【朗報】聖女様、華のJKデビュー~この世界で魔法が使えるのは私だけらしいけど、恋愛やら友達作りやら全く分からん!~
1
——『巡谷紫陽は、聖女であった』。
運動場に散らばったプリント類が、砂嵐みたいに宙を舞う。
直後、渦巻きながら密集し始めたそれは、”不自然”に一体となって、整理された形で私の元へ集まる。
2学期中間テストに向けた数学プリント全てと、生活指導に関するいくつかの書類。私は全くの重みを感じないで、背丈と同じくらいの紙束を抱えながら、一気に彼のいる3階まで”転移”した。
私が拾ったのは全て彼のプリントだ。年甲斐もなく廊下ではしゃいで、別の男子とぶつかった衝撃で鞄の中身が全て外に放り出されたらしい。
私は彼にプリントを渡してから伝える。
「じゃ、私は帰っていいかな」
一連の動作を見た男子たちは、目の前の出来事が現実かどうか分からず、目を擦っている。私の魔法を見た”この世界の住人”はみな同じ仕草を見せる。魔法がよほど不思議なのだろう。
「えっと⋯⋯」。プリントを受け取った本人は言った。「巡谷、助けてくれてありがとう。何ていうか」
彼は落とす前より綺麗になったプリントを鞄にしまいながら続ける。どうもお礼以外に伝えたいことがあるらしい。
「正直、俺も勘違いしてたところがあるんだよな。でも、今日近くに居て分かった。巡谷がすげえやつなんだって」
その内容は、私が不思議な力を使えることに対する偏見への詫びだった。そもそもこの男子が私にどういう偏見を抱いていたのか、私は微塵も知らない。なのでこの詫びを以て、私は偏見を持たれていたことを知ることになる。それなら謝罪されない方が良かった。
「凄いところって言うのは、空を飛んだりするところ?」
「ああ。でもそれだけじゃない」
興奮気味に彼は続ける。
「こうやって俺を助けようとしてくれた気持ちとか、時間を使ってくれるところとか」
まだ彼は話を続けたいようだった。しかし私も”女子高生”として過ごしたい時間がある。
「ありがと。私も助けたくて助けたから、とっても嬉しい」
そう言ってはにかむと、男子は分かりやすく頬を赤らめた。私のこういった振る舞いが敵を作ることは大いに理解している。一方でこの振る舞いが対象を幸せにすることも知っている。『漫画』や『ドラマ』なるものがそう教えてくれた。
周囲の男子が冷やかす。友人に囲まれながら、向かい合う制服の男女2人。ああ、この世界の『青春』なるものはきっとこういう意味だろう。また勉強になった。ただしこの青春を私は続ける気がない。
「それじゃ、また明日ね」
いい加減その場を離れようとした私に、また男子が言う。
「友達追加しても良いか⋯⋯?」
SNSとやらのことだ。当然問題ない。その場で交換して、私は男子達の元を離れた。集まった彼らは随分楽しそうにしている。
今日私が助けた彼は、同じクラスだ。今まで話したことはないけれど、彼の人となりはそこそこに知っている。
私は別に彼のことが嫌いではない。女子高生として青春を彼と謳歌する選択肢だって、悪くないように思う。
しかし実際にその道を選ぶことは決してない。
悪くないというのは、私が普通だった場合の話だから。
◆
——『巡谷紫陽は、この世界のことをまだ十分に理解していない』。
学校を出た私は、家に帰るためのバス停に向かう。見ると近くの女子中学生が同じバスを待っていた。3人集団だ。3人集まっているのにみな手元のスマートフォンを眺めている。この世界の住人はこれが好きだ。⋯⋯まあ、私だっていつも見てるんだけど。
1人の子が、縦型の動画を見ながら言った。
「うわー、また自己顕示欲爆発させてるよ」
画面の詳細はよくわからないが、嫌でも聞こえてくる会話を処理してみる限り、今流行りのアイドルについてらしい。
「絶対性格悪いよね」
別の女の子がいう。この“絶対”の根拠が、私には分からない。私の世界にいた大魔道士や女神様、あるいは勇者であっても、他人のパーソナリティを分析する能力は持ち合わせていなかった。この世界だけの能力かもしれない。
「ていうか、ファン層がキモくない?」
「分かる。なんていうか、キッズ」
「こういうの好きになるくらいだから、何も考えてなさそう」
バスが来るまでの時間を彼女らはそんな話題で潰す。
私はスマートフォンをだらだらと眺めるのが好きだ。元の世界に、こんな娯楽はなかった。
せっかく楽しいものがあるのだから、もっとポジティブな話をすればよいのにと思う。魔物が襲ってこない平和な世界で、あえて戦いの場に身を投げるのは勿体ないように感じる。
⋯⋯もちろん、年下の話を盗み聞きして思想を働かせる私も大概つまらない人間ではあるが。
「え、てかやばい、充電ない」
今度は3人目の子が言う。
「うそー、バス代どうすんの? 現金?」
「持ってない」
「徒歩で帰る?」
「コンビニにモババ借りに行っていい?」
「待ってるから、借りに行ったら」
モババとはモバイルバッテリーのことだ。この世界の専門用語は魔法を覚えるより難しい。
充電がなくなったらしい彼女は、充電器を借りるため近くのコンビニへと走っていった。
2人になった女子中学生達が会話を続ける。
「バス来たらどうする。これ逃したら10分後」
「連絡だけして先に行く」
「えー。かわいそ」
「まあ充電してないの向こうだし」
私は居た堪れない気持ちになった。充電器のため走っている彼女は、自分が最悪取り残されることを知らない。
これが彼女らの幸せになるかは分からない。けれど私は、遠のく彼女が持つ端末へ意識を向けた。
——上手く行くか不安だが。
「⋯⋯! やばい、充電復活した!!」
どうやら上手くいったようだ。私の祈りは、高い精度で彼女のスマートフォンを充電するに至った。
彼女らは奇跡に感動したほうがよい。スマホを充電できる聖女なんて、宇宙に私くらいしかいない。
身に起きた事象を特に不思議がるまでもなく、戻ってきた子を含めた彼女らはまた思い出したようにアイドルの悪口を続けた。
祈りの使い道なんて、これくらいしかない。
しばらくしてバスが来た。それまで私もスマートフォンで動画を見ながら待った。たまたま流れてきた某アイドルによる自撮り動画は、確かにあざとすぎる。
◆
——『巡谷紫陽は、力の発動を厭わない』。
バスを降りて、自宅までの帰路。
「うわあああああああん」
今度は公園で泣いている少年を見つけた。この世界は文明発達の割に困っている人が多い。
「せっかくづくっだのに⋯⋯。うう、」
「そんなので泣かない! お姉ちゃんも一緒に作るから!」
どうやら砂場に作ったお城が風で崩れてしまったようだった。お姉ちゃんと思わしき少女が叱責しながらも慰めている。どちらも小学生に満たないほど小さい子に見える。
泣き叫ぶ弟を尻目にお姉ちゃんはお城を再建しようとする。全く上手くいかなくて、彼女の目にも涙が浮かんできている。
「あ、あの⋯⋯」
不審者に思われないよう、私は彼女らに声をかけてみた。お姉ちゃんの少女が涙目で私を見る。
「えっと、こんな感じでやると綺麗にできるかも⋯⋯」
私は手で団子を丸めるようなジェスチャーをしながら言った。もちろんデタラメだ。ただし、少女自身に手を動かしてもらうことに大きな意義がある。
彼女が砂をかき集めるのに合わせて、私は砂に念を送る。——城の形に近づけるため。
「こんな感じ?」
「そうそう。上手」
元のお城の形は知らないが、『お城』の概念は十分にある。むしろこの世界の住人より詳しいだろう。
「坊やも、一緒にやってみよっか」
復元されていくお城の虜になっていた少年にも声をかける。せっかくなら2人で作った方が楽しい。
お姉ちゃんが水を運んで、弟が砂を集める。不自然にならないよう、私は祈る。
砂場に、小さくて立派なお城ができる。
「出来たー!」
少年が声をあげた。姉も思わず歓びの声を漏らした。
「凄い! お姉ちゃん! お城作りのプロだ!」
少年が私に言う。ここの”お姉ちゃん”は私のことだ。一方の少女は「ありがとうございます」と私に礼をした。まだ未就学児にもかかわらず極めて礼儀の正しい子だ。
「2人が頑張ったからだよ」
私が微笑むと少年は今度、自らの姉に対して礼を述べた。姉はたいそう誇らしげである。
「魔法みたいだ~」。ふと呟いた少女の言葉は、私を懐かしい気持ちにさせた。
本当に、魔法なんだよな。
この世界では滅多に出番がないけれど、魔力を消費して解き放つ、正真正銘の聖魔法。
帰路に着くまでの間、何となく転生直後のことを思い出してみた。
2
私は本来、とある王国から少し外れた場所にひっそりと住む聖女だった。
聖女と云っても、そんじゃそこらの聖女とは違う。自分で言うのも恥ずかしいが、祈る力において匹敵するものはいなかったように思う。多くの冒険者が私の元を力のために訪れ、またあるときは王国の貴族が調査協力のため私の元を訪れた。
依頼される以外はスローライフを満喫していた。暇なときは散歩に出て、空を見ながら昼寝をしたり、魔物を飼いならして一緒に遊んだりした。
はっきり言ってこの世界のスマホを見ている方が楽しい。
それはさておき、そんな生活をしていた私は、ある日突然異世界に吸い込まれた。貴族の協力のため遺跡を探索しているときのことだった。
遺跡の謎を解くため、残された魔力から得られる過去を、私の力で抽出し、復元した。そしたら突然大きな渦が現れて、私は吸い込まれた。何故私だけが被害に遭ったのか分からない。終わってしまった今、正直なところどちらでも良い。
転生直後、私は見たことのない姿で謎の空間に居た。今なら知識が言語化してくれる。『制服を着て、学校の教室にいた』。
巡谷紫陽は、この学校の転校生であり、転校初日だった。実際は転生初日である。
勝手が分からない私は転生初日から力を使いまくった。どのように使ったかは恥ずかしくて思い出したくない。気がつくと私は化け物のような扱いをされていた。その大失敗が私を一気にこの世界へ適応させた。
紆余曲折あって私はそこそこ女子高生らしくなった。ただしその初日の失敗を挽回できるほどではない。
だから学校に明確な居場所がない。体育のときペアを組むような相手が、お昼ごはんを共にするような相手が私には居ない。
そんな悲しい現状を想起するうち家に着く。
鞄を降ろした私は、真っ先にパソコンを起動した。
ここが唯一、私の居場所だから。
◆
オンラインゲームというのは最高であった。一度経験してしまうと、もう二度と元の世界には戻れない。
楽しい理由は3つある。
まず第一に、簡単な刺激が得られる。命の危険を伴うことなく、成功体験の獲得と自身の成長、仲間との協力ができる。
第二に、世界観が馴染み深い。剣と魔法を駆使して魔物を倒しながら生計を立てる世界は、私はかつて過ごしていた生活と似ていて、とても親しみやすい。私の魔法は、ゲームみたいにカッコいい名前はついていないけれど。
第三に、ゲーム内フレンドはみな私のことを知らない。これが一番の理由かもしれない。
画面の中でパーティを組む仲間は全員、私をただの女子高生だと思っている。当たり前だろう。まさか聖女が転生してオンラインゲームに興じているなど夢にも思うまい。
だから私は、家に居る時間の大体をオンラインゲームで過ごした。ゲーム代はアルバイトから捻出した。魔法や祈りのおかげで生活の諸々はある程度楽であった。魔法がなければ大変だっただろうと思う。
だらだら物思いをするうち、ログインするフレンドが増えて、ゲーム内のチームが活気を帯び始める。
「おつかれさまですー」
「おっ、ハルさん今日もいるー」
私のプレイヤー名は『ハル』。この世界の名前である紫陽から取っている。ルールが分からないので現実と同じような名前をつけた。
他のメンバーも一斉に私へ挨拶をしてくれる。もちろん私だけが会話の中心じゃないから、そのチャットの中に「ユグドラシルのボーナス何時?」「冥府王@2」「今日銀帯に凄い害悪居たw」なんてやり取りも飛び交っている。私はこの雑多が好き。
私もチーム内に募集をかける。
「誰かリザードレベリング周回行きます? 日付変更から3時くらいまで」。
早速1人が反応した。いつも同行してくれる人だ。
「今日は早めに落ちる予定で、ごめんよ」
「全然おkですー」
「明日早めに出勤があって。。。」
「社会人、大変ですよねw」
お世辞ではなく本音である。会話が和らげばよいと思って「w」をつけてみた。まだ私はネイティブに成りきれていないと思う。
「学生も大変でしょw ハルさん朝辛くないの?」
「余裕ですよー^^」
まあ、私の体力を補ってくれているのは魔力に他ならないのだが。
「無理しないでね」と、相手は続ける。すると別の人間がチャットを飛ばす。
その言葉は私の意識を強く惹きつけた。
「ハルさん、リア友とかいないんすっか」
リア友⋯⋯。すなわち、ネット以外で友人はいないのかと、彼は聞いている。
「いないです^^;」
私は正直にそう答えた。世間の女子高生がどうだか知らないが、私は恥だと思っていないから。
そもそも聖女の頃からずっと一人だ。何年孤独だったと思っている。
「そうなんっすね」「リアルでも遊んだ方がいいっすよ」。彼は立て続けにそういった。
大きなお世話だと思った。周りは誰も私のことをフォローしないで、「そういえばイベントの釣りやりました?」「新武器即ナーフらしくて草」「冥府王@1」などと別の話題に興じている。
「自分とオフで会います?」。今度はさらに別の人間から、フレンドチャットで直接送られてきた。彼と私にしか見えない会話だ。
私は女子高生であるという身分をチーム内で公にしている。私が聖女であるという事実を除けば、どうも世間では不味いことらしい。彼もきっとその弱みにつけ込んでいるに違いない。
「友達くらい作ったほうが良いと思いますよ。」などとまた送ってくる。最悪ブロックも考えた。いくらでも言え。私にとって孤独は恥でもなんでもない。
「無視するんですね。」。彼は気に触っているようだった。「そしたら、言わせてもらいますけど」なんて脅し文句まで付けてくる。
何を言われたって、私は動じない。
そして彼はログアウト間際、私に向かって言い放った。
「ハルさんの喋り方って、古臭いですよね。顔文字とか」
それだけは本当に恥ずかしい。
◆
翌日、学校では風紀チェックがあった。
体育館に一斉に集合させられて、髪型は服装が規定を守れているか確認する。
意味不明な儀式だと思う。女神様に祈りを捧げている方がよほど有意義だ。
「リア友⋯⋯」
まだ夏の蒸し暑さが残る体育館で、私のぼやけた頭は、昨日のチャットを想起して止まなかった。
そんなに友達のいないことがおかしいのか、と思う。
私は聖女だ。高ランク冒険者から貴族まで、様々な依頼を受け、都度こなしてきた。
友達を作るくらい、余裕なんじゃないか。
「おい。巡谷。早く来い」
ぼうっとしてたら体育教師が私を怒鳴りつけた。あまりに偉そうなので聖魔法をぶち込むか悩んだ。
見ると隣に風紀委員長もいる。
——神城律。それが風紀委員長の名前だ。
彼はたいそう面倒な男だった。一部女子集団は彼を持て囃しているらしいが、私にはそれが理解できない。勇者の方が素敵だ。
転生初日に魔法を使ってしまった時から、私は彼に目をつけられていた。私は風紀を乱す存在らしかった。
私が何かを為出かす度に神城は「巡谷、巡谷」と煩かった。こいつは私の行く先、至る所にいた。さながらスライムのようである。
因縁の相手といって差し支えない。
で、そんなめんどくさい奴が今日も目の前にいる。とりあえず私は詫びる言葉を用意した。
「すみません。ぼうっとしてました」
「⋯⋯」
体育教師と神城は私の言葉に答えないで、じーっと髪や服を見つめる。
「巡谷、OK」
風紀審査は無事合格だった。そもそも服を普通に着るくらい誰でもできるだろう。どうすれば引っかかるのか不思議であった。
「いいんですか。先生」
すると神城が頓珍漢なことを言い出した。教師ですら首をかしげていた。
「巡谷は問題児です。一見風紀を守っているように見えて、何か隠し持っている可能性が」
「あり得ないです」
私は即座に否定した。
「実際に確認してみないと分からないだろう」
「分からなくないです」
「何か隠し持っているのか、巡谷」
教師までそんなことを言う。全く私も信用されていないものだ。
「持ってないです」
「本当か⋯⋯。信じがたいな」
「本当です。さっきからやかましい」
「やかましくないだろう。僕は君を警戒している」
「やかましいし、やらしいです」
「僕がやらしいだと⋯⋯っ!」
目を見開いた神城は黙った。どいつもこいつも全く、世話焼きだ。昨日のフレンドといい⋯⋯。
——フレンド?
その時、私の中に天才的な発想が舞い降りた。やはり私は、聖女に相応しい人間だと再認識する。
「あの、風紀委員長」
声をかけられた神城が、私を見つめる。
私は意を決して言った。
「友達になってくれません? 私と」
放課後、私は生徒会室に呼び出された。
3
生徒会室は授業を行う校舎とは別で、小さな棟の中に位置していた。他にもいくつかの文化部が活動をする部屋があって、棟の一番奥に生徒会室はある。
生徒会室に入ると、神城と書記の女子生徒だけが居た。私は神城に案内されて、彼と向かい合うようにソファへ座らされる。教会みたいに埃臭い部屋だった。
「君は変わっている」
開幕早々に、彼は差別的な言葉を発した。私は元聖女なのであながち間違ってもいないのだが。
「どういうところが変わってますか」
「全てだ」
「ひどい」
神城の言葉はあまりに強烈である。
「転校してきたその日から⋯⋯全て。——学校の歴史上、一度も聞いたことがない。中庭の花を全て燃やし、部活棟の屋根を半壊させた生徒など」
「その説は本当に申し訳ありません」
こればかりは私が悪いので謝った。なので私は毎日中庭の緑化活動に務めている。
「昨日も、運動場で竜巻を起こしたみたいじゃないか」
「いや、それは」
「それはなんだ」
「プリントを落とした生徒がいたので、それらを回収してあげただけです」
神城は随分呆れていた。人助けをしたのに呆れられるのはおかしい。
「何か変なことしてますか。私」
「あのな、巡谷」
「人助けをしただけです」
「それは分かっている。巡谷。よく聞いてくれ」
「なんですか」
「君以外の世の中の人間全てが、竜巻を起こせないことは知っているか」
私は黙って頷いた。元聖女の私以外に、この世界でそんなこと出来る人がいるわけない。
「竜巻を起こせば、それだけで騒ぎだな」
「何度も言ってますが、男子生徒を助けるためで」
「助けたいのであれば、階段を降りて、一緒に拾ってあげればよかっただろう」
「あっ」
彼はまさしく正論だった。その発想はなかった。
「人助けは素晴らしいことだ。だけど君が特別な能力を見せれば他の生徒はそれに注目する」
「確かに」
「校内だけじゃない。社会もだ。⋯⋯君は知らないだろうが、とっくに君の”魔法みたいな何か”は一度ネットに晒されている。しかし大事にならずにすんだ。あまりにも超常すぎて、誰も現実だと信じなかった」
「そんなことが」
「能力を外で見せると変に目をつけられることになる。気をつけろ」
「すみませんでした」
「分かればよいが」
私はうんうんと頷きながら部屋の時計を見る。このままだと帰宅は17時頃になりそうだ。
一気に血の気が引いていく。
「あのっ」
私は慌てて立ち上がった。
ゲーム内経験値ボーナスの時間が終わってしまう。
ただちに帰らなければならない。
「ごめんなさい。もう帰ります。予定があって」
彼は少し驚いてから、「予定があったのか」と言う。
「はい。大事なことが」
「⋯⋯そうか。言ってくれれば別の日に話ができたが」
「いや、大丈夫です。——転移魔法使えば一瞬なんで!」
直後、神城の形相が一気に覇気を帯びた。
彼は帰ろうとする私の腕を掴む。
「巡谷。僕の話を全く聞いていないようだな。⋯⋯ついてこい」
風紀とやらのせいで、私は今日のレベリングボーナスを失う。
◆
「見ろ。これが初代校長のお姿だ」
連れてこられたのは初代校長の銅像前だった。誰も居ないような寂れた場所だった。「素晴らしいだろう」と神城は言う。心底どうでも良い。
「巡谷。何のために学生生活があるか分かるか」
銅像を見ながら彼はそんなことを呟いた。
困った。本当に知らない。この世界の文化を私はまともに知らない。
「受験ですか」
私は半年で得た世界の知識を答えてみた。
「それも1つの答えだ」
「じゃあ、部活」
「その考え方もあるな」
「バイトとか?」
「この学校はバイト禁止だ」
「⋯⋯」
「バイトしてるのか? 巡谷」
「青春を過ごすため⋯⋯でしょうか?」
「質問に答えろ」
「分かった! 校長先生の石像を見るため」
「呆れる」と神城はまた呟いた。次いで「これは石像でなく銅像だ」とも言った。
「理不尽に慣れるため、だよ。知識や経験を得たいならいくらでも特化した場所がある。けれど、好きなことをする代償に、成長する代償に伴う、一定の縛りは、学校に来なければ得られない」
神城はしたり顔でそういった。きっと生まれながらにして、この世界にいる人間はピンと来る言葉なのだろう。私はあまり意味が分からなかった。
「初代校長の教えだ。だからこの学校の校則は少し厳しい。だけど生徒会である程度改定することもできる。ルールの重要性を学ぶため」
「ふぅん」
「初代校長は偉大な人だ」
私が知らないだけで、この学校と呼ばれる領域内では校長先生なるものを、女神様のように崇拝するルールがあるのかもしれない。この世界の新しい理として、私は記憶しておいた。
「私もこれから校長先生を崇拝します」
「そこまではしなくてよい」
そこまではしなくてよいようだった。
◆
それからもくだらない話がいくつか続いて、ゲームのメンテナンス中より退屈な時間を過ごした。終わる頃には日が暮れていた。
立ち話に疲れた私は銅像近くのベンチに腰を下ろす。神城が缶コーヒーを持ってやってきた。
「長い間拘束して悪かったな」
そう言って彼は2つある缶のうち1つを差し出す。
「何ですかこれ」
「待たせた詫びだ。ブラックは飲めないか? ⋯⋯カフェオレもある」
「オレンジジュースが好きです」
「⋯⋯買ってくるよ」
「冗談です。いやオレンジジュースが好きなのは本当だけど。カフェオレで良いです」
受けとった缶を開けながら、「今の気温ってコールドかホットか悩むなあ」なんて、この世界の人間らしいことを私は考える。
しばらく沈黙が続いた。別に帰ってもらって構わないのだが、神城はずっと隣に居た。
「⋯⋯風紀委員長は、どうして風紀委員長をされてるんですか」
「好きだからだ」
「はい?」
「規則が好きなんだ。自由でも倫理や道徳が抑えてくれるところを、あえてルールに記載するのが好きだ。全てを縛るのではなく、抜け道があるのが好きだ。ルール間で、矛盾の生まれるところが好きだ。ルールにしたせいで、却って破りたくなる人間が生まれてしまうのが好きだ」
「変なの」
「変わり者なのは、巡谷も同じだろ」
「一緒にされたくないです」
彼はしばらく黙り込んでから言った。
「⋯⋯そうだな。確かに、巡谷は僕が思うほど変ではなかったかもしれない」
またいつも言われるやつだ、と思いながら私は一気にカフェオレを飲んだ。喉が乾いていたから。
「私まともですからね」
「まともではないと思うが」
「すみません」
「⋯⋯しかし、自由な君に羨ましさを感じていた可能性はある」
「風紀委員長は自由じゃないんですか?」
「さあ」
それきり彼は黙る。
私は思い出したようにスマートフォンを取り出した。
「ああ、そうだ。これ」
そうして、SNSを開く。本当に連絡をするため使ったことなんてないけれど。
「交換します?」
「⋯⋯どうしたいきなり」
神城は目を合わせてくれない。
だって、みんないつもこのタイミングで交換してくれって言うから。
「嫌ならいいですけど」
「⋯⋯巡谷」
「はい」
「この学校は、スマホ持ち込み禁止だ」
言い放った彼は立ち上がって、生徒会室へ戻った。
缶コーヒーに手を付けてない辺り、彼はブラックが飲めないんだろう。聖女の勘ってやつだ。
◆
空になった缶を捨てる。ようやく帰ることが出来る。そう安堵していると、暗い靴箱で誰かが私に声をかけた。
「あのー、巡谷さん?」
綺麗な声が私を呼び止める。一度も話したことない人間だが、どこか見覚えがあった。
早く帰りたい気持ちを必死に抑えて私は立ち止まる。
「ごめんなさいね。いきなり話しかけて」
彼女は自らを悦禍絢珠だと名乗った。
その名前で私は思い出す。
——生徒会の書記担当だ。
さっきも、神城と生徒会室にいた。
「あなたは書記の⋯⋯」
「あら、ご存知なら良かった」
「何か御用ですか」
「律と、なに話してたの?」
そのとき一瞬、私の全身を魔力が駆け巡った。極めて懐かしい、魔物と対峙するときの感覚。
彼女は美人だから、決して魔物だなんて喩えられる存在じゃないはずなんだけど、暗闇でうっすら見える彼女の視線が、本能的に私をそうさせた。
「なんか、説教されてました。長い事」
「⋯⋯それだけ?」
「はい。私がいつもやらかすんで」
悦禍さんは私の言葉を聞いて吹き出した。悪い人ではないのかな?
「何ていうか、律とは絡まない方がいいわよ。あなた」
「⋯⋯どうしてですか?」
「そりゃあ、普段の振る舞いから分かるでしょう。あなたのことばかり注意して。⋯⋯そうね。あなたのことを敵視してるんじゃない」
「はあ」
なるほど。確かに神城は私にとって敵のようなものである。
「とにかく忠告。律は風紀委員の仕事も忙しいし、あまり他の生徒の相手なんてしてられないから」
「わかりました」
書記の彼女が言うなら事実なのだろう。私はこの世界の勝手が分からないから、とりあえず全てを信用することにした。
言われてみれば「友達になってください」の返事を神城から受け取っていない。私の要望を無視して校長とやらの話ばかりするなんて、なんとも不義理なやつだ。連絡先を交換していないのも正解かもしれない。
彼女とはそんな会話をしただけで別れた。
結局、私のリア友作り計画は振り出しに戻ることになる。
4
神城に拘束された日から2日経った。今日も昼下がりの2年3組は、バカみたいに騒がしい。肝心の私は外と机を交互に眺めている。
私にはまだ友達がいなかった。早くリア友を作ってオンラインゲームで自慢したかった。
どうすれば友達を作ることができるんだろう、と考えた。”友達”と定義される関係性を規定するため、教室を見渡してみる。
ある男子は、4限で配布された地理のプリントを丸めて野球をしていた。こんな愚かなこと、私にはできないと諦めた。
ある女子は、プレゼントに欲しいコスメの話をしていた。こんな華やかな話題、私にはできないと痛感した。
別の男子は、通っている塾のテキストを見ながら、お互いに分からないところを共有し合って、勉強していた。
——これは良い方法かもしれない。
私の中に、1つの案が舞い降りる。
“恩のやり取り”。
これだ、と思った。お互いがお互いの利益になる行動をし、得をする関係性。これこそ、まさしく友達に違いない。
思えば聖女の頃からそうだった。冒険者達は、私の祈る力を求めていたのだ。強大な聖魔法を求めていたのだ。それで交友関係が保たれていた。ならばこの世界でも同じではないか。
何故こんな簡単なことに気づかなかっただろう。
大発見に興奮しながら、私は困っている人を探すため教室を出た。
◆
思っているより学校に困っている人はいなかった。むしろ私が困った。途方に暮れる。もう昼休みは15分しかない。
「何をしている」
廊下で立ち尽くしていたら聞き慣れた声が耳を刺激した。
神城だ。隣に悦禍さんもいる。
「困っている人を探していました」
「君が変なことをすると僕が困る」
「助けてあげましょうか?」
「不要だ。教室に戻れ」
「でも誰か助けないと」
「人助けは無理矢理するものじゃないだろう」
私と神城が言葉を交わしていると、悦禍さんが言った。
「巡谷さんはどうして困っている人を探しているの?」
「友達が欲しくて」
彼女は要領を得ない顔をする。
「友達?」
「はい。困っている人を助けたら友達になってくれるかなって」
「なにそれ」
どことなく冷たい声だった。
今度は神城が言う。
「恩を売らなくとも、君と友人になってくれる人はいるはずだ」
「そうですか」
「⋯⋯行きましょう、律。巡谷さんも忙しいみたいだし」
「巡谷、自分の教室を見ろ」
神城は悦禍さんの言葉に答えないで、私のクラスである2年3組の中を指した。
「勉強している生徒がたくさんいるな。巡谷もああいうのを見習え」
「地理のプリントで野球してる奴らもいますよ」
「⋯⋯今から注意する」
「あと、うちのクラスはめっちゃ寝てます」
「⋯⋯。まあ、それは、疲れてるんじゃないか」
その言葉に私はまたピンとくる。
——疲れているとは、困っているということだ。
◆
私の席の後ろで、すやすやと寝息を立てている女子生徒がいる。机に突っ伏せるでもなく、腕を枕にして、綺麗な寝顔をしていた。
百瀬茉白。名前の順で私の1つ後ろ。プリントを回すくらいしかコミュニケーションを取ったことがない。特に孤立しているわけでもなく、成績が優秀なわけでもなく、元気な以外普通な子だった。部活は知らない。
ここまでしっかり寝ているのだから、さぞ疲れているのだろうと思う。教室で寝ている姿を晒すくらいだ。いつ敵に狙われてもおかしくない。私が助けなければならない。
私は祈りを捧げる。このくらい朝飯前。体力全回復と、睡眠解除作用を有した、聖なる力。私が念じると、彼女は即座に目を開ける。
「起きた?」
「⋯⋯?」
百瀬さんは何も考えていない顔をした。
「疲れてたでしょう。でも、もう安心して。私がついてるから」
「ん⋯⋯」
定まらない焦点で、何度か瞬きしてから彼女は突然叫んだ。
「えっ、もしかしてもう移動教室の時間!?」
昼休みはまだ10分ある。
◆
「何だ~そういう事か~」
私が事情を説明すると、彼女はすんなりと納得した。
「随分と疲れてそうだったから」
「うん、ドラマ見すぎて寝不足」
それは疲れていると言わないのではないだろうか。
「もう、覚めた?」
「びっくりするくらい目覚めた。久しぶりにこんな元気かも」
「巡谷さん、凄いんだね~」と言いながら百瀬さんは体を動かす。そりゃそうだ。私は聖女なんだから。
「てかビックリしたー。巡谷さんに話しかけられるなんて」
「私そんなに変?」
「まだ何も言ってないぞ!?」
「ごめん。言われること多かったから」
「そんな印象はないかな~。静かな子、って感じ」
聖女は、お淑やかであるべきだからかもしれない。
「なんで回復してくれたの~? 超嬉しいんだけどさ」
「ともだち」
「ん?」
「友達に、なってほしくて」
百瀬さんは、宝石みたいに目を輝かせる。
その輝いた瞳を、私はしばらく忘れることがないだろう。
◆
私は百瀬さん⋯⋯いや、茉白と、友達になった。以下は、その根拠および経緯である。
まず5限の物理移動教室を彼女と一緒に移動した。
茉白は自らを茉白と呼んでほしい、と主張した。次いで私のことを紫陽と呼びたい、と微笑んだ。
我々がパーティメンバーであることを外部に知らせるための暗号だろう。私は2つ返事で了承した。
5限と6限の間に私は茉白とジュースを買いに行った。
寄り道ついで、茉白は初代校長の銅像を見て、「これ汚いよね。掃除すればよいのに」と言った。「初代校長がこの学校の規則を作り上げたんだよ」と私が神城の受け売りをしたら、茉白は「アホくさ」と言った。
私は彼女の思想に心底感銘を受けた。
茉白と私は帰りのバスが同じであった。全く未知の情報である。よって私は茉白と一緒に帰った。そこで私は彼女と連絡先を交換した。いよいよSNSの使い方を習得せねばならぬと思った。
茉白は校内の事情にたいそう精通していた。最も驚いたのは、悦禍さんと神城が恋仲にあるかもしれない、ということだった。「噂だからわっかんないけどね~」と茉白は言う。
私が神城と友達になりたくて失敗した話をすると、茉白はとんでもなく大笑いした。
多分人生一ウケた。聖なる力を超越していた。
バス停を降りてからは茉白と別れて、私は家にたどり着く。
久しぶりの達成感。こんな私を、女神様は見てくれているだろうか。偉大なる聖女は、住む世界が変わっても常に挑戦を続けています。
『友達を作る』。——クエストクリア。
ゲーム内のフレンドに報告をしなければならない。
◆
ログインすると既にチームは盛況を見せていた。その時初めて、いつもより帰りが遅いことに気づいた。
「ハルさん、おつですー」「ハルさんだー!」「今日遅いですね」などとチャットが送られてくる。私は「こん^-^」と返した。
「テスト前とかですか?」
「全然です」
「そしたら狩りいきましょ。丁度@1」
「おk」
「ジョブそのまま?」
「うん。ていうか」
そんなことより報告だ。文字を打つ手が少し震える。何だか緊張する。
「リア友できたかもしれない←」
私の一言に、刹那パーティは凍りついた。一斉につく「⋯」の吹き出し。入力中の合図。随分と長い時間に感じられる。
「おおw」
「草」
「おめですw」
私のリア友報告は、それっきり何の発展も見せなかった。
◆
お風呂を済ませて、ベッドで横になりながら私はスマホを開いた。茉白宛にメッセージを送ってみる。深夜3時。
『私たちって友達で合ってる?』
ゲームの反応があったせいで不安になって、確認する他なかった。認識不足で狩る魔物が違っていたなんてことが聖女時代にあったので、確認は重要である。
既読は即座に付く。
『紫陽、夜おそ笑』。それから続けて『そだけど! なんかあったの』。
『いや、それなら安心』
『笑笑 紫陽おもしろい』
『ほんとに』
『てかさてかさ』
『?』
『明日の漢字小テストやった?』
私はやっていなかった。この世界に居ても多少の天啓を受けることができるので、勉強なるものに向き合ったことがなかった。学生諸君には甚だ申し訳ないと思いつつ、ゲームに時間を割くため仕方なかった。
『やってない←』
『やばいよ。先生がページ間違えて、10pズレてる』
『大変じゃん』
『あたし間違えたほうやっちゃった泣』
『ハハッワロス』
『なにそれ? 有名人』
『え』
『あれ、違う?』
『分からん。そうかも』
不安になって私は検索する。ただアスキーアートが出てくるだけだった。安心した私はそのまま寝た。
5
それから一週間。茉白は毎日のように遅刻してきた。私が今まで意識してないだけで彼女は遅刻魔らしかった。そりゃあれだけ夜ふかししてればそうなるだろう。茉白が遅刻する数の倍くらい私は神城に怒られた。
1限が終わるなり、茉白は私の背中をシャーペンで突っついて朝のことを愚痴る。
「紫陽、聞いて」
「どったの」
「あさ校門で捕まった。風紀委員長に」
「うわあ」
私は茉白にたいそう同情した。
「うだうだ言われたー。めんどうすぎる」
「よく耐えたね」
「そもそも、遅刻くらい許してくれたらいいのに」
それは賛否両論である。
「なんて言われたの」
「眠すぎて、あんま覚えてないけど」
茉白はとぼけた顔をして言った。
「なんかさ、紫陽の名前出してたよ。巡谷とつるむからこうなったんだろみたいな」
「私の名前?」
「うん。怖くない? なんであたしらの関係しってんの」
「わからん」
「風紀委員長さ、紫陽のこと好き説ない?」
「⋯⋯私を?」
「うん。あるって。ずーっと巡谷って言ってんだもん」
私はたいそう困惑した。それは女神の教えにない世界だった。『青春』はまだ勉強中である。
「困るな」
「紫陽、率直すぎてえぐい」
「そもそも悦禍さんと付き合ってんじゃないの」
「二股狙いとか」
であればただちに聖なる裁きを与えねばならない。
「⋯⋯あたしの推測だけどね。というか紫陽側はどうなの? ぶっちゃけ」
「何が?」
「風紀委員長のこと」
「友達になりたい」
茉白は声をあげて笑った。
◆
お昼休み。私はぼうっと考えてみた。よく考えれば神城が私を意識するのは私が特異的な能力を持っているからに他ならないはずだ。それは生徒会室の会話で明らかになっている。色恋沙汰など絡んでいるはずがなかった。
購買の帰り、廊下で悦禍さんを見かけた。茉白はお弁当だから教室で待っている。悦禍さんも私に気づいたみたいだった。
「あら、巡谷さん」
「こんにちは」
彼女は、大量のおにぎりと缶コーヒー2つを抱えていた。
「お昼休みも生徒会の仕事ですか?」
「そうよ。どうして」
「ご飯たくさん持っているので」
「律の分もあるから」
彼女は随分と得意気であった。
「がんばってくださいね」
伝えてから、私は違和感に気づく。
缶コーヒーがどちらもブラックだった。神城が飲めないことを説明してやらねばと思った。
「悦禍さん、そのコーヒーは2人分です?」
「そうだけど?」
「だったら、甘いものの方が良いと思います。風紀委員長、ブラック飲めないから」
彼女は黙った。
「律の何を知ってるの」
聞いたことのない低い声が、悦禍さんの喉からこぼれ出る。
「別になにも⋯⋯」
「言ったでしょう。関わらない方が良いって」
「私は避けてるんですけど」
「じゃあ律の方からあなたに接近してるってこと」
「その説の方があります」
悦禍さんは舌打ちした。靴箱ぶりに、私を臨戦態勢のような魔力の湧き上がりが支配した。
「⋯⋯これ以上、律に関わらないで」
「えっと、」
「良いから、関わらないでっ!!」
周囲が静かになって、視線が私たちに集められる。私はただ、悦禍さんの腕の中で潰れたおにぎりが可哀想で仕方なかった。
◆
3日後。
「紫陽、緊急事態。数学の教科書紛失です」と茉白が言った。茉白らしいと思いつつ、2人で探すことにする。
すると神城がわざわざ3組まで来て私のことを呼び出した。最悪の気分である。
「また余計なことをしたそうだな」
呼び出して早々、そんなことを言う。彼は至って真面目な顔をしている。
私は何の心当たりもなかった。遅刻したとすればそれは茉白だ。
「何もしてないですけど」
「グラウンドのフェンスを破壊しただろ」
「はい?」
本当に心当たりのない出来事だった。フェンスが壊れて改修工事されているのは知っている。神城は「証拠もある」とまで言い出す。
「破壊直後の写真。⋯⋯君が転校直後に屋根を壊したときの形状にそっくりだ」
「屋根は私ですけど、フェンスは違います」
「状況証拠もある。君が破壊される前にフェンス付近にいたという証言が寄せられている」
「どういうことですか?」
私は全く理解し得なかった。彼は大きくため息を吐く。
「裏切られた気分だ」
何だか私のことを信用していたかのような口ぶりだ。
「君が問題児なのは元からだが、この期に及んで大損害を引き起こす迷惑をかけるなんて思わなかったよ。根はまともだと、心のどこかで思い込んでいた」
「本当に違うんです。信じてください」
「今までの行いがなければ、信じられるんだが」
私は言葉を失った。
信仰心で生きる聖女が、他人に信用されないとは何たる皮肉。
「その写真は誰から提供されたものですか」
「絢珠だ」
「悦禍さん⋯⋯」
神城と彼女は、いつも一緒にいる。私の方が信用されないのは、ある種当たり前か。
「2度とこのようなことはするな」とだけ言って、彼は私の元を去った。特に反論する気力も湧かなかった。
ただ、間違った情報が彼の元に届いていることは、本当に納得がいかない。彼に嫌われるのは構わないが、誤りは訂正せねばならぬ。
教室に戻ると、茉白は教科書を見つけていた。
「紫陽の鞄にあったけど!?」と言う。
また心当たりのない出来事。
「もう、ドッキリするなら言ってよ紫陽~」
「どういうこと。私なにもしてないよ」
「まだボケてるー!」
「いや、本当に違う」
「⋯⋯えっ、違うの?」
それ以上、茉白の言葉は頭に入ってこなかった。
茉白にも間違った情報がインプットされている。この誤りも訂正しなければならない。茉白に嫌われてしまうのは⋯⋯。わかんないけど、何となくやだ。
風紀委員長の件と茉白の件で、現状の整理が追いつかなくなる。
落ち着いて、自分の置かれた立場を考えてみた。
最も単純だけど、最もあり得る可能性。
——私を陥れたい人間がいる。
◆
翌日の放課後。
聖女、いや、私の力というものは過小評価されすぎだろう。犯人は分かりきっている。
⋯⋯私の能力を使えば、裏取りすらも容易だ。
今日は茉白と一緒に帰れない。「先に帰ってて」とだけ伝えて、私は生徒会室に向かった。
部屋には彼女だけがいて、すぐに目があった。
私の存在を認めた悦禍さんは、特に表情を変えない。
「なにかご用? ⋯⋯律なら風紀委員の集会があるから、夜まで居ないけど」
「大丈夫です。悦禍さんに要件があるので」
「私?」
「ええ」
「何か話す事ある?」
「はい。十分に」
「そう。——まあ、どうぞ? 丁度暇だったし」
「ここだと狭いので、人気が少なくて広い場所にしませんか?」
私の提示の意味するところを理解していないようだったが、彼女は場所の移動に合意してくれた。
私は、ただの聖女ではない。
◆
悦禍さんと私は初代校長の銅像前まで来た。相変わらず誰もいない。こんなところ好んで来るのは神城くらいだ。茉白に言われてから意識するようになったが、銅像は確かに汚い。
「で、要件って?」
「どうして私のことを陥れたんですか。風紀委員長と茉白を騙して」
「⋯⋯えっと、何のこと?」
悦禍さんはとぼけるつもりである。もちろんそれくらい想定内であるが。
「問い詰めても答えないと思うので、見せてしまいますね」
私は、誰も居ない空間に映像を投影する。
そこに映るのは、グラウンドを業者の手で破壊し、生徒を買収し、茉白の教科書を私の鞄へ忍ばせる、悦禍さんらの姿。
こんな探偵ごっこに使われる私の能力が可哀想だ。ただ、彼女を十分驚かせることには成功している。
「なにこれ⋯⋯」
絶句するのも仕方がない。聖女の力を甘く見すぎである。現場に残された悪意から過去を抽出し、魔力で再現することなど、極めて容易だ。その能力のせいでこの世界に来たのはさておき。
「もう1度聞きます。どうして私を陥れたんですか。どうして私が事件を起こしたように偽装したんですか。⋯⋯どうして、茉白にいたずらしたように見せかけたんですか」
広い場所を選んだのは、映像を投影するため。人気のない場所を選んだのは、この映像を他の人に見せないため。私はあくまで、真実を追求することが目的だから。
「ふーん」
映像を見ていた悦禍さんは、しばらくして嫌な笑みを浮かべた。驚いたとみえたも束の間、思いの外冷静である。
そして彼女は、私への距離を詰める。
悪魔のようだった。
「巡谷さん」
声が殺気を帯びている。
「その映像を、いくらでも学内で公開すると良いわ。⋯⋯何人が信じるか分からないけれど」
彼女はまだ私の質問に答える気がないようだ。ただ自らが余裕であると言わんばかりにまくし立て始めた。
「私を公開処刑したいなら、好きなようにしなさい。その時、あなたの立場はどうなるかしら?」
また、彼女が一步こちらに近づく。
「私の父は研究者なの。⋯⋯国立研究機関のね。もし、あなたの存在を噂レベルじゃなく、娘である私が、根拠を以て暴露したら、どうなってしまうと思う? その魔法みたいな能力の存在を、全世界の研究者がこぞって知りたがるでしょう。⋯⋯研究者に目をつけられるだけならマシ。国家レベルで、あなたの人生自体が管理されることになる。私はあなたの映像で、事実か信用しきれない悪事を公開されるだけだけど、あなたは本当に人生が終わる」
⋯⋯くだらない。
本当にくだらない、と思った。
私のことをそれだけの異物だと認識しておきながら、簡単に国の管理化へ置かれる可能性だけを考えているのがくだらない。その魔法とやらで、私が暴走する可能性を考えられていない。
私の倫理観がこの世界から逸脱していて、保身のためなら殺生を厭わない性格の場合を、彼女は考慮しきれていない。
ここで彼女自体に裁きを下すことだってできるのに。
状況は一向に動きそうになかった。彼女も私も、自らが優位であると思っている。
そんな平行線のとき。
「何をしている。絢珠」
神城が不意に現れた。
◆
彼の存在は想定外だった。これは私の計画ではない。そもそも風紀委員会で集まっているとさっき悦禍さんが言っていたはず。
神城を認めた悦禍さんは、直前までの威勢が嘘みたいに青ざめている。彼女にとっても想定外のようだ。
「律⋯⋯なんで⋯⋯」
その声はひどく震えている。
「銅像があまりにも汚いという意見票が山のように入っていたから、気になって見に来た。——そしたら君らがいた。何を話しているのかと思ったら、失望したよ」
神城は冷たい目で悦禍さんを見つめている。そこで私が初めて知る情報を彼は話した。
「両親の交わした規則だ。許嫁なんて慣習、馬鹿げていると思ったが、社会益のためなら、僕は当然そのルールに従うつもりだった。——君が全うな人間である限りは」
どうやら2人は婚約を定められた関係だったらしい。元の世界ではよく聞いたものだが。
「違うの、律、聞いて」
「何を聞けばよい」
「えっと⋯⋯。ぁ⋯⋯」
言葉を失った悦禍さんは、与えられた沈黙を破らない。親に定められた婚約であっても、悦禍さんは神城に好意があったのかな、なんて思う。別に私はそれを踏みにじるつもりなどないが。
何も言えない彼女へ見向きもしないで、神城は私に頭を下げた。きっと神城にとって秩序を乱されたことはこれ以上ない裏切りなんだろう。
「この前は酷い言い方をしてすまなかった。騙されたまま君を強く批判したこと、大いに反省すべきだと思っている。申し訳ない」
「大丈夫ですよ。写真と証言があって騙されないことなんてありえないですから」
その張本人が、信じていたはずの相手ならば尚更。
謝罪ばかり聞き続けても仕方ないので、私はその場を離れた。⋯⋯ゲームしたいし。
こっから先は2人の問題だ。冒険者みたく依頼してくれれば手助けしないでもないが。
あの後2人がどうなったのかは知らない。神城が、「自分の行いをもう1度見直せ」と泣き縋る彼女に言っていたところまでは覚えている。
◆
2人から離れた私が門を出ると、誰かに突然肩を叩かれた。
——"友達”。
「おっつかれー、紫陽」
先に帰ってと伝えたはずの彼女が、何故かまだ学校にいた。
「えっ、茉白。なんで」
「誤解解けたっぽい?」
そして彼女は事のおおよそまで把握してそうだった。
「まあ、多分解決」
「ないすぅー」
「何で知ってるの?」
「チラ見してたから」
「何でチラ見してたの?」
「なんか大切なことするんじゃないかなあーって思って、帰らずに後追った。神妙な顔つきしてたもん」
「すご⋯⋯」
彼女は聖女より強い力を持っているかもしれない。
「そしたら書記と話してんじゃん? 書記の雰囲気からして男絡みじゃん? てことは風紀委員長関連じゃん?」
「全部分かってる。なにその不思議な力」
「女子なら誰でも分かるよ」
じゃあ私は女子じゃないかもしれない。
「加勢するか悩んだんだよねえ。だって紫陽、追い詰められると書記のこと殺しそうじゃん」
「私のことなんだと思ってるの」
裁きを下す手前までいったので、茉白の推測は正しい。
「けど加勢して2人で書記を追い詰めても、あたしらが一方的な加害者になるからやめた! 風紀委員長にこの現場を見てもらうのが1番いいと思って」
「どうやって呼んだの」
「はじめは直接言ったんだよ。でも遅刻魔の言葉だから信用されなかった。『委員会があるから』とか言われた。意味不明。だからあいつの性格を利用して」
「もしかして」
『銅像があまりにも汚いという意見票が山のように入っていたから、気になって見に来た』。
神城の言葉。
意見票とは仕組まれたものだったのか。
「おん。開票前の意見箱に『銅像汚すぎ』って書きまくって入れた。500票くらい」
「天才だ。茉白」
私は思わず笑ってしまった。茉白の言う500票なので実際はおそらく3票くらいだろう。
「手貸してくれて嬉しい。ありがと」
「友人のピンチだからね」
なるほど。魔法以外にも人を助ける方法があるというのは良い学びだ。
お礼に私は、茉白に面白いゴシップを提供する。
「風紀委員長と悦禍さん、許嫁らしいよ」
「マジで!? そんなことあるの!?」
「ガチ」
「付き合ってるより上かも」
「そんな凄いの?」
「えたぶん宇宙一凄いよ」
茉白がそう言うってことはあまり凄くないのだろう。
「私が恨まれたことに、直接関係あるのか分かんないけれど」
「もぅ~、紫陽わかってるくせに」
「嫉妬だよ」、と茉白は悦禍さんの中にあるだろう醜い感情を、はっきりと口にした。
「私はその感情のせいで風紀委員長相手にガセネタばらまかれて、大変だった。ガセネタの誤解が解けたので、まあ解決ってところ」
「なら良かったね!」
茉白にも誤解があるはずだ。教科書の件。
そちらも弁明せねばならない。
「これは茉白が信じるならで良いんだけど、教科書の件も嵌められてて⋯⋯。私が隠したんじゃなくて、悦禍さんが」
「あー、それは知ってるよ?」
「えっ?」
彼女は想定外の言葉を口にした。
私が抽出した過去は、周りに誰も居なかったはずだ。
魔法も祈りも持たないはずの茉白が、そのことを知り得るはずがないのだが。
「だって紫陽が、違うって言ったじゃん。なら違うでしょ」
「それだけで⋯⋯?」
「それ以上に信用できるものある?」
「⋯⋯」
「あっ、紫陽照れてるー!」
そう言って茉白は笑った。
何だか、経験したことのない感情が私の中に舞い降りてくる。
暖かい⋯⋯? ——女神様のご加護と違って、内から湧いてくる。安心感と心地よさに包まれた感じ。
はっきり分かんないけど、友達って、こういうものなんだろう。きっと。
だったら、たくさん居たほうがこの世界は楽しいかもしれない。
次の目標は、2人目の友達を作ることだ。
どうかそれまで女神様の加護がありますように。
⋯⋯やっぱり攻略するなら風紀委員長だろうか?




