十五話「執念」★
★は王太子の視点になります。
エリスティアが、王都ヴァランクールから姿を消して十五日目。相変わらずあの『悪夢』は続いており、睡眠不足に悩まされていたが、側近が聖女に泣きついた結果、ハーブティーを勧められたという。俄かに信じられないけれど飲むようにしたところ、症状は幾分改善された。
今夜も、執務室のテーブルの上にはティーセットとジンジャーブレッドが用意されている。先週は二種類のパイとジンジャーブレッド、今週はジンジャーブレッドとタルトが届いていた。それも二篭分だ。送り主は知っている。足が早そうなタルトやパイは先に食べ、ジンジャーブレッドは一つ一つ噛みしめながら大事に食している。
一つ摘まんで口にすると、優しくて素朴な味が口いっぱいに広がる。慣れ親しんだ味だ。
どうして彼女の菓子はここにあるのに、彼女はいないんだ?
彼女の従者から一方的に送られてくるだけで、居場所はまだ特定できていない。こちら側に魔力を探知できる者がいないからだ。唯一できるとすればオーガスト・オッペンハイムだが、頼もうにもいつも不在にしている。来週もまた、こうして彼女の菓子を口にするだろう。
「兄さま、なにを食べているんですの?」
「ですの?」
「すの?」
夜も遅い時間帯だというのに夜更かししているのか、異母妹の三人が扉をノックすることなく執務室に侵入してきた。マティルダ、ジョーン、ブランシュだ。何度注意しても勝手に入ってくる。一応、扉の前では衛兵が待機しているが、わがままな王女を制御できるはずもなく。
マティルダは、テーブルの上にあったジンジャーブレッドに目をつけ、断りもなく腕を伸ばして一つ手に取った。
「これだけはダメだよ。返しなさい」
「え?」
「キミのような品格のある王女様に、ぴったりなものがあるよ」
「なぁに?」
妹の手から容赦なくジンジャーブレッドを回収し、こんなこともあろうかとシェフに作らせていたアップルパイを取り出した。マティルダは不満そうだったが、一流のシェフが最高級の食材で作り上げた一品だと力説すると、納得してくれた。簡単だ。近くで涎を垂らして見ていたジョーンとブランシュにも手渡すと、二人はにっこり笑いながら口にした。
妹だろうとも、エリスティアの作ったジンジャーブレッドを食べさせるつもりはない。これは僕のものだ。
パイ生地をボロボロ落としながらも完食したのを見届けてから、待機している従者に声をかけて三姉妹を部屋まで送り届けさせた。
そんな折。オッペンハイム三兄弟が帰還したとの知らせを受けた。深夜だったため、朝になるのを待ってから邸宅へと急いだところ、入れ違いでまた不在だと言われてしまった。悔しすぎてさすがに地団駄を踏んだ。
王位継承権第一位である王太子だというのに、このような扱いをしてくるのはオッペンハイム三兄弟だけだ。実に腹立たしい。
しかし、公爵家の令嬢が家出を決意した要因として僕が疑われているため、このような扱いを受けても文句は言えない。
「どうされますか、アルディオン様」
「……見張りは継続だ」
「御意」
「それから、今日は街へ行く」
学業や王太子としての交流を最低限こなしつつ、エリスティアについて捜索していたが、失踪前の彼女については、手がかりになるような情報を得られなかった。そこで次に進むべく、側近だった従者二人の動向に注目することにした。
彼女の傍には、八つ年の離れた同性のエリーゼと、異性のルシフェルが世話係、兼、護衛としてつけられていた。僕が婚約者として指名した頃からだ。その二人に、なにか不審な点がなかったか調べさせたところ、失踪の数日前に、王都ヴァランクール郊外に店を構える、金融商人のもとを訪ねていたことが判明した。
金融商人とは、宝石や銀器、貴金属などを担保に、金を貸すことを生業としている。期限までに借りた金を返済しなければ、その商品は店頭に並べられ、客が購入する仕組みだ。庶民だけでなく、軍事費を捻出するために、貴族や王族が利用することもある。
公爵家に仕える使用人の賃金は、薄給ではないもののそれほど多くもらっているわけではない。従者の二人が、宝石の類いを所持しているとは到底思えなかった。誰かに命じられなければ、金融商人を利用することはないだろう。
だが、公爵令嬢のエリスティアには、彼女を溺愛してやまない三人の義兄がいる。宝石や貴金属の一つや二つや三つ……或いはそれ以上、所持していても不思議ではない。あの兄たちが、妹を喜ばせるためにと高価な貴金属を与えている姿は容易に想像できる。
旅の資金を得るために、金融商人のもとへ向かわせ、換金するようにエリスティアが命じたと考えると自然だ。
どんなものを預け入れたのか調査するため、王都郊外にある金融商人の店まで足を運んだ。薄暗く、こじんまりとした店内には、赤や青や緑など大小様々な形をした宝石や、金食器、銀食器などが等間隔に飾られていた。どれも値が張りそうなものばかりだ。
端から順に眺めていると、店の奥に置かれた棚の上に、ひときわ異彩を放つ宝石が飾られていることに気がついた。怪しげに煌めく紫色に、どういうわけか視線が釘付けになってしまう。
「……店主。あの宝石を売りに来たのは、若い男女だったか?」
「え? ああ、はいそうです」
どこか見覚えのある代物に感じるのはどうしてだろうか。エリスティアのことを強く思うと、どういうわけか紫色をした宝石が、より際立つような錯覚に陥る。理由はわからない。
きっと、彼女が所持していたものに違いない。これはただの勘だ。でも、僕の勘はそこまで外れたことはない。
「あれが気になる。見せてもらえるだろうか?」
「はい。すぐにご用意いたします」
白髪交じりの店主に頼むと、黒い布に包んで手渡してくれた。ずっしりと重いだけでなく、心なしか熱い気がする。こんな宝石は初めてだ。
「こちらの宝石は、以前の持ち主様によりますと、直接触れたり直視されたりし過ぎると、見る者を惑わし、体によろしくないとのことでした。ですので、こうして黒い布や黒い箱等で光を吸収しながら、観賞することを勧めておりました」
「わかった」
どうしてエリスティアは、このようなものを所持していたのか。
何気なく宝石の裏面を確認したところ、刻印されている文字と数字の羅列に、僕は思わず二度見した。激しく動揺してしまい、隠しきれない。小刻みに震える手を抑えられない。
「……お客様……大丈夫ですか?」
心配そうにしている店主に答えてやれるような余裕は残されていなかった。
リ、リヴェリア……だって!? しかも日付は……二百年……前!?




