという。物を運ぶことを得意としているので、もしかしたら簡単にやってしまえるかもしれない。
オーガストの挑戦に興味津々だったので、広範囲に降らせるのを一旦やめ、上空に大きな水の塊を作り始めた。順調に水嵩を増していく。こうやって上空で水の塊を生成するような方法は、今まで取ったことがないので新鮮だ。
どのくらい放出すればいいのか迷いつつも、オーガストは右手をあげて風魔法で水の塊を支えながら、私の肩に手を添えて魔力を注いでくれるので、いくらでも成長させられそうだ。
そんな私とオーガストの背後にて、きゃ、という短い悲鳴と同時に、ドサッ、というなにかが落ちるような音がした。
「な……なにをやっているんですか……!? お嬢様、オーガスト様……!」
気分よく巨大な水の塊を育てていたところ、外出から戻ったエリーゼに目撃されてしまった。彼女は、驚きのあまり手にしていた野菜入りの篭を地面に落としてしまった。そんなエリーゼに視線を向けることなく、風の精霊に口頭で指示したのか、ぷかぷかとその場に浮いた野菜たちは、一つ、また一つと、篭に入って行った。まるで、意思を持って自ら飛び込んでいるようだった。そして、すべて回収すると今度はエリーゼの目の前で浮いているので、エリーゼは受け取った。
「ありがとうございます。オーガスト様。それで、お二人ともどうされたんですか?」
「どうって、ちょっとした実験をしてるんだよ。私が作った水の塊を、兄さんが風魔法で降らせてみるっていうから、その準備中なんだ」
「……そうだったんですか。そんなこともできるんですね」
「やったことはない。だが、難しくはない」
オーガストのように、風魔法で水の巨大な塊を支えつつ片手で私に魔力を注ぎ、複数の落とし物をいとも簡単に拾えるのだから難しくはないのだろう。膨大な魔力量だけでなく、器用なのでちょっとだけ羨ましくなる。
「さて。そろそろ次の段階に進むか」
「わかった」
私が腕を下ろしても、水の塊は落下することなく宙に浮いたままだ。揺らぐことはなく安定している。
片手を上げていたオーガストがなにかつぶやくと、次の瞬間、雨のように一斉に降りだした。
「量はこのくらいか?」
「うん」
「この分だと……そうだな、五時間といったところだろうな。どうする?」
「十分だよ」
「よし。じゃあ伝える」
オーガストは、自分の魔力を多めに放出すると、それに喜んだらしき風の精霊は霧散した。オーガストが腕を下ろしても水は浮いているし、水も降り続いている。
「……成功だ」
「どうやったの?」
「五時間分の魔力を与えただけだ。風の精霊は勤勉だから反故にすることはない。遂行できたらさらに魔力をやると約束した」
四大精霊の中でも勤勉で真面目な《風》だからできることであって、猪突猛進タイプで飽きやすい性格をしている《火》や、心を開かず壁を作りたがる《土》だと難しいだろう。
「なるほど……私には真似できないや」
私が契約している《水》を司る精霊は、気まぐれなので今日はよくても、明日は拒絶されることもある。オーガストのように上手くいく保障はどこにもない。
「当たり前だ! お前の小さな体では、まず体力が持たない。魔力もすぐに枯渇する」
「ねえ、兄さん。三日後くらいに、また協力して水を撒いてくれない?」
「かまわない。だが、条件がある!」
「なに?」
「……なにか作って持参すること」
「そんなことでいいの? その条件、飲むよ」
十回目の人生を送っている私は、今のところ菓子しか作らないので、それ以外に挑戦するならば誰が料理をしたって気づかないはずだ。だから、面倒な調理はエリーゼに頼めば万全だ。けれど、早々に指摘されてしまった。
「エリーゼに作らせるのはナシだ」
「……わ、わかってるよ……」
残念ながら考えを見抜かれてしまった。
「……お嬢様。面倒だからって私に押しつけないでください」
「……しないよ。たぶん」
オーガストが指示した風の精霊は、六時間近く真面目に雨を降らせた。村人は大いに喜んでいた。




