十三話「村長の息子」
疫病騒動から数日。王都を離れてからは二週間──。
体調を崩していた村人は徐々に元気を取り戻し、誰一人として悪化することはなかった。安心した。
初日に無視され、病原菌を持ち込んだと犯人扱いしてきたあの老人は、なんと悪戯した子の祖父だったらしい。あれ以来、威嚇されることはなくなったが、相変わらず無視は続いていた。
ただ時折、プラムやチェリー、ラズベリーなど、家の外に置かれるようになった。誰が届けているのか疑問に思っていたところ、家の前から立ち去る老人の後ろ姿と、果物が詰まった篭をほぼ同時に見かけたので、お裾分けしてくれていた人物が判明した。
ありがたく頂こうとラズベリーを一つ拾い上げようとした、その時。私の背後で突然、スタスタと響いていた足音が止んだ。
「……エリスティア様はおられますかな?」
声をかけられ振り返ると、身なりのきちんとした四、五十代くらいの男の姿があった。村長だ。村長には、教会に泊まった翌日、司祭に勧められて挨拶しに行っている。直接なにかを頼まれたことはまだない。
「……なにか?」
「聞きましたぞ。疫病騒ぎの原因を突き止め、見事解決に導いたのはあなた様だとか……。実に素晴らしい! その功績を讃えて、ぜひとも我が家にご招待したいのです!」
「はあ……」
正確に言えば、兄の悪戯を目撃していた弟と、捕まえたルシフェルの手柄だ。私はただ浄化しただけで、二人の存在がなければ長引いていただろう。
十中八九、この手の呼び出しは面倒ごとにならない方が珍しいまである。農村ではめったにお目にかかれないローストビーフやローストポーク、白パン、パイなど豪勢な食事で釣り、水魔法で村を栄えさせ、自らが儲けるまでは無理難題を押しつけて足止めしようとしてくるんだ。
私は転生十回目だから、ある程度は知ってるんだ。子爵令嬢だったルミアンナや、伯爵令嬢のナタリアで経験済みだ。領地視察について行ったばかりに、繋いでいた馬を隠されたり、馬の餌に腹下しの薬を盛られて滞在日数を伸ばされたり、いきなり難癖をつけられたりと、そういうのはご遠慮願いたい。
ああでも、男爵令嬢リーリエで引き留められた経験は一度もなかったな。だから、よく視察に行かされていたっけ……。
そういう理由でどうしても気が進まなかった。けれど、まだ雨が降る傾向は見られないのでこの村を離れることは難しい。
「誘いは有り難いけれど、午後から約束が入っているから……」
「うちから向かえばいいじゃないですか! ささ、行きましょう、行きましょう!!」
「あっ……」
私の腕を引っ張るや否や、村長は歩き出してしまった。村長の家は村の奥にある。エリーゼに頼まれ露店に並ぶ食材を物色していたルシフェルは、連行される私に気がつくなり目つきを鋭くさせたので、小さく首を振った。彼は一瞬、戸惑いながらも、私の意思を尊重して引き下がった。よかった。
しばらくすると、歴代の村長が暮らす家がお目見えする。当然ながら村内では大きく立派で、教会よりも頑丈な石造りの邸宅だった。
応接間に通され、テーブルには料理が所せましと並んでいた。事前に準備していたらしく、器に盛られたスープは湯気を立てている。
「ささ、遠慮せずに召し上がってください」
ここまで来たからにはさっさと食べて帰ろう。椅子に腰をかけて適当に飲み食いすることにした。
「……いただきます」
「おーい、誰か。誰か。やつを呼んで来てくれないか!」
「かしこまりました」
蕩けそうなほど柔らかく上質なローストビーフに、手が止まらなかった。久しぶりだ。
無我夢中になっている私をよそに、村長は大きく頷いたかと思えば、手を叩いて使用人に指示を出した。すると、少ししてから誰かが入ってきた。
「エリスティア様。こちら、長男のアルベルトです」
「……はあ」
私を目にするなり頭を下げた村長の長男は、眉を寄せて困惑した表情をしていた。浮かない顔になにか事情がありそうだ。
「エリスティア様には、ぜひとも愚息と結婚してほしいのです」
「…………」
そうきたか……。自分の息子と結婚させてまで、私をこの村に留めたいらしい。やれやれ。困ったな。
「と、父さん!!」
「お前は黙りなさい」
「で、でも……僕には……!」
「私は認めないぞ」
「そんな……」
そのやり取りを耳にし、なにか事情があることを察したので、本人に尋ねることにした。息子と二人きりにしてほしいと告げると、あっさり了承して席を外してくれた。
「キミ。もしかして、恋人がいるの?」
「な、なんでわかったんですか!?」
「誰でもわかると思うけど……。それより、なにがあったのか教えてくれる?」
「は、はい」
アルベルトによると、十三歳の頃から五年も交際している恋人がいるのに、結婚を反対されているという。彼女の実家は隣の村で、非常に貧しく持参金がないことが理由だと打ち明けてくれた。定番すぎて聞き飽きた。どこぞの令嬢と下働きの男という、男女逆の話題もよく耳にする。
「……ありがちなパターンだったか……」
「え?」
「なんでもない。それで、その彼女は今どこにいるの?」
「……へ? 今日も中央広場で、牛乳や卵を売っているはずですけど……」
近くにいるとのことで安堵した。隣の村ともなると、少し離れているので、一旦自宅に戻ってエリーゼかルシフェルに声をかける必要があった。村の中だけなら、危険は少ないからと特別に単独行動することを見逃してもらっている。勝手に村を出てしまえば、チクチクチクチクと二人揃って一晩中、説教を食らうことになるので、それだけは厳守している。
「彼女のもとまで案内してくれる? 力になれるかもしれない」
「本当ですか!?」
「うん。私には、恋人同士を引き裂くような趣味はないからね」
別に、私の邪魔をしてきた人たちに対しての嫌味ではない。そもそも、惚れた腫れたの感情がよくわからなかった。裏切られた瞬間はもやもやするし落胆するけれど、少し経てばどうでもよくなるんだ。まるで、感情のない人形のように、私の脳や胸は、普通の人が持つような喜怒哀楽が欠落しているのかもしれない。だから、真実の愛とやらが未だに理解できず、十回も人生をやり直しさせられている。
「あ、ありがとうございます!!」
食事の途中だったが村長の邸宅を後にすると、村の中央にある広場に移動した。
広場では、恰幅のよい婦人が集まり、肉や野菜、麦、服など様々なものを売っていた。露天だ。その中に、小麦色の肌をした健康的な少女──エイミーの姿があった。私と視線が合うなり、にっこり微笑み試食しないかと手招きしてくれた。恋人と一緒にいる私を見ても、不愉快そうな素振りは一切見せることはない。互いに信頼しているのだろう。
「かわいいお嬢さん、こんにちは」
「こんにちは」
「これ、私が今朝作ったものなの。おやつに食べようとしてたんだけど、なんだか気分が優れないから、代わりに食べない?」
「いいの? ありがとう」
エイミーに差し出されたのは、売り物ではないプディングだった。遠慮せずに陶器に入れられたプディングを口にすると、濃厚な卵とほんのりとした牛乳の甘さを感じた。素朴だけど味は悪くない。これなら使えるかもしれない。
「どう?」
「うん。腕はいいんじゃないかな」
「そう? よかった!」
プディングを食べている最中、周囲にいる婦人からは、彼女がいかに優しく働き者か、料理上手か、子どもの面倒を見るのも上手いのだと力説された。それなのに、村長には結婚を反対されていることに大変ご立腹らしい。
「……うん。上手くいくかも」
「あら、なあに?」
どう村長に二人の結婚を認めさせるのか。エイミーにだけ耳打ちして作戦を伝えた。最初は驚いていたものの、頷いてくれたので後は明日を待つだけだ。
アルベルトには心配されたが、明日の昼に、できるだけ多くの人を中央広場に集めるように頼んで解散した。
***
翌朝。準備することがあるので、エリーゼとルシフェルを伴い中央広場へと向かった。早朝だというのに、アルベルトとエイミーの姿があった。その傍にある台車には、複数の鍋や食器、陶器など積まれている。頼んだものはすべて揃っているようだ。
「これで本当に、僕たちの結婚が認めてもらえるんでしょうか……?」
「任せて」
「……お願いします!」
「引き受けた。さあ、二人とも手伝って」
アルベルトと彼女には一旦、別の場所で待機してもらい、エリーゼとルシフェルとともに料理の準備を始めた。
昼近くになると、続々と村人が集まってきた。今日は無料で私の料理を振る舞うからと、アルベルトに大々的に広めてもらったんだ。野菜のソテーや豚肉の煮込み、プディングなどを村人に振る舞ったところ、冷めているのに味が濃くて美味しいと大絶賛された。中には、隣の村に住む、娘の料理と味が似ている……と見事にいい当てた味覚の鋭い者もいた。
広間で交流していることは伝えていたので、目論見通り村長も様子を見に訪れた。
「村長。料理、食べていきませんか?」
「いいんですか? ぜひ!」
器に盛ってから差し出すと、笑顔でぺろりと平らげた。
「とても美味しい! 若いのに素晴らしい味付けだ!」
「実は、この料理を作ったのは、私ではないんです」
「…………へ?」
エイミーを連れたアルベルトがやってくる。そこで私は、今日の料理はすべてエイミーが一人で準備したものだと紹介した。人前で褒めてしまった手前、村長は引き攣り笑いをしている。
「私は水魔法だけは使えるけれど、料理は苦手なんだ。その点、エイミーの腕は王都のシェフにも匹敵するくらい素晴らしいよ」
経験値があるので作れないこともないが、二人のために苦手だと嘘を吐いた。
それに、とっておきの切り札もある。
「それともう一つ。大変喜ばしいことがある。エイミーのお腹には、アルベルトの子どもがいる!」
「ハ……ハイ……!?」
「仮に私がアルベルトの婚約者になったとする。私の年齢は十歳だ。安全に赤子を産めるようになるまでは、四年も五年も先になるだろう。でも、エイミーは適齢期だし、なによりここにいる。相応しいのは私ではなく、彼女では?」
「…………」
まさか子宝に恵まれていたとは思わなかったらしく、村長は固まってしまったが、周囲が二人を祝福しているので時間の問題だ。
騙すような形になってしまったが、頭ごなしに否定していた村長は、騒ぎを聞きつけた妻に「もう認めてあげましょう」と説得されていた。
そして、とうとう村長はアルベルトとエイミーの結婚を認めてくれた。孫が生まれるというのに反対はできないだろう。二人には涙ながらに感謝されたが、私としてはこの村に縛られずに済んだので安心した。




