9話
金糸の髪。
ピジョンブラッド・ルビーの瞳。
計算され尽くした、美しい弧を描く口角。
この国の王女であり、 豪奢なベッドから、半身を起き上がらせている少女。
「ジャック・ニルソン、参上いたしました。国の星、エリーゼ王女殿下へご挨拶をさせて頂きたく――」
「飽きたわ」
「ですが……」
「何度、顔を合わせていると思っているの」
兄であるレドモンド殿下に似ている顔で、意地悪く笑う王女殿下。
「ですが、エリーゼ王女殿下は尊きお方。ご挨拶をするのは慣習と規律がありまして」
「だからといって、毎回長々と挨拶を聞かされる身にもなってみなさいよ」
エイブラムなんて、話だけで10分よと笑うエリーゼ王女。
ふふ、と手を口で覆い隠し緩やかに目を細めている。
私は侍女が置いてくれた椅子に座り、テーブルにバインダーを取り出す。
「当たり前です。敬うべき方なのですから」
「そうよねぇ。敬うべきなのよねぇ」
口角をあげ、わざと意地が悪い顔をするエリーゼ王女。この笑い方は。
「それなのに、どこぞのお馬鹿さんは私のための髪を切ってしまったのだから」
「……っ!それはっ……!」
言葉が詰まる。上手い言い方も、理由も何も見つからないから。
緊急だったから?いや、言い訳だ。なら、普段からもっと備えるべきだ。
魔力が足りなかったから?いや、自分のミスだ。魔力の計算を甘く見ていた。
「……私の、判断ミスです」
思わず顔を伏せた。
絞り出すような声が精いっぱいになる。
私の回答に、エリーゼ王女は呆れたような声を上げる。
「でしょうねぇ。貴方ねぇ、もう少し人に頼ることをしなさいな」
「仰るとおりで……」
そうだ。あのときもっと良い判断が出来たはずだ。
例えば、他の神父やシスターに声をかけるとか。
例えば、キース司祭に指示を仰ぐとか。
考えは浮かぶも、結局は一つの決断に思い当たる。
(もっと、自分に力があれば……)
はぁ、とため息が聞こえる。顔を上げると、頬に手を当ててエリーゼ王女だ。
「何度も言うけどね?貴方、本当に人に頼るのが下手ね。キース司祭や教育係がいるでしょう?もっと彼らに頼りなさい」
「仰るとおりで……」
「といっても、貴方は何でも自分でやろうとするものね。もう少し、周りをよく見た方が良いわ」
「……肝に銘じておきます」
「エリーゼ、ジャックをいじめてやるな」
明るい声。振り向くと、箱を抱えたレドモンド殿下がドアの前に立っていた
「お兄様!いらしていたの?」
同じく明るい声でレドモンド殿下へ話しかけるエリーゼ王女。威厳ある姿とは違い、まさしく『兄を慕う妹』だ。
「あぁ。西が落ち着いたから、一度戻ってきた。ジャック。離宮の休憩室にいた青年は助手か?」
箱を侍女に渡しながらお茶の催促をするレドモンド殿下。
「会ったのですか?レドモンド殿下」
「軽くな。ただ、緊張しっぱなしだったから挨拶だけしてこっちに来た」
「王太子が突然現れたのですから、当たり前でしょう……」
ユウシも驚いただろう。急に、国の王太子が休憩室に来て挨拶をしたのだから。
縮こまるユウシを想像しつつ、次の診察の準備をする。
「ん?あぁ、それもそうか。ジャック、診察は?」
「今からです」
「なら、見てるか」
用意して貰った椅子に座り、お茶とケーキを食べ始めるレドモンド殿下。エリーゼ王女はその様子を見て、「ジャック、早く診察を!」と促してくる。
エリーゼ王女の枯れ枝のような手を取り、魔力をゆっくりと流していく。
以前よりも、大分穏やかになったものの油断はできない。
魔力を流すことに集中しているが、何やら視線を感じる。
顔を上げると、エリーゼ王女が私の少し上を見て目を輝かせていた。
「髪、本当に切ったのね……」
珍しいものをみた、と言いたげな声音だ。
「……申し訳ござません。なんと、お詫びをすれば良いか……」
「別に良いわ。貴方が後先考えずに行動するなんて、少し珍しいもの。良い物を見れたわ。……それに、怪我をした人間は助ける。貴方と先代が持っている信念でしょう?」
ふふ、と柔らかく笑うエリーゼ王女。顔を見ることが出来ず、魔力の流れに集中するふりをして顔を下げる。
(なぜ、誰も責めないんだろう……)
怒鳴られれば、あるいは他人が私に対して責めるような言葉を吐けば。
私は、少しだけ救われる。
なのに、周りは私に対して責めるような言葉を一つも言わない。
「短い髪もお似合いよ。ジャック」
「正直、落ち着かないですね……」
「あら、いいじゃない。私の治療が終われば、貴方は髪を伸ばさなくても良くなるのに」
「そう、ですが……。昔からの癖でして……」
「慣れないだけね」
「そうですね……」
「エリーゼ、あまり人を口説くなよ?来春、婚約するんだから」
「そうなの。ジャック、聞いて。私、婚約するの」
「そうですか、婚約とはめでたいですね……。……婚約!?」
魔力が切れてしまったが、構っていられない。
初めて聞いた。来春?
発端のレドモンド殿下は、側近から何か紙を受け取っている。
「あぁ。ジャックもあったことがあるはずだ、南国の。ほら、オレンジ髪の」
「あの方ですか……!」
エリーゼ王女の状態を知ってなお、「私が、彼女を欲しいのです」と言い放った王子が一人いる。
一回、お会いしたことがある。
私を見て、何かを勘違いしたのか殴りかかられそうになった。
話をすると、「すまない!エリーに近づく男が許せなくて!」と頭を下げられた。
一国の長が、他国の平民に対して、頭を下げた。
あれほど、真摯に謝る姿を初めて見た。
おめでたい気持ちと共に、背中はずっと冷えっぱなしだ。もしかしたら、顔も青ざめているかもしれない。
婚約自体なら、あまり意味は持たない。それは、平民の話だ。
貴族や王族の婚約は、それ自体に「意味」がある。
(治療が、間に合わない……!)
本来の治療計画なら、来春にはデビュタントの準備が始まる。
王族のデビュタントを経て、同タイミングで婚約を発表するつもりだったのだろう。
「ジャック。お相手はエリーゼの状態を知ってなお、求婚してきたんだ」
「で、ですが……」
「なら、もっと分かりやすく言う。国益に関係することは、ほとんどない。自由恋愛の域だ」
「自由恋愛……」
「ええ、そうよ!楽しみだわ。南国には何があるのかしら、お兄様」
「珍しい果物があると聞いた。エリーゼだけの庭園を用意しているとのことだ」
「まぁ!嬉しい!庭園パーティもしたいわね!……お兄様、大変。私、まだダンスが踊れないわ」
「踊れても踊れなくても、彼は気にしないさ」
身体の末端から冷えていく。
もっと、自分が何とかすれば。
もっと実力があれば。
もっと、もっと、もっと。
(まだ鍛錬が、足りない)
「ジャック」
突然、レドモンド殿下から声をかけられた。
「ユウシにも言ったが、気にするな。次は、もっと周りを頼れ」
顔を上げレドモンド殿下の顔を仰ぎ見る。
得意げに、瞳に優しさを秘めた彼の顔は少しトレヴァー兄さんに似ていた。




