十一「お菓子作り」
「お嬢様。明日は村の大型共同オーブンの『焼き日』で、ここでは週に一度しかないそうですよ」
エリーゼが、夕食の野菜と鶏肉のポタージュ、ライ麦パンのミルク粥を配膳しながら教えてくれた。
そういえば、地方にある村では『焼き日』というものが設けられており、村長が管理する大型オーブンを有料で使用できる日が決められていることを思い出した。貴族として生まれた場合、邸宅の内部や近くに、調理場とオーブンが併設されているので自由に使えるけれど、村ではパン屋でない限り各家庭にはない。
「でも、蜂蜜や香辛料はここにはないよ。魔力消費の激しい転移魔法で買いに行くのはナシで」
王立魔導騎士学校と村と家を気軽に行き来している兄たちに相談すれば、いくらでも入手可能だろう。でも、せっかく王都を離れたのだから甘えたくなかった。今あるものでなんとかしたかった。
「じゃじゃーん!」
「あれ。どうしてあるの?」
「ふふふ。裏手に住む奥方に相談したら、お裾分けしてくれたんですよ」
ジンジャーブレッドを作るための硬いパンはいくらでも手に入るが、蜂蜜と香辛料は手元にない。旅に出る以上、菓子作りはしばらく控えるつもりでいたから、必要最低限の食料と馬用の餌しか仕入れなかった。
村でも買い物はできるけれど、並んでいるのは肉や野菜、穀物ばかりだ。この地では、蜂蜜や香辛料の類いは、月に何度か開かれる市場で入手できるという。
「今度、買って返しましょうね」
「うん、そうだね」
「明日は早起きして準備しましょうね」
「起きられるかな……」
「叩き起こします」
こんなに早く、趣味であるお菓子作りを再開するつもりはなかったが、ちょっとだけ楽しみだった。
***
王都を出てから六日目。
二時間かけて下準備を済ませると、平たい陶器でできた型に流し込んだものを四つ用意した。あとは持って行くだけだ。共同オーブンの火力を弱めてもらい、二分ほど焼いてもらえばジンジャーブレッドは完成する。
「小麦粉でもあれば、タルトやパイを焼くんだけどね」
そうつぶやくと、エリーゼはどこからともなく小麦粉のたっぷり詰まった紙袋を取り出した。
「ありますよ?」
「え、あるの?」
「こんなこともあろうかと、買っておきました!」
「さ……さすがだね、エリーゼ」
「褒めてくれてもいいですよ?」
用意周到すぎるエリーゼに若干引きつつも、せっかくあるというならば作ることにした。
小麦粉に塩と卵、熱湯を加えて生地を捏ね、一つにまとまったら冷めるのを待つ。それを二つ分用意してから、フィリングの調理に取りかかる。小さく刻んだ玉ねぎ、ニンジン、リーキと鶏肉を炒め、香辛料で味をつけたら、それとは別に、リンゴ、ラズベリーを蜂蜜で煮詰めて二種類用意した。
生地を半分にし、綿棒で薄く伸ばして丸い型に敷き詰め、さきほど炒めたフィリングを敷き詰める。上から薄く伸ばした生地を重ねればパイになる。溶いた卵液を生地に塗れば、あとは共同オーブンで焼くだけだ。
「焼きあがるのが楽しみですね」
「うん。でも、ちょっと作りすぎちゃった気もするけどね」
「平気ですよ。私やルシフェル以外にも、オーガスト様たちがいますし」
「あ、忘れてた。足りるかなァ……。あの人たち、際限ないから……」
兄たちはよく食べる。ちょっとだけ不安だったが、もう手元に材料はないので焼くことにした。
二人だけでは運べないのでルシフェルにも手伝ってもらい、二回ずつ列に並ぶと昼過ぎにはすべて焼きあがっていた。味見をしたが、どれもまずまずだった。
ジンジャーブレッドやパイを包丁で切り分け、朝から手伝ってくれたエリーゼには多めに切り分けると、飛び上がるほど喜んでくれた。
ところが。一度では食べきれない量を分けたというのにエリーゼは、昼食の時間になると、昨夜の残りである野菜のポタージュを山盛りにし、ミルク粥もたっぷり平らげていた。おかわりもしていた。細い体のどこに入るのか不思議だった。
ルシフェルにもエリーゼよりは少ないが、焼き立てを食べさせたくて多めに分け与えたのに、やっぱり昼食を山盛り食べていたので、十八歳の青少年の胃袋は凄まじいなと感心した。
日中の兄たちは学校だ。夕方顔を会わせたときに、ジンジャーブレッドとパイを一切れずつ差し入れしたところ、ぺろりと平らげてしまった。少しは味わってほしいものだが、言っても聞かないので諦めている。
「エリスティア。もうないのか?」
「ああ、もっと食べたい」
「俺も俺も」
「……あるよ」
当然という顔でおかわりを求められたので、念のためにと持参していた篭からジンジャーブレッドを取り出すと、すぐに食べてしまった。
魅了魔石はもうないというのに、三人とも競い合うように食べるので首を傾げた。効果が持続しているのか、それとも無関係なのか。私には判断がつかない。
「これで終わりか?」
「……うん。そうだよ」
育ち盛りの胃袋ゆえに、あるだけ持ってくるとすべて食べ尽くされてしまうのは目に見えている。だから少なめにしたところ、また食べたいとリクエストされた。
村の焼き日は週に一回なので、来週になったらまた作ることを告げると、それなら新たに専用オーブンを併設すると言い出したので、さすがにそれはダメだと止めた。
そんなことをしてしまえば、共同オーブンで収益を得ている村長がいい顔をしないに決まっている。ただでさえ王都から流れついた身だというのに、余計な波風を立てて混乱させたくない。
なんとか阻止できたものの一気に疲れてしまったので、夕食を一緒に取ろうと引き留められたが家に戻ることにした。
疲労の色を感じ取ったのか、エリーゼは温めたミルクに蜂蜜を混ぜて出してくれた。カップを受け取り口をつけると、ほんのりとした甘さが広がり、気疲れした身も心も癒してくれる。
「今日は普段よりも二時間早く起きたので、早めに休みましょうか」
「うん……もう眠いかも……」
温かいミルクで気が弛んだからか、日が沈んでからそこまで経っていないというのに欠伸が止まらなかった。
「夕食はどうします?」
「うーん。今日は魔力を消費してないから、食べなくても平気そう」
さすがに食欲よりも眠気の方が勝っていた。瞼が重い。
「わかりました。では、寝台の準備をしてきますね」
「ありがとう……ぐう」
手にしていたカップを落としそうになり、エリーゼは回収してから隣の部屋へと姿を消した。堪えきれずに目を閉じると、私は眠りの縁に落ちていた。
「おやすみなさい、お嬢様……」




