一話「魔女に呪われ実母に捨てられた私。二歳で王太子の婚約者になる」
「あーあ。とうとうこの日が来たか」
あと少し。二十歳の誕生日を迎える鐘が鳴り響く前に、私の命は尽きるだろう。九回目なので慣れている。呪ったくせに魔女の恩情か、それとも単なる気まぐれか。死の間際に、苦しまないことだけが不幸中の幸いだ。
黒髪で隻眼をした美しい女は、憐れむような表情で、寝台に寝そべる私の顔を覗き込んでいる。
《……今回も、あなたの負けね……リヴェリア》
そんなこと、言われなくてもわかっているよ。
次に目覚めた時。私の十回目の人生が始まっているはずだ。今度こそ『無難で頑張らない人生』を送れたらいいな──そう思いながら、約二十年という九回目の人生を静かに終えた。
***
──オギャア、オギャア、オギャア……。
清潔とは言えない小屋から、私の十回目の人生は始まった。生まれたばかりでまだ視力は発達しておらず、はっきり認識できないけれど、長い金髪の女の姿がおぼろげに見えている。母親だろう。生まれてすぐの私の体を、粗末な布に包んで抱き上げ、よろよろとした足取りで外に出る。
凍てつくような肌寒さは感じないので冬ではない。暑くもない。春か秋のどちらかだろう。それなら、栗やブドウなど味覚を一日でも長く味わえる季節がいいな、なんて考えているうちに、石畳が残る旧市街の路地裏に足を踏み入れた。嫌な予感がする。土埃の溜まっていそうなひんやりとした地面に、そっと私の体を置いた。それからほどなくして立ち去った。
ああ……いきなり捨てられたか。無難で頑張らない人生を送りたかったのにな。運がなかったのなら仕方がない。
ということは妾腹の子か、不義の子か、それとも子が多すぎて養いきれない……か。
今回の人生は、赤ん坊の段階で『はずれ』を引いてしまったようだ。産まれたばかりの乳児を外に放置すると、野犬の餌食になるのが一般的だ。けれど、そこは別に心配していない。
魔女に呪われながらも加護があるらしく、ぴったり十九年と三百六十四日、生きないと死ぬことはないからだ。崖から転落したり、自然災害に巻き込まれたり、絶体絶命の危機に陥ったとしても、心臓が止まるのは二十歳になる一秒前と固定されている。
ありがたいのか、ありがたくないのか、もう十回目だからよくわからないや。
呪いをかけた魔女の名はドラヴェナ。カラスの濡れ羽根色のような黒黒とした髪と、ルビーのごとく怪しく煌めく隻眼を持つ恐ろしいほどに美しい女。そんな魔女と、どういった経緯で賭けをすることになったのかは、二百年近く経っているので覚えていない。
とりあえず判明していることは、二十歳の誕生日を迎えるまでに『真実の愛』とやらを探し出せなければ、魔女に命を奪われ死ぬ──という事実だ。例外はない。
貴族のもとに生まれれば様々な面で楽ができるけれど、今生は捨てられてしまったので、十中八九、教会行きは避けられない。そこから修道院へと送られ、修道女として約二十年という短い一生を終えるだろう。このパターンは三回目だから、さすがに不安はないけどね。
「……兄ちゃん。ねえ兄ちゃん! なんかおちてるよ?」
「ほんとうだ、はやくはやく!」
ところが。大人に見つけられるよりも先に私に気がついたのは、年端もいかない三、四歳くらいの子どもだった。母親に置き去りにされたが、泣いていたわけでもないのに、あらゆるものに興味津々な年頃ゆえに、路地裏を探検しようと入り込んだのかもしれない。
「なんかって、なんだよ、もう。犬や猫は十匹いるから飼えないのに……。って、赤ちゃんか」
私の顔を覗いているのは、八つくらいの少年だ。視界がはっきりしないので表情まではわからない。
「かみ、へんな色だね、兄ちゃん」
「……本当だ。この髪色は見たことがない。だから捨てられたのか」
変な色、と言われても確かめようがないのだけれど、子どもたちが変だというのだから、本当に変なんだろうね。気になるな。
「それなら、ぼくのおねえちゃんにする!」
「ばか。おまえより年下なんだから、妹だろ」
「ちびたち、騒がない」
「はーい」
冷やかしはそのくらいにして、早くどこかへ行ってくれないかな……。
生後間もないから体力もないし、今はゆっくり眠りたい。こう騒がしいと寝られないでしょ!
しかし、どういうわけか、冷たく不潔な石畳の地面に置かれていたのに、ふわりと体が宙に浮いた。慣れた手つきの少年に抱き上げられたらしい。
「うちに連れて帰ろう」
「やったー!」
……うん? 今、連れて帰るって言った?
どうせ少年たちの家に連れられたとしても、親に叱られて捨てられるだけだ。貴族でもない限り、自分たちの暮らしだけで精いっぱいだからね。
いきなり『はずれ』を引いた二回の人生では、修道院で洗礼を受けてから、奉献児として生きる道を選んだ。規則は厳しくとも食事は与えられるし、教育も受けられるし、好きなだけ読書できるので、はずれと言っても悲観しているわけではない。
二回目になると、修道院での暮らしは覚えているし、すでに習ったことしかやらないのでその分、自分の時間が増えることになる。
「きょうかいにやらない?」
「ああ」
「それなら、妹にするー!」
少年たちはすっかりその気になっている。そんな私は、とあるものの存在をすっかり失念していた。
──しまった。魅了魔石だ!!
魅了魔石を所持しているから、子どもが私の存在に気がついた──そう考えれば納得がいく。魔石のせいで引き寄せられたに違いない。
魅了魔石とは、魔女ドラヴェナが造った紫色の光を放つ宝石のことをそう呼んでいる。所有者の周囲にいる人間の魔力を吸い取り、魅力を最大限に引き出す。好意のない相手ですら、魅了魔石を使えば無我夢中になってしまう代物だ。
一度だけ試したところ、目の色を変えて必死に追いかけてくる形相に引いてからは、箱にしまって保管していた。
どういうわけか、手放しても次の人生では必ず手元に戻ってきている。お包みのどこかに紛れているはずだ。
──ねえ! はやく下ろしなよ! 魔石に魔力を吸われてしまうよ!?
「ふえ、ふえ、ふえーーーーん!」
叫ぼうにも、赤子特有の泣き声になるだけで、当然ながら言葉にならなかった。
──はあ……まったく、赤ん坊ってものは喋られないし、目もよく見えないし、自由に動けないし、十回目だけど本当不便だな!
「兄ちゃん。赤ちゃん、ないてるよ?」
「わかってる。よしよし、腹が減ってるんだろ? すぐに連れて帰るから、温かいミルクをいっぱい飲もうな」
危惧した通り、少年たちの家に到着すると、裕福な家庭だったらしく使用人が大勢いた。魅了魔石に影響されたらしきオッペンハイム公爵と夫人は、私にエリスティアと名前をつけ、公爵家の乳母に世話されることになった。
生みの親から捨てられたというのに、まさかまさかの公爵家に引き取られるという、嘆くにはまだ早い人生の幕開けとなった。
***
二十万人もの人々が暮らす王都ヴァランクール。交易で栄に栄えた国内でも有数の大都市だ。
石畳の上に捨てられ、奇跡的にも公爵家に引き取られてから二年。この春で二歳になった私は、長男であるオーガスト・オッペンハイムに連れられ、王都の中心部にそびえ立つシルヴァーフォード城を訪れていた。王太子に謁見するためだ。
私の背は一メートルに満たず、体力もまだまだ少ないが、赤子とは違い自由自在に歩けるし、簡単な単語だけなら喋っても不審がられないので最高だ。
王太子に謁見とのことで今日の装いは、肩まで伸びたピンクゴールドの髪を左右に分けて赤いリボンを結び、服装はコルタディと呼ばれる大きく深めの襟ぐりに、フロントや袖口から肘にかけてボタンが並んでいる赤いドレスを着用していた。
「エリスティア。緊張しなくていいからね」
「はい」
広大な領地を代々管理しているオッペンハイム公爵家は、国への支援は出し惜しみすることなく、ジェフリー国王陛下の先代の頃から懇意にしているという。王妃と夫人がお茶会や昼食会を楽しんでいる裏で、子どもたちはチェス盤で遊ぶのが定番らしい。オーガストは十歳、王太子は八歳だというのに、大人顔負けのことをしている。
応接間に通されたので、オーガストと繋いでいた手を放し、スカートの両端を摘まみながらお辞儀した。世間一般の二歳児がするような挨拶ではない。でも、公爵家令嬢という恵まれた環境にいるので、その限りではない。
「こんにちは。王子様」
「……楽にしていい」
素直に顔をあげると、王太子と呼ばれる少年と視線が合った。澄んだ菫色をした瞳に、じっと凝視される。
「……」
私よりも背の高い彼は、艶のある漆黒の髪に、宝石のように輝く菫色の瞳を持ち合わせていた。オッペンハイム公爵家は、みな金髪に碧眼だし、私はピンクゴールドの髪に瑠璃色の瞳と彼のような紫色はいない。強大な魔力を持つ者は、紫色や碧眼、琥珀、金などの瞳で生まれ、高貴な色とされている。
そんな王太子は、私から視線を逸らすことなく、どういうわけか固まっていた。ぱちぱちと、しきりに瞬きを繰り返している。
──うん? 誰も教えてくれなかったけれど、私の外見は、王太子がひと目見ただけで動じるほど醜い容姿なのかな。鏡で確認していても、見慣れているせいで自分では気づかなかった。どうすればいいんだろう。困ったなァ。
過去、九回の人生を歩んでいるといっても、王族と関わった経験はない。迷った私は、隣にいるオーガストの上着の裾をぐいぐい引っ張った。
「アルディオン様……?」
オーガストが、硬直している王太子の名を呼ぶと、王太子ははっとしたような表情をして見せた。凝視していたことに気がついたらしい。ようやく彼の視線から逃れられる。
そう思ったのに。そう思ったのにね……。
次の瞬間、王太子の口からは信じられない一言が飛び出した。
「……エリスティア・オッペンハイム令嬢を、私の婚約者にする!」
「………………はい?」
私はこの日、まだ二歳だというのに、八歳の王太子ことアルディオン・ルーエンベルクの婚約者になった。




