十四話「引っ張りだこ」
「お嬢様。今日も隣の村へ行くんですか?」
「うん。依頼されたからね」
エイミーの紹介なのか偶然か、馬で二十分ほど離れた隣の村から、水撒きをしてほしいと頼まれたのが昨日。断る理由がないのでルシフェルを連れて足を運んだところ、それはそれは酷い状態だった。地面はひび割れているし、農作物は枯れそうだし、井戸は底が見えていた。だから畑に水を撒いてから、井戸を満水にし、あとは各家庭にある桶を中心に回った。すると、明日も撒いてほしいと頼まれていた。
「あなた様が本物の聖女だ!」
ただ頼まれたからやっているだけなのに、おだてる者がいるので最悪だった。
「やめて。そうやって揶揄するなら、もう二度とこの村にはこないよ」
「す、すいません! 失礼しました!」
本人は褒めたつもりかもしれないが、私にとっては苦痛でしかなかった。ここで聖女呼びを止めなければ、勝手に噂が広まってしまうだろう。王都ではない分、情報の一つ一つが大切になってくるので、吹聴されてしまえばあっという間だ。
光属性は持ち合わせていないので、聖女と勘違いされても迷惑なだけだ。病人や怪我人を治癒してほしいと詰め寄られても、私にできることはなにもない。聖女だと勘違いした相手から、なんで治せないんだと罵声を浴びせられたくはない。それもこれも自衛のためだ。
今、世話になっている村よりも小規模だというのに、水不足が深刻化していた。こういうとき、オーガストがいれば便利なのにな、とまたまた思ってしまった。村の子どもたちに、水遊びに誘われたが、付き合っている余裕はなかった。
へとへとになりながら村に戻ると、一瞬だけオーガストのことを考えてしまったからか、なんと背後からいきなり登場した。不意打ちはやめてほしいと頼んでいるのに、聞いてくれないので諦めている。
「エリスティア! ほら、土産だ!」
渡された陶器には、バターがぎっしり詰められていた。この前、別れ際に適当に言ったというのに、覚えていたらしい。
「……ありがとう」
酪農が盛んな北部では珍しいものではないけれど、贅沢品ではあるので買わないようにしていた。
「すぐに届けようとしたが、母さんに掴まってしまって、説教されていたからなかなか来られなかった。すまなかった」
「いいよ。大丈夫」
「そうか? ならよかった。それより、どうしてそんなに魔力を消耗しているんだ!?」
顔を見るなり八割ほど使ってしまったことをあっさり見抜かれ、オーガストは私の背後に回った。そして手を翳した途端、温かい気のようなものが、背後から全身にかけて流れ込んできた。魔力を注入された。
「これでよし。こんなことになっているのなら、もう少し早めにくるべきだった。兄さんが悪かった」
「え? いや、ここまで減ったのは今日だけだよ」
「嘘だ」
「……兄さん。本当だって」
「お前が王都から旅立ってから、二キロ……いや、三キロは痩せただろう? 体によくない」
「……そんなに減ってないよ」
エリーゼからも、洋服がゆるくなったと指摘されていた。だから持参した服は、裏手に住む奥方から針と糸を借りて修繕した。兄は知らないはずなのに、それも言い当てられてしまった。
「それなら風魔法で持ち上げてもいいか?」
「却下」
「エリスティア!」
魅了魔石はもう手放したというのに、以前と変わらないどころか悪化している気さえしてくる。まさか、手元にないと言うのに魅了の効果が持続するとは想定外だった。それほどまでに魔力を吸収していたのかもしれない。
「食欲は旺盛だし、村人からもよく食べさせてもらっているから平気だよ。でも、そんなに心配なら、今日の夕食は一緒に取ろうか?」
「ようやく食べてくれるのか!」
「しつこいからね」
「しつこく誘ってよかった」
溜め息を一つ吐いてから、後ろでじっと待機していたルシフェルに声をかけた。
「ルシフェル。エリーゼに伝えてくれる? 兄さんのところで夕食をご馳走になるから、すぐに来てって。それから、用意した料理は、ちゃんと朝に食べるから、それも」
「御意」
もしも、エリーゼが夕食の準備をして待っていた場合、間違いなく不機嫌になるだろう。不要になった場合、事前に伝えるようにと言われている。もっとも、食欲だけはあるので、何食わぬ顔で完食するけどね。
教会の隣に建つ立派な石造建築物に、久しぶりにお邪魔すると、エルンストとロジャーも遊びに来ていたらしく、革張りの椅子に腰かけていた。
「エリスティア。見ない間に痩せたんじゃないのか?」
「……うわ、本当だ。ちゃんと食べてるのか!?」
この人たちは、揃いも揃って……。
オッペンハイム三兄弟に心配されて、ビーフ中心に色んな料理を食べさせられた。十歳の体でありながら、三人前をぺろりと完食したところでようやく解放してくれた。
大食漢だと知っているくせに、小さな体のどこに、あの量が納まっているのかとエリーゼには驚かれた。逆にルシフェルは褒めてくれた。




