4話
目を覚ますと、見知った天井が見えた。
身体を起こす。キース司祭か、別の人が自室へと運んでくれたらしい。
(昨日……確か……。そうだ、魔力による解毒をしたんだ)
「水……」
ベッドサイドに置かれた水差しを取る。レモン果汁が入った水を飲み干し、背筋を伸ばす。
「いっ……た……」
節々から、骨のきしむ音が聞こえ、痛みが走る。
身体を動かすたびに、ギシギシと音が鳴る。
(過剰使用をすると、こうなるんだった……)
普段なら、あんなことはしない。緊急事態だったから、仕方ない。
ギシギシと鳴る身体で起き上がる。
なんとかカーテンを開けると、既に濃いオレンジ色の光が部屋一杯に飛び込んできた。
「夕方……」
どうやら、丸1日寝てたらしい。とりあえず、身支度だけでもしなければ。
なんとか顔を洗い、痛みに耐えながら着替えをしていると部屋のドアがノックされる。返事をすると、キース司祭が入ってきた。
「ジャック、起きては……いるな」
「はい……」
「無理をするな……と言いたいところではあるが、起き上がれるのなら来て貰いたい場所がある」
「わかり……ました……。例の青年……ですか?」
「あぁ。……来て貰うことも出来るが」
怪我人に歩かせるわけには行かない。
きしむ身体を起こしつつ、キース司祭へ返事をする。
「い、いえ。歩けます……」
立ち上がり、借りた杖を着きながら歩く。キース司祭は私の様子を察してか、いつもよりも少し遅く歩いてくださった。
「青年……ユウシと言ったな。彼は、日が昇ったあたりで目を覚ました。記憶が少々混濁しているが、それ以外は問題ない」
「後遺症もないんですね……」
「あぁ。後で、食事を持ってこさせる」
治癒室につき、扉を叩いて開ける。消毒液の匂いがふわりと鼻を掠る。
「あ、司祭さん……と?」
一番奥のベッドには、茶色の目で私とキース司祭を交互にみている青年が起き上がっていた。
「あぁ、彼はジャック。王家専属治癒師で、ここの神父もしている」
「ジャックと申します」
ピキピキとなる背骨の痛みをごまかすように笑う。
私の表情を見て、一瞬だけ眉間にしわが寄ったがすぐに笑顔を浮かべた青年。
「えっと、ユウシって言います!あ、さんとかはいらないです!」
「よろしくお願いします」
「では、私は騎士団長と話をしてくる」
「あ、はい……」
パタンと扉が閉まる。
(き、気まずい……)
同年代の人と話したことなんてほとんど無い。何を話せば良いのか、そもそもどこから話せば良いのか。
ユウシを見る。彼は、震えた手を隠そうと片方の手で覆い隠す。
(あ……)
「その……勝手にギルドカードを見てしまったのですが……」
そういえば勝手に見てしまっていたんだった。身分証確認のためとはいえ、さすがに了承なしに見たのはまずかった。
「あー……」
気まずそうに視線をそらすユウシ。話題選びを失敗したかもしれない。
「その……アレックスたちが悪いわけじゃないんです」
「そうですか……ん?どういうことですか?」
「え?その……Aランクパーティを抜けたって言うと、どっちかが問題を起こしたって思われて……」
「……そうなんですか?」
「はい。実際、問題は起こしたから何も言えないんですけどね。……あれ?それが聞きたいんじゃないんですか?」
間の抜けた顔をして私を見るユウシ。
私は一瞬迷ったものの、話を聞くことにした。
どちらにせよ、聞きたいことが山積みだからだ。
「その……、何があったかは聞いても?」
「う~ん……どこから言ったらいいか……。ジャックさんは、『テンペスト』ってパーティは知ってますか?」
「兄から、大体は。とても強い冒険者パーティだと。少数……なんですよね?」
「はい!メンバーは僕を入れて四人。リーダーのアレックス、射手のガント、魔法使いのエリザベス様。で、僕の四人でした」
「……っ!?ずいぶん、少ないんですね」
冒険者の話は、余り聞くことがない。兄さんの話でも、基本的にパーティは大人数だ。
その中で、四人で活動していたなんて。
(なぜ、抜けたんでしょうか……)
私の疑問が顔に出ていたのか、困ったように頬をかくユウシ。
「あ~……問題を起こしたって言ったんですけども……。その……僕、治癒師なんです」
「それは……」
カードを見たから、把握はしてる。ただ、なぜ言いにくそうにしているのだろう。
ユウシは、絞り出すように話し始めた。言葉を選んでいるのか、ゆっくりとした話し方だった。
「治癒師ではあるんですけど……ジャックさんに言いづらいな。……初級の治癒魔法しか使えないんです、僕」
「初級?」
「はい……。……あっ!その、勉強はしました。ギルドの講習も、何度も。……でも、それでも、応急処置以上が……出来なくて……」
「応急処置が出来るだけでも、すごいことでは……」
冒険者がどういった場所に行っているか。聞いたことはある。魔獣が跋扈する森や山、海。時には瘴気を発する場所への遠征も余儀なくされる。
治癒師は、重要なポジションというのは聞いたことがある。
パーティを抜けたと、言っていた。何かしらのトラブルはあったのだろう。
だが、それだけでここまで憔悴するだろうか。
ユウシの顔は真っ青だ。布団を掴む手に力が入り、微かに震えている。
唇を震わせ、何かを言おうとしているがやめるように口を引き結ぶ。
(言えない事情が……ある……)
昨日今日出会ったばかりだ。根掘り葉掘り聞くのは、悪手かもしれない。
そう判断し、私は別の話題を振る。
「その……貴方は、どこでスタンピートにあいましたか?」
司祭様のお話でチラリと聞こえたが、スタンピードが発生したのは王都から少し外れた郊外の森だった。
ユウシの怪我は、魔獣によるものだ。
この国は、王城を中心とした円の形で出来ている。
私たちの住む教会と郊外の森だと、歩いても数時間かかる。
(怪我をしている状態では、たどり着けない……)
いくら冒険者といっても、限度がある。
もう一つ、違和感を覚えたところ。
自分の手を見つめる。
(治療で魔力を流したとき……。なにか……何か違和感が……)
見落としている何かがあるのではないだろうか。
ふと、顔を上げるとユウシが不安そうに眉を下げてこちらを見ていた。
「その……スタンピードなんですけど、なんというか……。……突然で。普通、スタンピードってギルド内でも周知されるんです。遠くにいる冒険者には、鳥を飛ばして知らせたり……それが、なくて……」
ユウシがゆっくりと話してくれる。
(スタンピードの発生が不明……)
予兆があるはずの災害に、なかった。何かが起こったのか。
また沈黙。
(次は、何を話せば……)
迷っているとちょうど良いタイミングで、ノック音が聞こえた。内心ほっとしつつ返事をすると、「開けて~」とマリーの声が聞こえた。
ドアを開けると、盆を持ったマリーと目が合う。
そういえば、食事を持ってこさせると司祭様が仰ってた。
「助かったわ~。両手が塞がっているから!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「えっと……?」
一人だけ、居心地悪そうな顔をしているユウシ。
お盆をテーブルに置き、彼女を手で指す。
「彼女はマリー。ここにいるシスターの中で、一番上の立場です」
「どうも~、マリーです!ユウシくん……よね?よろしくねぇ!あ、これご飯ね。パンに、トマトスープでしょ。それから、今日はリンゴがついてますっ!」
「そう……ですけど……あの……なんで、そんなに楽しそうなんですか……?」
「マリーはいつも、こうですよ」
「えぇ。楽しくなきゃね!何のお話をしていたの?」
椅子を持ち出し、私が座っていた隣に座るマリー。
今までの経緯を軽く話すと、マリーは両手を合わせた。
「なら、ジャックが教えればいいのよ。貴方、試験官もやっていたでしょう?」
「え、えぇ、まぁ」
「え!?そうなんですか!?」
ユウシが目を丸くして私を見る。なんとなく居心地が悪く、持ってきて貰ったパンに目線を映す。
「だいぶ前の話です。王家専属治癒師になる前……先代の代わりで数度……」
「じゃあ、いいじゃない」
「マリーさん、カンニングにならないんですか?」
「さすがに変わっているでしょ?それに、ユウシくんはこの後どうするの?」
「……っ!?」
ギクッとした顔で固まるユウシ。
教会にいる人の中で、怪我が治った場合にはいくつかの道がある。
元々の職業に戻る人。
仕事を探すため、一時的に教会で暮らす人。
スラム街に戻る人や、別の国の人なら旅立つ人もいる。
「マリー……あなた、ユウシを神父にしようとしてませんか?」
「えぇ、そうよ。ちょうどいいじゃない。治癒魔法が使える人材は欲しいし、ジャックだって欲しいでしょう?」
確かに、言った。
人を増やして欲しいとは言ったことがある。
ちらり、とユウシを観察する。
初級の治癒魔法を使える元冒険者。柔和な雰囲気。
(でも……)
彼は、私に言えないことがある。
パーティを抜けた本当の理由。
治療の際、微かな魔力の変化。
(……いや、ここにいてもらえばいい)
私の顔を見て、不思議そうにしているマリー。彼女に笑みを返し、ユウシに向き合った。
「もし、貴方が良ければ。ここで働きませんか?」
私の問いに、喜んで答えるユウシ。
彼がここにいる間に、解決すればいい。
(たとえ、魔力が二種類あっても……)




