6話
教会にある応接室。扉をノックすると、聞き覚えのある低めの声で返事が返ってきた。
ドアを開けると、長い茶髪を一本結びにしている男性が開け放した窓辺で紙巻タバコを吸っていた。彼は、茶色の目で私を見ると口元を緩ませる。
「失礼します。……久しぶりですね、トレヴァー兄さん」
「ジャック!久しぶりだな!」
兄さんは手持ち灰皿に吸い殻を入れ軽く服を叩いた後、私を抱きしめた。背中をバンバンとたたかれて少し痛い。
「兄さん……痛いです」
「悪い、悪い。……んで?後ろの茶色いのは誰だ?」
「ユウシと言います!ジャックさんの友達兼弟子です!」
「ユウシ!?」
振り向くと、ティーセットを持った笑顔のユウシが立っていた。
「はぁ~ん、我が弟に友人が出来たのか。嬉しいなぁ。改めて、ニルソン商会でトップ張ってるトレヴァー・ニルソンだ。よろしくな」
「は、はい!えっと、ユウシって言います。元は冒険者で、今はここで働いています。ニルソン商会の作った収納袋がすごく便利で、今も使ってるんです。防水なので、どこでも使えますし」
「あれか!そういえば、冒険者の需要があるってデータが出てだな。今後とも、ごひいきに」
「はい!」
「……話をしてもいいですか?」
なんとなく、2人の様子につまらなさを感じる。私がそう言うと、兄さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「なんだなんだ!嫉妬か?お前の兄さんは、いつだってお前を大切に思っているぞ~」
「……そうじゃありません」
「俺は嬉しいんだよ!ジャックに友人が出来て。まぁ、座って話をしようか」
私の隣にユウシ。向かい側には兄さんが座り、話をはじめた。
今回はどこに行ってきた。こんなところに買い付けに行った。こういう人と会った。
兄さんの話は飽きない。
「それでな、俺と同じ魔法が使えない人間が集まった街があるんだ。ギアニックって言うんだが、石炭や石油で街を動かしているんだとさ」
「……魔法なしで、ですか?」
「おう!いろいろと話を聞けたからな。これで、レイチェルの研究もはかどると思う。いずれは、実用化だな」
「それは、よかった。レイチェル義姉さんは元気ですか?」
「あぁ、さっき顔を見せに行った。ずっと研究してたよ。また、一緒に来るからな」
「ジャックさん、お姉さんがいるんですか?」
私たちの話を聞いていたユウシが、驚いた顔をして質問をしてきた。
「といっても、兄さんとは婚約者の関係なので、まだですけども」
「レイクッド子爵の娘、って言えばわかるか?」
「王都の水道を一手に管理している家……でしたっけ?……え、貴族じゃないですか!?」
この国は平民と貴族が結婚するのは、非常に難しい。兄さんも本来なら、諦めるところだ。
「そうだ!子爵家といえど、身分差があるからな。それに、レイクッド子爵家は長い歴史を持つ旧貴族派だ!本来なら結婚はおろか、出会うことすら難しい」
「なら、どうやって結婚したんですか」
「ユウシ、それは聞かないほうが……」
ユウシが質問をすると、兄さんは立ち上がり拳を握り熱く語り始めた。
「そうだ!普通ならな!だが、俺はトレヴァー・ニルソンだ!平民だの魔法が使えないだの言われたが、関係ない!俺は俺の力で、成り上がってきたからな!そも、俺がレイチェルと出会ったのは本当に偶然だった。知り合いから夜会に出てみないか?と言われて、とりあえず出たのが始まりだった。貴族のご令嬢が俺のことを見下しかつ、金づるとしか見ていない視線と建前の中で!レイチェルは、はっきりと「魔法が使えないことへの、メリットとデメリットをお聞かせくださいませんか?」と言ってきたんだ!あまりに失礼すぎて笑っちまったよ。思わず「あんたも、俺を見下しているのか?魔法も使えない、平民上がりの俺をさ」って言葉を吐いちまった。その返答は何だと思う?「魔法も使えない、平民上がりは事実ですよね?ただ、私が貴方を見下しているのは貴方の解釈では?」ってな!そのとき、俺は貴族令嬢にも偏見を持っていると自覚したのさ!あのときのレイチェルは、美しかった!もちろん、今も変わらないが特にあの意思の強い緑の目が――」
(もう少し、早く止めればよかった……)
兄さんはレイチェル義姉さんの話になると、止まらなくなるって。
私はこの話をすでに両手の指を超えるくらい聞かされている。本当に愛しているのはわかっているけれど、これを初対面の人に話すのはどうだろう。
ユウシが、口元を手で隠しながらぼそぼそと話をしてきた。
「普段から、こんな感じなんすか?」
「えぇ、まぁ……。しばらくすれば、落ち着くので待っていましょう」
兄さんのカップに入ったお茶が冷めた頃、兄さんはようやく落ち着いたのかカップを豪快に傾けた。
「はぁ~……。レイチェルのことを話すのはいいが、疲れるのがいやだな。愛する人の話をするのに疲労がたまるなんてなぁ……」
「好きなことでも、疲労がたまるのはよくあることですから」
懺悔室で話を聞いていると、「好きなことなのに、疲れて仕方ない」といった話をしてくる人が多い。
「……ジャックも、そうなのか?」
椅子に深く座り足を組んだ兄さんが、にやりとしながら問いかけてくる。その発言を流しつつ、今日の来訪について改めて聞く。
「今日、帰ってくるのは知っていましたが、ここに寄る理由は何だったんですか?手紙にも何も書いていなくて」
「まずは、これだ」
そういいながら兄さんは皮の袋を取り出した。ずしりと重い袋の中身を覗くと、金
貨が数十枚入っていた。
「寄付だ。……まぁ、寄付というかジャックへの生活費みたいなもんだ」
「生活費?」
「あぁ、俺らの親ってのがまぁ……。端的にいうと、くそ野郎なんだ。ユウシ、お前は俺を見てどう思った?」
「えっと……。茶色のスーツが良く似合うかっこいい男性だなって」
「ジャック~、いい友達を持ったじゃねぇか」
「……兄さん、続きを」
にやにやする兄さんにくぎを刺す。さっと、表情を変え真剣な顔で話を続けた。
「見ればわかるが、俺には魔力が一切ない」
近くにあった魔力灯に火をつけようとするも、一切つかない。降参、とでも言いたげに両手をひらひらと振る兄さん。
「あれ……でも、トレヴァーさんって僕と同じ髪色ですよね?」
「魔力は髪と目に表れるってやつだろ?ユウシ、お前の目には違う色が混じっている。言われたことはないか?」
「あ、アレックス……昔のパーティメンバーに言われたことがあります。緑がかってるって」
「だろ?俺はそういうのが一切ない」
ほら、と言いながら兄さんは前のめりになり前髪を上げ、両目を見せてきた。
マホガニー材を思わせる濃く深い茶色の目。一点の曇りなく、磨き上げられた高級家具のようだ。
「……ほんとだ……」
「魔力がない奴の方が珍しいからな」
ユウシが、呆気にとられたような声を出す。トレヴァー兄さんは、軽く髪を整えると椅子に深く座りなおした。
「で、ジャックが生まれて魔力検査をしたとき、俺たちの親がめちゃくちゃ喜んだ」
「……平民から魔力持ちが生まれたからですか……?」
「いや。『この子は、神様から選ばれた!』ってな。俺たちの両親はまぁ、いわゆる『敬虔なる信者』ってところだ。で、ジャックを優遇して俺を差別し始めた。その時、俺はまだ10歳だ」
「……正直、兄さんを蔑ろにするのはどうかと思いました。私が魔力持ちといっても、教会で検査するまでは普通だったんですから」
あの時は怖かった。長い髪を切ってと頼んだら、「そんな罰当たりなこと、できるわけがない!」って怒鳴られたからだ。
「といっても、ジャックは生まれてすぐに魔力持ちだってわかったしな。緑の目だったし、髪も緑だった。ただ、何が使えるかは分からなかった。治癒魔法は貴重だし、親は『このまま、貴族専属に!』って考えていたんだろうよ」
「それで、魔力検査をして教会に?」
「はい。当時の専属治癒師が、後継者を探していました。私としては、魔法も学べ少ないながらも給金がもらえるのであればと思い、5歳で教会に入りました」
「考え方が、大人すぎませんか?ジャックさん」
「まぁ、俺はその時いなかったからな。あとから聞いて驚いたけどな」
「トレヴァーさんって、その時何してたんですか?」
「あぁ。海にいた。ある行商人に弟子入りをして、世界を回ってた。親から『あんたにかけるお金はない。魔力無しなんだから』って」
「酷い話ですね」
「いや?世界中回っているけど、一定数そういうやつはいるぞ?……まぁ、俺は親代わりの人に出会えたからよかったけどな」
懐かしむ顔をする兄さん。私も苦労はしたけど、兄さんは魔力なしだ。だからこそ、様々な苦労をして今の地位を。王室御用達の看板を掴んだ。
「そうだ。寄付もなんだが、今日はジャックに提案をしに来たんだ」




