8話
昼食後、私に来客があった。
「王家専属治癒師、ジャック・ニルソン殿! お迎えに上がりました」
王家にある客人用の馬車が教会の前に止まる。二頭立てであり、装飾は派手ではなく堅実なつくりである
けれど、よく見ると全てが一級品ばかりの素材でできているのがわかる。
運転を担当しているのも、通常の御者とは違う。
護衛も兼ねて、騎士が担当してる。
(トレヴァー兄さんから貰ったカフスリンクス)
どうしようか悩んだ末に、カソックの一番上にあるボタンと交換してつけることにした。
隣のユウシは、馬車を見て目を丸くしている。
「いつも、ありがとうございます」
「任務ですから! その、ジャック殿。隣にいるのは……」
「先月から助手を迎えまして」
「……っ、ユウシと言います!」
馬車を興味深げに見るユウシを、軽く小突く。はっとした顔をした後、急いで頭を下げるユウシ。
「なるほど。エリーゼ様がお待ちです。お早くお願いします」
「わかりました」
2人で馬車に乗り、扉を閉めて天井を二回たたく。ガタッと一瞬だけ大きく揺れたかと思うと、馬車は静かに王城へと走り出した。
「……っはー!! 緊張しますね!」
ユウシは、大きく息を吐いた。緊張していたのか、額には汗がにじんでいる。
「私も最初は緊張しました。最近、ようやく慣れたところです」
「ですよね!にしても、やっぱり王族の馬車は違いますね!全く揺れないし、ケツが痛くない!ふっかふか!」
興奮したように、目線をあちこちにせわしなく動かしクッションを手で押すユウシ。
私は一瞬だけ、窓の外を見るとユウシに向かい合った。
(まだ、つかないな……)
「ユウシは、馬車に乗ったことはあるのですか?」
「ありますよ!冒険者の時は、移動は徒歩か馬車だったんで。……まぁ、乗り心地はなんとも言えなかったんですけどね」
気まずそうに目線をそらすユウシ。
「なんとも言えなかった、とは?」
「すっっっげぇ、揺れるんですよ!辻馬車って!」
「辻馬車とは?」
「あぁ、相乗りの馬車のことです。ギルドの本部と支部を結ぶ馬車があるんです。それに乗って、いろんな場所でのクエストをこなしていく感じです」
「そうなっているんですね。……でも、時間はどうするんですか?馬車だと、移動の時間がかかりますよね?」
「馬具があるんですよ。身体強化を付与してあるやつが。もちろん、途中で馬を替えていくときもあるんですけど……。舗装路がないし、そもそも速度がこの馬車より早いんで揺れます。あと、座る部分にクッションとかありません」
ユウシは、引きつった口元でなんとか笑顔を作り出そうとしている。反対に、遠くを見つめている茶色の目にハイライトがない。
(かなり、きつかったんでしょうね……)
「なので、エリザベス様とかすごかったですよ。文句が。『どうして、こんなに悪路なんですの!?』って」
「貴族の方には、辛いでしょうね」
「そうらしいですねぇ……。僕と、アレックスとガントはわからなかったんですけど……今わかりました。エリザベス様が言っていたのが」
「……一度は乗ってみたいですね」
「え!? ほんっっっとに、きついっすよ!? ケツ、爆発しますからね!? 座れなくなりますよ!?」
ユウシの鬼気迫る表情に吹き出してしまう。
「ジャックさん!? なんで、笑うんですか?」
「い、いいえ……。あまりに、ユウシが真剣なもので……。あと、せめてお尻と言った方がいいですよ」
「真剣にもなりますよ!」
そうこうしていると、馬車が静かに止まった。ドアをノックされ、開けると騎士と眉をひそめ怪訝な顔で私たちを見ているエイブラム殿が立っていた。
「ご歓談中のところ失礼いたします。到着いたしました」
「ありがとうございます」
「あ、ほんとだ」
馬車から降り、眼前の城を見上げる。白く荘厳な建物。この国の王族の権力を表したような城だ。
憮然とした顔をしたエイブラム殿が私の目の前にやってくる。私は頭を下げ、挨拶をした。
「ジャック・ニルソン、参上いたしました」
「はい、ご苦労です。……ジャック殿、後ろの人間は?」
エイブラム殿は私の髪を見ると、眉をしかめた。そのまま、後ろのユウシに視線を向ける。
「助手のユウシです」
「こ、こんにちは! ユウシと言います!」
焦ったように頭を下げるユウシ。エイブラム殿は、ユウシを一瞥するとすぐに城の中へ歩みを進めた。
「早く来なさい。エリーゼ王女がお待ちです」
廊下を歩くと、メイドや執事から頭を下げられる。
(未だになれないな……)
確かに王家専属治癒師の地位は保証されている。だからといって、こうやって恭しい態度を取られると不思議な感覚になる。
ユウシは、怪しまれないようにしつつ至る所をキョロキョロとみている。
「すごいっすね……」
こそっと耳打ちをしてくるユウシ。同じく、静かな声で返す。
「はい。ここで使用人として働いている方たちも、貴族ですから」
「え? そうなんですか?」
「えぇ。爵位や婚姻などの関係で、ここで働いている人たちがほとんどです。なので、粗相はしないでくださいね?」
「わかってますって」
「2人とも、何を話しているんですか?」
突然、エイブラム殿に話しかけられ思わずビクッと肩を上げてしまう。ユウシも同じような反応だ。
「ユ、ユウシがここはすごいところだなとのことで」
「ふん。当たり前でしょう。我が敬愛なる陛下が作り上げたのですから。そもそも、平民はあらゆることに対して無知が過ぎます。そもそも、この国が立ち上げられたのは――」
鼻を鳴らして、エイブラム殿はこの国の成り立ちから話し始めてしまった。
「あ、あのエイブラム殿? エリーゼ王女殿下の元へ参りましょう……?」
熱く語っているところ申し訳ない気持ちがありつつ、エリーゼ王女の様子を見たい私はエイブラム殿に声をかけた。声が予想より小さくなってしまったが、エイブラム殿には聞こえたようで彼は咳払いをした。そして、そのまま案内を続ける。
「私はここまでです。それでは、ジャック殿。……後は、頼みます」
「わかりました」
エイブラム殿は、胸に手を置き頭を下げエリーゼ王女専属の侍女長に挨拶をして去って行った。
エリーゼ王女がいらっしゃるのは、南の離宮だ。そこは、陛下・レドモンド殿下・私を除いて男子禁制となっている。
門には護衛騎士が2人、中には女性騎士が複数。あとは、侍女長と数名の使用人だ。生活の全てが、この離宮で成立するようになっている。
侍女長は一瞬私の髪を見てぎょっとした顔をしたが、すぐに取り繕って何でもないといった態度を装う。
「……さて、ジャックさん。エリーゼ様の元へ案内いたします。……そちらの男性は、ここでお待ち頂いても?」
侍女長がユウシを手のひらで指し、困ったような顔をして聞いてきた。
「待ってください。彼……ユウシは私の助手です」
「ええ。ですが、ここより先はエリーゼ様の私室。治癒師であるジャックさんはいいとして、ただの助手であるユウシさんをエリーゼ様のお部屋に入れることは出来ません」
わかっていますよね? と言いたげに私の顔をキッと睨む侍女長。
「そう……ですけど……」
私は何も言えなかった。侍女長の言っていることが正しいと思ったからだ。私は診察の一環で、エリーゼ王女殿下のお体に触れることになる。
男性の中には変な気持ちになる人もいる……らしい。
侍女長は、そこを心配しているからこそだ。あえて厳しい言い方で、私たちに話をしている。
(といっても……。どうやって、ユウシは危害がないことを話すべきか……)
「あ、じゃあ。待ってますよ」
「へ?」
ユウシがあっけらかんと待っていると発言した。気の抜けた返事をした私を見て、ユウシは笑いをこらえている。
「へ?って……! へ?って言うんですね、ジャックさん……はは!」
「あ、いや、その……そこじゃなくて」
「はー……笑った。待ってますよ? エリザベス様から聞いてましたけど。未婚の乙女は、肌をみだりにさらしてはいけないってことですよね?」
「そう、ですね」
「ジャックさんは、治癒師として王女様とお話をするんですよね?なら、僕は特にやることがないし、待ってますよ」
あ、お茶とか出してもらえるとありがたいですと話すユウシ。侍女長もぽかんとした顔で、ユウシと私の顔を交互に見ている。
「……良いのですか? 私が言った手前ですが」
「うん、まぁ、大丈夫ですよ。それに、その……」
「?」
「王女様に会うって……。僕、今まで平民なので緊張がすごいです。できれば、その……顔を合わせない方が気楽というか……」
そろ~と目をそらして気まずそうな雰囲気を出すユウシ。
そうだ。普通なら、王族にお目通しすることすら不可能だ。私は自分の頭を軽くたたく。あまりに自然と通っているから気づかなかった。
侍女長はユウシの反応を見て、頬に手を当てる。
「……それもそうですわね。では、ジャックさんはこちらへ。……誰か、いませんか?」
侍女長が手を叩くと、一人のメイドがやってきた。侍女長は彼女に、離宮の手前にある客間にユウシを案内するよう命じた。
ユウシはメイドに連れられて、来た道と逆の方向へと進んだ。
「お茶飲んで待ってますね~」
ひらひらと手を振るユウシを私と侍女長で見送る。
「……貴方とは、違うタイプの人ですね」
「そうですね……」
「ただ、似ているところはあります。それでは、行きましょうか」
「え? どこか似てますか? 私」
「えぇ、エリーゼ様と初めてお会いするときの態度にそっくりで。あの時は、先代の背中に隠れて『わ、私ごときがエリーゼ王女殿下様へお目通しが出来るなんて……』って。覚えたての敬語で精一杯だったのよね」
「……忘れてください」
ほほほと優雅に笑う侍女長。私は頭を抱える。確かに、初めてお会いした時も緊張していたが、さすがにユウシとそっくりではない。はずだ。
「さて、と。エリーゼ様のもとへ案内いたします」
離宮の奥へと向かっていく。
豪華な装飾とは裏腹に、回廊は静かで寒々しい。
どこか重厚な空気が、私を静かに押しつぶす。
「……そういえば、ジャックさん。手紙に書いてあったことは、本当なんですか?」
にこやかな笑顔を崩し、真剣な顔で私と相対する侍女長。
「えぇ」
「まぁ、そうですよね。貴方の髪が短くなっていて、柄にもなく動揺してしまいましたから」
「あの……このこと、エリーゼ王女は……」
「それは、ご自分の目で確かめてみては?」
にこやかに、かすかな怒りをまとわせながら扉を開ける侍女長。部屋には豪華な天蓋付きのベッド、二人のメイドがベッドにいる一人の少女を起こし助けている。
「あら、ようやく来たのね。ジャック」




